第六章 決戦
帝都ヴェルグの城壁を背に広がる大平原は、十五万の三国同盟軍と、背後から急襲を仕掛けたエイダ・ケンドル(大将軍)率いる二万五千の帝国軍が入り乱れ、巨大なすり鉢状の地獄と化していた。
「止まるな! 敵の包囲網が完成する前に、中枢を食い破れ!」
エイダ(大将軍)の漆黒の剣が閃くたび、ガルドリアの重装歩兵やセイルの防衛兵が次々と宙を舞う。彼女の背後には、疲労を怒りと使命感で塗り潰した帝国軍の精鋭たちが、死物狂いで続いていた。
「左翼から敵の機甲部隊が来るぞ! 工兵隊、地雷陣を展開しろ!」
老将ダグラス(中隊長)の指示に呼応し、工兵たちが赤土に爆薬を埋め込む。
「第一歩兵部隊、槍を構えろ! 機甲の足が止まったところを狙え!」
グレイ(中隊長)が長剣を振りかざし、トーマス(小隊長)が最前線で咆哮する。
「うおおおおッ!」
ルーク(一等兵)は、昇進して与えられた真新しい鋼の槍を強く握りしめ、突撃してくる敵のセイル軍二曹の胸当ての隙間を正確に突いた。二等兵だった頃の震えはもうない。彼の隣では、ハンス(曹長)が敵の一曹と斬り合い、カール(軍曹)やジャン(一曹)、レン(二曹)といった下士官たちが、新兵の二等兵たちを庇いながら血みどろの防衛線を維持している。上等兵や三曹クラスの兵士たちも、泥と血に塗れながら一歩も引かずに槍を突き出し続けていた。
しかし、敵は十五万。ヴォルデン(大将軍)の指揮の下、連合軍はすぐさま混乱から立ち直り、圧倒的な質量でエイダ(大将軍)の軍団を押し潰そうと陣形を変え始めていた。
「このままではエイダ(大将軍)の部隊がすり潰される! 陛下、我らも打って出る許可を!」
帝都の城壁の上で、七将天の老将ゼノン(大将軍)が皇帝に懇願した。
皇帝は眼下に広がる凄惨な戦場を静かに見下ろした後、玉座から立ち上がり、自らの剣を抜いた。
「城門を開け! 我が帝国の誇る『七将天』よ、すべて出陣せよ! エイダの刃と合流し、三国同盟の喉笛を噛み千切れ!」
「「「御意!!」」」
重厚な地響きとともに、帝都ヴェルグの巨大な正門が開け放たれた。
そこから雪崩を打って出撃したのは、帝都防衛を担っていた四万の近衛兵団、そしてエイダを除く『七将天』の全メンバーであった。
「待たせたな、エイダ! 今度は俺たちが前を歩く番だ!」
豪快な笑い声を上げながら先陣を切ったのは、巨躯に巨大な剛弓を背負った剛の者、ガザ(大将軍)である。その後ろには、漆黒の外套を翻す暗殺者リリス(大将軍)。
さらに、白銀の甲冑に身を包んだ帝国の「盾」ギデオン(大将軍)、疾風のごとき機動力を誇る騎兵将レオンハルト(大将軍)、そして帝国の最高位魔道士である妖艶な女性フレイヤ(大将軍)。
イレント帝国が世界に誇る七人の大将軍——『七将天』が、ここに全員集結したのである。
「帝都の防衛部隊が出てきたか……」
巨大な移動司令塔の上で、三国同盟の総大将ヴォルデン(大将軍)は冷酷な笑みを浮かべた。
「良いだろう。ならばこちらも、真の駒を出して相手をしてやる。出陣せよ、我らが同盟の最高戦力たちよ」
ヴォルデン(大将軍)の背後に控えていた影たちが、一斉に戦場へと飛び出した。
東部でエイダに討たれたバルガス、南部で散ったバルトに続く、ガルドリア王国『六大将軍』の生き残り。双頭の鉄槌を操る破壊の化身ゴラン(将軍)と、神速の槍術使いダルガ(将軍)。
さらに、西部でエイダの増援部隊の魔導砲撃によって消滅したオズに続く、セイル共和国『四天王』の生き残り。光学迷彩と猛毒の刃を操る暗殺サイボーグ・ヴァイパー(将軍相当)と、全身に重火器を埋め込んだ歩く要塞マキナ(将軍相当)。
そして、ルミナ神国のザカリーに代わる最高異端審問官、マラキ(将軍)。
帝国の七将天対、三国同盟の最高幹部たち。
戦場の各所で、大将軍と将軍クラスの化け物同士による、神話のような激突が始まった。
「オラァッ! ガルドリアの雑兵ども、吹き飛びな!」
ガザ(大将軍)が自身の背丈ほどもある剛弓を引き絞り、巨大な魔力矢を放つ。その一矢は文字通り大気を引き裂き、ガルドリアの重装歩兵部隊の中隊を丸ごと吹き飛ばした。
「フン、図体がでかいだけの的だな。俺の鉄槌で挽肉にしてやる!」
