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三人三様の当事者 二

 魔族は、堕天して魔族になるのでなければ、魔族同士の交配で増える。その場合、絶対に親より格上の魔族は生まれてこない。親より必ず格下だ。


 魔族は子を産んでも子育てはしない。産んだら産みっぱなしで放置する。更に魔族というのは、生まれたときから成長速度を自在に変えることが出来る。下等な魔族ほど本能に忠実であり、害意と食欲を満たすために急激な成長を見せるのだ。親に育てられることがない分、自力で餌を集めなければならぬと言う本能からだった。


 格上の魔族も自力で餌を集めなければならないという点は同じだが、天使族以外に天敵を持たない上級の魔族は敵に襲われることがないため、成長はそれなりに遅くなる。飢えを満たすために急激に成長するものもあるが、上位ほどの魔族であるならば多少の飢えは耐えられる。それより格上の高位なら尚更だ。赤子の姿で山野にいれば獣に襲われることもあるが、結局は喰われない。獣も知っているのだ。魔族の紅い瞳を。それを見ただけで、獣も恐怖を覚える。その恐怖を喰らって、位の高い魔族は飢えを満たすのだ。だから成長は自然、ゆっくりとなることが多い。


 下等な魔族は、恐怖心だけを喰らって満足出来るほどの理性がないため、急激に成長して獲物に襲いかかる。


 凶暴で凶悪なのは魔族の本能だが、食欲、性欲、殺戮欲、それらが魔族の本能の中核を担っている。この衝動を抑えられるかどうかが、上級の魔族と下級な魔族の差となるのだ。


 だから余計に不思議だ。天使族を喰らえる凶暴性があるのは、下等な魔族だけだろう。上位も高位も天使族だけは喰らわない。その意識を持っていないものどもだけが、天使族の血肉を喰らいたいなどと思うのだろうから。第一、天使族には神聖語リタ神聖魔法リタナリアがある。それを耐えられるのは上級のみだ。


 だとすれば、上級の魔族がどんな偶然が重なってかは知らないが、天使族を捕らえたとしか考えられない。高位であれば、天使族と対等に対峙出来る。そして捕らえて、下級の魔族に餌としてちらつかせるのだ。


 天使を捕らえたというならば、今のところ、それしか陸王りくおうには想像出来なかった。


 もしそれであったなら、陸王個人を意図的に襲うことはあり得る。もし魔族の命令系統があるとするなら、上級から下級へと下されるのだろうから。現状を鑑みてもそんな感じだ。ならば辻褄も合う。ただその場合には、ある程度の知能がなければならない。言葉を(かい)さない魔族は論外だ。


 ではそれは一体、誰からの命なのかと思う。陸王には、自分が狙われる理由がさっぱり分からないのだ。全く見当もつかなかった。しかも、陸王を殺すために妖刀まで創ったというのだから、買っただろう恨みは尋常ではない。


 陸王は魔族だが、魔族に知り合いなんてものはいない。そもそも、始めから接点がないのだ。魔族、魔族といくら言ったところで、陸王はほかの魔族とは隔絶された場所で生きてきた。


 そう思えば、今ここで魔族に襲われるのもいいだろうと思う。知能がある相手なら、雷韋にも紫雲にも聞かれずに、直接問い詰めることが出来るからだ。誰の命令で自分を狙うのかを。妖刀を創るに至った執念も知れるかも知れない。


 そんな風に歩き続けながら色々と頭を巡らせていたが、ふと陸王は歩く足を止めて溜息をついた。


「こっちの思うとおりに出てきやがったか。面白い連中だ」


 陸王は言葉とは裏腹に、全く面白くなさげに呟いた。僅かに背後へ視線を向ける。


「何故、俺を狙う。日ノ本にまでやってきたな。どこまでつけ回す気だ」


 手を吉宗の柄において低く声をかけた。


 が、それに答える声はない。あるのは気配だけだ。それが三つ近くにある。しかし、その気配はあまりにも小さい。それだけで、期待は出来ないと思った。


 望む答えは得られまい。


 答えられるだけの格ではないから。


 それだけに面倒を感じた。


 こいつらはただ喰らうだけ。


 ほかに能力はない。


 本能だけの生物。


 おそらくは、核の生命波動を感じて、仲間と勘違いして姿を現したのだろう。なのに目の前にいたのは陸王であって、あの魔族ではない。魔族からみれば、陸王は人族にしか見えない。それならば、することは一つだ。


