第四章 同盟軍
西の技術大国セイル共和国の電撃戦を退け、重要補給拠点であるオルセ砦を死守した大将軍エイダ・ケンドル。しかし、息をつく間もなく、帝国の南部国境は血と炎に包まれていた。
反イレント同盟の最後の一角であり、最大の軍勢を誇る宗教国家『ルミナ神国』が、五万の「神殿騎士団」を率いて侵攻を開始したからである。彼らは「異端審問」の大義名分を掲げ、進軍ルート上にある帝国の村々を無差別に焼き払っていた。
この未曾有の危機に対し、イレント帝国の最高権力者である皇帝は、帝都ヴェルグの宮殿に再び『七将天』を緊急招集した。
「南部国境の惨状は目を覆うばかりだ。ザカリー(将軍)率いる狂信者どもは、我が帝国の領民を無慈悲に屠っている。これを放置すれば、帝国の威信は地に落ちるぞ」
円卓の最上座に鎮座する皇帝の、地響きのような声が軍議場に響き渡る。
その言葉を受け、円卓を囲む七将天の面々が次々に口を開いた。
「ガルドリアのバルガス(将軍)を討ち取ったエイダ(大将軍)の奮戦は見事であったが、流石に東から西、そして南への連戦では、彼女の軍団も疲弊しきっていよう。ここは俺の出番だな」
不敵な笑みを浮かべたのは、七将天の一人であり、巨躯に巨大な剛弓を背負ったガザ(大将軍)であった。彼は帝国の防衛戦において数々の武勲を誇る、七将天きっての剛の者である。
「いいえ、ガザ(大将軍)。ルミナ神国の本質は数と熱狂にあります。彼らは死を恐れぬ奇跡の加護を信じている。搦め手を得意とする私の影部隊で、指揮官のザカリー(将軍)を暗殺するのが最も効率的かと」
静かに発言したのは、漆黒の外套に身を包んだ冷徹な女性、七将天の「影」と称されるリリス(大将軍)だった。
皇帝の傍らに控える軍師であり、同じく七将天の筆頭格である老将ゼノン(大将軍)が、白髭を蓄えた厳格な顔を上げ、地図を見据えた。
「問題は、ルミナ神国だけではない。潜伏していたガルドリア王国とセイル共和国の残存兵力が、ルミナの進軍に呼応して合流の動きを見せているのだ。敵は各国から最高戦力を引き連れ、真の『三国同盟軍』として一つにまとまろうとしている。ガルドリアからは『六大将軍』の一人である重臣が、セイルからは最高幹部『四天王』の一人がルミナの本隊へ向かっているとの情報がある」
軍議場の空気が一気に重くなる。敵はそれぞれの国独自の最高位の猛者たち——ガルドリアの「六大将軍」、セイルの「四天王」を投入し、この南部戦線でイレント帝国を完全に圧殺する構えを見せていた。
その時、円卓の端で静かに戦況報告書を読み終えたエイダ(大将軍)が、毅然と立ち上がった。
「皇帝陛下。そして諸公。この戦い、やはり私に最後まで任せていただきたい」
「何だと、エイダ(大将軍)? お前の部隊は東部と西部での激戦を経て、限界のはずだぞ」
ガザ(大将軍)が驚きの声を上げる。
エイダ(大将軍)は燃えるような赤髪を揺らし、まっすぐに皇帝を見つめた。
「我が軍団の兵たちは疲弊していますが、同時に連勝によって戦意は最高潮に達しています。そして何より、無辜の領民を虐殺するルミナ神国のザカリー(将軍)の暴挙を、私は断じて許せない。奴らの歪んだ信仰を叩き潰すのは、この私の剣でなければなりません」
皇帝はエイダ(大将軍)の瞳の奥にある、決して消えることのない強い決意の炎をじっと見つめた。そして、深く頷いた。
「よかろう、エイダ・ケンドル(大将軍)よ。南部戦線の総指揮を貴殿に委ねる。ただし、敵の規模はこれまでの比ではない。ゼノン(大将軍)、ガザ(大将軍)、貴殿らの直属部隊の一部をエイダの増援として割け」
