28
王城。
玉座の間。
空気は完全に凍っていた。
「……探せ」
国王の声は低かった。
重い。
殺気すら滲んでいる。
「絶対に逃がすな」
騎士たちが一斉に跪く。
「はっ!!」
アレンも表情を引き締めていた。
だが。
内心ではかなり頭が痛かった。
理由?
レイだからである。
あの男。
逃走と変装だけは異様に上手い。
しかも今回は最悪だった。
クラウディアへ変身した。
国王最大の禁忌。
若い頃の最悪の過去を。
真正面から抉った。
「……」
国王は静かに拳を握る。
怒り。
屈辱。
そして。
消えない苦味。
若い頃。
まだ王子だった頃。
彼は愚かだった。
酒池肉林。
浪費。
快楽。
派閥争い。
そして。
クラウディア。
あの女。
美しく。
賢く。
残酷だった。
彼女は王子を愛してなどいなかった。
ただ。
権力が好きだった。
美しいもの。
豪華なもの。
贅沢。
血。
絶望。
全部好きだった。
王子を操り。
気に入らない貴族を潰し。
側室を毒殺し。
侍女を拷問し。
貴族家を破滅させ。
笑っていた。
しかも。
悪びれもせず。
『美しくないものが嫌いですの♡』
と笑っていた。
その結果。
王都は血まみれになった。
処刑された時ですら。
彼女は最後まで泣かなかった。
むしろ。
笑っていた。
『陛下ぁ♡ わたくし、最後まで美しかったでしょう?』
国王は今でも夢に見る。
だから。
許せなかった。
レイが。
あの女を。
軽々しく演じたことが。
「……あの男を生かしておけん」
国王は低く呟く。
「クラウディアへ変身できる者など……存在してはならん」
アレンは静かに頭を下げた。
「……承知しました」
だが。
少しだけ複雑そうだった。
レイは馬鹿だ。
最低だ。
だが。
悪意だけでやったわけでもない。
たぶん。
半分くらいは「面白そう」だった。
それが余計に質が悪い。
一方。
王都外れ。
崩れた旧貴族街。
月明かり。
蔦だらけの廃屋。
「のだぁ〜〜♡」
レイはニコニコしていた。
クラウディアの隠れ家跡。
亡霊が出る場所。
つまり。
あの女がいる場所である。
「感謝するのだぁ♡」
レイはゴソゴソと袋を取り出した。
中には。
盗んできた高級菓子。
果物。
香水瓶。
あと。
妙に高そうな鏡。
「お土産なのだっ♡」
完全に他人の家へ遊びに来た感覚だった。
その時。
冷たい風。
――ヒュゥゥゥ……
空気が変わる。
レイが振り向く。
「のだっ♡」
そこにいた。
クラウディア。
赤いドレス。
長い黒髪。
青白い肌。
人形みたいな美貌。
そして。
相変わらず首には処刑痕。
だが。
恐ろしいほど綺麗だった。
「……」
クラウディアはレイを見た。
数秒。
沈黙。
そして。
スッ……
完全に視線を逸らした。
「のだぁ?」
レイが固まる。
クラウディアはレイではなく。
持ってきた鏡を見ていた。
「……綺麗」
うっとり。
レイ、完全無視。
「のだぁ!?」
クラウディアは鏡へ触れる。
「良い細工ねぇ……」
「吾輩なのだぁ!!」
「この香水瓶も素敵」
「聞けなのだぁ!!」
しかし。
クラウディア。
本当に興味がなかった。
彼女が好きなのは。
美しいものだけ。
美貌。
宝石。
芸術。
血すら、美しければ好きだった。
逆に。
醜いもの。
凡庸なもの。
価値のないもの。
全部どうでもよかった。
つまり。
普通顔のレイ。
かなり優先順位が低い。
「……」
「……」
「……のだぁ」
レイがちょっとしょんぼりする。
「吾輩、完全スルーなのだぁ……」
クラウディアは鏡を見ながら微笑んでいた。
「この時代の工芸も悪くないわね」
「吾輩なのだぁ!!」
「その菓子、美味しそう」
「のだぁ!!」
レイはぷんすか怒る。
「感謝するのだぁ♡」
クラウディアがやっと視線を向ける。
「……何を?」
「変身させてくれたのだぁ♡」
「……」
クラウディアが少し目を細めた。
「……ああ」
王城騒動。
あれのことか。
彼女はクスクス笑った。
「面白かったわぁ♡」
「のだっ♡」
レイが嬉しそうになる。
「陛下、超狼狽えてたのだぁ♡」
「でしょうねぇ♡」
クラウディアは本当に楽しそうだった。
悪女だった。
徹底的に。
「昔からあの人、わたくしを見ると顔が面白かったもの♡」
「のだぁ♡」
レイはケラケラ笑う。
しかし。
次の瞬間。
クラウディアの目が少し冷える。
「……でも」
「のだぁ?」
「あなた、気をつけなさい」
「?」
「今の陛下、本気で怒ってるわよ」
「のだぁ……」
「若い頃は馬鹿だったけど」
クラウディアは静かに笑う。
「今は賢王だもの」
「……」
「だから余計に厄介」
レイは少し黙った。
国王。
本気。
つまり。
騎士団総動員。
処刑確定。
王国全域指名手配。
「……」
数秒後。
「逃げるのだぁ♡」
「ふふっ」
クラウディアが笑った。
「そういうところ、少し好きよ」
「のだっ♡」
レイが嬉しそうになる。
だが。
次の瞬間。
クラウディアはまた鏡へ夢中になっていた。
「……本当に綺麗」
「吾輩なのだぁ!!」
やはり。
最後まで扱いは雑だった。




