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魂の真相 十五

          **********


 陸王りくおうの生い立ちを話して、龍魔たつまは疲れたように首を振った。


「陸王はあたしが手ずから捨てに行った。その時、陸王は一言も口をきかなかったよ。泣き喚くこともなかった。小さいながらも、放逐されることを受け入れていたんだね。妾に裏切られて、そのせいで、あの子は他人を信じるのが苦手になってしまった。妾のことも恨んでいるだろうね。あの子を見ていて、対である雷韋らいのことさえ完全には信じていないようだったしね。どこか不信感を募らせていた。それ以上に、魔族に連なる者としての負い目もあったろうが。それさえも、妾が植え付けた種のようなものだ」


 視線を俯けて龍魔は言う。


 紫雲しうんは龍魔の様子に怪訝な顔をした。


「何故、そんな事が分かるんですか?」

「話の中に出てきただろう? 光竜殿(ここ)にはね、特別な水盤すいばんがある。望む者の姿を映し出してくれる水盤だ。それを使って、お前達のことはいつも見ていたよ」


 言われて、紫雲は怪訝な顔から、複雑そうな顔つきに変わっていく。『いつも見ていた』という部分が引っかかったのだ。ずっと行動を監視されていたようで、幾分か嫌な気分になる。


「水盤で見ていたという事ですが、雷韋らい君のことは大切にしているようでしたよ。それも見ていたのでしょう」

「あぁ、見ていた。陸王にとって雷韋は大切な対だ。特別に大事にしているようだね。それでも信じ切れていなかった。妾がつけた陸王の心の傷は深いんだよ」


 そこまで言って、龍魔は「だが、その傷は雷韋が埋めてくれたようだが」と笑う息を零して言う。


「雷韋君が埋めた?」


 龍魔は微苦笑して、雷韋が陸王をどこまでも受け入れてくれたことによって、陸王の心の傷が埋められたことを話した。それは丁度、紫雲の傷を癒している間のことで、龍魔の代わりにシリアがその時の状況を窺っていたことも知らせた。


「雷韋は拒絶しないだろうとは思っていたが、それでも心配だった。人の心など、どう転ぶか分からないからね。だから、シリアから報告を受けた時は正直ほっとした。陸王も同じだったに違いない」


 紫雲はその話を聞いているだけで、特に言葉は挟まなかった。


 それをいいことに、龍魔は続ける。


羅睺らごうの血を引きながらも、陸王の力は魔族のような力だった。だが、父親は神だ。母は堕天使。あの子の根底には強力な力がある。神としての力が」


 龍魔がそう言ったとき、紫雲は両目を驚きに見開いた。


「あれは魔族では? 高位の魔族でしょう。高位の魔族の証として、通常時には瞳が黒く見える」


 詰め寄るように紫雲は言ったが、龍魔は首を横に振った。


「違うよ。あの子の力は、本当は神の力なんだ。魔族は交配して子供が生まれても、その子は親以上の格にはなれない。常に位が下になる。その原理で陸王も神の子だというのに、母親が堕天使という因果で、果てしなく高位の魔族に近いのさ。だが、正確には羅睺らごうの神としての能力を受け継いでいる」

「それはなんです?」

「羅睺も今、闇に心が堕ちて狂い、魔族の王になってしまっている。元々、天慧てんけいの呪いもかかっていたから、それが陸王の存在と相まって狂ってしまった。神として、と言うより魔神と言った方がいいかも知れないね。今の羅睺の力は陸王の力とそっくりなんだ。神気より魔気を発する。本来は陸王も神気を発するはずだったんだ。かつての羅睺と同じようにね」

「けれど、どこまでも魔族に近いというわけですね。それに父殺しを目論むと言っていましたが、結局、彼を狙っていたのは羅睺だったんですか?」


 紫雲が問うと、龍魔は無言で頷いてみせた。


「しかし、それにしても羅睺が堕天を」


 紫雲の言葉に龍魔は言葉を発した。


「堕天して、今は魔族の王さ。ずっと羅睺は陸王を狙っている。一度、日ノ本に魔族が大挙したことがある。大陸から離れて幸せな時間を過ごしていたのに、あの子の居所がばれしまってね」

「その事は僅かながら耳にしました」


 龍魔はその言葉に数度頷いてみせた。


「あのとき、陸王を日ノ本から大陸に戻したのは妾達さ。陸王が逃げてしまったあと、魔族も日ノ本で大方が駆逐された。大陸に戻れたのは僅かだ。羅睺もそのあとからまた静かにしていたんだが、馬鹿な魔族が妖刀を創ってしまったからね。羅睺にしてみれば、妖刀の情報は何よりもの武器だ。陸王を殺すために、吉宗の対となってしまっている」


