#5 デュアルドライブ!起動ッ!!
警告アラートが、狭いコックピット内で耳障りな電子音を数度刻む。
モニターサイドに小さく並ぶインジケーターのうち、右脚部を示すアイコンが不吉な赤に染まっていた。先ほど放った渾身の蹴りは、敵の頭部をわずかに歪ませただけに終わり、その反動によってこちらの駆動系が悲鳴を上げていた。
ツバサたちの乗る競技用アルマは、各駆動系や装甲の内部に衝撃感知センサーが搭載されている。一定のダメージを受けるとセンサーが反応し、該当部位が強制的に機能停止する仕様となっており、これは競技を安全に行うための措置だが、想定外の実戦においては命取りの“枷”でしかない。
『ほらほら、どうしたぁ? もう終わりか、カラテ少年!』
装甲の分厚い漆黒の軍用アルマが、余裕の足取りで歩み寄ってくる。外部スピーカーから漏れ出る男たちの下卑た笑い声は、焦げ付いた空気を震わせていた。
ツバサは無言で奥歯を噛み締め、スロットルレバーを限界まで押し込む。機体背面のブースターが悲鳴のような爆音を上げ、右脚を引きずりながらも猛烈な勢いで後退する。ソラを逃がした方向とは真逆――部室のガレージがある森の奥深くへと、機体を滑り込ませた。
その後ろを黒い機体が、巨体を揺らしながら楽しげに追ってくる。
ツバサは木々の隙間を慎重に選びながら機体を後退させ、かつて何度も通ったガレージの影に飛び込むと、転がっていた競技用のスチールブレードを拾い上げた。刃のない、ただの分厚い鉄板。
ガレージの壁際で息をひそめるツバサ。モニター上部に点滅する敵機の反応を、微動だにせず凝視している。
『今度はかくれんぼかぁ?』
『ギャハハ!ん~、あのぼろっちい小屋が怪しいかな~?』
挑発も、自身が固唾を吞む音さえも、今のツバサの耳には届いていない。
点滅するたび、近づいてくる反応。しかし、ツバサはまだ動かない。
『おいおい、動かなくなっちまったぞ?』
『あ~、ビビっちゃったか?つまんねー』
トタン一枚を隔てた直近に、敵機は位置している。
『んじゃ、おつかれ~』
敵が銃口を壁に突きつけ、トリガーに指を掛ける。
――その瞬間。トタンをぶち破ったアルマが、ブレードを叩きつける。
『うわぁ!!』
ガギィンッ!と鼓膜を鋭く刺す金属音が響き、激しい火花が散った。
しかし、手応えは最悪。強固な軍用装甲の表面を滑り、競技用の鉄板は無残に弾かれる。
『あぁ? なんだよ、おもちゃかよ。ビビらせんなっての』
敵の銃口が駆動音を上げて持ち上がる。
「……っ!」
頭上の空気が、突如として激しく引き裂かれた。遥か上空をいくつかの黒い影が、猛烈な速度で通り過ぎる。
目の眩むような強い光が走った後、遠くの方から激しい爆撃音と地鳴りが響く。木々は大きく煽られ、トタンの屋根は紙切れのように吹き飛んだ。
『おぉ、まだいくのかよ。容赦ねぇなぁ』
「っ!ソラッ!!」
敵機が後ろを振り向き足を止めたそのわずかな隙に、ツバサは不随の右脚をスラスターで強引に引きずりながらも、敵を横切り森の中を引き返す。
『おいおい、手間かけさせんなよな』
背後から、漆黒の軍用機が猛烈な駆動音を響かせて追尾を開始する。
競技用アルマは姿勢制御を維持するだけで、メインコンピューターの容量をほとんど消費する。オペレーターを欠いた状態で操縦桿を握るツバサには、敵の射線を予測する計算の余裕など残されていない。
木々の向こうから放たれた大口径の弾丸が、ツバサの機体の左肩を掠め、エメラルドグリーンとホワイトの装甲を紙切れのように抉り取った。
「……っ、ぐぅ!」
衝撃でモニターが激しく明滅し、システムが機能停止寸前の悲鳴を上げる。だが、ツバサの目は死んでいなかった。
ツバサが向かっていたのはソラのもとではなかった。
激しいノイズが走る画面の隅に、あらかじめ狙いを定めていた「地形」がようやく映り込んだ。
『はい、行き止まり。センス無ぇ~』
行く手を阻むようにそびえ立つ急斜面の壁を前にして、ツバサは敵に背を向け立ち止まる。
「ここなら……!」
ツバサは操縦桿から手を離し、シートの股の間に位置する、黄色と黒のストライプが塗られたレバーを両手で強く握りしめると、一気に手前へと引き絞る。
次の瞬間、コックピットの底部で爆縮が起きる。機体の背後、首の裏側から直径1mほどの円柱――コックピットカプセルがロケットモーターの凄まじい推進力と共に、斜め後ろの上空へと激しく撃ち出された。
衝撃で視界が歪む。ツバサを乗せたカプセルは、風を引き裂き、黒煙の上がる空へと吸い込まれていった。
◇
