16 問題の絵
王都アルメリア。
昼。
「のだっ♡」
勇者レイは超ご機嫌だった。
なぜなら。
「売れてるのだぁ♡」
目の前で、絵が飛ぶように売れていたからである。
問題の絵。
『悲劇の公爵令嬢クラウディア』
長い黒髪。
妖艶な赤いドレス。
氷みたいな美貌。
そして。
少しだけ微笑む首切り亡霊。
妙に完成度が高かった。
「怖っ……」
「でも綺麗……」
「なんか欲しくなるわね……」
女性客まで足を止めていた。
しかも。
レイは商売がうまかった。
「のだっ♡」
絵を掲げながら叫ぶ。
「数十年前に王子を狂わせた伝説の悪女なのだぁ♡」
ザワッ。
周囲が反応する。
「おい」
「それ言って大丈夫か?」
「馬鹿じゃないのかあいつ」
王都の空気が少し変わった。
なぜなら。
その話題。
王国最大級のタブーだからである。
今の国王。
若い頃。
まだ王子だった時代。
公爵令嬢クラウディア・ローゼンベルクへ完全に狂わされていた。
という噂がある。
しかも。
ただの恋愛沙汰ではない。
派閥争い。
毒殺疑惑。
失脚。
大量の粛清。
王都の貴族社会を血まみれにした事件だった。
最終的に。
クラウディアは処刑。
王子だった現国王は、その後二度と彼女の話題を許さなくなった。
王都では子供でも知っている。
『絶対に触れるな』
という案件である。
だが。
レイは知らなかった。
「のだっ♡」
ニコニコしている。
「しかも限定版なのだぁ♡」
絵を並べる。
『泣き顔クラウディア』
『笑顔クラウディア』
『怖いクラウディア』
『ちょっと可愛いクラウディア』
最低だった。
「銀貨八枚なのだぁ♡」
「高っ」
「芸術なのだっ♡」
しかし。
妙に売れる。
特に。
若い貴族女性たち。
「……綺麗」
「悪女って感じがするわね」
「なんか惹かれる……」
クラウディア本人の美貌が強すぎた。
しかも。
レイ。
絵だけは妙に上手かった。
「のだっ♡」
調子に乗る。
「この悪い感じが大事なのだぁ♡」
「勇者が悪女推してるの意味わからないんだけど」
「美人だから良いのだっ♡」
最低である。
だが。
その頃。
王城。
空気が凍っていた。
「……」
国王は無言だった。
玉座。
豪華な赤絨毯。
近衛騎士。
重臣たち。
その中央。
一枚の絵が置かれていた。
クラウディアの絵である。
「……誰が描いた」
静かな声。
だが。
恐ろしく冷たい。
側近が震えながら答える。
「ゆ、勇者レイです……」
沈黙。
「……」
国王の手がピクリと動く。
「……またあいつか」
周囲の貴族たちも顔色が悪かった。
なぜなら。
国王。
普段は比較的温厚である。
だが。
クラウディア関連だけは別だった。
「陛下……」
「……処分しますか」
その瞬間。
国王の拳が机へ叩きつけられた。
ドゴォン!!
「ふざけるなッ!!!」
王座の間が震えた。
側近たちが青ざめる。
国王は立ち上がった。
「何故だ!!」
怒号。
「何故今さらあの女の話が出てくる!!」
顔が怒りで歪んでいた。
いや。
怒りだけではない。
もっと複雑な何か。
苦々しさ。
後悔。
未練。
全部混ざっていた。
「……」
側近たちは誰も目を合わせない。
触れてはいけない話だからだ。
数十年前。
王子だった国王は。
クラウディアに完全に狂わされていた。
政治も。
婚約も。
家臣も。
全部めちゃくちゃになった。
その結果。
大量の死人が出た。
最後。
彼女は処刑された。
だが。
国王はその日以来。
二度と別の女を本気で愛せなかった。
という噂まである。
だからこそ。
この話題は禁忌だった。
なのに。
「限定版なのだっ♡」
勇者レイ。
めちゃくちゃ売っていた。
王都中心部で。
大々的に。
しかも。
『王子を狂わせた悪女♡』
とか宣伝していた。
最悪である。
国王は額を押さえた。
「……あの馬鹿勇者」
低い声。
「処刑するぞ本当に……」
その頃。
城下町。
「のだっ♡」
当のレイはニコニコしていた。
「完売なのだぁ♡」
金貨を数える。
チャリンチャリン。
「大儲けなのだぁ♡」
エリシアは青ざめていた。
「……あなた」
「のだぁ?」
「それ、かなり危ない話題よ」
「売れてるのだっ♡」
「そういう意味じゃなくて」
しかし。
レイは全く察していない。
「美人は売れるのだぁ♡」
「問題そこじゃないのよ……」
すると。
突然。
周囲が静まり返った。
「……?」
振り向く。
そこには。
王城直属騎士団。
しかも重装備。
空気が重い。
レイが固まる。
「……のだぁ?」
騎士団長が前へ出る。
「勇者レイ」
「のだっ♡」
「陛下がお呼びだ」
「……」
「……」
「……のだぁ?」
数秒後。
「逃げるのだぁあああああ!!!」
レイ、即ダッシュ。
「待てェェェ!!」
「嫌なのだぁああ!!」
「止まれ!!」
「死にたくないのだぁあああ!!」
市場大混乱。
絵が舞う。
果物転がる。
屋台崩れる。
エリシアは頭を抱えていた。
「……なんで毎回こうなるのよこの男……」




