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性格最悪勇者の逃亡記 ~気づけば賢王と王国が壊れていました~  作者: 雪だるま


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42 アレンの限界

 南部反乱。


 それが公式名称だった。


 だが実際には、反乱と呼べるほど大層なものではない。


 飢えだった。


 干ばつ。


 重税。


 徴発。


 蓄積された疲弊。


 それが限界を超えただけ。


 村人たちは武器すらまともに持っていなかった。農具。石。木槌。その程度だ。


 だが。


 王国は「反乱」と呼んだ。


 そうしなければ処理できないからだ。


「……」


 玉座の間。


 国王は静かに書類を見ていた。


「南部の混乱、長引いております」


「……」


「一部領主は増税停止を提案しておりますが」


「甘い」


 国王は即答した。


「今止めれば他地域まで揺れる」


 正論だった。


 実際。


 王国は巨大だ。


 一箇所の譲歩は連鎖する。


 だから。


 潰す。


 いつものように。


「アレン」


「……はい」


 アレンは静かに跪いていた。


 顔色は悪い。


 目の下には濃い隈。


 最近まともに眠っていない。


 だが。


 国王は気づかない。


 あるいは。


 気づいていても止まらない。


「南部を鎮圧しろ」


「……」


「見せしめが必要だ」


 アレンは目を伏せる。


 見せしめ。


 つまり。


 大量処理。


 焼き討ち。


 公開処刑。


 いつものやり方だ。


「……承知しました」


 口はそう答えた。


 だが。


 その瞬間。


 夢の中の声が耳へ蘇る。


『貴方も王と同じよ』


『剣を振ったのは貴方』


『真面目ぇ♡』


 アレンの指が小さく震える。


 国王はまだ続けていた。


「甘さを見せるな」


「……」


「王国のためだ」


 王国のため。


 ずっと聞いてきた言葉だった。


 ずっと。


 自分を納得させてきた言葉。


 だが。


 最近。


 もう。


 それが空虚に聞こえる。


「……」


 アレンはゆっくり顔を上げる。


 国王を見る。


 賢王。


 民衆の英雄。


 王国の支柱。


 だが。


 その目は冷たかった。


 昔、クラウディアへ狂った男。


 今は感情を切り捨てることで王国を守る男。


 そして。


 気づけば。


 自分も同じ場所へ立っていた。


「……」


 その時だった。


 ふわり、と。


 甘い香り。


 アレンだけが気づく。


 玉座の後ろ。


 赤いドレス。


 クラウディア。


 亡霊。


 誰にも見えない。


 彼女は笑っていた。


『可哀想♡』


 アレンの胸の奥で。


 何かが切れた。


「……陛下」


「何だ」


「……」


 アレンは静かに剣へ手をかける。


 国王はまだ気づかない。


「俺は」


「?」


「もう限界です」


 次の瞬間。


 白銀の剣が抜かれた。


 ギィン!!


 玉座の間が凍る。


「――ッ!?」


 近衛騎士が叫ぶより早かった。


 アレンは踏み込んでいた。


 速い。


 王国最強級。


 誰も止められない。


「アレン!!」


 国王が立ち上がる。


 だが。


 遅い。


 ズバァァァッ!!


 鮮血。


 赤。


 玉座へ飛び散る。


 国王の身体が崩れた。


「……っ」


 静寂。


 誰も動けない。


 国王は床へ倒れながら、信じられないものを見る目でアレンを見上げていた。


「……な、ぜ……」


 アレンは答えない。


 呼吸だけが荒い。


 そして。


 ゆっくり。


 国王の傍へ膝をつく。


「……」


 その時。


 赤いドレスの女が現れた。


 クラウディア。


 亡霊。


 彼女は楽しそうに笑っていた。


「……ふふっ」


 近衛騎士たちには見えない。


 だが。


 死にかけた国王だけは見えていた。


「……っ」


 国王の顔が青ざめる。


「クラウ、ディア……」


 彼女はゆっくりしゃがみ込む。


 そして。


 死にゆく王の頬へ触れた。


 白い指。


 冷たい。


 だが。


 昔と同じ仕草。


「お久しぶりですわぁ♡」


 国王の目が震える。


 恐怖。


 後悔。


 愛情。


 全部混ざっていた。


「……お前、は……」


「酷いわねぇ♡」


 クラウディアは笑う。


「全部わたくしのせいにしてぇ♡」


「……」


「でも」


 彼女は少しだけ優しく微笑んだ。


「ちゃんと覚えててくれたのね」


 国王の目から涙が落ちる。


 賢王。


 英雄。


 支配者。


 だが。


 最後だけは。


 昔の愚かな王子の顔だった。


「……クラウディア……」


 彼女は静かに王を抱きしめる。


 まるで。


 昔へ戻るみたいに。


 炎と血と欲望に満ちていた時代へ。


「……ふふっ」


 クラウディアは優しく囁いた。


「今度はちゃんと地獄まで付き合ってねぇ♡」


 その瞬間。


 国王の呼吸が止まった。


 静寂。


 そして。


 誰にも見えないまま。


 王の霊がゆっくり立ち上がる。


 若い頃の姿。


 愚かだった頃の王子。


 クラウディアはその手を取った。


「行きましょうか♡」


「……ああ」


 二人は抱き合う。


 まるで。


 最初から全部壊れる運命だった恋人みたいに。


 そして。


 光へ溶けるように消えていった。


 一方。


 現実。


 玉座の間では。


 アレンだけが立ち尽くしていた。


 剣は血塗れ。


 王は死んだ。


 そして。


 アレンはようやく理解する。


 自分が。


 本当に取り返しのつかない場所まで来てしまったことを。

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