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第3話:最底辺からの泥臭い一歩

「扇町公園訓練用ダンジョン」の入り口は、かつて市民の憩いの場だった公園の中央、巨大な半球体のシェルターで覆われた場所にあった。

Fランクのギルドカードをゲートにかざすと、プツンと小気味いい電子音が鳴り、重厚な鉄扉が開く。

「よし、行くぞケイ」

「カー」

肩の上のケイが短く鳴き、俺たちは薄暗い地下の回廊へと足を踏み入れた。

訓練用とはいえ、ダンジョンはダンジョンだ。ひんやりとした空気が肌を刺し、コンクリートに似た硬い土の壁が延々と続いている。

まわりを見渡すと、同級生のように強力な初期モンスターを授かったテイマーたちは、パートナーに指示を出して前衛を任せ、自分は後ろから見守るか魔法で援護していた。本来、テイマーの戦い方はそれが正解だ。

だが、俺の相棒は戦闘魔法も物理適性もない、ただの烏。

「……だから、俺がやるしかないよな」

俺は腰に下げた、実家から持ち出した安物の合金製の剣を引き抜いた。

刃は薄く、本格的な魔獣を相手にすれば一撃で折れる代物だが、訓練用の最下級モンスターが相手ならこれで十分だ。座学の知識だけは学年トップだった。モンスターの弱点や、最低限の剣の振り方は頭に叩き込んである。

だが、一番の問題は、レベル1の俺たちが囲まれたらその時点で終わり、という点だった。

「ケイ、お前の『導き』の出番だ。一番安全に、1対1で戦えるルートを教えてくれ」

俺がそう呟くと、ケイのつぶらな瞳が怪しく光った。

次の瞬間、俺の視界に、暗闇の奥へと伸びる淡い青色の光のラインが浮かび上がった。

それは、他のテイマーたちが「敵がいない」と思って素通りしていく、入り組んだ細い脇道へと伸びている。

「こっちか……!」

ケイの導きに従い、気配を殺して進む。

曲がり角を抜けた先、開けた小部屋の端に――ポツンと、一匹のゴブリンが背中を向けて座り込んでいた。

他のゴブリンの群れからは完全に孤立した、はぐれ個体。これ以上ない絶好の獲物だった。

「……シッ!」

息を止め、背後から一気に間合いを詰める。

気配に気づいたゴブリンが、濁った目を剥いて振り返ろうとした瞬間――俺はがむしゃらに剣を振り下ろした。

ザシュッ、と肉を裂く手応え。

「ギャッ!?」と短い悲鳴を上げて、ゴブリンがその場に倒れ伏し、やがて光の粒子となって消えていく。あとに残ったのは、小さな魔石がひとつ。

脳内に澄んだシステム音が響いた。

『――経験値を獲得しました』

「はぁ、はぁ……やった、倒したぞ」

剣を握る手が小刻みに震えていた。不格好で、泥臭い初勝利。

強力なモンスターが放つ一撃の魔法に比べれば、あまりにも地味で、効率の悪い戦いだ。

だが、肩のケイが嬉しそうに俺の頬を嘴で突っついた。

「ありがとな、ケイ。お前のおかげで、一度も反撃されずに仕留められた」

敵の群れを避け、確実に勝てる「1対1」の状況をケイが作り出し、俺が命がけで剣を振るう。

これが、持たざる者である俺たちの、唯一にして最強の戦術だった。

それから、2日、3日と、俺たちは朝から晩まで訓練用ダンジョンに潜り続けた。

他のテイマーたちが「効率よく群れを狩る」ために前線で激しい戦闘を繰り広げ、傷ついて消耗していくのを余所に、俺たちはひたすら地道に動き回った。

ケイの『導き』は完璧だった。

時折、他のテイマーたちが感知できずに巻き込まれる『モンスターの奇襲ポップ』や、密集地帯を完璧に予知し、蜘蛛の糸をたぐるように安全な隙間だけを縫って進む。

2日目の昼、執拗に孤立個体を狩り続けた結果、ついにその瞬間が訪れた。

ピキィィン、と脳内で心地よい鈴の音が鳴り響く。

『――テイマー:天野漣のレベルが上昇しました。Lv.1 → Lv.3』

『――パートナー:黒烏ケイのレベルが上昇しました。Lv.1 → Lv.3』

「おお……身体が軽い!」

レベルが上がった瞬間、全身の筋肉が引き締まり、視界がクリアになる感覚があった。ステータスが上昇し、剣を振るう速度も、足の踏み込みも目に見えて鋭くなる。

何より嬉しいのは、戦闘をしていないはずのケイのレベルも、テイマーである俺の経験値と同期して一緒に上がっていくことだ。

そして3日目の夕方。

すっかりダンジョンの薄暗い環境にも慣れ、剣の筋も様になってきた頃、俺たちは通算で数十匹目となる巨大ネズミ(ジャイアントラット)を壁際に追い詰め、鮮やかにその首筋を一閃した。

