7
深夜。
盗賊団《黒犬団》のアジト。
宴会は終わっていた。
酒臭い空気。
転がる空き瓶。
寝息。
いびき。
焚き火の赤い光だけが、洞窟の中をぼんやり照らしている。
その片隅。
「……のだぁ……」
勇者レイは毛布にくるまっていた。
昼間。
散々だった。
『税金未納』
『借金王』
『勇者(弱)』
顔面への落書き。
宴会芸。
尻振りダンス。
挙句の果てに。
「おい勇者! 吠えろ!!」
「わんっ♡なのだぁ……」
「ギャハハハハ!!」
本当に犬扱いされた。
しかも飯のために従った。
勇者として終わっていた。
そして今。
「のだぁ……」
レイは半泣きだった。
「うぇ……うぇええええん……!!!」
ついに泣き始めた。
かなり情けない泣き方だった。
「酷いのだぁ……」
すすり泣く。
「吾輩、勇者なのにぃ……」
なお。
本人は割と本気で傷ついていた。
レイは性格こそ最悪だが。
メンタルは妙に子供っぽい。
なので。
馬鹿にされると普通に落ち込む。
「うぇええええん!!」
しかも。
「顔に変なの描かれたのだぁ……」
そこが一番ショックだった。
女神エリシアは、洞窟の天井近くにぼんやり現れていた。
「……」
ジト目。
完全に呆れている。
「何泣いてるのよ……」
「虐められたのだぁ……」
「当たり前でしょうが」
「酷いのだぁ……」
レイは鼻水をすすった。
「吾輩、勇者なのにぃ……」
「その勇者が盗賊団に捕まって犬やってるのよ」
「のだぁあああ!!」
致命傷だった。
レイは毛布へ顔を埋めた。
「うぇええええん!!」
エリシアは深くため息をついた。
本来。
女神が関わる存在ではない。
勇者とはいえ、この男はかなりアレである。
性格は終わってるし。
怠け者だし。
守銭奴だし。
平気で人へ責任転嫁するし。
しかも妙に図太い。
なのに。
「うぇええええん!!!」
こうやって泣かれると。
妙に放置しづらい。
「……はぁ」
女神はゆっくり降り立った。
レイの横へ座る。
「……ほら」
「のだぁ?」
淡い光が現れる。
毛布が少し温かくなる。
レイは鼻をすすりながら見上げた。
「……慰めてるのだぁ?」
「勘違いしないで」
「のだっ♡」
レイはちょっと元気になった。
だが次の瞬間。
「うぇええええん!!」
また泣いた。
「今度は何」
「思い出したのだぁ……」
「何を」
「尻振りしたのだぁ……」
「自分でやったんでしょうが」
「ご飯のためなのだぁ!!」
エリシアは本気で頭を抱えた。
すると。
レイは急に毛布を握りしめた。
「……復讐するのだぁ」
「は?」
さっきまで泣いていた男の目が妙に据わっていた。
「吾輩を笑ったやつら全員に復讐するのだぁ……」
「小物臭いわねぇ……」
「絶対に泣かせるのだぁ……」
レイはぐすぐす泣きながら言った。
「顔に変な落書きしてやるのだぁ……」
「スケール小さっ」
「あとお金取るのだぁ……」
「本当に小さい」
だが。
レイ本人はかなり本気だった。
「うぅ……許さぬのだぁ……」
毛布の中で丸くなる。
完全に拗ねた幼児である。
女神はしばらく黙っていた。
そして。
「……ほら」
「のだぁ?」
女神はレイの頭を軽く撫でた。
「元気出しなさい」
「のだっ」
レイが固まる。
「……」
「……」
「……もっと」
「調子乗るな」
即デコピンされた。
「のだぁっ!?」
レイは額を押さえた。
だが。
少しだけ元気になったらしい。
「のだぁ……」
モゾモゾと女神の近くへ寄る。
「……何」
「寒いのだぁ」
「知らないわよ」
「女神パワーで暖かくするのだぁ」
「便利道具扱いするな」
しかし。
エリシアは結局、軽く魔力を流した。
毛布がさらに暖かくなる。
レイは即うとうとし始めた。
「のだぁ……」
「単純ね」
「……女神ぃ……」
「何」
「盗賊ども、酷いのだぁ……」
「そうねぇ」
「吾輩、可哀想なのだぁ……」
「自業自得よ」
「のだぁ……」
レイは半分寝ながら呟いた。
「……でも復讐するのだぁ……」
「はいはい」
「絶対なのだぁ……」
そして数秒後。
「ぐごぉおおお……」
寝た。
早かった。
エリシアは呆れた顔で見下ろす。
「……子供じゃないんだから」
だが。
寝顔だけは妙に無防備だった。
昼間あれだけ泣いて暴れていたくせに。
今は毛布へ抱きつきながら幸せそうに寝ている。
しかも。
「のだぁ……無料ぉ……」
寝言まで守銭奴だった。
女神は静かに天を仰いだ。
「……本当に何なのよこいつ」
だが。
その声は少しだけ柔らかかった。
洞窟の外では魔物が遠吠えしている。
盗賊たちは爆睡。
そしてその片隅では。
女神に幼児扱いされながら寝ている終わった勇者がいた。




