第107話:夕暮れの喜び(その2)
焦嬌は思わず笑いをこらえきれなかった。
「太后様、あなた様がお遣わしになった者は、我が家の紫苑に捕らえられております。あの者は偽造の手紙を置く間もなく、紫苑に薪小屋に閉じ込められてしまいました。臣女まさに、あの者を尋問して、誰の差し金か確かめようとしていたところでございます。それを太后様がみずからご親切にお教えくださったとは」
「これ、臣女のせいにはなりませぬ。何しろあの者が運悪すぎたのです。わたくしの庭に飛び込むや否や、誰かの暗器で傷つけられました。あの者は足を引きずっておりまして、紫苑に気づかれぬほうが難しかったというもの」
焕之はこの一件の仔細を悟り、たちまち厳しい表情になった。
「太后は宮中でお寂しかったのでしょう。だからこそ、このような汚い事に手を出される暇があったのです。兒臣は覚えております。先帝が崩御あそばされた直後、まだ太妃様であられた太后が、何度も陛下や百官の前で、先帝のお伴をしたいとおっしゃっておられました。いっそ、兒臣がもう一度、皇兄にお願いして、母后のご希望を叶えていただきましょうか?」
焦嬌はこの時、この人が実に面白い人物だと思った。
黎月白は茶碗を投げつけた。
「お前は哀家の前から消えうせろ!」
部屋中の者が皆ひれ伏したが、ただ焕之だけは焦嬌の手を引いて、頭を高く上げ、少しも恐れる様子がなかった。
彼が焦嬌の手を引いて部屋を出る際、入り口で一言付け加えた。
「母后、焦嬌へのお下賜品をお忘れなく。上等なものをお選びくださいませ。さもなくば焦嬌が不満に思った折には、本王、あの者を連れて皇兄の御前に参り、償いを求めることといたします!」
焦嬌は歩きながら必死に笑いをこらえていたが、焕之が言った。
「笑いたければ笑え!」
焦嬌は背後を振り返り、寿康宮がもう遠く離れたことを確かめてから言った。
「どうして私を信じてくださったのです?」
焕之は握った手に力を込めた。
「私がお前を信じず、婚約を解消してお前に自由を返すことを、お前は望んでいるのか?」
焦嬌はわざと考え込むふりをした。
「うーん。それも一興ですな!」
焕之は応じなかった。
「お前には、この世も、来世も、そんな機会はない!」
彼は焦嬌の手を引いて宮中を出ようとしたところ、ちょうど朝議を終えた百官たちに出くわした。
焦将軍は、逍遥王がすでに娘を救い出したのを見て、胸をなで下ろした。
人群れの中には、遠くに立って焦嬌を名残惜しそうに見つめる、一人の若い武官もいた。彼はただ立ち尽くし、その心中の苦さが溢れ出そうだった。
焕之は焦嬌を宮門まで送り、焦家の馬車の前で立ち止まった。
「岳父様、小婿、完璧にてお返しいたします」
焦禾は、できたる仲を裂くような真似はしなかった。
「嬌児を連れて遊びに行ってやれ。夕餉の前に戻るのだぞ。今日は家で酒宴を開く」
焕之は、この上なく嬉しそうに請け負った。
「小婿、畏まりました」
太后の宮中での一件の後、焕之はすっかり岳父と舅たちの信頼を得て、焦家全体もようやく彼を本当の家族として受け入れ始めたのである。
大婚まであと二ヶ月余りとなった頃、皇后が嫡男を出産された。
皇帝は大いに喜び、宮中で宴を開くこととなった。
焦将軍は、未来の逍遥王妃である焦嬌を連れて、その宴に加わった。
宴の間じゅう、皇帝は上機嫌で、群臣たちも羽を伸ばしていた。ただ一人、焕之だけは席に座ってさほど喜んでもいなかった。想い人は向かいに座り、こんなにも遠くて、手も届かない。小さな手を握ってこっそり話をするなど、望むべくもなかった。
彼はただひたすらに彼女を見つめ、想いを慰めるほかなかった。
焕之がすでに満腔の怨みをたたえているところへ、内侍が唱礼した。
「太后様、お成りでございます!」
席中の者たちが立ち上がって礼をとった。
「太后様、御機嫌うるわしゅうございます!」
黎月白は今や、まるで往日に戻ったかのように、質素でありながらも雅やかであった。その性格もかつての如く、小心で優しげであった。
「皆の者、引き続き楽しみなされ。哀家もただ、楽しみに加わりに参ったまで」
一同は再び礼をとった。
「かしこまりました!」
