25 煽る勇者
深夜。
王都地下牢。
静まり返った石牢。
ランプの火だけがぼんやり揺れている。
盗賊団《黒犬団》の面々は牢の中で不機嫌そうだった。
「……」
「……」
「……」
理由。
処刑騒ぎのせいで睡眠不足だからである。
しかも。
レイが逃げた。
つまり。
また来る可能性がある。
最悪だった。
そして。
その予感は当たった。
「のだっ♡」
天井近くの小窓から、ぴょこん、と白い子犬が顔を出した。
「……」
「……」
「……」
リズがゆっくり顔を上げる。
子犬。
白い。
ふわふわ。
そして。
妙にムカつくドヤ顔。
「……」
「……レイ」
「のだっ♡」
正解だった。
変幻魔法。
子犬形態である。
しかも。
本人。
めちゃくちゃ気に入っていた。
「はぁ……プリティーのだっ♡」
くるん。
レイ犬が尻尾を回す。
「プリティーのだっ♡」
さらに。
窓から飛び降り。
トテトテ歩き。
牢の前へ来る。
「子犬姿の吾輩、プリティー過ぎるのだっ♡」
盗賊団全員が真顔だった。
「……」
「……」
「……殴っていい?」
ガルドが低く呟く。
エリシアは遠くの天井近くで頭を抱えていた。
「……なんで逃亡中にわざわざ煽りへ来るのよこの男……」
だが。
レイはノリノリだった。
「のだっ♡」
前足を振る。
「どうなのだぁ♡」
「何が」
「可愛いのだぁ♡」
「……」
「……」
「……殺意湧くわね」
リズが真顔で言った。
しかし。
レイは聞いていない。
しかも。
次の瞬間。
「のだっ♡」
壁へ肉球を当てる。
ボワッ。
魔法陣。
すると。
石壁がツルツルになった。
「……?」
「簡易鏡なのだぁ♡」
レイ。
鏡を作った。
そして。
子犬姿の自分を見ながら。
「はぁ〜〜♡」
うっとり。
「プリティーなのだぁ♡」
ポーズ。
首傾げ。
前足ぴこん。
くるん。
盗賊団、全員真顔。
「……」
「……」
「……なんなんだこいつ」
レイは鏡の前でクルクル回っていた。
「耳が可愛いのだぁ♡」
「尻尾も最高なのだぁ♡」
「世界一なのだぁ♡」
完全にナルシストだった。
しかも。
時々。
犬姿から人間姿へ戻る。
「のだっ♡」
イケメンでもない普通顔。
しかし本人だけは超満足。
「犬姿も似合うのだぁ♡」
「似合いたくないわそんなの」
リズは本気で疲れていた。
だが。
次の瞬間。
彼女の目が細くなる。
「……」
ニヤァァ。
悪い笑顔。
エリシアが察した。
「……あら」
リズは静かに懐から何かを取り出す。
銀色。
細工入り。
高級品。
「のだっ?」
レイ犬の耳がピクッと動く。
「……かんざし?」
美しい装飾かんざしだった。
宝石付き。
かなり高価。
レイの目がキラァァァンと輝く。
「高そうなのだぁ♡」
リズは満面の笑みだった。
「欲しい?」
「のだっ♡」
即答。
エリシアが頭を抱える。
「駄目よ」
「綺麗なのだぁ♡」
「罠よ」
「高く売れそうなのだぁ♡」
終わっていた。
リズはゆっくりかんざしを揺らす。
「ほら♡」
「のだぁ……」
レイ犬、ジリジリ近づく。
「……」
「……」
「……レイ」
「のだぁ?」
「今ならあげてもいいわよ♡」
「本当なのだっ♡」
「ええ♡」
エリシアが即叫ぶ。
「やめなさい!!」
「のだっ♡」
しかし。
レイ。
完全に目が¥マークだった。
「お金なのだぁ♡」
そして。
ぴょん!!
飛びついた。
その瞬間。
「今」
ガシィ!!
「のだっ!?」
リズ、超高速で首根っこを掴む。
子犬レイ、空中で固まる。
「……」
「……」
「……のだぁ?」
リズ。
満面の笑み。
怖いくらい綺麗な笑顔だった。
「捕まえた♡」
「のだぁあああああああ!!!」
地下牢へ悲鳴が響く。
盗賊団、大爆笑。
「ぎゃははははは!!」
「また釣られてる!!」
「香辛料と同レベルだ!!」
「馬鹿犬!!」
「違うのだぁああ!!」
レイ犬はジタバタ暴れる。
しかし。
子犬サイズ。
弱い。
「離せなのだぁ!!」
「嫌♡」
「返せなのだぁ!!」
「まだ盗んでないわよ」
「そのかんざしぃぃぃ!!」
「そこ?」
リズはニヤニヤしながらレイ犬を持ち上げる。
「さて♡」
「のだっ」
「今度こそ犬耳付けましょうか♡」
「犬なのだぁああああ!!!」
全員が吹き出した。
「確かに!!」
「もう犬じゃねぇか!!」
「わんわん勇者!!」
レイは涙目だった。
「うぇぇぇぇん!!」
しかも。
リズ。
妙に楽しそうだった。
「ほら♡」
ぷにぷに。
犬耳を揉む。
「ふわふわねぇ♡」
「やめるのだぁ!!」
尻尾まで掴まれる。
「ひゃうっ!?」
変な声が出た。
盗賊団、崩壊。
「ぎゃははははは!!!」
「今の声!!」
「犬以下だぞ!!」
エリシアは遠くで静かに呟いた。
「……本当に勇者なのかしらこの生き物……」