開いたパラシュートが風を孕む音が聞こえ、カプセルは激しく揺れながら流されていく。狙った方角からはそれなりにズレたものの、カプセルは荒いバウンドを繰り返し、泥を撥ねて停止した。手動レバーでハッチを蹴り開けた瞬間、喉を焼くような火薬と焦げた肉の臭いがツバサの鼻腔を突く。
カプセルから這い出したツバサの目に飛び込んできたのは、全てが灰に帰した焼け野原だった。
さっきまで確かにそこにあった校舎の壁も、窓も、すべてが跡形もなく消え去っている。その赤黒い炎が揺らめく中心に、背にある翼を下敷きに寝たままのアルマと、ぽつんと、小さな背中が座り込んでいた。
ソラだった。
「ソラ!」
駆け寄ったツバサの声に反応はない。ソラは焦点の定まらない目で虚空を見つめている。彼女の周囲に、シュンやチサの姿はなかった。
「……ぁ」
漏れ出た音を押し殺し、後ろから伸ばしかけた手を、ツバサは一度引き戻す。
ソラの背中からふっと視線を逸らし、固く目をつぶった。深く、喉の奥で息を整えてから、再びその背中に声を掛ける。
「ソラ、立てるか?すぐに敵が来る。アルマに乗って逃げるぞ」
ソラが弾かれたように顔を上げた。その瞳からはひとしきり涙を流した跡があり、顔中が煤と血で汚れている。振り返り、いつもと変わらないツバサの平然とした顔が視界に入った瞬間、ソラの唇が戦慄いた。
「なんでっ…なんで、そんな平気そう、なの……? シュンたちが……チサが!死っ……!さっきまでそこに居たのに!!なのになんで!!」
ソラは勢いよく立ち上がりツバサの胸倉を掴むと、細い拳で何度も叩きつけた。その衝撃を、ツバサは一歩も引かずに真正面から受け止め続ける。
「私がもっと早く!もっとうまくアルマを動かせてれば、助けれたかもしれないのに……! 学校も街も、みんな、みんないなくなっちゃったんだよ!? なのに!それなのに!!私はっ!……私は……っ」
叫ぶソラの声は、涙で何度も裏返る。激しく波打つ小さな肩から、次第に全身の力が抜けていき、ズルズルとその場にへたり込んでしまう。
ツバサはソラに視線を合わせるようにしゃがみ、焦点の合わない目をのぞき込んだ。
「悪かった。ソラだけのせいじゃねーよ。俺の力不足もあった」
いつも通りのローテンションで事もなげに詫びるツバサ。
「謝られたって……!どうにもなんないよ……っ!」
「……かもな……全部手遅れ、か」
その静かな呟きに、ソラは拒絶するようにハッと息を呑んだ。
「なんなの、その言い方!ツバサは何でそんな冷静でいられるわけ!?もう二人ともいないんだよ!悲しくないの!?」
「悲しいに決まってんだろ……!」
「っ!」
「泣いてなきゃ悲しくないなんてわけ、ないだろ!」
顔を上げたソラの目に映ったのは、いつもと違って、瞳の奥にかすかな水膜を湛えたツバサの顔だった。
「悪い……言い過ぎた」
「いやっ……こっちこそ、ごめん」
短い沈黙の後、ツバサが静かに切り出す。
「シュンが言ってたの覚えてるか?“絶対に死なないでくれ”って……なぁソラ、俺は約束を守るぞ。だから、お前のことも死なせない。ソラは、どうなんだよ」
見下ろしてくるツバサの瞳が、真っ直ぐにソラを捉えて離さない。
「っ!……私は、」
ソラは震える唇をきつく結び、ボロ切れのような袖で乱暴に目元を拭うと、小さく、しかし力強く答えた。
「私もだよ、ツバサ。私も絶対に死なない。ツバサと一緒に生きるよ」
前を見据えたその瞳からは、先ほどまでの濁りが消え失せていた。
◇
二人は横転したまま沈黙していた自分たちのアルマ『Ferrum Avis Mk-II』のハッチへ滑り込み、狭い複座式のコックピットへ乗り込んだ。
前席にツバサ、後席にソラ。
爆撃の衝撃波によって、機体の全システムはセーフティーモードに陥っている。
「ソラ、いけそうか?」
傾いたシートに身を預けながら、ソラは目まぐるしい速度で電子パネルを叩き、次々とセーフティーモードを強制解除していく。
遠くの森から、ズゥン、ズゥンと、ツバサを追ってきた黒いアルマの重い足音が響き始めた。
「まずいな、すぐそこまで来てるぞ!」
「今、メイン回路!! 動いて、お願い……ッ!」
フロントモニターはまだ真っ暗なまま。頭上の枝葉を激しくむしり取る不穏な破砕音と、迫る駆動音を拾い始める。
ほどなくして、焼け野原に、先ほどの軍用アルマが姿を現した。ひび割れたレンズが、動かない『Ferrum Avis Mk-II』を捉え、一歩、また一歩とにじり寄ってくる。その手に握られた“対アルマ用ブレード”が、周囲の炎を反射してギラついた。
『さんざんコケにしてくれちゃって。しぶとい奴らだな……が、これでおしまいよ!』
「間に合わな――!」
ズガァァァン!!