「「御意!」」
こうして、帝国の命運を賭けた南部決戦の火蓋が切って落とされた。
南部戦線、荒涼とした岩肌が続く『赤砂平原』。
地平線の彼方から、地鳴りのような行進曲とともに、白銀の鎧を身に纏った巨大な軍勢が迫っていた。ルミナ神国軍総司令官、ザカリー(将軍)率いる五万の神殿騎士団である。
「神の光を遮る異端の帝国に、神罰を下せ! すべてを焼き尽くし、清めよ!」
軍勢の中央、純白の戦車の上に立つザカリー(将軍)が、金色の杖を高く掲げて叫ぶ。彼の目は信仰による狂気で血走っており、その背後には、死を恐れる様子が微塵もない神殿騎士たちの列が果てしなく続いていた。
さらに、ザカリー(将軍)の左右には、同盟を組む他国の最高幹部たちの姿もあった。
「フン、バルガス(将軍)を討ち取った小娘が相手か。我がガルドリアの『六大将軍』の名に懸けて、その首を我が主君に捧げよう」
重厚な大盾と大槌を構えたガルドリア王国六大将軍の一人、バルト(大将軍)が地響きのような声を出す。
「我がセイル共和国の『四天王』としての計算によれば、消耗しきった帝国軍の勝率は零パーセント未満です。ニナ(大隊長)の仇、ここで討たせていただきます」
セイル共和国の最高戦力「四天王」の一人である魔導技師、オズ(大将軍)が、数足の不気味な機械脚を持つ巨大な移動砲台の上から冷酷に告げた。
ルミナ神国、ガルドリア王国、セイル共和国。三国の最高戦力が集結した同盟軍の総勢は、およそ七万。
これに対し、強行軍で駆けつけたエイダ(大将軍)率いるイレント帝国軍は、他からの増援を合わせても僅か二万五千であった。
「……数が違いすぎるな」
帝国軍の本陣で、中隊長グレイが苦い表情で呟いた。
「正面からぶつかれば、こちらの戦列は一瞬で包囲され、すり潰されるぞ」
大隊長ロイドもまた、緻密に描かれた戦術地図を前に、険しい表情を崩さない。
「敵は狂信者だけでなく、ガルドリアの六大将軍にセイルの四天王まで揃っている。閣下、ここは一度後退し、帝都からの本隊の到着を待つべきでは?」
兵士たちの間にも、かつてない緊張と恐怖が伝染していた。
第一歩兵部隊の列の中で、新兵のルーク(二等兵)は槍を握る手が汗で滑るのを感じていた。東部、西部と戦い抜き、一等兵への昇進も噂されるほどに成長した彼だったが、地平線を埋め尽くす白銀の敵軍を見た瞬間、足の震えが止まらなくなった。
「おい、ルーク(二等兵)。ビビってんじゃねぇぞ」
声をかけたのは、やはり共に修羅場をくぐり抜けてきたハンス(曹長)だった。しかし、そのハンス(曹長)の顔からも、いつもの余裕は消え失せていた。
「今回の敵は今までの奴らとは違う。神の名を叫びながら、腹を刺されても笑って突っ込んでくる化け物どもだ。一瞬でも気を抜けば、魂まで持っていかれるぞ」
彼らの周囲では、カール(軍曹)やガイル(上等兵)、テオ(一等兵)といった下級兵士たちが、必死に神々に祈りを捧げたり、武器の最終確認を行っていた。小隊長トーマスも、前回の傷が癒えきらぬ体に鞭打ち、「各員、持ち場を死守せよ! 後ろには帝国の領民がいるんだ!」と声を枯らして部下たちを叱咤している。
誰もが、この戦いの絶望的なまでの劣勢を感じていた。
その時、全軍の先頭に、一頭の漆黒の軍馬が歩み出た。
大将軍エイダ・ケンドル。
彼女は全兵士が見届ける中、ゆっくりと愛馬の手綱を引いて反転し、自らの軍団を見渡した。その赤髪は南国の激しい風に煽られて激しく燃え上がり、彼女の双眸には、いかなる絶望をも焼き尽くすほどの強烈な武威が宿っていた。
