第八一話 羅睺の狙い
陸王はそれまで黙って紫雲の荒唐無稽な話を聞いていた。雷韋に至ってはぽかんとするばかりだ。
「その話、どこで誰から聞かされた」
陸王が問うたのは、今の話を紫雲が第三者から聞かされたように語り、それなのに、誰に聞かされたとも口にしていなかったからだ。
「ほとんどが、龍魔さんという方からです。場所は光竜殿という、かつて光竜が地上にいた頃に使われていた神殿でした。私の怪我を治してくれたのも彼女です」
龍魔と光竜殿の名を耳にして、陸王は舌打ちし、思い切り顔を顰めた。顰めて、雷韋に目を移す。
「雷韋、まさかお前もあの女のことを知っていたのか」
「あ、うん」
雷韋は俯いて短く返答した。隠し事をしていたのが心苦しいという風に。陸王へ投げかける視線は、自然、上目遣いになった。
「急に現れてさ、紫雲のことはいいからお前は魔剣に取り憑かれていた男を癒やせって言われたんだ。もう一人、知らない男がいて、その男が紫雲を連れて行った。髪は灰色だったけど、闇の妖精族じゃなかった。肌の色も違ったし、瞳も俺みたいな琥珀色だった。
二人の名前は知らないけど、陸王の関係者だって言ってたよ。でも、このことは絶対に陸王には内緒だって口止めされてたんだ。黙ってて、ごめん」
それを聞いて、更に陸王は苦々しく顔を歪める。それで昨日の雷韋の様子がおかしかったことには合点がいった。
そんな陸王の様子に、
「何か?」
紫雲が訝しげに問う。
「あんな女の言うことをお前は信じたのか」
忌々しげな口調だった。腹の底から絞り出すような声音だ。
そこで紫雲も思い出す。陸王は青蛇殿で生まれ龍魔に育てられたが、不祥事を起こして龍魔に神殿から放逐されたのだと。龍魔は陸王から恨まれているとも言っていた。この陸王の反応はまさにそれだ。信じていた者に裏切られた者が見せる態度、反応。だが、裏を返せばそれだけ信頼していた証でもある。
「信じたくありませんでしたよ。ですが、拒んでも目の前の現実は変えられないと諦めがつきました。それに羅睺。貴方の父親ですが、羅睺も神代の頃に、既に地に堕ちたそうです。今では魔族の王として、いつ世界を破壊しようとするかも知れないと」
それを聞いて、雷韋が大声を上げた。
「ちょ、ちょっと! 羅睺が陸王の父親? 羅睺は天上の世界にいるんじゃないのかよ?」
「いいえ、今は魔族の王として存在しているらしいです。それに羅睺は父としてだけではなく、彼とは別の深い繋がりがあるそうです。いや、父親だから、余計にかも知れませんね」
紫雲は雷韋から陸王へと視線を向けた。
「ちょ、ちょっと、ちょっと、ちょっと。陸王は魔族じゃ、いや、でも、神様の子供なのか? えぇ?」
雷韋は混乱のあまり、自問自答し始めた。
「私の聞いた話では、高位の魔族よりも上の次元に存在するのが彼だそうです。神と堕天使の間に生まれた者として。そして、羅睺と対峙できるのも彼だけだそうですよ」
「対峙? どういうことだよ」
雷韋が混乱しきった顔で問うた。些か慌てた感のある雷韋に、紫雲はどこまでも冷静な声で返す。
「先見の出来る堕天使がそう予言したそうです。羅睺は生まれる自分の子が父殺しを目論むと聞いたらしいですね。魔族を操って彼を殺そうとしているのは、羅睺だったんですよ」
「へ?」
陸王へ向けて顎をあおった紫雲を見て、雷韋は呆気にとられた顔をした。言葉も失ってしまうくらいに。
だが、陸王はただ黙していた。
だから紫雲は言ったのだ、陸王の生まれを。
腹の子を羅睺に殺されそうになった陸王の母親が、生まれないように長い間腹に封じていたこと。最後は青蛇殿に逃げ込み結界の反動で、母親は死してしまったこと。その死んだ母の腹を自ら引き裂いて陸王が生まれ落ちたことを。
それを聞いた雷韋は真っ青になっていた。
「そんな……そんな生まれ方したなんて」
雷韋は陸王の出生の壮絶さに咄嗟には言葉が出てこなかった。
紫雲は陸王の出生とその後の陸王の力の暴走で、青蛇殿の巫女を一人殺めたことを話した。そのことが原因で、陸王は青蛇殿を放逐されたのだとも。
話を聞いていた雷韋は、悲しそうな顔になって言う。
「それが今回のことに繋がったのかよ。魔族が言ってたじゃん? 日ノ本に渡ったって。そのあとのことも陸王にも聞いた。日ノ本で何があったのかって。だけど、ずっとずっと羅睺に狙われてたからなのか? 生まれる前から」
雷韋は紫雲に縋るような眼差しを向ける。
縋る視線を向けられたのに、紫雲は全く他人事だった。だから淡々と続ける。
「私が聞いた限りではそう言うことですね。妖刀もそのために創られたんだとか。彼の刀の対をなすようです。蓋を開けてみれば、彼が全ての災厄の中心にいた。吉宗という神剣も、羅睺を殺すために授けられたらしいですよ」
