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#7 ズルくてごめん

 溶解したアスファルトが、鈍い光を放つ薙刀の一撃で大きく抉り取られる。


 飛び散る黒い破片の雨を縫うように、真紅のアルマ『Rubertal(ルベルタル)』が機体を横へ滑らせた。スラスターが青白い炎を短く噴き出し、機体は建物の残骸を蹴って宙を舞う。


『そのおもちゃじゃ、ちょこまか逃げ回ンので精一杯かァッ?!』


 白い装甲の外部スピーカーから、男の割れた声が響く。


 薙刀なぎなたが空を切る風圧だけで、周囲の炎が大きく煽られた。


 後部座席でカケルが身をすくめる。彼の顔を照らすモニターには、機体の各駆動部を示す赤い警告灯が明滅していた。


「せ、先輩! 一度引きましょう! このままじゃ……!」


「ハッ、そんなに私の操縦が不満かよ」


「じょ、冗談言ってる場合じゃないですよ!」


 アネッサの目は正面のモニターに固定されたまま、瞬きすらしていない。鼻で笑うその額から、一筋の汗が頬へと伝い落ちる。彼女の指先は、目にも留まらぬ速度でコンソールを弾き続けていた。


 純白の機体が、巨体に似合わぬ速度で踏み込んでくる。


 アネッサは、背後に脅威を感じたギリギリでワイヤーを巻き取り、急旋回を敢行したが、白いアルマの反応速度は、これまでの黒い軍用機とは次元が違った。強引に踏みとどまった白い機体が、反転の遠心力を乗せて薙刀を横薙ぎに振り抜く。