「イレントの戦士たちよ! 聞きなさい!」
エイダ(大将軍)の声が、不思議なほどに戦場全体へ、兵士たち一人一人の耳へと響き渡った。
「敵の数は七万。対する私たちは二万五千。奴らは神の加護を誇り、圧倒的な数で私たちを恐怖させ、踏みにじろうとしている! だが、私は問いたい! 私たちが今まで戦ってきた戦場で、一度でも数の優劣だけで勝敗が決まったことがあったか!?」
兵士たちは息を呑み、大将軍の言葉に耳を傾けた。
「東部でガルドリアの猛将を討ち破ったのは誰だ!? 西部でセイルの鋼鉄の化け物を鉄屑に変えたのは誰だ!? 他の誰でもない、ここにいるあなたたちだ! あなたたちは、二等兵から一等兵、上等兵、そして下士官、将校に至るまで、その命の限りを尽くして帝国を守り抜いてきた、我が誇る最強の軍団だ!」
エイダ(大将軍)は腰の漆黒の長剣を、一気に引き抜いた。刃が放つ鋭い煌めきが、夕闇に包まれつつある赤砂平原を照らし出す。
「奴らは神の名において、私たちの故郷を焼き、無辜の民を虐殺した! そんな血塗られた信仰に、この帝国の土を戦火で汚させるわけにはいかない! 恐怖に足を止めるな! 私たちが引けば、帝国の未来が潰える! 私は常に最前線でお前たちの盾となり、お前たちの矛となる! 私に続け! イレントの栄光は、我らの剣の先にある!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」」
その瞬間、帝国軍の陣営から、地鳴りのような爆発的な歓声が沸き起こった。
兵士たちの心から恐怖が完全に消し飛び、代わりに燃え盛るような闘志が全身を駆け巡る。
「大将軍閣下万歳!」
「エイダ閣下に続け!」
ルーク(二等兵)もまた、喉がちぎれんばかりに叫んでいた。全身の血が沸騰するような熱い感覚。この大将軍と一緒なら、たとえ神の軍勢が相手であろうとも、地の果てまで戦い抜ける。
「全軍、突撃ィィッ!!」
エイダ(大将軍)の鋭い号令とともに、二万五千の帝国軍が、七万の三国同盟軍に向かって猛然と突進を開始した。
「愚かな異端どもめ、自ら死地に飛び込んでくるとは! 迎え撃て! 聖なる光で塵にせよ!」
ルミナ神国のザカリー(将軍)が杖を振り下ろす。
ドォォォンッ!!
まず動いたのは、セイル共和国の四天王オズ(大将軍)の魔導砲台だった。凄まじい熱線が帝国軍の陣形に直撃し、砂塵を巻き上げる。
しかし、帝国軍の中隊長シルビア率いる弓兵・狙撃兵部隊が、すぐさま反撃の矢の雨をオズ(大将軍)の砲台へと浴びせ、その照準を狂わせた。さらに、老将ダグラス(中隊長)が指揮する工兵部隊が、赤砂の地形を利用して仕掛けた目潰しの煙幕が一斉に炸裂し、平原全体が濃い煙に包まれる。
「視界を確保せよ! 構うな、前進だ!」
ガルドリア王国の六大将軍バルト(大将軍)が、大槌を振り回して突撃してくる。
煙幕を切り裂き、最前線で激突したのは、エイダ(大将軍)とバルト(大将軍)であった。
バルト(大将軍)の放つ、大気を圧殺するような大槌の一撃。それをエイダ(大将軍)は漆黒の剣で斜めに受け流し、火花を散らした。
「フン、バルガス(将軍)を倒した技か! だが、我が防御を崩せると思うなよ!」
バルト(大将軍)が大盾を構え、鉄壁の構えをとる。ガルドリアの六大将軍の名に恥じぬ、隙のない全方位防御。
「なら、その盾ごと叩き割るまでよ!」
