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第4話:分不相応な領域

「生駒山ダンジョン」へと繋がる壁の裂け目。その黄金の光をくぐり抜けた瞬間、肌を刺す空気の『重さ』が、それまでの訓練所とは劇的に変わった。

「くっ……なんだ、この濃密な魔力は……」

息を吸い込むだけで、肺がピリピリと痺れるような感覚がある。

周囲の景色は、コンクリートの人工物から、切り出されたままの荒々しい巨岩が連なる天然の洞窟へと変貌していた。ここが生駒山ダンジョンの内部――それも、ギルドの地図にすら載っていない、完全な「未踏エリア」だ。

「カー……」

肩の上のケイが、これまでになく警戒の入り混じった低い声で鳴く。

レベル5になり解放された『星の導き』のラインは、この暗闇のさらに奥、深い縦穴の底へと伸びていた。その先に何があるのかは分からない。ただ、ケイの力が「この先に行け」と俺を引っ張っていることだけは確かだった。

「わかってる。ここからは一歩だって油断できない」

俺は安物の剣を固く握り直し、ケイの導く光の筋を慎重にたどった。

訓練所で3日間かけて培った隠密の歩法。気配を殺し、岩の影を縫うように進む。だが、ケイの『導き』が示す「安全なルート」そのものが、ここでは針の穴を通すように狭かった。迂回したすぐ横の広間から、訓練所では聞いたこともないような禍々しい咆哮が響いてくる。

そして、細い一本道の向こう、おどろおどろしい妖気を放ちながら、そいつは音もなく現れた。

「――ッ!?」

ケイが鋭く鳴き、俺は反射的に岩陰に身を隠す。

隙間から覗いた先にいたのは、訓練所のゴブリンなど子供騙しに見えるほど、不気味で巨大な「異形」だった。

それは、人間の身の丈を遥かに超える巨大な蜘蛛の身体に、怨念の篭った大入道の生首がそのまま取り憑いたような、日本の古き怪異そのものの姿。

====================================

【個体識別:土蜘蛛ツチグモ・変異種】

現在のレベル: Lv.25

脅威度: C〜Bランク相当(固有結界持ち)

状態: 徘徊・捕食巡回状態

====================================

「レベル25……!? 土蜘蛛……日本の古来種(妖怪)か……!」

背中に氷水を流し込まれたような衝撃が走った。

こちらのレベルは5。5倍もの圧倒的な実力差。本来なら、数々の死線をくぐり抜けたベテランテイマーがパーティを組み、万全の呪術装備で挑むべき化け物だ。

引き返すべきだ、と頭の中の冷静な自分が叫んだ。

しかし、その土蜘蛛が頑丈な八本の脚を這わせているのは、ケイの指し示すルートの真上。ここを突破しなければ、この先にある「何か」には辿り着けない。

「……相手は巨大だ。座学の知識通り、巨体ゆえに死角となるうなじの『結合部』を正確に突けば、レベル差があっても……!」

訓練所で3日間、一度も攻撃を受けずに完勝し続けた慢心と過信が、俺の判断を決定的に狂わせた。

化け物が背中を向け、わずかに隙を見せた瞬間――俺は地面を蹴った。

「シッ……!」

気配を絶ち、最速の一歩で間合いを詰める。

レベル5になって向上した身体能力のすべてを乗せ、安物の剣を渾身の力で振り下ろした。

ガギィィン!!!

「なっ――!?」

手首に、鉄板を叩いたような凄まじい衝撃と激痛が走る。

剣の刃は、土蜘蛛が身にまとう粘着質の黒い妖気と、鋼鉄のごとき外骨格に弾かれ、傷一つ付けることすらできずに完全に止められていた。

「オオオォォォン……!」

人間の生首の形をした顔が、グニャリと真後ろに反転し、血走った眼で俺を睨みつける。その瞳に宿る圧倒的な怨念と暴力の気配に、全身の血が凍りついた。

不意打ちすら、通じない。

「ガァァッ!」

地を震わせる咆哮とともに、土蜘蛛が太い前脚を鞭のようにしならせて振り抜いた。

その速度は、レベル5の俺の目をもってしても、ただの黒い残像にしか見えなかった。反射的に剣を盾にして防ごうとしたが、

パキィィン!!

無惨な破砕音とともに、俺の剣は一撃で粉々に打ち砕かれた。

衝撃はそのまま俺の身体へと伝わり、まるでダンプカーに撥ねられたように後ろの岩壁へと吹き飛ばされる。

「がはっ……!」

背中を強打し、肺の空気がすべて強制的にへり出された。視界がグニャリと歪む。

追撃のために、無数の脚が迫る。鋭い爪が再び振り上げられた。あれが直撃すれば、俺の身体はいとも簡単に肉塊に変えられる。

死ぬ。明確な『死』の恐怖が脳裏をよぎった。

「カァァァァァッ!!」

その時、頭上から激しい羽ばたきと共に、ケイが土蜘蛛の顔面へと突撃した。

物理的な戦闘力は皆無。だが、ケイは鋭い爪と嘴で、化け物の生首の目を執拗に狙って引っ掻いた。

「ギガッ!? オンッ!」

目の前を塞がれた化け物が、煩わしそうに前脚を振り回す。その隙に、俺は痛む身体を必死に動かし、転がるようにして岩の隙間へと這いずり込んだ。

「ケイ、戻れ! 逃げるぞ!!」

俺の声に応じ、ケイが反転して俺の元へと飛び込んでくる。

俺は砕けた剣の柄を投げ捨て、なりふり構わず、来た道を全力で走った。背後で土蜘蛛の怒号と、吐き出された糸が岩を溶かす不気味な音が響く。ケイの『導き』が、今度は「最短の退却ルート」を黄金に輝かせて俺の視界に表示していた。

痛む足に鞭を打ち、心臓が破裂しそうなほど息を切らせながら、俺たちは必死に壁の裂け目へと飛び込み――命からがら、元の訓練用ダンジョンへと逃げ帰ったのだった。

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