#8 一蓮托生だから!!
二人は片膝を立てて屈む巨躯の脚部装甲を這い上がり、開かれたハッチから複座式のコックピットへ滑り込む。内部のレイアウトは、先ほどまで乗っていた『Ferrum Avis Mk-II』のそれとは一線を画している。配置されたトグルスイッチの数が倍近くに増え、計器類はすべて軍用規格で統一されていた。
ハッチからの細い光が差し込む薄暗い筒状の空間で、二人は並んで座ったまま、しばらく硬直した。
「「…………」」
数秒の沈黙の後、二人の視線が同時に互いへと向けられ交差する。
「……起動キーは?」
「俺に訊くなよ」
ソラは大きく肩を落とした。開いた口から大きなため息が漏れ、そのまま背もたれに体を放り出す。
「ダメだ、起動キーが差し込まれてない」
ソラがコンソールの暗い画面や、反応のないスイッチ群を手の平で無造作に叩くも、カチカチと乾いた音が虚しく響くだけだった。
操縦席の脇にあるキーの差込口の形状に、ツバサが目を細める。
「……ん?……あっ」
ツバサは小さく口を開け、ポケットへ無造作に手を突っ込むと、USBに似た黒い角型の端子をつまみ出した。
「なにそれ」
「これ……親父から、ソラに渡すように言われてたやつ」
「え!もしかしてキー!?」
ソラの視線が、ツバサの手元と差込口の間を激しく往復する。そして、“んっ”と顎で示されたツバサは、その不遜な態度に眉をひそめながらも、キーを差し込んだ。
カチリ、と硬質なロック音。直後、コックピット内の無数のインジケーターが網膜を焼くような鮮烈な緑色に一斉点灯した。同時に、腹に響くような超低周波のうなりがシートの底から突き上げてくる。
起動したメインモニターの中央に、“ハイルゼン公国”の紋章が浮かび上がり、続いて一行の文字列が表示される。
――『Ferrum Avis』
二人の顔が、冷たいモニターの光に青白く照らされる。
「え!『Ferrum Avis』!?……Mk-IIじゃなくて?」
「やっぱり親父が作った、のか……」
硬直したのもつかの間、ソラは自身のコンソールに滝のように流れ落ちる数値の列に、目を見開いた。
「な、なにこれ、すごい……! ツバサ、見て!出力の最大値が競技用と桁違いだよ! 駆動系のレスポンスも出力も――」
「落ち着けって。遊んでる場合じゃねえぞ」
ツバサは操縦桿を両手で強く握り込み、指の感触を確かめる。首を左右に振り、操縦桿周りのコンソールをザッと確認する。
「基本は同じ……だな。よし、立ち上がるぞ」
「ガッテン!」
ソラの声のトーンから、隠しきれない「機械オタクの性」が現れる。
ツバサがペダルを踏み込むと、地鳴りのような重低音がコックピットを包み込んだ。機体が直立姿勢を取った瞬間、ガレージの壁面に設置された黄色い回転灯が、けたたましく光を散らし始める。
「え、なに?!」
頭上の天井――つまり、一階の工場の床が、金属の擦れる悲鳴を上げて左右へ真っ二つに割れて開いていく。
ガコン、と重い衝撃があり、アルマを乗せたフロアそのものが油圧リフトで上昇を開始した。
切り取られた灰色の空から、薄日がアルマの頭に降り注ぐ。
「おぉ……すご……!」
ソラはシートから身を乗り出すようにして、モニター越しに開けていく視界を見つめる。
「ソラ、機体のチェックを頼んだ。出るぞ」
「待って、ツバサ!そこのラックにある槍……持っていかない?丸腰よりはマシだよ?」
カメラモニターの端、ラックに掛けられた競技用の大型ランスが映り込む。
「……まあ確かに」
ツバサはスロットルを僅かに傾け、機体をラックへと歩み寄らせた。マニピュレーターが金属の柄を掴み、鋭いロック音とともに固定する。
「うぅ~っ!」
後部座席から漏れた小さく弾んだ声に、ツバサはほんの少しだけ眉を顰める。
「もういくぞ」
「うんうん!あっ、ちなみにその槍の正式名称は『ロストルム』って言って、私が名付けたんだけど――」
「はいはい」
鼻を高くしながら話し出すソラに見向きもせず、ツバサはスロットルを一気に最奥まで押し込んだ。
機体が前進を開始した瞬間、ツバサは息を呑んだ。
ペダルから伝わる暴力的なまでのトルクと、競技用とは比較にならない凶悪な馬力。その圧倒的なスペックと強烈な速度に、ツバサは気圧されたように身を強張らせ、目を見開く。
◇
土煙を上げながら、銀灰色の装甲は焦土と化した街路を突き進んでいく。
先ほどまで声を弾ませていたソラは、すでに真剣な面持ちで後部席モニターと対峙していた。コンソールを叩く指先が、一定のリズムを刻み続ける。
「……どうだ?」
「うーん、使いこなすには、ちょっと機能が多すぎてまだ把握しきれないな。軍用機ってこんなにすごいの?」
ウンウンと唸るソラに、ツバサは正面の障害物をステップで躱しながら、口を開いた。
「なあ」
「ん?なに?」
二人の視線はそれぞれのモニターに固定されたまま、言葉だけが狭い機内に交わされる。
「さっきは悪かった、すまん。また、気遣わせちまった」
「え?」
「俺が言わなきゃいけない提案、全部任せちまってる……今日の俺は、すこぶる駄目らしい」
「……ふ、ふふっ」
「……なんだよ」
返ってきた笑い声に、ツバサの眉が不満げに寄る。