 吉宗と聞いて、紫雲は何かを思い出した顔になった。


「確か、刀をそう呼んでいましたね」


「吉宗は神剣なんだよ。神をもほふると伝えられているね。そして、陸王の守り刀だ」


「それはつまり、羅睺を殺すためのもの、ということですか?」


「そう取って貰って構わないよ。あの刀を陸王が手放すことがあれば、陸王は確実に殺される。だが、それはならない。陸王が殺されたら、羅睺(あいつ)を押さえている重しが外れてしまう。そうなれば、羅睺は魔族の中だけで収まる器じゃない。なんたって神なんだ。それも地上の生き物を愛していた頃の羅睺ではなく、魔族の王として破壊と殺戮を楽しむ魔神になっている。そうなったらこの世は地獄より酷い世界になるんだ。それは理解出来るね?」


 紫雲はそこで龍魔から離れるように背筋を伸ばした。


「待ってください。何故そんな話を? 理解は出来ましたが、何を求めているんです。相手は堕ちても神です。その神に創られた人族でしかない私に何故そんな話を?」


 龍魔も姿勢を正し、一度大きく深呼吸する。龍魔は碧の瞳で、紫雲の暗褐色の瞳を見据えた。


「今、第一にして欲しいことは、雷韋と共に陸王を護る事だ」

「そんな馬鹿な!」

「馬鹿なことじゃない。羅睺に太刀打ちできるのは吉宗を持つ陸王以外にいないんだよ。あの子は神の子であり、同時に神そのものでもある」

「羅睺の子だから神ですか? 羅睺を殺したら、その後釜にでも据えるつもりですか」


 紫雲は言葉の最後に、馬鹿らしい、と吐き捨てるように言い遣った。


 それでも龍魔は「いずれそういうこともあるかも知れないね」と呟く。しかしそれは陸王次第だとも言う。どうやら、決定事項ではないらしい。


「妾が言った神そのものとは、そのままの意味だ。陸王は神の魂を持っているんだよ。陸王だけじゃない。お前も、雷韋も神の魂を持って生まれてきている。神代かみよの終わりに光竜こうりゅうの懐深くへ(かえ)った四獣しじゅうの魂を、光竜は今この時代に排出した。それがお前達なんだ。放逐されて、世界の右も左も分からなかった陸王も死ななかった。何度も死にそうな目に遭っていながらね。それは光竜の加護があったからだと妾は思っている。対にも巡り会えないままに、陸王に死なれてしまっては困るからね」


「羅睺の話は兎も角として、そんな馬鹿げた話を信じろと? 四獣ですって? 馬鹿な。私は私です。ただの人間族の修行(モンク)僧でしかありません」


 紫雲はきっぱりと言い切った。更に続ける。


「第一、私の魂が四獣のものだとしたら、どうして真名(まな)を使う神聖魔法リタナリアが使えるんです。私には『紫雲』と言う便宜上の名とは別の真の名があるんです。それは天慧てんけい、羅睺の系譜だからじゃありませんか?」


 真名は真の名であり、天慧、羅睺の系譜にとっては生命より重いものだ。真名はその人個人の正体を真に言い表すものだからだ。

 例えば、誰かに呪いをかけようとしたとする。その際に真名を使えば、確実に相手は呪われる。そのまま呪い殺すことすら出来るのだ。真名さえ分かっていれば、実に簡単に。


 だから真名は、個々人それぞれが死ぬまで秘匿する。そして真名には呪術的な力が込められているため、その力を使って人間族も天使族も神聖魔法を行使することが出来るのだ。


 またその逆で、獣の眷属には真名がない。だから神聖魔法が使えないとも言える。その代わり、光竜が世界を創造するときに使った神代語(ダリ)神代魔法(ダリタリア)を獣の眷属は使える。光竜から、言葉と魔術を与えられているからだ。しかし、それは真名があっては使えない。真名の呪力と反発してしまうからだ。


 その為、眷属ごとに使える魔術と使えない魔術が存在する。


 だが天主神神義教てんしゅしんしんぎきょうでは、神代語は穢れのある言葉として、人々に調べたり研究することを禁じている。もし調べたり、研究しているなどと露見すれば、異端者として、穢れある者として、火刑に処せられるのだ。


 しかし龍魔は、紫雲が真剣に言った言葉を鼻で笑い飛ばした。

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