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第一三話 紫雲のもとへ

 異種族かと問われて、雷韋(らい)は素直に頷いて返す。


「そうだけどさ、ここに用があってきたんだ。別に教会を荒らしに来たわけじゃないよ」

「異種族なら出て行け。ここにはお前らに貸すような部屋はない。宿があるだろう」

「だから、用があってきたんだってば。部屋を借りに来たわけじゃないよ」

「一体なんの用だ」


 四角い顔の門番が突っ慳貪に問うてくる。


「うん、昨日ここにさ、修行(モンク)僧が宿借りに来たろ? 紫雲(しうん)って言う修行僧が」

「しう……」


 もう一人の、骨張った門番が驚いたように言葉を飲み込んだ。四角い顔の門番も顔色を変えている。


「昨日の夜、来たろ?」

「どうしてその名前を知っているんだ? 異種族風情が」


 酷い言われようにもかかわらず、雷韋はなんのこともなしに答えた。


「だって昨日、一緒に飯食ったもん」

「なんだと?」


 驚いた顔の門番二人は目を見交わし、骨張った方が雷韋の腕を掴んだ。


「お前のような異種族に目通りは叶わん。帰れ、帰れ」


 腕を掴んだまま門の外へと引き摺り出し、そのまま門扉に鍵をかけられてしまった。


「ちょっと! おい、なんだよ? 鍵かけることないだろ?」

「煩い。あのお方に会わせることは出来ん! そもそも異種族が教会に来ること自体が間違っているのだ。さぁ、帰れ」


 今度は四角い顔の門番が、門扉の間から槍を突きつけて邪険に言い遣る。

 その時の門番のいい口が気になり、言い返した。


「『あのお方』って、紫雲だろ? ただの修行僧だよな? 『あのお方』って、どういうことだってばさ」

「煩い、煩い。帰れ!」


 槍に突(つつ)かれて、雷韋は数歩後退(あとじさ)ったが、ただで帰るわけにはいかない。門番は『あのお方』と特別な言い回しをしたのだ。陸王から聞いた話では、修行僧は蔑まれているはずなのに、『あのお方』呼ばわりだ。何がなんだか分からなかったが、こうなったら門番をどうにでもして絶対に会いたいと思った。


 会うまでは帰れないと。


 雷韋は突きつけられている槍をいきなり掴んで、そのまま引っ張った。相手もそんなことをされると思っていなかったのか、引っ張られて体勢を崩し、槍を手放してしまう。


「あ、おい、こら! 返せ!」

「やだよ!」


 言い放って槍を放り出し、雷韋は柵状の門扉に飛びついた。そして、するすると登っていく。下からは二人の慌てた声が聞こえてきたが、そんなものには構わなかった。門扉の天辺まで登ると、雷韋は門扉(そこ)を足場にして一気に飛んだ。


 門番二人の頭上を軽々と越え、身軽に着地すると同時に庭へと走り出す。後ろからは大騒ぎした様子の門番達が追ってきたが、構わず庭に駆け込み、左右の宿舎のうちの左側の建物目指した。その際、紫雲の名を叫ぶのも忘れない。


 三階建ての宿舎の前で門番と追いかけっこをしながら、少しの間、騒いだ。騒げば紫雲の耳に入るかも知れないと思ったのだ。一階は手前が回廊になっていて、その奥が厩舎になっている。


 騒ぎを聞きつけて、二階、三階の窓から人々が顔を出した。現れた人々の姿は僧侶のものではない。どう見ても一般人。おそらく巡礼者達だ。だが、その中に紫雲の顔はどこにもなかった。


 昨日、紫雲は巡礼者用の宿舎に部屋を借りると言っていたが、どうもいないらしい。一応、一階の厩舎の中も走り回って覗いてみたが、驢馬(ろば)や騾馬(らば)が何頭かいるだけで人の気配はない。それだけでも雷韋は安堵していた。


 紫雲が厩舎に押し込められてはいないようだから。


 雷韋はもう一度宿舎の前で門番から逃げ回りながら顔を現した人々を見渡したが、やはり見える限りでは紫雲の顔はない。


 だとしたら、もう一棟の方だ。けれど、こちらが巡礼者用の宿舎であるなら、もう一棟は僧侶達の宿舎になっているだろうから、紫雲のいる確率は低くなる。それでも一縷の希望を捨てはしなかった。


 広い庭を横切り、紫雲の名を叫びながら駆け寄る。そちらの方でもすぐに騒ぎを聞きつけて、数人の僧侶達が顔を現した。頭上から、「何を騒いでいる」と叱責が飛ばされ、門番達が「異種族が紛れ込みました」と返答しながら、雷韋を追いかけ続ける。「異種族などつまみ出せ」と激しい声がいくつか飛ぶが、雷韋は捕まらず、紫雲の名を叫び続けた。


 騒ぎの中に突然「おやめなさい」と言う声が降ってきた。その声は決して激しいものではなかったが、ほかのどんな声よりも鋭かった。門番ばかりが、雷韋も足を止めてしまう。


 見上げると、そこには紫雲の姿があった。三階の一番端の部屋だ。そこから少し身を乗り出している姿がある。紫雲の鋭い声が響いて、場は一瞬にして静かになった。門番二人はぴたりと動きを止め、窓から顔を出していた数人の僧侶達も声を収めている。そんな中で、雷韋だけが紫雲に手を振る。「紫雲! 俺だよ、雷韋」と声を大きくして。