 もう一度、溜息をついて振り返った陸王の目に入ったのは、飛び掛かってくる形もはっきりしない魔族だった。魔物ではない。気配は確かに魔族だ。けれど、獣の姿すら取れない雑魚でしかなかった。頭がどこか、身体がどこか、手足がどこかも分からない。全てがぐちゃぐちゃに混ざり合っている。それが三方向から襲いかかってきたのだ。陸王はそれを真横へ一気に叩き斬った。獣の姿でも人の姿でもない奇妙な姿形をした魔族三匹は、二つに分断されて六つに増えた。けれど、それはすぐにそれぞれ分断された身体の一部を繋ぎ合わせる。首でも胴体でもない部分を斬ったようだったが、おそらくは手足なのだろう部分がすぐに動いて繋ぎ合わさっていく。


 その中でも、一匹だけ回復が遅いものがいた。分断されてばらばらになった身体の方へ上手く移動できないでいるようだ。それを見て、陸王はその魔族に近づく。ほかの二匹には注意を払うことさえしなかった。今はただ、三匹の中で力の劣っているものを(なます)にすることしか考えていない。まずは弱い個体から始末するのだ。


 その時の陸王からは魔気が溢れ出ていた。


 魔気が出ていることは、魔族同士でなければ全く気付かない。同時に、魔気を解放することによって、同族だからこそ格の違いを知らしめることが出来る。


 陸王はそれをしたのだ。人族の言葉も解さない魔族達は、その魔気の強さから「これでは敵わぬ」と見て取ったが、もう遅い。一度は襲いかかってきたのだ。その中に弱点を晒したものがあった。それを攻撃せずに、何を攻撃しろと?


 陸王は一気に距離を詰めて、二等分にされている魔族を斬り付けた。


 魔族からは苦しげな呻きが上がったが、そんなものは気にすることもない。陸王はざくざくと魔族を膾に切り刻んでいった。


 その間、魔族も逃げようとするが、なかなか上手くいかない。このまま滅多斬りにされたら、それこそ核が転げ出てしまうかも知れなかった。素早く身体を動かして、一気に移動しようとしたが、そうなる前に魔族は縦に一刀両断された。血を滴らせたような二つの紅い瞳が、中央から左右に分かれてしまう。


 それはなんともみっともなくも、情けない姿だった。


 まだ核が出てきていないが、あと少し嬲れば核も現れるだろう。そう考えて、陸王は更に細切れにしていった。


 だが、そこで状況が変わった。おそらく胴体の部分に当たる部位が炸裂したのだ。

 反射的に顔は庇ったが、全身が血肉だらけになった。気が付けば、本体と覚しき部分が消えている。


 逃げたのだ。身体の一部を炸裂させた隙に。残り二匹がどうなったかとそちらの方へ顔を向けたが、当然の如くそちらも既に逃げている。陸王の放つ魔気から、彼が人族ではなく高位の魔族と知り、どのくらい強いかをも感じ取ったのだろう。とてもじゃないが、言葉も話せないような下級の魔族は相手にならない。


 陸王は、身体中にへばりついた肉片を叩き落とした。


 それにしても、と陸王は思う。下等な魔族ほど逃げ足が速いと。だが、そうでないと生きていけないのも事実だった。力が弱いから生命力が強い。弱いから逃げ足が速い。理に適った生き方をしている。だからと言って、今程度の魔族なら、修行(モンク)僧に()られるだろう。それくらい弱かったのだ。最後には逃げ出すくせに、無謀にも突っかかってくるところがなんとも間抜けだが。知能の程度はそれくらいだ。下の下もいいところだった。同じ出会うなら、もっと強い力の持ち主がいいと思う。魔気だけでも圧迫感を与えてくれるような。


 けれど、そんな相手ではないだろう。今回の相手は上位でも高位でもない。いくら高くても中位が限度だと思った。離れていても意思疎通が出来るのは、中位までだからだ。


 だが、面倒だとも思う。弱いくせになかなか死なない、その生命力の高さが厄介だ。上位や高位なら、身体の作りは人族と変わらない。だから急所も同じだ。純粋に強いから厄介だが、裏を返せば弱点がはっきりしているからまだましだった。


 それに引き換え、下等な魔族は本当に厄介だ。弱いくせに生命力が強く、いざとなって逃げ出すときには、その速度は計り知れないほど速い。元々の気配も小さいから、それもすぐに感じられなくなってしまう。


「厄介な」


 陸王は(ひと)()ちた。

明日も18:42頃に投稿予定です。

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