土煙を突き破り、ガルドリアのゴラン(将軍)が双頭の鉄槌を振り下ろしてガザ(大将軍)に襲いかかる。
「来やがれ! 力比べなら負けねぇぞ!」
ガザ(大将軍)は弓を背負い直し、背中から身の丈以上の大剣を引き抜いてゴラン(将軍)の鉄槌を正面から受け止めた。大地が爆発したかのような衝撃波が周囲の兵士たちを吹き飛ばす。
一方、別の場所では、帝国のフレイヤ(大将軍)とルミナ神国のマラキ(将軍)による、魔法と奇跡の凄絶な撃ち合いが繰り広げられていた。
「神の裁きの光よ、異端の魔女を灼き尽くせ!」
「あら、随分と埃っぽい光ね。帝国の爆炎のほうがずっと美しいわよ」
フレイヤ(大将軍)が指を鳴らすと、マラキ(将軍)の周囲の空間そのものが大爆発を起こす。大隊長クラスの魔道士ですら一生に一度使えるかどうかの禁術を、彼女は呼吸をするように連発していた。
さらに、リリス(大将軍)は光学迷彩で姿を消したセイル四天王のヴァイパー(将軍相当)と、常人の目には見えない超高速の暗殺戦を展開し、レオンハルト(大将軍)はダルガ(将軍)と騎馬での一騎打ちを繰り広げている。
それぞれの最高戦力が拮抗する中、エイダ(大将軍)はヴォルデン(大将軍)の司令塔を目指して一直線に突き進んでいた。
「エイダ(大将軍)閣下を止めるな! 俺たちが道を切り開く!」
大隊長ロイドの指揮の下、中隊長のグレイやシルビアが側面からの敵の増援を食い止める。
ルーク(一等兵)もまた、自身の何倍も体格のいいガルドリアの上等兵相手に、ハンス(曹長)との連携で必死に食らいついていた。
「ルーク(一等兵)、右だ!」
「はいッ!」
カキィィン! とルークの槍が敵の大剣を弾き、その隙をハンス(曹長)の長剣が貫く。下級兵士から将校まで、帝国軍のすべての階級が、大将軍への道を繋ぐために命を燃やしていた。
しかし、戦況は突如として暗転する。
ガザ(大将軍)とゴラン(将軍)の死闘の場であった。
「オラオラどうした! ガルドリアの六大将軍ってのはこんなもんか!」
ガザ(大将軍)の大剣が、ゴラン(将軍)の右肩の装甲を粉砕し、深手を負わせた。ゴラン(将軍)が血を吐いて後退する。
「勝負あったな」
ガザ(大将軍)が止めを刺そうと大剣を振り上げた、その瞬間。
ピピピッ……という無機質な電子音が、ガザ(大将軍)の足元で鳴った。
「……ん?」
「かかりましたね、旧時代の野蛮人。計算通りです」
遥か後方の高台から、セイル共和国四天王のマキナ(将軍相当)が、無数の照準レーザーをガザ(大将軍)に合わせていた。ゴラン(将軍)との力比べは、ガザを特定の座標に誘導するための罠だったのだ。
「最大出力、軌道魔導砲、発射」
天空の雲が割れ、帝都を覆い尽くすほどの極太の熱線が、ガザ(大将軍)の頭上から無慈悲に降り注いだ。
それは本来、城壁を破壊するために用意されていた戦略兵器。個人に向けるような代物ではない。
「ちぃッ……! 結界ッ!」
ガザ(大将軍)は即座に大剣を盾にし、全魔力を放出して防御姿勢をとった。しかし、圧倒的な熱量が彼の巨大な体を包み込む。
ズゴォォォォォォォォンッ!!!
戦場が白昼のように輝き、大地がドロドロに融解した。
「ガザ(大将軍)!!」
遠くからエイダ(大将軍)の悲痛な叫びが響く。
光が収まった後、そこには右半身を激しく焼かれ、黒焦げになりながらも、決して膝を突かずに立っているガザ(大将軍)の姿があった。
彼が身を挺して熱線を受け止めたおかげで、背後にいた帝国軍の兵士たちや、帝都の城門は破壊を免れていた。
「ば、馬鹿な……直撃を受けて、なぜ立っていられる……!?」
高台のマキナ(将軍相当)が、電子アイを激しく点滅させて驚愕する。
「へへ……俺の後ろには……帝国の民がいるんだよ……こんなモンで、倒れるか……!」
ガザ(大将軍)は血と灰を吐き出しながら、ゆっくりと背中の剛弓を手に取った。もはや腕は炭化しかかっており、弓を引くことなど不可能な状態だった。
しかし、彼は自身の「命」そのものを魔力に変換し、光り輝く一本の矢を番えた。
「死に損ないが! その状態で何ができる!」
深手を負いながらも立ち上がったガルドリアのゴラン(将軍)が、ガザの死角から背後へ回り込み、双頭の鉄槌をガザの心臓めがけて振り下ろした。
ドグシャッ!!
