35 アレン回
王都アルメリア。
王城。
朝。
騎士団本部は今日も慌ただしかった。
「東門警備の再配置急げ!」
「書類は副団長へ!」
「北区で密輸摘発だ!」
怒号。
足音。
書類の山。
そして。
その中心。
「……」
アレンは静かに報告書へ目を通していた。
白銀騎士団副団長。
若き英雄。
人格者。
容姿端麗。
剣術一流。
民衆人気も高い。
完璧な男。
少なくとも。
外からはそう見えていた。
「副団長」
「はい」
「こちら、北部貴族の件です」
「……」
アレンは書類を受け取る。
そして。
少しだけ眉を寄せた。
『事故死』
書類にはそう書いてある。
だが。
実際は違う。
政敵処理だった。
王の。
「……」
アレンは何も言わない。
言えない。
それが仕事だから。
彼は真面目だった。
責任感が強かった。
だから。
逃げられなかった。
王城では。
有能であればあるほど汚れる。
なぜなら。
汚れ仕事ほど、無能へ任せられないからだ。
「……副団長」
部下が少し言いづらそうに口を開く。
「西部の司祭ですが……」
「処理命令ですか」
「……はい」
アレンは静かに目を閉じる。
まただ。
最近増えている。
巫女。
司祭。
神官。
不穏分子。
異端。
そういう名目で。
処分。
だが。
本当は違う。
王へ逆らった。
それだけ。
「……」
アレンはゆっくり立ち上がる。
「私が行きます」
「副団長自らですか!?」
「……確実に終わらせます」
部下たちは複雑そうな顔だった。
だが。
止められない。
アレンは成功率が高すぎる。
真面目。
優秀。
失敗しない。
だから。
重い仕事が全部来る。
一方。
レイ。
今頃どこかで犬になって遊んでいる。
「……」
アレンは少しだけ遠い目をした。
正直。
時々羨ましかった。
あの無責任さ。
あの自由さ。
全部。
自分にはない。
その日の夕方。
王都西区。
小さな教会。
「……」
老司祭は静かに椅子へ座っていた。
アレンが来ることも。
意味も。
全部理解している。
「副団長殿」
「……」
「王命ですかな」
アレンは黙っていた。
司祭は小さく笑う。
「やはり」
静かな老人だった。
穏やかで。
民衆人気も高い。
ただ。
最近。
巫女処刑へ反対意見を言った。
それだけ。
「……」
アレンは喉が重かった。
だが。
彼は職務を果たす。
「抵抗は」
「しませんよ」
司祭は目を閉じる。
「貴方は優しい方だ」
「……」
「だから辛いのでしょうな」
アレンの指が少し止まる。
司祭は静かだった。
「レイ殿のような男なら楽だったでしょうに」
「……」
アレンは少しだけ苦笑した。
「……そうかもしれません」
レイなら逃げる。
サボる。
裏切る。
犬になる。
うんこと書く。
責任感がない。
だから。
壊れない。
一方。
アレンは真面目だった。
だから。
全部抱える。
司祭は最後に小さく言った。
「副団長殿」
「……」
「貴方は良い騎士です」
「……やめてください」
「ですが」
司祭は悲しそうに笑う。
「良い人ほど、王城では汚れる」
沈黙。
重い。
アレンは静かに剣へ手を添える。
そして。
目を閉じた。
その夜。
王城へ戻ったアレンは、しばらく剣を磨いていた。
無言で。
静かに。
血は落ちている。
だが。
感覚は残る。
「……」
その時。
窓の外。
「のだっ♡」
白い犬。
「……」
「……」
「……レイさん」
子犬レイが窓へ張り付いていた。
「遊びに来たのだぁ♡」
アレンはしばらく黙る。
そして。
静かに笑った。
本当に少しだけ。
「……あなた、空気読めませんね」
「のだっ♡」
レイは尻尾を振る。
「焼き芋持ってきたのだぁ♡」
アレンはその焼き芋を見る。
温かい湯気。
妙に良い匂い。
そして。
なんとなく。
泣きそうになった。
だから。
笑った。
「……ありがとうございます」
「のだっ♡」
レイは何も知らない。
だから。
救われる時もあった。




