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第7話:泥濘の絶滅行

新しい武器、『炭化タングステン製・剛直刀』の重みは、俺の右腕にずっしりとした負荷となってのしかかっていた。通常の剣の約2.5倍。ただの鉄の棒とはいえ、今の俺の筋力では両手で構えてようやく十全に振るえるレベルだ。

「行くぞ、ケイ。ここからは効率と執念の戦いだ」

「カァッ!」

難波の『訓練用ダンジョン・地下2階層』。

薄暗い岩肌の通路に、俺とケイの足音が静かに吸い込まれていく。ここからは、昨日のような慢心は一切排除する。土蜘蛛に文字通り叩き潰されたあの絶望と死の恐怖が、俺の脳内から甘さを完全に削ぎ落としていた。

俺たちの強みは何か。それは、テイマーの王道である「魔獣による直接戦闘」ではない。ケイの能力【星の導き・フェイズ1】による『絶対的な索敵能力』と、俺が座学で叩き込んだ『モンスターの生態知識』。この二つを掛け合わせた、文字通りのハメ殺し――完全なる初見殺しの奇襲戦法だ。

「ケイ、周囲の構造と魔力の流れを」

肩の上のケイが金色の瞳を妖しく光らせると、俺の視界に薄明るい光のラインが走り始める。

視界の先、曲がり角の向こうに蠢く、三つの赤黒い魔力の影。

「ゴブリンが3匹。中央がやや大型の個体、左右は小柄な斥候タイプ。巡回ルートは……時計回り、一定の間隔で立ち止まるな」

ケイの能力は、壁の向こうの敵の配置だけでなく、その動きの規則性まで完全に可視化する。普通の冒険者パーティなら、前衛が盾を構え、後衛が魔法の準備をして慎重に角を曲がるところだが、俺たちにその必要はない。

「大型が背を向けた瞬間、右の個体の死角から入る。カウント、3、2、1……今だ」

息を完全に殺し、地面を滑るように踏み出す。訓練所で3日間培った隠密の歩法。

気配を絶った俺の接近に、ゴブリンどもは文字通り「刃が肉に届くまで」気づくことすらできなかった。

シュバッ!

容赦なく振り下ろした黒刀が、右側のゴブリンの首筋を的確に捉える。

昨日までの安物の剣なら、骨に当たった瞬間に入りが鈍くなっていたはずだ。だが、この8万8000円のタングステン刀は違った。魔力は一切通らない代わりに、圧倒的な重量と硬度が、ゴブリンの骨ごと頭部を強引に叩き斬り割る。

「ギチ――!?」

悲鳴すら上げさせず1匹目を即死させると、その返り血が地面に落ちる前に、俺は刀の重量を利用してそのまま横一文字に薙ぎ払った。左側で驚愕に見開かれたゴブリンの眼球が、黒い刃に切り裂かれ、そのまま喉笛を深く破る。

「ガァアッ!?」

残された中央の大型個体が、ようやく状況を理解して手にした粗末な棍棒を振り上げた。

だが、遅い。あまりにも遅すぎる。

昨日の土蜘蛛の、目にも留らぬ、ただの黒い残像にしか見えなかった前脚の速度に比べれば、ゴブリンの攻撃など止まっているも同然だった。

俺は半身を引いて棍棒の軌道を紙一重でかわすと、両手で握った黒刀を、ゴブリンの胸の中心――心臓の位置へと、全体重を乗せて突き立てた。

ズブシュゥッ!

「ガハッ……」

容赦なく踏み込み、刀身の半分まで突き刺す。緑色の汚い血が俺の服を汚すが、眉一つ動かさない。刀を引き抜くと同時に、ゴブリンの巨体がドサリと崩れ落ち、その身体が光の粒子となって消えていく。残されたのは、小指の先ほどの濁った魔石が3石。

「次だ。休む暇はない」

魔石を素早く拾い上げ、俺はすぐに次の索敵へと意識を切り替えた。

地下2階層から、さらに深い3階層へ。

日が増すにつれて、俺たちの「狩り」は効率化の極みに達していった。

3階層の主役は、ゴブリンよりも一回り大きく、群れで行動する『ジャイアントラット』と、物理攻撃が効きにくいとされる『スライム』だ。

普通の物理前衛にとって、打撃や斬撃を吸収するスライムは忌避すべき相手だが、俺にとってはただの「知識の答え合わせ」でしかなかった。

「スライムの核は、常に体光の中心から右斜め下に3センチメートル。ケイ、位置の固定を」

ケイの放つ『星の導き』の光が、半透明の酸の身体の奥にある、親指大の硬い「核」をピンポイントで照らし出す。

俺はその光の静止点に向けて、重い直刀の先端を正確に突き刺す。パチン、と水風船が割れるような小気味いい音がして、スライムは一撃で自重を維持できなくなり、ただの水となって地面に広がった。