「……っ」


 アネッサは操縦桿を右へ叩きつけるように倒し込み、カウンター気味にコンソールのトグルスイッチを指先で弾く。


『甘ェ!』


 間近で放った十字鎌はいとも容易くかわされる。


 刹那、金属が爆ぜる轟音。


 紙一重でかわしたはずの刃先が、真紅の機体の左腕を肩先から綺麗に切断していた。ちぎれた装甲が宙を舞い、切断面から激しい火花と油圧オイルが黒煙とともに噴出する。


「ああ、あああぁぁぁっ!」


 口元をガタつかせ、悲鳴を上げながらも、カケルの指先はコンソールを叩いていた。


「ひ、左腕、完全にロスト! 回路遮断、油圧閉鎖、バランス再配分急ぎます……!」


 大急ぎでシステムチェックを走らせ、機体を維持するための付け焼刃の最適化に取り掛かる。


『カハハハッ! ここはァ!おもちゃ箱じゃなくて戦場なンだよ!!』


 敵パイロットの歓喜の高笑いが響き渡り、白い機体がとどめを刺すべく薙刀を大きく振りかぶる。


 しかし、その刃が真紅の装甲に届くことはなかった。


 アネッサの口角が、深く吊り上る。


 次の瞬間、巻き取られたワイヤーに引かれ、瓦礫を回り込むようにして「それ」が舞い戻った。


 先ほど躱されたはずの十字鎌が、猛烈な速度で白いアルマの背後を強襲する。高速回転する刃が敵の右腕関節を縦に抉り、千切り落とす。


 薙刀を握ったままの鉄塊が静かに滑り落ちる中、手元へと戻ってきた十字鎌を、真紅のアルマは優雅に手中に収めた。


『……あ?』


 アネッサが外部スピーカーのスイッチに手を伸ばす。


「不用心だな。知らなかったか?ここは、おもちゃ箱じゃなくて戦場なんだぜ?」


『ッ!この程度でガキが、粋がってンじゃねぇぞ……!!』


 左腕を失った真紅の機体と、右腕を失った純白の機体。


 外部スピーカーから漏れる駆動音の唸りが、ふっと途切れる。


 両者は、燃え盛る瓦礫の海を挟んで、ぴたりと動きを止めた。風が黒煙を運び去り、張り詰めた静寂だけがそこに残された。



   ◇



 ツバサとソラを乗せた『Ferrumフェルム Avisアヴィス Mk-II(マークツー)』は、片翼と左腕を失った不格好な姿で見慣れたはずの街路を進んでいく。


 コックピットの後部座席。ソラの視線は、サブカメラの向こうの空に棚引く黒煙に向けられていた。


「アネッサ先輩たち、大丈夫かな……」


 前席のツバサは、フロントモニターから目を離さない。スロットルを微調整する手の動きだけが、狭い空間に小さな音を立てている。


「……ソラ」


「ん?」


「さっきは悪かった。親父の安否確認は、俺が自分から言い出すべきだった」


 前を向いたまま、ツバサが低く呟いた。逃げるように視線を落とし、言い訳を噛み殺して操縦桿を握り直す。


「ううん。私も、亮介さんが心配だったから」


 ソラは小さく首を振り、シートの背もたれに深く寄りかかった。


 機体は住宅街の入り口へと差し掛かる。メインモニターに映し出される光景に、二人の呼吸が同時に止まった。


 二人でよく遊んだ公園のジャングルジムは、飴細工のように溶け落ちており、近所の本屋も、地域の集会所も、全てが瓦礫の山と化し、黒焦げた建材が道路を塞いでいた。


 街の面影は、どこにもない。


 ツバサの呼吸が浅く、早くなる。


 操縦桿を握る右手に過剰な力がこもり、機体が実家の工場——その残骸の前で急停止した。


「降りるぞ、ソラ」


 ツバサはシートベルトを外すや否や、ハッチの解放レバーを叩き下ろす。金属音とともに扉が開き、ツバサは彼女の背中をせっつくようにしてハッチへと詰め寄った。ソラが外へ這い出し、装甲に足をかけ降りようとしたその時。ツバサはその脇をすり抜けるようにして、膝を折った機体から数メートルの高さを躊躇なく地面へと飛び降りた。


「ちょっと、ツバサ!」


 そこにあったのは、見慣れたトタン屋根でも、傷だらけのアルミ引き戸でもなかった。壁は吹き飛び、機材はひしゃげ、敷地全体が黒焦げた炭の山になっている。


「親父……!」


 ツバサは工場の奥、亮介の部屋だった場所へ駆け出し、まだ熱を持つ瓦礫に素手を突っ込んだ。手の甲に擦り傷ができ、血が滲んでも、構わず木材を投げ捨てる。


「っ!親父!いるか!」


 返事はない。


 ただ、赤黒くくすぶる炭がパチ、と微かな音を立てただけだった。風が通り抜け、焦げた匂いだけを運んでいく。足元で、焼け落ちた波板がカランと乾いた音を立てた。


「亮介さーん!」


 少し遅れてきたソラは見る影もない工場で、声を張り上げた。


 金属を切削する電動カッターのけたたましい駆音も、男の豪快な笑い声もしない。ひしゃげた作業台、焼け焦げた工具箱。すべてが灰の海に溺れている。


 その時、ソラの靴底が、コンクリートとは違う硬質な感触を拾った。


 足元の灰を払うと、そこに床と一体化した厚い鉄板が現れた。端には、衝撃で歪んだ頑丈なヒンジと、埋め込み式の取っ手が付いている。


 ソラは膝をつき、取っ手を両手で掴んで力任せに引き上げた。ギギギ……と重い摩擦音を立てて鉄板が持ち上がると、開いた暗がりの奥から、地下へと続く金属製の梯子はしごが姿を現す。


 煤にまみれたツバサが、息を切らして戻ってくるが、


「ダメだ、いねぇ……ソラ?」


「ツバサ……これ」


 開かれた床の扉を見て、足を止める。


「は?扉……?」


「地下に続いてるみたい……もしかしたら、この中に避難し――」


 目を丸くして、飛び出すように駆け寄ったツバサは、ソラが言い終わるより早く、扉の中に顔を突っ込んだ。


「親父!そこにいるのか!」


 反響したツバサの声だけが地下に広がる。


「……確認するぞ」


「う、うん!」


 穴に差し込む光は手前側を照らすことしかできず、梯子の終わりは見えない。


 しかし、ツバサはお構いなしに下りていく。


「足元、気をつけろよ」


「わかって――!!」


 後に続くソラは、ハッと弾かれたように目を見開き、慌てて制服のスカートの裾を押さえる。梯子にしがみついたまま、身をよじるようにして下を覗き込むが、ツバサはとっくに闇の中に消えていた。


 その深くから、ツカッツカッとテンポよく梯子を降りていく足音だけが、虚しく響き渡る。


「思ったより深くねーな」


 果てしなく思えた暗闇に対して、梯子はあっけなく行き止まりを迎えた。ツバサの足音が休止符を打ち、早くもその靴底が地下のコンクリート床を硬く踏みしめる。


 梯子の先は、やたらと広い地下室のようになっており、地上から差し込む光は弱く、部屋の中には陰影の強弱だけが浮かび上がっている。


 ようやく梯子を降り切ったソラが手をはたき、おぼつかない様子で闇を見回す。ツバサはその横顔を一瞥することもなく、壁の照明スイッチを探し当てて指先を掛けた。


けるぞ。目、押さえてろよ」


 言われた通りにソラは両目を固く結ぶ。


 ――パチッ!