ただ、焕之と焦嬌だけは、直感的に良からぬものを感じ取った。太后の今回の来訪には、必ずや目的がある、と。
果たして、座るが早いか、太后は目当ての人物に狙いを定めた。
「皇帝よ、哀家は先ほど殿中に参り、皇后と皇孫を見てまいった。皇子は活発で可愛らしく、聡明で利発。まさに皇帝の幼い頃に生き写しじゃ」
智之はにこにこと、いくぶん誇らしげに言った。
「朕に似るのは当然です」
「ただ、皇后は御苦労なことよ。皇子のお世話をし、かくも広大な後宮を切り盛りし、見る影もなくやせ細ってしまった。哀家はそれを見るにつけ、心が痛む」黎月白はいたわるような素振りを見せ、あたかも心から晉蘭一のことを思っているかのようであった。
智之はかねてより晉蘭一を気にかけていた。
「蘭一は確かに苦労しておる」
黎月白はわざと困ったふりをした。
「とはいえ、あなたの後宮は手薄で、任せられる者もおらぬ。皇帝よ、こうしてはどうか? 母がしばらく皇后の代わりを取り仕切り、彼女の体が回復した後に、再び後宮の管理の権限を彼女に返すというのは?」
智之はいくぶん困った様子だった。彼は母の欲望が底なしであることをよく知っていた。
「母后が皇后と争うとでも? ただ、若い者の苦労を見るに見かねて、手を貸そうというだけのことじゃ」
「陛下、これは太后様の一片の慈母のお心にございますよ~」どこからともなく見知らぬ官員が現れた。朝服を見るに、ようやく宴に列することを許されたばかりの五品官階のようだ。
宴の広間が、にわかに静まり返った。
黎月白は、まるで老婆心から諭すかのように言った。
「皇帝が哀家に委ねることを望まれぬなら、それでも構わぬ。であれば、せめて官女子を選んで後宮に充ててはどうか。一つには、皇后に助けとなる者があらわれ、二つには、たとえ嫡男が生まれても、皇帝の血筋はなお少なすぎる。后妃が増えれば、より多くの皇子皇女が生まれよう。そうしてこそ、王朝も千秋万代と続くというもの」
太后が後宮を充実させるよう提案したことで、家に娘のいる官員たちは色めき立った。この老いぼれどもも、太后がこれらの言葉を発しているのが、後宮の権限の掌握にあることくらいは見抜いている。しかし、太后が后妃選びを持ち出した以上、これを機に利用しない手はない。
「陛下、臣、太后の仰せはご尤もかと存じます。陛下は既に二十三になられ、ようやく嫡男を得られたばかり。御子息はまことに手薄にございます」
「臣、郎大人のご発言に賛同いたします」
「陛下はまさに精力的なお年頃、后妃が増えれば、それだけ皇嗣も増えましょう」
焦嬌は心中で驚嘆した。太后は何の苦労もなく、これまで沈黙を守り、対岸の火事と見ていた文武の大臣たちを、自らの陣営に引き入れてしまった。
この手腕があればこそ、最後に逆風を跳ね返して、太后の座を射止めたのだ。
彼女は向かいに座る焕之を一目見た。その表情は平静で、このような場面にはとっくに慣れているかのようだった。
焦嬌は突然、皇帝と逍遥王の兄弟が少し哀れになった。母は二人の子をしのいで権力を愛している。この宮中の暮らしは、明らかに冷酷非情だった。
大臣たちが次々と前に進み出て、皇帝に後宮を広げるよう間接的に催促する。智之は嫡男を得た喜びも、この時ばかりはふと陰って楽しまない。
「朕と皇后は、琴瑟相和す仲だ。それをお前たちは、我ら夫婦の間に刃を突き立てようとする。帝后の仲が疎遠になれば、お前たちは満足か?」
皇帝がこれほど強い言葉を発することは珍しく、后妃選びを提案した数人の大臣は驚き、直接大殿にひれ伏した。
「皇帝よ、なぜそのように大きなお怒りになられる? 大臣たちも皇家の子孫のことを考えてのことじゃ」黎月白はまるで人の心をよく理解しているかのようであった。「それに、皇后はけなげで心も広く、そなたが考えるような嫉妬深い女ではない」
「母后、后妃選びのことは、蘭児が産んだばかりの今、すぐに考えるようなことではありませぬ。それに朕はまだ若い。母后がもっと多くの皇嗣を望まれるのも、難しいことではありますまい。皇后は体も健やかで、いずれ母后にたくさんの皇孫をもうけてくれるでしょう。どうしてこの喜ばしい日に、そのようなことをおっしゃるのです?」