ジャイアントラットの群れに対しては、ケイの『夜鳴き』による音響攪乱を用いた。

暗闇の中、突如として響き渡る烏の鋭い鳴き声。ネズミどもの優れた聴覚はそれを至近距離の爆音として捉え、一瞬にしてパニックに陥る。統率を失い、同士打ちを始める獣たちの隙を突き、俺は黒刀を振るってその首を次々と刎ねていった。

泥臭く、冷徹に。

ただひたすらに、ダンジョンのシステムをハメ殺す。

朝一番にダンジョンへ入り、閉館ギリギリまでひたすら階層を往復する。飯は歩きながらゼリー飲料を流し込むだけ。右手の手首は黒刀の重みで悲鳴を上げていたが、その度にポーションを薄めた水で無理やり冷やし、感覚を麻痺させて戦い続けた。

周りの新人テイマーたちが、1日に2、3匹のゴブリンを倒して「今日も稼げたな」と居酒屋へ向かう中、俺とケイは暗闇の中でただ黙々と、モンスターの絶滅を命じられた機械のように刃を振るい続けた。

すべては、あの生駒山の縦穴の奥へ戻るため。

だが、今のFランクの権限のままでは、未踏領域への立ち入り発覚時にギルドライセンスを剥奪されるリスクがある。まずは何よりも、公的に行動範囲を広げられる「Eランク昇級試験」の資格をもぎ取る。それが最短かつ、最も確実な道だ。

【個体識別:レン】のステータス画面が、脳内で静かに更新の音を立てる。

====================================

* **現在のレベル:** Lv.5 → Lv.8

* **筋力:** 18 → 29

* **敏捷:** 22 → 34

* **魔力:** 12 → 15

* **所持スキル:** 【隠密歩法・中級】【精密刺突・初級】

====================================

レベルが3上がった。それに伴い、身体能力の上昇幅が劇的に跳ね上がっている。

最初は両手でなければ満足に扱えなかった8万8000円の剛直刀が、今では片手でも鋭い風切り音を立てて振り抜けるようになっていた。肺活量も、筋肉の密度も、3日前とは比べ物にならない。

そして、俺の胸の上で羽を休める相棒のステータスも、着実にその臨界点へと近づいていた。

====================================

**【使役モンスター:星見烏ケイ】**

* **現在のレベル:** Lv.8(次の進化まであとLv.2)

* **ステータス:** 順調な魔力蓄積を確認

* **解放スキル:** 【星の導き・フェイズ1】

====================================

「よし……ケイの進化はレベル10か。あと2レベル……だが、焦る必要はない」

進化の手応えを確かに感じつつも、俺は冷静に思考を巡らせる。

これまでのハメ殺しによる魔石の大量換金記録により、ギルドのデータベース上、俺の戦績ポイントはすでにFランクの規定値を大幅にオーバーしていた。職員たちの間でも「ソロで異常なペースで間引き続ける謎のFランクテイマー」として、密かに噂になり始めているらしい。

「お待たせしました。漣さんですね」

5日目の夕方。ギルド本部の窓口で、昨日とは違う厳格な雰囲気の職員が、俺のギルドカードを端末から引き抜きながら言った。

「規定数以上の討伐実績、および魔石の納品、すべて基準値をクリアしています。FランクからEランクへの『昇級試験』の受講資格が有効化されました。試験は明日、本部地下の模擬闘技場にて行われます」

「……分かりました。お願いします」

カードを受け取り、俺は静かに拳を握りしめた。

あの土蜘蛛へリベンジを果たすため、そして生駒山の深淵に眠る『導き』の答えを掴み取るため。まずは明日の試験を圧倒的な速度で突破し、ギルドに俺たちの存在を認めさせてやる。

「行くぞ、ケイ。まずは最初の壁をぶち破る」

「カァァァッ!!」

暗い帰り道、俺の肩の上でケイが鋭く鳴いた。その瞳は、明日の試験、そしてその先にあるレベル10の進化の光を見据えるように、夜闇の中でいっそう深く輝いていた。


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