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魂の真相 二十二

紫雲しうん、お前と青蛇せいじゃ人族ひとぞくの魂を形作ったんだよ。シリアから聞いただろう? 四獣しじゅうの魂は人族の魂の鋳型だと。光竜こうりゅうが魂を陰陽に分けようと思ったのは、黒狼と赤獅のあり方故だ。だが、人族を地上に繁栄させたい。光竜は人族の生命を誕生させるに当たって、太陽と太陰だけでは駄目だと判じたんだ。二極しかないからね。だから光竜は、少陰しょういん少陽しょうようのお前と青蛇の魂を手本としたんだ。全ての人族が少陰と少陽なのはそのせいだよ。僅かずつ陰陽の含有量を変えれば、無限に生き物に魂を与える事が出来る。これがシリアが話しかけていた、魂の真相さ」


 龍魔たつまの言には理屈があると思った。この世界にいる人族の魂がどうして陰陽に分かれているか。何故、少陰と少陽なのか。何故、対という存在があるのか。部屋で目覚めた紫雲にシリアが言ったことと合わせれば、全てに納得出来るだけの理屈が通る。


 紫雲は胸元に当てた手で拳を作った。それと同時に視線も俯けられる。そこまで精密に生き物が作られているのかと、感嘆ともつかない思いを抱いたのだ。互いに慈しみあうための対。生命の数だけ存在する少陰と少陽。


 だが、そこでふと思った。


 では太陽と太陰とはなんだ、と。


 陰も陽も含まない、純粋な陰と陽。


 紫雲は龍魔を改めて見ると、問う。


「それでは、純粋な陰陽とはなんですか? 何故、そんなものが存在するんです。少陰と少陽があるのは分かりましたが、太陽と太陰は」


 龍魔はその問いに、薄く笑った。


「太陽と太陰。混じりっけのない魂。これを魂としては完璧だと思うかい?」

「少陰と少陽よりは。欠陥がないのではありませんか?」

「それはとんでもない話だ」


 言って、長嘆息をつくと話を続けた。


「この世で最も脆いんだよ。陰にも陽にも侵されていないという事は、それだけ極に対して免疫がなく、脆弱で、壊れやすいって事だ」

「壊れやすい?」

「そう。だから、常に対を欲している。傍にいないと不安なんだよ。自分の対極が、自分以外の極に惹かれはしないかと。それは太陽と太陰の本能だね。本能でほかの極を警戒している。少陰と少陽とは違って、太陽と太陰って言うのはとても脆い、そう言う存在さ。それだけに執着も強い」


 龍魔の言葉を聞きながら、自然と紫雲の中で、陸王りくおう雷韋らいが今の魂の話と重なっていった。いや、陸王が教会の宿舎にやってきて、雷韋に近づくなと言ってきたのも、あれは奪われるかも知れないとの本能的な行動だったのかも知れないと思う。あれは警戒だったのだろう。同時にあのとき、陸王に怒鳴った雷韋が垣間見せた危うさのようなものも、魂が構えている状態という事なのだろうかと思う。雷韋は雷韋で、陸王を護りたかったのだと言っていたが、多分、一方的なのが嫌だったのだろう。雷韋自身はまだ子供だが、魂は陸王と対等なのだ。だから陸王に噛みついたのかも知れない。子供の癇癪にも似た不安定さだと思っていたが、実際は対等な魂として、魂の筋道を勝手に転がされるのが嫌だったのだ。


 であれば、陸王の牽制は正しい。


 雷韋の憤りも同じく。


 紫雲は、握った己の拳を見つめてから、それを下ろした。


 認めるのか? と心の声がする。今聞いた話を信じるという事は、自分達が、いや、陸王が四獣の一つであると認めることだ。心の中ではまだ、陸王を滅すべしとの声が上がっている。魔族は放ってはおけないのだ。例え、羅睺らごうという神、直系の子供であったとしても。


「紫雲、水盤を覗き込んでみな」


 唐突な龍魔の声。沈思していた紫雲ははっと顔を上げた。


「今度は何を見せるつもりですか?」

「覗いてみてのお楽しみだよ」


 紫雲は訝りながらも水盤を覗き込んだ。


 そこにはもう陸王と雷韋の姿は映っていなかったが、獣人の顔が映り込む。顔を覆う白い体毛。その中に黒い毛が混じり込んで、頬や頭の方から縞模様を作っている。瞳は金色だった。


 何が映り込んでいるのか理解出来ぬまま、紫雲はじっと水盤を見つめる。よくよく見ようと瞬きをして、僅かに水盤に顔を近づけた。すると水盤の中の獣人も瞬きをし、顔を僅かに近寄せる。


