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北方旧街道。
かつて交易都市として栄えた町、ルグナード。
今では滅びていた。
石畳は割れ。
家々は崩れ。
風が吹くたび、朽ちた看板がギィギィと鳴る。
夜になると魔物が徘徊し、旅人どころか盗賊すら近づかない。
そんな土地の中央。
半壊した古い教会だけが、奇跡のように残っていた。
ステンドグラスは割れ。
天井には穴。
祭壇は崩壊。
普通なら誰も住まない。
だが。
「ぐごぉおおお……のだぁ……むにゃぁ……」
いた。
勇者レイである。
ボロボロの長椅子を三つ並べ。
勝手に毛布を敷き。
靴を脱ぎ散らかし。
腹を出して寝ていた。
しかも。
「……宿代ぁ……払いたくないのだぁ……」
寝言でまでケチだった。
数日前。
王都で宿代滞納を繰り返した結果。
「もう来るな!!」
と、本当に全部の宿から出禁になったのである。
当然だった。
だがレイは全く反省していなかった。
「のだぁ……宿屋は怖いのだぁ……お金取られるのだぁ……」
宿屋だからである。
しかもこの男。
普通なら野宿を嫌がるくせに。
「廃墟ならタダなのだっ♡」
という理由だけで、危険地帯に来た。
頭がおかしかった。
そして。
そんな教会の外では。
グルルルル……
魔物たちが徘徊していた。
巨大な狼型魔物。
腐肉を引きずる亡者。
壁を這う黒い怪物。
普通の冒険者なら即死する区域である。
だが。
魔物たちは教会へ近づけなかった。
理由は単純。
「……はぁ」
教会の祭壇の上。
そこに女が座っていた。
白銀の髪。
青白い肌。
人間離れした美貌。
神々しい衣。
そして――。
めちゃくちゃ嫌そうな顔。
「なんで私がこんな馬鹿を守ってるのよ……」
女神エリシアである。
この世界で信仰される守護女神。
本来なら神殿の奥で祈りを受ける存在。
だが今。
半壊教会で寝てるクズ勇者の見張りをしていた。
意味がわからない。
「ぐぅ……のだぁ……肉……もっと寄越せなのだぁ……」
レイは鼻をほじりながら寝返りを打った。
その瞬間。
ゴッ!!
椅子から転落した。
「のだっ」
床に落ちたまま寝続ける。
女神はジト目になった。
「……こいつ本当に勇者?」
疑問しかない。
しかも。
レイは勇者としての才能も微妙だった。
剣術もそこそこ。
魔法も微妙。
精神性に至っては終わっている。
強欲。
怠惰。
性格最悪。
なのになぜか死なない。
なぜか生き残る。
そしてなぜか妙に運が良い。
それがレイだった。
外で魔物が吠えた。
「グルルルル……」
女神はため息をつく。
指を軽く動かす。
瞬間。
教会周辺に淡い光が広がった。
魔物たちが悲鳴を上げる。
「ギャアアアア!!」
逃げていく。
女神は冷たい目でレイを見た。
「……感謝くらいしなさいよ」
「むにゃぁ……」
全然聞いてなかった。
しかも。
「のだぁ……女神ぃ……もっと働けなのだぁ……」
寝言である。
女神の額に青筋が浮いた。
「……殺す?」
だが。
殺そうとすると妙に気が引ける。
それが腹立たしかった。
そもそも。
レイと女神の関係はかなり奇妙だった。
数年前。
まだレイが本当にただのクズ冒険者だった頃。
遺跡荒らし中に偶然、女神像を破壊しかけたのである。
普通なら天罰案件。
しかしレイは。
「のだぁ!? 違うのだぁ!!わざとなのだぁ!!……あ、違ったのだぁ!わざとじゃないのだぁ!!」
パニックで意味不明な言い訳を連発。
しかも最後には。
「弁償代は払いたくないのだぁあああ!!」
と泣き始めた。
結果。
なぜか女神に気に入られてしまった。
エリシアは今でも意味がわかっていない。
「……本当に何なのこいつ」
すると。
レイが急に目を開けた。
「のだぁ?」
女神と目が合う。
「……起きたの?」
「のだっ♡」
レイはボーッと女神を見る。
数秒沈黙。
そして。
「腹減ったのだぁ」
「知らないわよ」
「ご飯作れなのだぁ」
「死になさい」
「酷いのだぁ!」
レイは毛布にくるまって転がった。
「女神のくせに優しさが足りないのだぁ……」
「お前にだけは言われたくないわ」
女神は冷たく言った。
「そもそもなんでこんな場所にいるのよ」
「宿代払いたくないのだぁ♡」
「最低」
「タダ最高なのだっ♡」
レイはニコニコしていた。
だが。
次の瞬間。
ぐぅうううう……
腹が鳴る。
「……」
「……」
女神は無言だった。
レイは目を逸らした。
「……のだぁ」
「お金あるんでしょ?」
「……使いたくないのだぁ」
「クズ」
「守銭奴なのだっ♡」
誇らしげだった。
女神は深くため息をついた。
そして指を鳴らす。
祭壇の上にパンとスープが現れる。
「食べなさい」
「のだぁああああ!!」
レイは一瞬で飛びついた。
「女神ぃいいい!!愛してるのだぁああ!!」
「うるさい」
レイはパンを頬張りながら泣いていた。
「うめぇのだぁ……無料なのだぁ……」
「そこ?」
「無料は美味しいのだっ♡」
女神は頭を抱えた。
その時。
教会の外で再び魔物の咆哮。
巨大な影が窓を横切る。
普通の人間なら恐怖で震える。
だがレイは。
「のだぁ? 静かにしろなのだぁ」
パンを食べながら言った。
「吾輩、眠いのだぁ」
女神は呆れた顔で外を見る。
魔物たちは結界を恐れ、近づけずに唸っていた。
壊れた教会。
終わった勇者。
それを守るジト目の女神。
世界観が滅茶苦茶だった。
だが今夜も。
滅びた町の教会だけは、不思議と静かだった。




