26
深夜。
王都地下牢。
いつもなら。
怒鳴り声。
笑い声。
「うんこ」だの「犬」だの、幼稚極まりない喧嘩が飛び交う場所だった。
だが今夜は違った。
静かだった。
「……」
「……」
ランプの火だけが揺れている。
子犬姿のレイは牢の隅で丸まっていた。
さっきまで暴れていたせいで疲れたらしい。
「ぐぅ……」
リズは鉄格子へ背中を預けながら、その姿をぼんやり見ていた。
いつもなら。
ここでまた煽る。
「犬」だの「間抜け」だの言う。
だが。
今はそんな気分ではなかった。
「……」
ガルドも珍しく黙っていた。
盗賊団の連中も静かだ。
理由は簡単。
判決が出たからである。
重罪。
長期投獄。
数人は鉱山送り。
ガルドは終身刑。
リズもほぼ人生終了。
つまり。
もう。
笑っていられる状況ではなかった。
「……」
リズは膝を抱える。
初めてだった。
未来が見えない。
盗賊団として生きてきた。
奪って。
逃げて。
騙して。
それが普通だった。
なのに。
終わった。
本当に。
「……」
すると。
ガルドが低く呟いた。
「……おい」
「?」
レイ犬が耳をピクッと動かす。
「起きてるか」
「……のだぁ?」
眠そうに顔を上げる。
子犬姿。
ふわふわ。
間抜け。
だが。
ガルドの顔は真剣だった。
「……頼みがある」
レイが少し瞬きをする。
「のだぁ?」
ガルドはしばらく黙った。
そして。
「……俺たちを脱獄させろ」
地下牢が静まる。
リズも目を伏せた。
盗賊団の連中も笑っていない。
皆、本気だった。
レイは固まる。
「……」
「……」
「……のだぁ?」
ガルドが続ける。
「お前、逃げるのだけは異常に上手い」
「のだっ♡」
レイがちょっと嬉しそうになる。
「褒められたのだぁ♡」
「褒めてねぇ」
だが。
ガルドは真面目だった。
「変幻魔法もある」
「のだぁ」
「俺たちだけじゃ無理だ」
「……」
「頼む」
その一言は重かった。
レイはしばらく黙っていた。
いつもの軽い空気じゃない。
リズも静かに口を開く。
「……このまま終わるの嫌なのよ」
「……」
「鉱山送りなんて御免だわ」
彼女の声は少し震えていた。
初めてだった。
リズが本気で弱音を吐くのは。
レイはそれを見ていた。
そして。
ゆっくり人間姿へ戻る。
ボフン。
いつもの普通顔。
少し眠そうな目。
「……」
レイは鉄格子へ近づく。
「のだぁ……」
少し考える。
ガルドたちは黙って待っていた。
エリシアも静かだった。
すると。
レイが小さく聞いた。
「……もう虐めないのだぁ?」
その一言で。
リズが固まった。
ガルドも黙る。
レイは真顔だった。
「犬耳嫌なのだぁ……」
「……」
「尻尾も嫌なのだぁ……」
「……」
「尻振りもぉ……」
最後だけちょっと涙目だった。
空気が妙に重くなる。
リズは数秒黙った後。
「……しない」
「本当なのだぁ?」
「たぶん」
「のだっ」
レイが警戒する。
「たぶんって何なのだぁ」
ガルドが頭を抱えた。
「……お前、本当にそこ根に持ってんのか」
「超嫌だったのだぁ!!」
即答だった。
リズは小さく息を吐いた。
「……悪かったわよ」
レイが止まる。
「のだぁ?」
「やりすぎた」
「……」
「ごめん」
静かだった。
レイはしばらく黙る。
たぶん。
本当に予想していなかった。
リズが謝るなんて。
「……」
そして。
「……のだぁ」
少しだけ。
レイの警戒が緩む。
エリシアは遠くでそれを見ていた。
「……」
レイは馬鹿だ。
性悪。
守銭奴。
小悪党。
でも。
妙なところで情が甘い。
だから危なっかしい。
ガルドが低く言う。
「助けてくれたら借りは返す」
「……」
「お前が困った時は助ける」
「のだぁ?」
レイは腕を組む。
「お金貸してくれるのだぁ?」
「……」
ガルドが真顔になる。
「それは無理だ」
「ケチなのだぁ!!」
即ブチ切れた。
空気が少し崩れる。
リズが思わず吹き出した。
「……ふふっ」
久しぶりに笑った。
小さく。
本当に小さく。
レイはそれを見ながら、少し考えていた。
脱獄。
当然危険。
騎士団。
アレン。
国王。
全部敵。
失敗すれば終わる。
でも。
「……」
レイはボリボリ頭を掻いた。
「のだぁ……」
「……?」
「ちょっと考えるのだぁ」
リズが顔を上げる。
「……本当に?」
「条件次第なのだぁ」
「条件?」
レイは真顔だった。
「もう『わんっ♡』は禁止なのだぁ」
地下牢が静まり返る。
数秒後。
リズが腹を抱えて笑い始めた。
「……っ、あははっ……!」
ガルドも吹き出す。
「お前、本当にそれなんだな……」
レイは本気だった。
「勇者の尊厳なのだぁ!!」




