44 女神回
神は、人間ほど善良ではない。
少なくとも。
女神エリシアはそうだった。
「……」
星空の下。
古い教会の鐘楼。
エリシアは静かに王都を見下ろしていた。
遠く。
灯りが揺れている。
混乱。
不安。
王の死。
王国の動揺。
全部。
彼女は最初から見ていた。
「……」
いや。
もっと正確に言えば。
見ていただけではない。
誘導していた。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
「……」
人間は勘違いしている。
神は秩序を愛すると。
違う。
少なくともエリシアは違った。
彼女は循環を愛していた。
滅び。
再生。
争い。
飢餓。
繁栄。
崩壊。
全部含めて世界だ。
だが。
先王は。
それを止めすぎた。
「……」
賢王。
確かに優秀だった。
災害が起これば抑え込む。
反乱が起これば潰す。
飢饉が起これば備蓄を開放する。
王国は長らえた。
本来なら崩れていた歪みすら。
無理やり維持した。
「……」
エリシアは静かに目を細める。
本来。
もっと早く壊れるはずだった。
もっと早く。
貴族制度は腐り落ち。
地方は独立し。
王家は衰退し。
別の時代へ変わるはずだった。
それが自然。
生態系。
循環。
なのに。
先王は。
あまりにも有能すぎた。
だから。
世界が停滞した。
「……」
エリシアは人間を愛している。
だが。
個人単位ではない。
もっと大きな流れとして。
文明。
歴史。
種。
そういうものだ。
だから。
一人の王が。
世界の流れを無理やり止め続けることを快く思っていなかった。
「……」
そして。
そこへ。
レイが現れた。
性悪。
守銭奴。
責任感ゼロ。
空気を読まない。
最低の勇者。
だが。
異物だった。
秩序を壊す。
歪みを暴く。
停滞へ穴を開ける。
「……ふふっ」
エリシアは少し笑う。
最初から気づいていた。
レイがアレンを追放した時点で。
未来が変わることを。
本来。
アレンは勇者パーティの中で消耗するはずだった。
魔王討伐。
負傷。
責任。
長旅。
そこで人生を使い潰し。
せいぜい地方騎士団長止まり。
王城中枢まで行かない。
だから。
王も殺さない。
「……」
だが。
レイは追放した。
『取り分欲しいのだぁ♡』
そんな理由で。
結果。
アレンは王国へ戻った。
出世した。
責任を背負った。
善人だったから。
逃げなかった。
そして。
クラウディアに壊された。
「……」
エリシアは静かに空を見る。
クラウディアもまた異物だった。
本来。
あの亡霊はもっと早く消えるはずだった。
だが。
王の執着。
憎悪。
後悔。
それが亡霊を長引かせた。
そして。
レイ。
あの馬鹿。
王城へクラウディアを再び持ち込んだ。
禁忌を掘り返した。
眠っていた傷を抉った。
「……」
全部繋がっている。
王。
クラウディア。
アレン。
レイ。
王妃。
全部。
少しずつ。
少しずつ。
崩壊へ向かった。
「……」
だが。
エリシアは罪悪感を抱いていない。
これは必要な崩壊だからだ。
停滞し続けた王国。
賢王一人へ依存した国家。
それは。
いずれ必ず壊れる。
なら。
今壊れた方がいい。
「……」
遠く。
王都では暴動の火が少し上がっていた。
地方貴族も動き始めている。
隣国も嗅ぎつける。
これから王国は長く揺れる。
多く死ぬ。
苦しむ。
だが。
その先で。
新しい時代が生まれる。
エリシアはそれを知っている。
「……」
そして。
その引き金。
最低の勇者。
「のだっ♡」
当のレイ。
今。
川辺で焼き串を追加注文していた。
「タレ多めなのだぁ♡」
リズが呆れている。
「……あんた本当に何も知らないのね」
「美味そうなのだぁ♡」
エリシアはそれを見下ろしながら、少しだけ笑った。
「……本当に」
最低。
性悪。
守銭奴。
でも。
世界を動かした。
本人が何も理解していないまま。
「……勇者らしいこと、一つもしないままね」
夜風が吹く。
そして。
女神は静かに目を閉じた。
王国はこれから壊れる。
だが。
それでいい。
それこそが。
本来止まるはずだった“世界の流れ”なのだから。




