11 亡霊
ベルンの町。
夕暮れ。
市場もそろそろ閉まり始め、人通りが少なくなっていた。
レイは裏路地を歩いていた。
「のだっ♡」
革袋を抱えながらニヤニヤしている。
中には今日の儲け。
金貨七枚と銀貨いろいろ。
「大金持ちなのだぁ♡」
「小金持ち程度よ」
女神エリシアが冷静にツッコむ。
しかしレイは幸せそうだった。
「のだぁ〜〜♡ 今日は豪遊するのだぁ♡」
「宿代は払いなさいよ」
「……」
露骨に目を逸らした。
「払う気ないわね」
「無料の教会探すのだぁ♡」
「本当に駄目人間ね……」
その時だった。
風が吹く。
――ヒュゥゥゥ……
妙に冷たい風。
夕方なのに。
レイがピタッと止まる。
「……のだぁ?」
路地の奥。
古びた屋敷跡があった。
窓は割れ。
蔦だらけ。
数十年前に焼け落ちた旧貴族邸である。
そして。
そこに。
女が立っていた。
「……」
長い黒髪。
青白い肌。
真っ赤なドレス。
恐ろしいほど美しい女。
だが。
首に処刑痕があった。
しかも。
足が浮いている。
「……」
「……」
「……のだっ」
レイ、固まる。
女神エリシアも珍しく真顔だった。
「……あら」
女がゆっくり微笑む。
その瞬間。
背筋が凍るような寒気。
路地の空気が変わった。
レイは震え始める。
「……のだぁ」
女が一歩近づく。
カツン。
足音はしない。
なのに音だけ響いた。
「あなた……勇者?」
「のだぁあああああ!!!」
レイ、絶叫。
「この国はどうなってるのだぁああああ!!化け物だらけなのだぁああああ!!」
全力で女神の後ろへ隠れた。
「守るのだぁ!!」
「あなた勇者でしょうが」
「怖いのだぁ!!」
情けなかった。
しかし。
女は笑った。
「ふふ……」
恐ろしく綺麗な笑い方だった。
だが。
内容が怖い。
「久しぶりに人間を見たわ」
「のだぁっ」
レイは震える。
「食べられるのだぁ!?」
「食べないわよ」
「本当なのだぁ!?」
「たぶん」
「のだぁあああ!!」
女神がため息をつく。
「落ち着きなさい」
「無理なのだぁ!!首がぁ!!首が切れてるのだぁ!!」
女は少し困ったように首元を押さえた。
「あら……そんなに目立つ?」
「めちゃくちゃ目立つのだぁ!!」
エリシアは静かに言った。
「……知ってるわ」
「のだぁ?」
「彼女はクラウディア・ローゼンベルク」
その名を聞いた瞬間。
周囲の空気がさらに冷えた。
「数十年前の公爵令嬢よ」
「のだぁ?」
「当時の王子を誑かして権力争いを起こし、多くの貴族を破滅させた」
「怖いのだぁ」
「毒殺、冤罪、暗殺未遂、財産没収……色々やったわね」
レイの顔が引きつる。
「のだぁ……」
「最終的に処刑されたの」
「うわぁ……」
しかし。
レイは数秒後。
「……」
「……?」
「……でも」
「でも?」
「美人なのだぁ」
クラウディアが少し目を丸くした。
レイは震えながらも言う。
「後で絵に描いて儲けるのだぁああああ♡」
「最低」
エリシアが即言った。
クラウディア本人ですらちょっと引いていた。
「……あなた、面白いわね」
「のだっ♡」
レイはちょっと調子に乗った。
「公爵令嬢亡霊図録なのだぁ♡」
「やめなさい」
「絶対売れるのだぁ♡」
クラウディアはクスクス笑い始めた。
妙だった。
普通の人間なら恐怖で逃げる。
だがレイ。
怖がりながら商売のこと考えている。
頭がおかしかった。
「あなた、本当に勇者?」
「のだっ♡」
「なんだか小動物みたいね」
「勇者なのだぁ!」
「震えてるけど」
「怖いのだぁ!!」
レイは半泣きだった。
しかし。
クラウディアは妙に機嫌が良さそうだった。
「ふふ……」
数十年ぶりにまともに会話したからかもしれない。
「最近の王族はどうなっているの?」
「知らないのだぁ!」
「勇者でしょう?」
「吾輩、政治とか嫌いなのだぁ!」
即答だった。
「面倒なのだぁ♡」
「本当に勇者かしら……」
クラウディアは呆れたように笑う。
すると。
レイが急に聞いた。
「……いっぱい人殺したのだぁ?」
空気が少し変わる。
クラウディアは静かに微笑んだ。
「ええ」
「のだぁ……」
「必要だったから」
声は穏やかだった。
だが。
内容が怖い。
「邪魔な人間は消えてもらったわ」
「怖いのだぁ!!」
レイはまた女神へ抱きついた。
「守るのだぁ!!」
「離れなさい」
クラウディアはそれを見て笑った。
「本当に変な子ね」
「子じゃないのだぁ!勇者なのだぁ!」
「泣き虫勇者?」
「のだぁっ!?」
痛いところを突かれた。
しかも。
クラウディアはレイの顔をじっと見た後。
「あなた、王子様系じゃないわね」
「のだっ♡」
「どちらかと言うと小悪党系」
「のだぁ♡」
なぜか嬉しそうだった。
エリシアは頭を抱えていた。
「褒められてないわよ」
その時。
遠くで鐘が鳴る。
夜の鐘。
クラウディアの姿が少し薄くなり始めた。
「あら」
「消えるのだぁ?」
「ええ」
彼女は微笑む。
そして。
「勇者」
「のだぁ?」
「あなた、死なないようにね」
「のだっ♡」
「面白いから」
「褒められたのだぁ♡」
「褒めてないわ」
最後に。
クラウディアはクスクス笑いながら消えていった。
静寂。
風だけが吹く。
「……」
「……」
「……のだぁ」
レイは数秒固まった後。
「うわあああああん!!怖かったのだぁああああ!!」
泣きながら地面を転げ回った。
「亡霊なのだぁあああ!!首切れてたのだぁあああ!!」
「今更?」
「しかも美人だったのだぁ!!」
「そこ強調するのね」
レイは涙目で震えながら叫ぶ。
「この国、怖い女多すぎるのだぁあああ!!」
なお。
数分後。
「……公爵令嬢亡霊図録……限定版……」
もう商売のことを考えていた。
エリシアは本気で呆れていた。
「本当に図太いわねあなた……」




