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南部反乱。
それが公式名称だった。
だが実際には、反乱と呼べるほど大層なものではない。
飢えだった。
干ばつ。
重税。
徴発。
蓄積された疲弊。
それが限界を超えただけ。
村人たちは武器すらまともに持っていなかった。農具。石。木槌。その程度だ。
だが。
王国は「反乱」と呼んだ。
そうしなければ処理できないからだ。
「……」
玉座の間。
国王は静かに書類を見ていた。
「南部の混乱、長引いております」
「……」
「一部領主は増税停止を提案しておりますが」
「甘い」
国王は即答した。
「今止めれば他地域まで揺れる」
正論だった。
実際。
王国は巨大だ。
一箇所の譲歩は連鎖する。
だから。
潰す。
いつものように。
「アレン」
「……はい」
アレンは静かに跪いていた。
顔色は悪い。
目の下には濃い隈。
最近まともに眠っていない。
だが。
国王は気づかない。
あるいは。
気づいていても止まらない。
「南部を鎮圧しろ」
「……」
「見せしめが必要だ」
アレンは目を伏せる。
見せしめ。
つまり。
大量処理。
焼き討ち。
公開処刑。
いつものやり方だ。
「……承知しました」
口はそう答えた。
だが。
その瞬間。
夢の中の声が耳へ蘇る。
『貴方も王と同じよ』
『剣を振ったのは貴方』
『真面目ぇ♡』
アレンの指が小さく震える。
国王はまだ続けていた。
「甘さを見せるな」
「……」
「王国のためだ」
王国のため。
ずっと聞いてきた言葉だった。
ずっと。
自分を納得させてきた言葉。
だが。
最近。
もう。
それが空虚に聞こえる。
「……」
アレンはゆっくり顔を上げる。
国王を見る。
賢王。
民衆の英雄。
王国の支柱。
だが。
その目は冷たかった。
昔、クラウディアへ狂った男。
今は感情を切り捨てることで王国を守る男。
そして。
気づけば。
自分も同じ場所へ立っていた。
「……」
その時だった。
ふわり、と。
甘い香り。
アレンだけが気づく。
玉座の後ろ。
赤いドレス。
クラウディア。
亡霊。
誰にも見えない。
彼女は笑っていた。
『可哀想♡』
アレンの胸の奥で。
何かが切れた。
「……陛下」
「何だ」
「……」
アレンは静かに剣へ手をかける。
国王はまだ気づかない。
「俺は」
「?」
「もう限界です」
次の瞬間。
白銀の剣が抜かれた。
ギィン!!
玉座の間が凍る。
「――ッ!?」
近衛騎士が叫ぶより早かった。
アレンは踏み込んでいた。
速い。
王国最強級。
誰も止められない。
「アレン!!」
国王が立ち上がる。
だが。
遅い。
ズバァァァッ!!
鮮血。
赤。
玉座へ飛び散る。
国王の身体が崩れた。
「……っ」
静寂。
誰も動けない。
国王は床へ倒れながら、信じられないものを見る目でアレンを見上げていた。
「……な、ぜ……」
アレンは答えない。
呼吸だけが荒い。
そして。
ゆっくり。
国王の傍へ膝をつく。
「……」
その時。
赤いドレスの女が現れた。
クラウディア。
亡霊。
彼女は楽しそうに笑っていた。
「……ふふっ」
近衛騎士たちには見えない。
だが。
死にかけた国王だけは見えていた。
「……っ」
国王の顔が青ざめる。
「クラウ、ディア……」
彼女はゆっくりしゃがみ込む。
そして。
死にゆく王の頬へ触れた。
白い指。
冷たい。
だが。
昔と同じ仕草。
「お久しぶりですわぁ♡」
国王の目が震える。
恐怖。
後悔。
愛情。
全部混ざっていた。
「……お前、は……」
「酷いわねぇ♡」
クラウディアは笑う。
「全部わたくしのせいにしてぇ♡」
「……」
「でも」
彼女は少しだけ優しく微笑んだ。
「ちゃんと覚えててくれたのね」
国王の目から涙が落ちる。
賢王。
英雄。
支配者。
だが。
最後だけは。
昔の愚かな王子の顔だった。
「……クラウディア……」
彼女は静かに王を抱きしめる。
まるで。
昔へ戻るみたいに。
炎と血と欲望に満ちていた時代へ。
「……ふふっ」
クラウディアは優しく囁いた。
「今度はちゃんと地獄まで付き合ってねぇ♡」
その瞬間。
国王の呼吸が止まった。
静寂。
そして。
誰にも見えないまま。
王の霊がゆっくり立ち上がる。
若い頃の姿。
愚かだった頃の王子。
クラウディアはその手を取った。
「行きましょうか♡」
「……ああ」
二人は抱き合う。
まるで。
最初から全部壊れる運命だった恋人みたいに。
そして。
光へ溶けるように消えていった。
一方。
現実。
玉座の間では。
アレンだけが立ち尽くしていた。
剣は血塗れ。
王は死んだ。
そして。
アレンはようやく理解する。
自分が。
本当に取り返しのつかない場所まで来てしまったことを。




