36
《泣き声の塔》。
深夜。
雨。
静かな蝋燭の火。
王妃セレフィナは窓辺で紅茶を飲んでいた。
その向かい。
「のだっ♡」
レイ。
超ご機嫌。
机へ身を乗り出しながらニヤニヤしている。
「面白かったのだぁ♡」
完全に悪い顔だった。
エリシアは天井近くで頭を抱えている。
「……どんどん嫌な方向へ才能発揮してるわねこの勇者……」
だが。
セレフィナは静かだった。
「報告して」
「のだっ♡」
レイはドヤ顔。
「アラン、またお仕事してたのだぁ♡」
「……」
セレフィナは静かに目を細める。
アレン。
王の剣。
真面目で。
優秀で。
逃げない男。
だから。
王に使われ続ける。
「今回は?」
「教会なのだぁ」
「……そう」
レイは焼き菓子を齧りながら続ける。
「なんかお爺さんと喋ってたのだぁ♡」
「聞こえた?」
「ちょっとだけなのだぁ♡」
レイ。
本当に尾行していた。
しかも。
王妃命令。
数日前。
『アレンを見てきて』
『お金くれるのだぁ?』
『あげる』
『やるのだっ♡』
即落ちだった。
そして。
現在。
妙に有能。
犬。
猫。
鳥。
全部使って監視している。
怖かった。
「のだっ♡」
レイはニヤニヤする。
「アランのやつ全く気づいてなかったのだっ♡」
「……」
「しかも吾輩を見ても捕まえるのど忘れしてやがったのだっ♡」
レイは腹を抱えて笑う。
「ぷぷっ……」
セレフィナは静かに紅茶を置いた。
「それは」
「のだぁ?」
「少し疲れてるのかもしれないわね」
「のだっ♡」
レイは机へ頬杖をつく。
「アラン、真面目過ぎるのだぁ」
「……ええ」
「吾輩なら途中でサボるのだっ♡」
「知ってる」
レイはケラケラ笑っていた。
だが。
セレフィナは少し考えていた。
最近。
王は処理を急ぎすぎている。
司祭。
神官。
巫女。
貴族。
不穏分子。
静かに消えていく。
そして。
その実行役がアレン。
「……」
セレフィナは窓の外を見る。
雨。
暗い王都。
王は昔より賢くなった。
だが。
やっていることは本質的には変わっていない。
ただ。
洗練された。
昔は激情。
今は静かな切除。
それだけ。
「のだぁ?」
レイが首を傾げる。
「難しい顔なのだぁ」
「……そう?」
「悪いこと考えてる顔なのだっ♡」
鋭かった。
セレフィナは少し笑う。
「あなたほどじゃないわ」
「のだっ♡」
レイ。
超嬉しそう。
「褒められたのだぁ♡」
「褒めてない」
だが。
レイは本当に役立っていた。
王城の空気。
騎士団。
噂。
人間関係。
全部拾ってくる。
しかも。
本人が異常に軽い。
だから。
深刻な空気にならない。
「のだっ♡」
レイは急に机へ身を乗り出した。
「あとぉ♡」
「?」
「アラン、焼き芋でちょっと泣きそうだったのだぁ♡」
セレフィナが止まる。
「……」
「……」
「……泣きそう?」
「のだっ♡」
レイはケラケラ笑う。
「ちょろいのだぁ♡」
だが。
セレフィナは少し黙った。
アレン。
壊れ始めているのかもしれない。
真面目な人間は。
限界まで我慢する。
そして。
ある日急に壊れる。
「……」
セレフィナは静かに目を伏せる。
王は多分気づいていない。
あるいは。
気づいていても使う。
有能だから。
レイはそんな空気を知らず、まだニヤニヤしていた。
「のだっ♡」
「?」
「吾輩、超上手く尾行できたのだぁ♡」
「そうね」
「犬姿、便利なのだっ♡」
レイは得意げに尻尾の真似をする。
「わんっ♡」
セレフィナは吹き出しかけた。
「……ふっ」
ほんの少しだけ笑う。
レイは即反応。
「のだっ♡」
「?」
「笑ったのだぁ♡」
「……」
「もっと笑うのだっ♡」
セレフィナは少しだけ目を細める。
変な男。
最低。
守銭奴。
性格も悪い。
だが。
この塔へ風を持ち込む。
腐った空気を乱す。
そして。
王妃は静かに思っていた。
この男。
いつか。
王国をめちゃくちゃに掻き回すかもしれない、と。