 と、獣人が自分と同じ動きをしたことに気付いて、はっとした。同時に、紫雲の中に警戒心が湧き上がる。その警戒心を表すように、獣人の丸く小さな耳が寝そべった。まるで猫が威嚇でもするかのように。


 ばっと顔を上げ、龍魔を見ると、女は目元と口元を笑ませていた。


「今のがなんなのか分かったかい?」


 紫雲は無言で龍魔を見る。心底から警戒心を露わにして。その様がよほどおかしかったのか、龍魔は出来の悪い子供を(たしな)めるように決定的な言葉を放った。


「今のがお前の真の姿、白虎だよ。白虎は獣人の姿だったんだ。瞳も金色をしていただろう? 神の瞳さ」


「今のが、私だと?」

「そうさ。今のがお前の本来の姿だ。驚くことはない」


 その言葉に紫雲は短く息を吐き出した。それは思わず出たものだ。いきなり獣人の姿を見せられて、それが自分の本来の姿だと言われても到底信じられない。第一、驚くなと言う方が無理な話だ。


 その反応をどう取ったかは知らないが、龍魔は忠告するように言葉を口にした。


「お前には悪いが、青蛇の姿は見せられない」


 紫雲は無言で龍魔を見つめた。何故そんな事を言うのかと訝しんだのだ。


「青蛇の姿を見れば、例えそれが獣の姿であったとしても、お前の魂は一方的に惹かれる。何もかも放り投げて、青蛇殿を探しに行くだろうね」

「まさか」


 紫雲は半笑いのていで言った。馬鹿らしいとばかりに。


「いいや、冗談でもなんでもないよ。間違いなくそうなる。お前達四獣の魂とは、生命懸けで欲するものだからだ。人族として生まれ落ちながら、人族とは根本的なところ、魂の次元というものが違うんだよ」

「そんな大げさな」


 あまりにも馬鹿らしくて、紫雲は苦笑と共に言う。だが、龍魔は至極真面目な顔をしていた。


 龍魔の真剣な面差しから、紫雲はやがて、その言葉が冗談でもなんでもないと思わざるを得なくなった。龍魔の顔に、全く余裕がなかったからだ。これまでは余裕を持って受け答えしていた龍魔が、今だけは真剣な顔をしている。


 そこで紫雲は考え込んでしまった。自分がなんなのか、陸王と雷韋がなんなのかを。認めるべきなのか、馬鹿らしいと鼻で笑っていいのかも分からない。


 だとしても、龍魔がわざわざ自分をこんな場所に連れてきたと言う事実がある。これまでの話に矛盾がなかったことや、理屈が通っていたことも看過できない。これが巧妙な作り話だとして、龍魔やシリアにどんな益があるというのか。それに対しては、益など何もないだろうと思うのだ。彼女らの正体、存在がどんなものであれ。だが何故、自分に話したのだろうかとは思う。今回の話は、陸王を羅睺から護れという話から端を発している。そこから、羅睺と陸王を対峙させなければならないこと、陸王を始め、雷韋も自分も四獣だという事までが地続きなのだ。目の前にある水盤で、陸王と雷韋の様子を見せられもした。彼らのかつての姿や魂までも。同じく、本来の自分の姿も。


 それらを考えると頭が混乱してくる。いきなり色々な話をされて、精神的な疲れも感じていた。


 一度、どこかで頭を冷やしたかった。神殿(ここ)ではない別のどこかで。


 それを見越したように龍魔が声をかけてきた。

「疲れただろう。一遍に色々なことを告げられて。それを認めろと言われて。そうさね、今夜はこのくらいにしておこう。お前も考えたいことがあるだろうから。でもね、忘れないで欲しい。お前がいくら陸王を嫌おうと構わない。それでも陸王は人として長い間生きてきたんだ。人族と同じ感情を持ってね」


 紫雲が龍魔に目を遣ると、彼女は口の片端を引き上げた。


「それから最後に、これだけはお前に見せておきたい」


 そう言って、紫雲の胸をとんとんと指で叩く。


「ガライ、頼むよ」


 その言葉に、え? と思う。思ったと同時に、背後に人の気配を感じて振り返った。


 いつの間にか、背後には紫雲と同じくらいの上背の男が立っていた。獣の眷属らしく耳は尖っている。長い髪は灰色をしているが、闇の妖精族(ダーク・エルフ)ではなかった。肌も浅黒くはなく、瞳は深い琥珀色をしている。体躯は、身に纏った服の上からでも鍛えられていることが分かった。


「貴方は……?」


 思わず言葉が口をついて出たが、男は何の感情も見せない瞳で紫雲を見遣り、片手を紫雲の胸元へ宛がった。

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