 ジジッという音とともに、天井にぶら下がった長大な蛍光灯が、奥へ向かって次々と点灯していく。


「…………!!」


 照らし出された空間に、二人は言葉を失った。


 現れたのは、家の敷地全域ほどの広さを持つ巨大な地下ハンガー。壁際に行儀よく並ぶ見たこともない大型の工作機械の数々。端のラックには、昨晩亮介とソラが“ロマン”と呼んで作っていた“世界を救う槍”が、真新しい塗装を放って掛けられていた。


 そして、フロアの中央。


 二人の視線は、そこに鎮座する鋼鉄の塊に吸い寄せられた。


 塗装のされていない、鈍い銀色――ベアメタルの装甲。関節部の太い油圧シリンダーや、過剰なまでに分厚い胸部プレート。


 一目でわかる。それは、競技用のフレームではない。純然たる『軍用機』だった。


 亮介の息遣いが残る地下室の真ん中で、鈍い銀色の塊だけが底知れない異彩を放っている。そのあまりに歪な光景を前に、ツバサは強張った横顔を晒したまま、一歩も動けずに立ち尽くしていた。


「なんだよ……これ」


 ツバサの口から、無意識な呟きが漏れる。


「ツバサ……」


 小さく名前を呼んだきり、ソラは次の言葉を続けられなかった。


「っ!あ、あぁ……とりあえず、探すか」


「ぇ……」


 ツバサは背を向けたまま、ごまかすように返事をすると、フロア中央に鎮座する鋼鉄の塊から目を逸らした。


 そして壁際へと歩み寄ると、巨大な棚や工具箱を次々とひっくり返し始める。重い金属音がコンクリートの壁に反響し、埃が蛍光灯の光の中で白く舞い上がった。


 その後ろ姿に手を伸ばし、再び口を開くソラ。


 ――そんなところにいる訳ない。


 しかし、声を発することなくすぐにその手を引っ込める。


 ソラもまた、反対側へ走り、作業台の下に身を屈め、床に落ちたブルーシートを力任せに引っぺがす。



 広い地下空間に、二人の乱れた呼吸と、無機質な探索の音だけが響き続けた。



 引きっぱなしの椅子。飲みかけのコーヒーが縁にこびりついたマグカップ。誰かが居た痕跡はそこかしこに散らばっているが、どれも完全に冷え切っている。


 唐突に、ツバサの手が、ピタリと止まった。


「……戻ろう」


 ひび割れたような声が、冷たい空気を震わせた。ツバサは踵を返し、降りてきた梯子の方へと足早に向かう。


「こんなことしてる場合じゃない……先輩たちのところにすぐ戻って、加勢するぞ」


 後付けの理由でしかなかった。それでも、何か理由が無ければ一生ここに居てしまう。ツバサの無意識がそう警鐘を鳴らしていた。


 足取りは急で、決して振り返らない。梯子の段に手を掛け、上の暗がりを見上げた。


「ツバサ」


 背後からの声に、ツバサの足がピタリと止まる。


 先ほどまでと打って変わった淀みのない声。ソラは梯子へ向かっていなかった。フロアの中央、軍用機から数歩手前の位置で、両足を床に縫い付けたように立っている。


「……なんだよ、早く行くぞ、ソラ」


 梯子の鉄パイプを握りしめたまま、ツバサは顔の半分だけを後ろに向けた。


 視線の先、ソラは首を横に振る。身を翻すと毅然とした態度で歩み寄り、ツバサの制服の裾をきつく握りしめて、アルマを指す。


「アレ、動かそうよ」


「っ!」


 ツバサの喉仏が、大きく上下に動いた。


「は?……何言ってんだ。そんなの上の――」


「あんなにボロボロじゃ……どのみち無理だよ」


 ソラの声は静かだった。しかし、ツバサの袖を掴むその手は、小刻みに震えている。布地を握り込む指の関節が、血の気を失って白く浮かび上がっていた。


「危ないって、わかってるよ。ツバサが……乗りたくないのも」


「っ!ちがっ、俺は別にそんなこと――」


 ただ「アルマに乗ろう」と言うのとは訳が違う。二人の目の前に鎮座するその鉄塊は「軍事兵器」であり、それに乗るということは、これまでの日常を、完全に捨て去ることを意味していた。