鼓膜を圧する大音響と共に、コックピットを猛烈な激震が襲う。敵の振り下ろした大剣は、中心こそ逸れたものの、機体の左肩口へと深く突き刺さっていた。
「いける!!」
ソラが赤く点滅する最後のブレーカーを押し込む。
「デュアルドライブ!起動――ッ!!」
中央コンソールの全インジケーターが一斉に跳ね上がり、駆動の重低音がコックピットを満たした。
『Ferrum Avis Mk-II』のメインカメラが鮮烈なエメラルドグリーンの光を放った瞬間、ツバサは操縦桿を右へ限界まで薙ぎ払った。
それと同時に、左肩に深く食い込んでいた大剣に引きずられるようにして、大破した左腕部と背の鉄翼が根元から強引に引き千切られ、激しい火花を散らした。
「チッ、まだだ! 森に逃げ込むぞ!」
ツバサは姿勢制御のペダルを踏み込み、出し惜しみなくブースターを噴かせて、片翼となった機体を強引に森へと走らせる。
◇
後席のソラは、自身を囲むデータメーターの光を浴びながら、刻一刻と負荷を増していく機体の状況を凝視していた。ツバサの反射神経だけで直撃を免れているものの、コンソール上には赤いアラートが次々と点灯していく。
「逃げ回んのも限界か……隠れるか?」
ツバサが一度、巨岩の裏へと機体を隠す。
「…………」
ソラはそれに答えることもなく、モニターにポップする無数の情報を確認し続けている。そこには、周囲の地形や機体の現状、敵機の映像が高速で流れていた。
「……やっぱり変だ。射撃が左に逸れてる」
「……?」
「さっきのブレードもそう。多分メインカメラが壊れてる」
ソラは敵機の追跡データを指し示しながら、鋭く声を上げた。
「あいつ、さっきツバサが頭部を蹴ったって時に、たぶんメインカメラが死んだんだ。攻撃が左右に逸れるのは、サブモニターしか動いてない時に陥りがちな状態……今は、カメラじゃなくて、ほとんどレーダーの波形だけに頼ってるんだと思う」
「なるほどな。じゃあこのまま逃げ切れるか?」
「こっちは一撃で致命傷だよ?さすがにそれは無理……だけど、倒す作戦ならある、かも」
「は?倒す……?」
ツバサは呆気にとられ、狭いシートの上で後席を振り返った。操縦桿を握る右手に、自然と力がこもる。二度も決定打を弾かれた相手を「倒す」など、にわかには想定できない。
「ツバサ、さっき乗り捨てたシュンたちのアルマの場所、わかる?」
「……北側の崖近くのはずだ」
「あそこか……うん、いけるはず」
ソラは一度視線を落とし、ひじ掛けに置いた右手で自身の額をきつく押さえた。数秒の沈黙の後、弾かれたように顔を上げる。ツバサの目を見据えるその瞳には、何か確信めいたものが宿っていた。
「急いでそこに向かって!準備の時間が必要になるから!」
「別にいいけど、作戦内容は?」
「まだ……言えない。いいから早く!」
まくし立てるソラの剣幕に、ツバサは僅かに眉をひそめつつも前方へ向き直る。スロットルレバーを押し込み、今出せる最大出力で目標地点へと機体を向かわせた。
◇
メインモニターは真っ黒になり、ノイズすら走っていない。男たちは、サイドモニターとレーダーだけを頼りに、ツバサたちを追跡していた。
「チッ、たかがカメラがやられるだけでこんなに不便なのかよ、アルマってヤツは」
「まあまあ、気楽にいこうぜ。どうせ勝ち戦だ。肩の力抜けよって」
「ハハッ、それもそうか。おっ、いたぞ。あっちだ」
緑色のインジケーターが、静止した機体反応を捉える。
「なんだよこれ、カメラなんていらねぇじゃん!」
「ん?つーか、この場所、さっきの崖かぁ?ハッ、バカの一つ覚えって訳ね」
レーダーが指し示したのは、先ほどツバサを追い詰めた場所だった。
「どーせまた脱出だろ?さっきは初見だったが、もう次は無いぜ?」
「F2Fでぶち抜いてやんよ!」
