39 クラウディア回
旧貴族街。
崩れた屋敷群。
誰も近づかない廃墟。
夜。
月明かり。
そして。
冷たい風。
「……ふふっ」
笑い声が響いた。
女の声。
甘く。
美しく。
ぞっとするほど愉しげだった。
クラウディア。
かつて処刑された公爵令嬢。
亡霊。
悪女。
王国史上最悪の妖婦。
少なくとも。
そう記録されている。
「……」
彼女は瓦礫へ腰掛けていた。
赤いドレス。
長い黒髪。
白い肌。
首には処刑痕。
だが。
死んでもなお、美しかった。
「……まだ」
クラウディアは静かに笑う。
「まだ引きずってるのねぇ♡」
王。
賢王。
名君。
民衆の英雄。
だが。
未だに。
彼女の亡霊へ怯えている。
それが。
たまらなく面白かった。
「ふふっ……」
クラウディアは肩を震わせる。
あの王。
若い頃は本当に愚かだった。
酒。
女。
虚栄心。
戦争。
簡単に煽れる男だった。
だから。
遊んだ。
壊した。
争わせた。
人間が崩れていく様子は面白かった。
特に。
権力者ほど脆い。
少し愛想良く笑うだけで。
勝手に狂う。
「……」
だが。
死後。
話が変わった。
クラウディアは悪女だった。
それは否定しない。
侍女を嬲った。
令嬢を潰した。
貴族を破滅させた。
かなり酷い。
だが。
王国史へ残された悪行。
あれは盛られすぎていた。
「……ふふっ」
クラウディアは笑う。
「北方戦争までわたくしのせい♡」
あり得ない。
あの戦争。
元々は王子側近と軍部の暴走だ。
クラウディアも煽ったが。
全部の原因ではない。
だが。
敗戦後。
王国は全部押し付けた。
『悪女の誘惑』
『妖婦の策略』
『魔性の女』
便利だったからだ。
死人は反論しない。
「……」
クラウディアは静かに夜空を見る。
さらに。
近年では。
飢饉。
疫病。
王族不和。
色々な噂にまで彼女の名が使われている。
『クラウディアの呪い』
『悪女の怨念』
『王家を呪う妖婦』
「……失礼ねぇ」
クラウディアは少し頬を膨らませた。
そこまでやってない。
いや。
結構やったが。
全部ではない。
「……」
そして。
何より面白いのは。
王自身。
未だに。
彼女へ怯えていることだった。
あの賢王。
冷酷な統治者。
全部を切り捨てる男。
なのに。
クラウディアだけは忘れられない。
「ふふっ……」
クラウディアは笑う。
「可愛いわねぇ♡」
まるで昔のまま。
少し揺さぶるだけで顔色が変わる。
レイが変身しただけで狼狽。
つまり。
傷はまだ塞がっていない。
「……」
クラウディアの笑みが少し冷える。
王は。
彼女を処刑した。
だが。
本当は。
自分自身の醜さを処刑したかっただけだ。
戦争責任。
暴政。
失敗。
全部。
クラウディアへ押し付けて。
自分だけ賢王になった。
「……ずるいわよねぇ」
静かな声。
亡霊の目が細くなる。
そして。
ゆっくり立ち上がる。
冷たい風。
ドレスが揺れる。
「……」
クラウディアは少し考える。
今までは。
ただ見ていた。
笑っていた。
人間たちが勝手に苦しむのを。
でも。
最近。
少し面白くなってきた。
王妃。
王。
アレン。
レイ。
全部。
妙に歪み始めている。
「……」
そして。
レイ。
あの変な勇者。
最低。
馬鹿。
守銭奴。
だが。
あの男。
平気で禁忌を引っ掻き回す。
王城へ亡霊を持ち込む。
秘密を暴く。
空気を壊す。
「ふふっ」
クラウディアは口元を隠して笑った。
「面白い玩具が来たわねぇ♡」
もし。
本当に。
王を壊すなら。
今かもしれない。
「……」
王国は安定している。
だが。
安定とは脆い。
一箇所崩れれば。
一気に腐る。
しかも。
今の王国。
現国王へ依存しすぎている。
つまり。
王の威信が崩れれば。
全部揺れる。
「……」
クラウディアは静かに微笑む。
妖艶に。
残酷に。
「……今度は」
月明かりの中。
亡霊は小さく笑った。
「本当にこの国、滅ぼしてみようかしら♡」
その瞬間。
廃屋の窓ガラスが一斉に割れた。
バキィィィン!!
冷たい風が吹き荒れる。
遠く。
王城の鐘が鳴る。
まるで。
何か不吉なものが目を覚ましたように。