 シートに深く身を沈め、操縦桿を握ってしまえば、もう二度と元の平穏な日々には戻れない――そんな直感。


 言葉を遮るように力強く首を振るソラ。伏せられた睫毛が、青白い頬に影を作る。


「ううん、私のワガママなの。先輩たちも、亮介さんも、街も、みんな助けたい。それに――」


 顔を上げたソラの視線は、ツバサの瞳を真っ直ぐに射抜いた。


「もう辛い思いはしたくないし……させたくない」


 ツバサは思わず、目を逸らす。


「ズルくてごめん。無茶苦茶言ってるよね……けど、私……私はッ、いつもの通りのッ!部活に行って、機械をいじって、みんなと楽しく雑談してッ……みんなとの……ツバサとの日常を、取り戻したいよッ……!」


「――ッ」


 無機質な空間にだんだんと熱を帯びていく声が響く。ソラはツバサから決して目を離さないまま、その瞳から一滴の雫をこぼした。


 震える指先。噛み締めた唇。それでも決して逸らそうとしない、強い眼差し。


 二人の視線が交差する。


 ツバサの肩から力が抜けて、肺の底から息を吐き出した。


 梯子の鉄パイプからゆっくりと右手を離し、ソラの手をそっと上から包み込むようにして解く。


「張り切ったり泣いたり、相変わらず忙しそうだな」


「それはッ……ごめん」


 うな垂れた頭に、ツバサの手のひらがポンと軽く置かれる。


「別に謝るとこじゃねーよ」


 反射的に手を払い、視線が泳ぐソラ。


 ツバサは、こともなげにその横を通り過ぎていく。


「どうせアルマは二人乗りなんだ。お前が背負った時点で、俺も背負ってんだよ」


「ぇ……」


 視線の先には、冷たいオイルの匂いを放つ、純然たる“兵器”としてのアルマ。


 ツバサはもう、そこから目を逸らさなかった。


「どうした?“取り戻す”んだろ?さっさとしねえと置いてくぞ」


「……うん!!」


 気だるげに歩くその後ろ姿を追って、弾んだ靴音が軽快に響く。



   ◇



『うわぁぁぁ!し、死ぬ!!隊長――』


 吹き荒れる煙塵の奥で、断末魔が短く途切れた。


 抵抗を試みた黒塗りの軍用機が、膝から崩れ落ちる。


 対峙する機体の両腕、その前腕側面にマウントされた流線型のシールドから、無音で展開された銀色のブレードが、迷いなく急所を貫いてた。


 そのロイヤルブルーの装甲が、残りの機体へゆらゆらと距離を詰める。


『て、撤退だ!退け!今すぐ退くんだ!我々に勝ち目はない!』


 荒げた撤退命令に回線がざわつく。


『何言ってるんですか隊長!そんなの死んだヤツらはどうなるんですか!?無駄死むだじにだって言うんですか!?』


『うるさい!ヒステリックになるな!生きている命を優先しろ!つべこべ言わずに撤――ッ!』


 一瞬だった。無駄な動作は一切ない。蒼き腕が閃く。


 気が付けば、ブレードは黒い機体の装甲の継ぎ目――胸部奥の動力炉と駆動ケーブルが密集する急所だけを、精密な外科手術のように的確に貫き、抜き放たれる。


 黒の軍用機がガクンと膝を折り、完全に機能を停止した。


 しかし、その直後、緊急脱出システムが作動し、パイロットを乗せたコックピットが上空へと射出される。


『クソッ!こちらアルファ1!動力損傷により戦闘継続不能!これより緊急脱――』


 だが、上昇したその影を、蒼いマニピュレーターが強引に掴み取った。


 ガゴンッと鈍い音が鳴り、カプセルがアスファルトへ転がり落ちる。一拍遅れて、分厚い金属が紙屑のようにグシャリとひしゃげた。


 もうもうと立ち昇る煙塵の中、ゴールドのラインを鈍く光らせる蒼き死神は、何事もなかったかのように次の獲物へと歩みを進めていく。

次回更新は明日です

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