機体はフルスロットルで直進し、ブレードを構えたまま、加速度を上げていく。
「いただきぃ!!」
森を抜けたと同時に、目の前に現れたアルマめがけてブレードをフルスイングし、一刀両断する。
『デァハハハッ!ホームランだぜ!』
高笑いで、勝利宣言をする男たち。
激しく飛び散る装甲の破片。真っ二つに裂け、地面に転がった大破機の影。
凄まじい風圧が周囲を吹き飛ばさんばかりに煽り、飛び散った土塊や細かな金属片、火花の雨が容赦なく降り注ぐ。
――その死地の中心に、強制開放されたメンテナンスパネルを、両手に死に物狂いで掴み、最大出力で発信ビーコンを偽装し続けていたソラの姿があった。
「今だよ、ツバサァァ!!」
崖上の木々が弾け飛ぶ。
ソラが叫ぶのと同時に、崖の上から『Ferrum Avis Mk-II』が躍り出た。
重力と全スロットルの推進力を乗せた、全高5mの鉄塊による急降下攻撃。分厚い鉄板が繰り出す渾身の一振りが、敵機の頭頂部へと真上から叩きつけられた。
ガギィィィンッ!!!
凄まじい金属破壊音が森全体に響き渡る。黒い機体は想定外の質量攻撃に耐えきれず、頭部は完全に破壊され、脚部が地面の泥の中へと深くめり込んだ。
『……やって、くれたなぁ、クソガキがァ!!』
「とっとと、くたばれってんだ……っ!!」
ツバサは操縦桿を押し込み、さらに圧力をかける。
しかし――。
ギギギギ、と不気味な油圧駆動音が、地面の底から響いてくる。首から上が無残にひしゃげた黒いアルマが、その太い金属の腕で『Ferrum Avis Mk-II』の腕をガチリと掴み返した。
『……舐め、やがってェェ!!』
外部スピーカーから響くのは、狂気に満ちた叫び声。ミシミシと競技用フレームが悲鳴を上げ、駆動関節から激しい火花が吹き出す。軍用機の圧倒的な装甲は、まだ死んでいない。
黒い銃口が、至近距離からツバサのコックピットへ向けられる。
「――っ!」
「ツバサ!!」
ツバサの視界が、絶望の黒に染まりかけた、その時。背後の森が、爆発的な衝撃波と共に大きく弾け飛んだ。
一閃。
視界を過ったのは、鮮烈な“赤”。
シュルルルルッ! と鋭く風を切る。鋼鉄製のワイヤーに繋がれた鎌のようなブーメランが宙を舞い、黒いアルマの右腕に寸分の狂いもなく巻き付いた。
『なんだ――!?』
グンッ!とワイヤーが強烈な力で引き絞られる。敵の銃器が腕ごと強引に弾き飛ばされ、宙を舞った。
鎌は美しい弧を描きながら、主のもとへと帰っていく。
砂煙を割って姿を現したのは、部室にあったもう一機――燃えるような真紅の装甲を持つ、アルマだった。
「アネッサ先輩!カケル!」
赤いアルマが地面を滑るように加速し、戻ってきた鎌を左腕でキャッチする。そのワイヤーの先端は、弾き飛ばされた敵の銃をすでに絡め取っていた。
一引きで銃を右手に収めると、そのまま敵の懐へと鋭く潜り込む。流れるようにワイヤーを敵の脚部に絡めて体勢を崩し、手中に収めた銃口を、黒い機体のコックピットハッチへと真っ直ぐに押し当てた。
『軍人にしちゃ、弱いな』
低く冷たい女の声。
『待っ――』
スピーカーから漏れた男の短い悲鳴を、強烈な破裂音が圧殺した。
至近距離での発砲。黒いアルマの胴体が内側から爆散し、激しい火花と黒煙が巻き起こる。漆黒の鉄塊は、操り人形の糸が切れたかのように、ゆっくりと、泥の中へと崩れ落ちていった。
「まじかよ……」
「……先輩」
硝煙の立ち込める静寂の森の中で、真紅のアルマは銃口を無造作に下げ、片翼を失って座り込む『Ferrum Avis Mk-II』を、静かに見下ろしていた。
『引くのは勝手だけど、優しい先輩が命の恩人になったんだ。礼くらい言ってくれてもいいぞ?』
次回は、明日(7/11)の夜、更新予定です。