「なんだか私たち、今日謝ってばっかりだね。私もダメで“ダメダメ”って感じ?」
「さあな」
「ふふっ……決めた!今日はもう謝るの禁止!!恨むのも禁止!!一蓮托生だから!!」
ソラが肘置きをポン、と手の平で叩いて意気込む。
「当然だ」
ツバサはぶっきらぼうに言葉を返したが、正面を見据えるその口角は、ほんの僅かに上を向いていた。
◇
やけに静かな曇り空。地下に入る前まで響いていた鋼鉄を打ち付け合う音は、いつの間にか露と消えていた。
踏み込まれたペダルに応じて、銀灰色の脚部がアスファルトを等速で蹴り出す。メインモニターの水平インジケーターは中央で静止し、猛烈な加速の中でも機体の揺れはシートを微かに震わせる程度に収まっていた。
左右へ引き裂かれる黒煙の向こう――メインカメラのレンズが、前方の路面を捉える。
忙しなく上下する二本の足。煤で真っ黒に汚れ、引き裂かれた衣服の隙間から、場違いな金糸の刺繍が覗いていた。
額の擦り傷から流れた一筋の鮮血が、煤けた頬を赤く割りながら滴っている。しかし、その走る歩幅に衰えはない。
「助けてくれーッ!!」
歪んだ顔で叫びながら突っ込んでくるその男の顔が、メインモニターにクローズアップされる。
「ん?……人だ、人がいるよ!って、え!この人――」
コンソールに身を乗り出したソラの声が裏返る。
画面に映る顔は、昨日、港のセレモニーの壇上にいたハイルゼンの第二王子、ギルバ・ハイルゼンその人だった。
ギルバは、眼前に迫る銀灰色の巨躯をその視界に捉えた瞬間、突如として足を止めた。恐怖に目を見開き、もつれた脚のままその場に崩れ落ちて尻餅をつく。
「うわぁ!お、おしまいだ……俺はここで死ぬんだ!」
四つん這いになるように、両手を地べたに突き直してうつむいた顔から、涙と鼻水が混じった雫が、ひび割れたアスファルトの隙間へとボタボタと滴り落ちる。
「全部、全部父のせいだ!こ、こんなことになるなんて――」
激しい呼気とともに、男は握りしめた右拳を一度だけ地面に叩きつけ、喉を引き裂くような絶叫が、無人の街路に虚しく響き渡った。
『だ、大丈夫ですか!?』
ソラがコンソールの外部出力スイッチを押し込むと、拡声された声が差し伸べられる。
四つん這いの男は、ビクッと肩を跳ねさせて顔を上げる。
「な、なに!?き、貴様ら何者だ……!」
「え、あ、すぐそこにある、杜ノ﨑高校の生徒です!」
ギルバの目が極限まで見開かれる。
「学生だとぉ!? なぜ民間人、しかも辺境の猿ごときがアルマに?!……いや、今はいい!おい、貴様!今すぐ私を乗せてここから離脱しろ!」
ギルバは手首を外側へ大きくひねり、手のひらの付け根――手根で頬の血を乱暴に拭うと、顎を突き出し、背筋を伸ばして立ち上がる。
「向こうで、敵のアルマが暴れている!巻き込まれる前に、戦略的撤退を――」
ツバサの左手が、コンソール左端のロッカースイッチを鋭く叩いた。
後部座席のコンソールに灯っていた『REAR/MIC ACTIVE』の緑色のインジケーターが瞬時に消灯し、ツバサ側の音声回線が外部スピーカーへと強制的に直結される。
『断る。生憎、辺境の猿で座席が埋まってんだわ』
それきり、銀灰色の脚部が再び重い駆動音を上げる。
鋼鉄の足がギルバのすぐ脇へと踏み降ろされ、機体の影が男の全身をすっぽりと覆う。アスファルトを押し込みながら前進するその質量感を間近に見上げ、男の顔が怒りで赤黒く染まった。
「な、なんだと!?この無礼者が!貴様、私を誰だと思ってる!ハイルゼンの王子、ギルバ・ハイルゼンだぞ!!」
その張り上げられた怒声を黙殺し、ツバサは一定のテンポで機体の歩みを進め、その横を通り過ぎようとする。
「ツバサ、さすがに可哀想じゃ……」
後部座席のソラが口を開きかけた、その刹那――。
モニター正面に映る崩れかけたビルの外壁が、内側から激しく爆ぜた。
轟音が鼓膜を圧し、凄まじい風圧とともにコンクリートの破片が雨あられと街路へ降り注ぐ。巻き上がる土煙を突き破り、ひしゃげた鉄塊が横ざまに転がり出た。その頭部センサーは叩き潰され、抉れた胸部装甲の隙間から歪んだフレームと断線した太いケーブルの束が這い出し、機能を失って暗転したコンソールの影が、外部の光の下へ無残に晒されている。
沈黙した機体は、路面を激しく削りながら滑り、Ferrum Avisのすぐ手前で停止した。
引き攣った顔を上げたギルバの目に、白く煙る視界の奥、その鉄塊を追うようにして、ゆっくりと一歩ずつ距離を詰めてくる巨大な影が映り込む。
「ヒッ――!」
ギルバの顔から完全に血の気が失せる。もつれる足で自らの衣服を引っ掛け、尻餅をつきながらも、なりふり構わず四つん這いで逆方向へと逃げるように這う。
晴れゆく粉塵のなか、砕け散った壁の向こう側から、新たな機影がゆっくりと姿を現した。
ロイヤルブルーの装甲。そのエッジには細緻なゴールドのラインが走り、曇り空の下で鈍い輝きを放っている。
これまでの無骨な軍用機とは一線を画す、計算され尽くした幾何学的なフォルム。隙間なく噛み合わされた分厚い直線装甲プレートが、逆光の中で冷徹な金属光沢を鈍く照り返していた。
次回は7/14(火)です。




