第20話:星が指し示す先、新たな胎動
生駒山ダンジョンから扇町公園ダンジョンに脱出した俺たちの背後で、あの悪夢のような肉壁の回廊は、まるで最初から存在しなかったかのように霧散していった。
地上に戻り、朝焼けに染まる空を見上げる。地上の空気は冷たく、しかし、俺の胸の内に宿ったあの和装の男の「意志」だけが、太陽にも負けない熱を帯びて脈動していた。
「ケイ、コハク。……終わったな」
肩の上のケイが、短く「カァ……」と鳴く。
この数ヶ月を振り返れば、それはまさに地獄の連続だった。
テイマーとしてギルドの端に追いやられ、使い物にならないと罵られた日々。安っぽい装備でダンジョンの浅層を走り回り、コハクと出会ったあの日、そしてケイという相棒を得て、ようやく人並みの冒険ができると信じていたあの頃。
ダンジョンという檻。ギルドという名の牢獄。
深層で見つけたあの豪華な扉と、そこに鎮座していた宝箱の中の『勾玉』が、すべてを塗り替えた。
今や、ケイの瞳は以前とは別物に変貌している。かつて罠を避けるためだけに使っていた【星の導き】は、いまやこの世界の理そのものを読み解く羅針盤へと昇華していた。
「導いてくれ。俺たちが次に行くべき場所へ」
俺の声に呼応するように、ケイが空高く舞い上がる。その翼が描く軌跡が、夜空に光の地図を書き出していく。
俺たちはかつて俺が駆け出しのテイマーとして何度も通った、扇町公園ダンジョンの入り口へと、もう一度、自然と誘っていく。
扇町公園ダンジョン――。
それは俺にとって、苦い挫折とささやかな希望が混ざり合った、思い出の場所だった。
順調に攻略できたが一本の導きによって死と隣り合わせの戦いへと導かれた場所。しかし、今のケイが指し示す先は、かつての攻略ルートとは全く違う角度を向いている。ケイはダンジョンの中央にある、誰も立ち入らないはずの噴水広場の跡地へと一直線に急降下した。
「カァッ!」
ケイが鋭い声で地面を叩く。その瞬間、ダンジョンの空間が軋み、崩壊した。
かつての攻略情報には存在しなかった「隠し歪み」。勾玉の共鳴が、その偽りの壁を引き剥がす。
「ここか……。ギルドの記録には影も形もない、隠された道だ」
目の前に現れたのは、誰も足を踏み入れていない、黒く深い下り坂。
俺は一瞬だけ、生駒山ダンジョンでの死闘を脳裏に浮かべた。あそこで流した血、コハクの傷、そしてあの白い空間で見た光の粒子。だが、今の俺の血肉となっているのは確かだ。
かつては「強くなりたい」と願うだけの弱者だった。だが今は違う。俺には、果たすべき使命があり、共に地獄を歩む相棒がいる。そして、胸の中には、俺たちの進化を信じて託された古の意志がある。
「準備はいいか、ケイ、コハク」
俺はタングステン刀の柄を強く握りしめた。
勾玉が、心臓の鼓動と同期するように熱を放つ。その光は、すでに遥か遠くの未知なる深淵への道標となっていた。
これから先は、ギルドの庇護も、安全圏も存在しない。
振り返る必要はない。生駒山での日々は、あくまで俺という男のプロローグに過ぎなかったのだから。
「行くぞ。ここから先が、俺たちだけの、本物の物語だ」
俺は二匹を連れ、西へと続く暗闇の坂へと踏み出した。
勾玉が指し示す先、その果てで何が待っているのか。
復讐と救済を賭けた、第2章への旅が、今、静かに幕を開ける。
**(第1章・完)**
第1章完結しました。
途中に登場した男へ誰なのか
次のダンジョンは何処へ
楽しみにしててください