光となって消えるモンスターを見届けた瞬間、これまでで最も大きなシステム音が脳内に響き渡る。

『――条件達成。天野漣、および黒烏のレベルが 5 に到達しました』

『――【導き(未覚醒)】の覚醒率が50%に達しました。これより、能力の一部が解放されます』

====================================

【ステータス更新】

天野 漣: Lv.5

景星ケイ: Lv.5

解放スキル: 【星の導き・フェイズ1:隠し通路の視覚化】

====================================

「レベル5……! それに、スキルが変化した?」

俺が息を呑んだその時、肩のケイが「カァァァ!」と、これまでになく高く、澄んだ声で鳴いた。

すると、どうだ。

俺の視界に映っていた淡い青色の光の矢印が、にわかに黄金色の強い輝きへと変化した。そして、その矢印の先端は――訓練用ダンジョンの行き止まりであるはずの、分厚いコンクリートの壁を、真っ直ぐに突き刺したのだ。

いや、よく見ると、壁の表面の魔力がそこだけ歪み、かすかに向こう側の景色が透けて見えている。

「これって……訓練用ダンジョンの外、いや、別のダンジョンに繋がってるのか?」

座学の知識が弾き出した。

扇町公園訓練用ダンジョンの地下深くは、地理的に、あの立ち入り禁止の中級エリア――「生駒山ダンジョン」の最下層の外縁部と、最も接近しているはずだと。

ギルドの正規ゲートから入れば、Fランクのカードでは一瞬で弾かれる。

だが、レベル5に達したケイの『導き』は、ギルドの監視の目が届かない、ダンジョンとダンジョンを繋ぐ『誰も知らない隠し通路』を完全に抉り出してみせたのだ。

「レベル5か。一般のテイマーから見れば、まだまだひよっこだけど……」

俺は剣をサヤに収め、ポケットの中のギルドカードに触れた。

画面の表示はFランクのままだ。だけど、俺の目には、世界が変わるルートがはっきりと見えている。

「行くぞ、ケイ。俺たちの本当のステージへ」

「カー!」

ケイが鋭い目で頷く。

俺たちはギルドのルールを置き去りにするように、黄金に輝く壁の裂け目へと、静かに足を踏み入れた。

扇町公園訓練用ダンジョン(Fランク専用)※修正版

かつての広大な公園の地下に広がる、全3階層の初級ダンジョン。

政府とギルドの管理下にあるが、近年はダンジョン全体の活性化により、最も浅い階層にも亜人種が迷い込むなど、初心者向けとはいえ油断すれば命を落とす危険な場所となっている。

【第1階層:土塊の回廊】

環境: 地下のコンクリート壁と硬い土がむき出しになった、見通しの良い直線的な通路。

出現モンスター:

ゴブリン(Lv.1〜2):

最下級の亜人。錆びたナイフや木棒を手に徘徊している。狡猾で、初心者の隙を狙ってくる。

ジャイアントラット(Lv.1):

体長50cmほどの巨大なネズミ。動きは素早いが、基本は一撃が軽い

【第2階層:石積みの迷路】

環境: 細い脇道や十字路が入り組み、視界の悪いコーナーが多くなる。

出現モンスター:

ゴブリンリーダー(Lv.3):

通常のゴブリンより少し知能が高く、周囲のゴブリンを呼び寄せようとする。声を出す前に潰す必要がある。

ホーンラビット(Lv.2):

額に角を持つウサギ。狭い通路で突進されると回避が難しくなる。

【第3階層:最下層・水脈の広間】

環境: 地下水が滴る、開けた大部屋が点在するエリア。Fランクにとってはボス戦の予行練習となる最深部。

出現モンスター:

ゴブリンファイター(Lv.4):

粗末な革鎧を身につけた前衛型のゴブリン。肉体強度が高い。

スライム(Lv.3):

物理打撃が効きにくい軟体モンスター。核を正確に突く剣技が求められる。

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