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最初は悪夢だった。
少なくともアレン自身はそう思っていた。
死者の夢。
炎。
血。
責任。
王命。
罪悪感。
そして。
赤いドレスの亡霊。
クラウディア。
王国史に残る悪女。
あの女が夢へ現れるたび、アレンは疲弊した。眠れば心を削られる。だから眠ること自体が苦痛になっていった。
だが。
人間は奇妙な生き物だった。
苦痛へ慣れる。
そして。
時々、依存する。
「……また来たのぉ♡」
夢の中。
クラウディアはソファへ寝転がっていた。
赤いドレス。
白い脚。
気怠げな笑み。
悪趣味なほど美しい。
アレンは最初、彼女を直視できなかった。だが最近は違う。
「……」
「そんな怖い顔しないでぇ♡」
クラウディアは笑う。
「せっかく来たのに」
アレンは黙っていた。
夢だと理解している。
亡霊だとも。
だが。
最近。
彼は少しずつ気づき始めていた。
クラウディア。
この女。
あまりにも自由なのだ。
奔放で。
我儘で。
残酷で。
気分屋で。
何も背負わない。
誰にも従わない。
善人であろうとしない。
だから。
異様に眩しく見え始めていた。
「……」
アレンは昔から真面目だった。
優しかった。
責任感があった。
だから期待された。
だから頼られた。
だから断れなかった。
良い騎士。
良い部下。
良い英雄。
良い人。
ずっと。
ずっと。
そうやって生きてきた。
だが。
最近。
疲れていた。
王命。
粛清。
処理。
責任。
全部。
誰かのため。
王国のため。
なのに。
誰も。
彼自身を見ていない。
「……」
クラウディアだけだった。
彼へ「善人」を求めないのは。
「また人を切ったのぉ?」
彼女は笑う。
「……」
「可哀想ねぇ♡」
その声が妙に心地よかった。
おかしい。
本来なら。
嫌悪するべき女だ。
悪女。
妖婦。
人を壊して笑う亡霊。
なのに。
アレンは夢の中で彼女を探し始めていた。
「……今日は随分疲れてるわねぇ」
クラウディアはソファから身を起こす。
ゆっくりアレンへ近づく。
「眠れてない?」
「……」
「顔に出てるわよぉ♡」
白い指が頬へ触れる。
冷たい。
だが。
妙に安心する。
アレンはその感覚に自分で驚いていた。
「……貴方」
クラウディアは少し目を細める。
「本当に真面目ねぇ」
「……」
「壊れ方が綺麗♡」
普通なら怒る言葉だった。
だが。
アレンは怒れなかった。
彼女は嘘を言わないからだ。
クラウディアは残酷だ。
だが。
変に慰めたりしない。
『貴方は悪くない』
など絶対言わない。
『仕方なかった』
とも言わない。
ただ。
『可哀想』
と笑う。
それが。
妙に楽だった。
夢の中。
アレンは少しずつ彼女へ話すようになっていた。
もちろん。
現実では誰にも言えないことだ。
「……」
「今日は何をしたのぉ?」
「……南部貴族を処理しました」
「あら」
「証拠は曖昧でした」
「でも王命だった?」
「……はい」
クラウディアはクスクス笑う。
「真面目ぇ♡」
アレンは苦しそうに目を閉じる。
「……俺は」
「?」
「正しいんでしょうか」
クラウディアは即答した。
「知らなぁい♡」
「……」
「でも」
彼女はアレンの胸へ指を当てる。
「貴方、もう戻れないわよぉ♡」
その瞬間。
アレンの胸が嫌なほど高鳴った。
恐怖ではない。
もっと別のもの。
危険なもの。
「……」
彼は少しずつ壊れ始めていた。
クラウディアの魅力は、美しさだけではない。
彼女は。
アレンがずっと押し殺してきたものを肯定する。
疲れ。
怒り。
逃げたい気持ち。
責任への嫌悪。
全部。
『真面目じゃなくてもいい』
『善人じゃなくてもいい』
そう囁く。
それは。
ずっと「良い人」であり続けた男には毒だった。
ある夜。
夢の中でクラウディアは王座へ座っていた。
「跪きなさい♡」
悪戯っぽく笑う。
完全に冗談だった。
だが。
アレンは一瞬、本当に跪きそうになった。
「……っ」
自分で自分にぞっとする。
クラウディアはそれを見て楽しそうに笑った。
「あはっ♡」
「……」
「危ないわねぇ♡」
アレンは呼吸を乱す。
なのに。
目を逸らせない。
彼女は自由だった。
残酷なほど。
だから。
ずっと責任へ縛られてきたアレンには、あまりにも魅力的だった。
そして。
最悪なのは。
クラウディア自身、その変化を完全に理解していることだった。
「……ふふっ」
夢の中。
亡霊は楽しそうに笑っていた。
「やっぱり真面目な男って壊し甲斐あるわねぇ♡」