鈍い音が響き、ゴラン(将軍)の鉄槌がガザ(大将軍)の背中を粉砕し、その胸を貫通した。
「……ガハッ!」
大量の血がガザの口から溢れ出る。致命傷。誰の目にも、彼の死は明らかだった。
しかし、貫かれたまま、ガザ(大将軍)の口角がニヤリと上がった。
「……捕まえたぜ、虫ケラども」
「なにッ!?」
ゴラン(将軍)が鉄槌を引き抜こうとするが、ガザの異常なまでの筋肉の収縮により、武器が固定されて抜けない。
「七将天を舐めるなよ。……『流星破』!!」
ガザ(大将軍)の指が離れ、命を込めた光の矢が放たれた。
矢はゴラン(将軍)の脇腹を抉り取り、そのまま一直線に空を切り裂き、高台にいたセイルのマキナ(将軍相当)の胸部動力炉に寸分の狂いもなく直撃した。
「計算……不、可能……」
マキナ(将軍相当)の体が内側から膨張し、大爆発を起こして木っ端微塵に吹き飛んだ。
同時に、脇腹を抉られたゴラン(将軍)も「ば、化け物が……!」と呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。
「ガザ閣下ぁぁぁッ!!」
周囲の帝国兵たちが悲鳴のような声を上げる。
ガザ(大将軍)は、崩れ落ちたゴランを一瞥した後、ゆっくりと振り返り、帝都の方角——そして、遠くでこちらを見つめるエイダ(大将軍)の方を見た。
「……あとは、頼んだぜ、エイダ」
その言葉を最後に、巨漢の大将軍は、天を仰いだままピクリとも動かなくなった。
イレント帝国が誇る七将天の一角、ガザ(大将軍)。
彼は致命傷を負いながらも、敵の最高戦力である四天王一人を討ち取り、六大将軍一人を戦闘不能にするという凄まじい武勲を立て、立ち往生のままその命を散らしたのである。
「ガ、ガザ(大将軍)が……やられた……」
ロイド(大隊長)が絶望に言葉を失う。
無敵と思われていた七将天の死。それは、帝国軍の兵士たちに計り知れない動揺を与えた。一等兵のルークも、曹長のハンスも、その場に立ち尽くしてしまう。
「狼狽えるなァァァッ!!」
戦場の空気を切り裂いたのは、エイダ(大将軍)の悲痛でありながらも、決して折れることのない強靭な怒声だった。
「ガザ(大将軍)は死んだ! だが、彼の魂は、彼の守ったこの帝都と私たちの心に生きている! 彼の死を無駄にする気か! 悲しむ暇があるなら、その怒りを剣に乗せろ! 敵の血で、英雄の弔いとせよ!」
エイダ(大将軍)の全身から、これまでとは比較にならないほどの漆黒の闘気が立ち上る。彼女の瞳は、静かで冷酷な、純粋な「殺意」に染まっていた。
その姿を見た帝国兵たちの瞳に、再び獰猛な炎が灯る。大将軍の死という最大の絶望は、帝国の戦士たちを後戻りできない修羅へと変えたのだ。
「うおおおおおおッ! ガザ閣下の仇ィィッ!」
ルーク(一等兵)が血走った目で槍を振り回し、ハンス(曹長)が鬼神のごとく敵陣に突っ込む。ゼノン(大将軍)やリリス(大将軍)たち残る七将天も、ガザの死に報いるため、かつてない猛攻を仕掛け始めた。
「道を開けッ!!」
エイダ(大将軍)の愛馬が敵の群れを飛び越え、立ち塞がるガルドリアの重装歩兵たちを、彼女の長剣が嵐のように切り刻んでいく。もはや彼女の進撃を止められる者は、この戦場には誰一人として存在しなかった。
そしてついに。
数多の血の海と屍の山を越え、エイダ・ケンドル(大将軍)は、三国同盟軍の総大将ヴォルデン(大将軍)の待つ、司令塔の真下へと到達した。
「よくぞここまで来た、エイダ・ケンドル(大将軍)」
司令塔からゆっくりと降りてきたヴォルデン(大将軍)が、聖剣を構えて彼女を見下ろす。その体から放たれるプレッシャーは、これまで彼女が葬ってきたどの将軍とも次元が違っていた。
「ヴォルデン(大将軍)……。あなたの野望も、三国同盟の狂気も、私がすべてここで断ち切る!」
エイダは愛馬から飛び降り、漆黒の剣の切っ先を、同盟軍最高司令官の喉元へと真っ直ぐに突きつけた。




