第6話:鉄の刃と、届かぬ名刀
翌朝。俺は昨日の敗戦で腫れ上がった右手に湿布を巻き、痛む身体を引きずって再び難波のギルドショップへと向かっていた。
軍資金は、3日間の死闘で得た11万3600円。
高校生の小遣いとしては大金だが、一歩間違えれば命を落とすダンジョンにおいては、文字通り「はした金」でしかなかった。昨日まで使っていた実家の安物合金剣は、土蜘蛛の一撃で跡形もなく粉砕されている。今の俺には、身を守る武器すら存在しない。
「いらっしゃいませ。武器をお探しですか?」
小綺麗な店員の声に軽く会釈をし、俺はFランク用の武器コーナーへと足を向けた。
並んでいるのは、大量生産された安価なスチール製のショートソードや、軽量化されたダガーばかり。価格帯は3万〜5万円。確かに今の俺でも買えるが、手に取って重心を確かめてみるものの、どれもしっくりこない。
「……また、同じことの繰り返しになる」
そもそも、この世界において武器というものは、素材と込められた魔力によって厳格にランク分けされている。
【武器のランク制度(ギルド制定)】
F・Eランク武器: 市販の合金や鉄製。魔力伝導率が低く、主に初心者の護身用。数万円〜十数万円。
D・Cランク武器: 下級魔物の骨や鉱石を配合した『魔鋼』製。使用者の魔力を通すことで切れ味が上がる。数十万〜数百万。
B・Aランク武器: 希少な魔物素材を使用し、専門の職人が魔法を付与した一品物。家が建つほどの値段。
Sランク武器: 最高峰の魔導技術、あるいは超希少な素材から作られる最高位の現代兵器。数億、あるいは国家予算レベル。
アーティファクト(規格外): 現代の技術では再現不可能な、ダンジョン深層のみから発掘される神代の遺物。世界に数えるほどしか存在しない絶対的な超越器。
これが常識だ。そして、テイマーである俺の魔力は、すべてケイとの『パス』を繋ぐためだけに使われており、武器に魔力を流し込んで強化することなど絶対にできない。
つまり、俺が何百万円出してCランクの魔剣を買おうが、魔力を使えない以上、その性能はFランクの鉄の棒と同じになってしまうのだ。
「あの、すみません。魔力伝導率は全くゼロで構わないので、とにかく『硬さ』と『重量』に極振りした刃物はありますか?」
俺の問いに、店員はボロボロの服と、Fランクのバッジを一瞬だけ見て、怪訝そうに顔をしかめた。
「魔力を通さない……? それでしたら、少々重いですが……あちらの『炭化タングステン合金・直刀』はいかがでしょう。Cランク用の素材で作られましたが、魔術的なエンチャントを一切受け付けないハズレの不良品でして……ただ、硬度と重量だけは一級品です。お値段はかなり割り引かせていただきますが」
店員が指し示したガラスケースの奥。そこには、装飾を一切削ぎ落とした、無骨な黒鉄の直刀が鎮座していた。
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【炭化タングステン製・剛直刀(銘なし)】
ランク評価: Cランク素材(評価不能)
特徴: 耐久度・硬度に極振り。魔力耐性が高すぎるため魔法付与は不可。
重量: 通常の剣の約2.5倍
価格: 88,000円
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「これだ……」
魔力特性がないから売れ残り、格安になっている。だが、魔法を使えない俺にとっては、その圧倒的な「物理的な頑丈さ」こそが唯一無二の救いだ。
手付金の11万円から、8万8000円を支払う。財布は一気に軽くなり、残金は2万5600円になった。防具を新調する余裕なんて綺麗さっぱり消え失せたが、手元に残った黒い直刀のずっしりとした重みが、俺の掌に確かな現実感を割り戻してくれた。
「ありがとな、ケイ。新しい相棒だ」
肩の上のケイが、その黒い刃を鋭い目で見つめ、「カァ」と短く鳴いた。
武器の購入を終え、ショップの上の階にあるギルド直営の「ダンジョン博物館」へ立ち寄ることにした。
目的は、座学の教科書にしか載っていない、世界の一流テイマーたちが使う『本物の武器』をこの目で見るためだ。
平日の昼間ということもあり、静まり返った薄暗い展示室の最奥。
そこには、厳重な防魔ガラスと、幾重もの結界の術式に守られた一振りの日本刀が展示されていた。
その周囲だけ、空気が陽炎のように歪んでいる。
「これが……名刀『雷切・写し(らいきり・うつし)』……!」
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【国宝級遺物:雷切・写し】
等級: アーティファクト(規格外)
属性: 雷・神聖
解説: 生駒山ダンジョンの深層で発見された神代の遺物。一振りの一閃で、Aランク魔獣の群れを文字通り「蒸発」させる神威を持つ。
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息を呑むほどに美しい、白銀の刃。
その刃紋を見つめているだけで、首筋にパチパチと静電気が走るような、圧倒的なプレッシャーが肌に伝ってくる。昨日、俺たちを絶望の底に突き落としたあの土蜘蛛でさえ、この刀の前に立てば一瞬で塵に還るだろう。
ガラスの前に立ち、俺はその輝きをじっと見つめ続けた。
「欲しいか? ボウズ」
突然、背後から声をかけられ、心臓が跳ね上がった。
振り返ると、高級な仕立ての防魔トレンチコートを羽織った、体格のいい男が立っていた。胸元には、眩い黄金色の【Aランク】ギルドバッジが光っている。プロ中のプロだ。
「あ、いえ……ただ、すごいなと思って」
「ハハ、そりゃそうだ。そいつはSランクのさらに上を行く、国を揺るがすレベルの『アーティファクト』だからな。だがな、そんな国宝級の魔器、俺たちみたいな一線のテイマーでも手が出せる代物じゃない。ましてや、お前みたいな――」
男の視線が、俺の胸元の【Fランク】のバッジと、肩の上の小さな黒烏へと向けられた。
その目に悪意はなかった。ただ、圧倒的な強者が、地を這う弱者に向ける「純粋な憐れみ」がそこにはあった。
「……そこのハズレ烏じゃ、一生かかってもそのガラスに触れることすらできねえよ。自分の器に合った武器で、精々死なないように訓練所で稼ぐんだな」
男はポンと俺の肩を叩き、優越感を隠そうともせずに、そのまま優雅な足取りで立ち去っていった。
「……っ」
握りしめた拳が、怒りと悔しさで小刻みに震える。
見下されたことじゃない。あの男の言うことが、この世界の『残酷な正論』だからだ。ハズレのテイマーと、ハズレのモンスター。その組み合わせが、この眩いアーティファクトの名刀を手にする未来なんて、世界の誰も想像すらしない。
「カーーーッ!!」
その時、肩のケイが、展示室に響き渡るような、激しく、そして傲慢なまでの声で鳴いた。
まるで「あの男を見返してやる」とでも言うように、金色の瞳で『雷切』を、そして俺の顔を強く見つめている。
俺はフッと自嘲気味に笑い、震える拳を解いた。
「そうだな、ケイ。あいつらの言う通りにしてたまるか」
俺には、誰も知らない隠し通路が見えている。
この誰も見向きもしない8万8000円の無骨な黒刀を手に、俺たちは誰も歩まない泥濘の道を突き進む。
「見てろよ。いつか、あのガラスの向こう側を、俺たちの手で掴み取ってやる」
名刀の白銀の輝きを背に受けながら、俺は新調した黒刀の柄を固く握り締め、一歩も引かない決意とともに、再びあの薄暗い訓練所の闇へと歩き出した。