そこまでを聞いて、陸王は鼻で笑った。それまでの緊張や苛立ち、嘲りが、全て抜け落ちてしまったように。
「それがどうした。俺を狙ってるってのが羅睺だとしたら、かかる火の粉は払うだけだ」
「陸王、知ってたのか?」
雷韋が驚きを交えて問うが、陸王は緩く首を振った。
「羅睺が地に堕ちたことも、俺を狙っているってなことも、俺は知らん。俺が知らされていたのは、死んだ母親の腹を引き裂いて生まれてきたってことだけだ」
一切の感情も伺わせずに、淡々と答える。だが腹の中では、天慧と共に嫌っていた羅睺と血が繋がっていることに、少なからず衝撃を受けていた。
「じゃあ、羅睺を殺さなきゃ、陸王はずっと狙われっぱなしってことか……親父さんなのに」
呟くように言って、苦しそうに考え込む雷韋の耳に何かが響いた。
「何? 今、なんか言った?」
雷韋が陸王を見遣る。
「何をぼけっとしてやがる。魔族を捜しに行くぞ」
「あ、あぁ、そうだけど、羅睺のことも、四獣のことも……」
「四獣? 知るか。くだらん」
陸王は馬鹿らしいとばかりに、渓谷の方へと戻っていった。吉宗は既に鞘の中に収めてある。
「待てよ、陸王!」
言いながら、雷韋は慌てて陸王のあとを追った。
その二人を見ていた紫雲だったが、不意に陸王へ声をかける。
「降りかかる火の粉を払いに行きますか」
「当然だろう」
無感情に短く返答する。
紫雲の方を見もせずに。
「では、羅睺のことも? 大元は羅睺ですよ」
「俺にちょっかいをかけてくるようなら、いずれそいつもぶち殺す」
「父親であっても?」
「親父って奴の顔を一度も見てねぇ。名前だけ神として知っていた。だが、俺は天慧も羅睺も虫唾が走るほど嫌いなんでな。つまり、俺達の関係はその程度のもんだ」
そう言って、どんどん離れていく陸王と雷韋のあとを紫雲は追った。追って、尚、問いかけてくる。
「羅睺はこの先も貴方を狙ってきます。それをどうします?」
「言ったろう。ちょっかいをかけてくるなら、いずれぶち殺すと」
「それは予言の子として? あるいは四獣の一としてですか?」
「ガキだろうがなんだろうが、四獣も知ったこっちゃねぇな。俺は俺だ」
「貴方と雷韋君、その歪な関係も四獣としての役割と関係があるとしても?」
そこで少しの間が開くが、やはり陸王はなんのこともなく答えた。
「雷韋は俺の生命の綱だ。死んで貰っても、行方不明になって貰っても俺が困る。俺が俺として生きていくためにな。ただそれだけだ。四獣なんてもんは俺達には関係ない」
だがそこで、陸王に追いついた雷韋が彼を見上げて言う。
「紫雲の話、出鱈目だと思うのか?」
「あ?」
陸王は不機嫌そうな声を出して、隣につく雷韋を見下ろした。
だから、雷韋は言ったのだ。
これまで自分は少陽だと思っていたが、陸王の魂と共鳴を起こすたびに、自分にないものに触れたような気がすると。それはもしかしたら陸王の陽の魂を感じているのかも知れない。それも、紫雲の言うのが本当なら太陽をだ。だから余計惹かれるのかも知れないと。それと同じようなことが陸王に起きていないかと雷韋は問うた。
「何を言ってるんだか分からんぞ」
陸王が呆れた風に言うと、雷韋は両手を拳にして言う。
「俺にも上手く言えない。でも、本当に俺とあんたが完全な陰と陽だったら、色々説明がつくところがあるんじゃないかなって」
「なんだ。お前も影響されたか」
小馬鹿にするように言われて、雷韋は陸王の腕を軽く叩いた。
「だって、四獣なんて言葉が出てくるんだぞ。守護四天帝だ。この世界を東西南北から護っていた神様の名前がさ。あんたは北の黒狼で、俺は南の赤獅。紫雲は西の白虎。もう一人が青蛇殿で眠っているって言う、東の青蛇だろ? つまり、紫雲の対だ。
でも、確かにいきなりな話だから、いきなり全部信じろって言われても困るけど、だけどさ、俺達が出会ったのってそのためだったんじゃないかなって気がしないでもないんだよな。紫雲も含めて、俺達が出会ったのって偶然じゃないと思う」
「運命だとか巫山戯たことを抜かすなよ」
「でもさ、魂のことは置いといても、俺とあんたの対ってのは種族的にやっぱおかしいよ。そう言うおかしいところを全部綺麗に説明してくれたじゃん、紫雲がさ。嘘つくんなら、こんな回りくどいことしないと思う。全部に説明がついちゃうなんてことは、普通、考えられないよ」
「なら、お前は信用するってのか」
「俺は信じる信じないの前に、全部に説明がつくことが普通じゃあり得ないって言ってんの。嘘なら尚更あり得ねぇよ。わざわざ考えるか、そんなことをさ。嘘だとしても、なんの得もないじゃんか。そこまで精密に嘘考えるか? もしそうなら、それこそ意味分かんねぇよ」
「なら、お前はなんだって思うんだ」
それに対して雷韋はほんの僅かに躊躇ったが、すぐに答えた。