エイダ(大将軍)の身体から、凄まじい闘気が吹き荒れた。彼女の剣が目にも留まらぬ速さで、バルト(大将軍)の大盾のまったく同じ一点に向けて、十数回連続で叩き込まれた。
ギチギチと音を立て、最高級の鋼鉄で作られた大盾に亀裂が入る。
「な、何という筋力……女の細腕で、これほどの……!」
バルト(大将軍)が驚愕した瞬間、エイダ(大将軍)の渾身の突きが、亀裂の入った大盾を完全に貫通し、バルト(大将軍)の胸当てを深く穿った。
「がはっ……!」
ガルドリアの六大将軍の一人が、血を吐いてその場に膝を突く。
「一人目」
エイダ(大将軍)は冷酷に告げると、剣を引き抜き、そのまま次なる標的へと視線を向けた。
一方、混戦を極める中央戦線では、ルーク(二等兵)たち第一歩兵部隊が、ルミナ神国の狂信的な神殿騎士たちと泥沼の死闘を繰り広げていた。
「神の栄光あれぇッ!」
迫り来るルミナの三曹、二曹の下士官たちが、自らの命を顧みずに槍を突き出してくる。
「くそっ、本当に死を恐れてねぇ!」
ハンス(曹長)が敵の一曹を斬り伏せるが、別の神殿騎士がハンス(曹長)の背後から迫る。
「させない!」
ルーク(二等兵)が叫び、必死の思いで槍を突き出した。槍先は正確に敵の鎧の隙間を捉え、神殿騎士を突き倒す。
「よくやった、ルーク(二等兵)! 助かったぞ!」
ハンス(曹長)が叫び、二人は互いの背中を預け合いながら、果てしない敵の波を押し返していった。彼らの奮戦により、帝国軍の戦列は数の劣勢にありながらも、一歩も退くことなく持ちこたえていた。
「バ、バルト(大将軍)が敗れただと!? オズ(大将軍)、何をしている、早くあの女を砲撃しろ!」
本陣で戦況を見ていたザカリー(将軍)が、初めて狼狽の声を出した。
「言われずとも……! 最大出力で、あのエリアごと消滅させます!」
セイルの四天王オズ(大将軍)が、巨大な移動砲台のエネルギーを極限まで充填し、エイダ(大将軍)に向けて照準を合わせた。青白い魔力の光が、夜空を昼間のように照らし出す。
「死ちなさい、帝国の英雄!」
オズ(大将軍)が発射ボタンを押そうとした、その瞬間。
遥か天空から、一条の巨大な「光の矢」が降り注いだ。
それは、帝都の軍議場でガザ(大将軍)が放った、七将天の増援部隊による超長距離支援魔導砲撃であった。
ズドォォォンッ!!
凄まじい爆発とともに、オズ(大将軍)の移動砲台は動力源ごと誘爆を起こし、四天王オズ(大将軍)もろとも木っ端微塵に吹き飛んだ。
「な、何が起きたのだ!?」
ザカリー(将軍)が絶叫する。ガルドリアの六大将軍が倒れ、セイルの四天王が消滅した。三国の誇る最高戦力が、イレント帝国の圧倒的な武力と戦術の前に、次々と粉砕されていく。
そして、硝煙を切り裂いて、一人の赤髪の戦乙女がザカリー(将軍)の戦車の前に姿を現した。
エイダ・ケンドル(大将軍)。
その漆黒の軍服は敵の返り血で染まり、彼女の掲げる剣は、月光を浴びて神々しいまでの光を放っていた。
「さあ、最後はあなたよ、ザカリー(将軍)。神の名を隠れ蓑に、弱者を虐殺した罪、その命で償いなさい」
「ひ、開くな! 悪魔め! 神よ、我が身に加護をぉぉっ!」
ザカリー(将軍)は狂乱しながら金色の杖を振り回すが、エイダ(大将軍)の歩みは止まらない。
赤砂平原に、帝国の勝利を決定づける最後の刃が閃こうとしていた。しかし、この南部戦線での勝利の先に、さらなる過酷な運命——三国同盟軍の本当の総大将が待っていることを、エイダ(大将軍)はまだ知る由もなかった。