 それを見遣り、


「そこの少年が何かしたのですか?」


 紫雲のそう問う声はさっきとは一転、優しいものに変わっていた。

 それに対して、おずおずと門番は答える。


「そこの小僧は異種族です、紫雲様。異種族が入り込んだので、追い出そうと」

「その言いようは好ましいものではありませんね。彼らは異種族ではなく、獣の眷属です。それに何故、獣の眷属だからと言って追い出すのです。教会は万民に開かれてあるべきはずでしょう」


 その声音には、僅かばかり硬いものが潜んでいた。


「その、この異種……、少年が、紫雲様に会わせろと図々しくも無断で入ってきましたので、それで騒ぎに」

「私に面会ならば、通してあげればよかったでしょう。何も問題はないのですから」

「はぁ」


 四角い顔の門番は、萎縮したように返答した。

 それを傍目に、紫雲は雷韋に目を向けた。


「雷韋君、昨日ぶりですね。よく訪ねてきてくれました。上がってきてください」


 優しい声に、雷韋は手を振るのをようやくやめて返す。


「いいのか?」

「構いません。どうぞ」


 そう言うと、紫雲は中へ消えていった。それを見て、雷韋は宿舎へと続く回廊の方へ足を向けたが、門番達の前を通る際、「あの人も、所詮は下僧《げそう》だ」と言う言葉を耳にした。気になる言葉ではあったが、頭からその言葉を追い出して宿舎の中へと入った。


 回廊から宿舎の中へ入ると、廊下を挟んで両側に狭い間隔で扉がずらりと並んでいた。扉の上は部屋の方から光を取り込むように、硝子張りの壁になっている。その廊下の突き当たりには窓があり、建物の中心部分に階段があってそれを雷韋は三階まで上がっていった。


 二階の踊り場まで上がると、三階の階段脇に紫雲が立っているのが見える。


「紫雲!」

「よく来ましたね。ですが、来てくれたのは嬉しいんですが、どうしたんです?」


 その言葉に励まされるように階段を一気に駆け上がり、紫雲のもとまで行く。


 三階は一階、二階とは違って、扉の間隔が広く取られていた。ぎゅうぎゅう詰めではないのだ。つまり、一部屋一部屋が広いということだろう。


 雷韋は紫雲のもとまで駆け上っていくと、


「いやぁ、あんたのことが心配でさ」


 と、頭を掻きながら言った。


「心配、と言うと?」

「部屋、ちゃんと借りられたかなって、昨日から気になってたんだ」

「さっき見たと思いますが、ちゃんと借りられましたよ」


 言いながら、紫雲は雷韋の背中に手を当てて、廊下の奥へと自然に促した。

 廊下の突き当たりには窓があるが、その手前の部屋まで案内される。おそらくそこは、さっき紫雲が顔を覗かせていた部屋だ。


「どうぞ、入ってください」


 扉を開けつつ言って、中へと促す。


 部屋の中は思った以上に広かった。それに、僧侶の宿舎と言うにはあまりにも豪華だった。

 天蓋付きの寝台があり、書き物に使う机も凝った作りになっているし、花を生けた花瓶も置いてある。二つの窓がある広々とした部屋の中心には刺繍が施されたソファが対で置かれ、真ん中に卓があった。大きな箪笥や本棚も設(しつら)えられている。そこは、ちょっとした貴族の邸の一室といった風情だった。


「すっげー豪華な部屋。半分、厩かと思ってたからなぁ」

「厩?」

「陸王(りくおう)が言ってたんだ。修行僧は教会の坊主から嫌われてるから、宿舎じゃなくて厩舎を宛がわれてるかもって」


 それを聞いて、紫雲は苦笑した。


「当てが外れましたね」

「そんな当て、外れてよかったよ」


 ほっとして言う。


「雷韋君、時間はありますか?」

「ん? あるけど」

「では、せっかく来てくれたのだからゆっくりしていってください。今、お茶を用意しますから」

「え? いいのか?」

「いいですよ。少し待っていてくださいね」


 雷韋の背後から両肩をぽんぽんと叩いてから、紫雲は部屋を出て行った。


 紫雲が出ていき、部屋で一人っきりになった雷韋は物珍しそうに部屋中を歩き回った。部屋中央のソファの座面は綿がたっぷり使われていてふわふわしているし、施されている刺繍も見事なものだった。


 本棚には何冊も本が並べられている。書籍自体は中身を見てみると、教義に関することが書かれていて、雷韋にはつまらないものだったが、しかし書籍自体が珍しいのだ。一般庶民は読み書きが出来ないのが普通だから。けれど、使われている言語は共通語だった。読み書きが出来るのであれば、どんな種族にでも読める文字。人間族は神代(しんだい)の頃から共通語を使っているから、書物に共通語が使われているのは、当たり前と言えば当たり前だ。別に驚くことでもない。それでも、書物が沢山あるという事実が、ここが教会なのだということを如実に示していた。世の中で一番書物がある場所と言えば、教会か修道院だからだ。


 そのほかに気を取られたのは書き物机。精緻な彫刻が施された猫足の机が、見た目にも珍しい。その机の上にはやや大きめの手帳が閉じておいてあった。インク壺の蓋が開いていることから、騒ぎが起こる前まで、紫雲が何かを書いていたのだろうことが分かる。だからと言って、手帳を覗き見するほど雷韋は無礼ではない。だが、椅子は気になった。座面はソファと一緒で、刺繍が施された布地の下に綿がふんだんに使われている。楕円形の背凭れにもだ。ただ、背凭れに使われている綿は多すぎるのか、柔らかいが、やや硬い。多分、わざとそう作ってあるのだろう。


 半分だけ開かれた窓から外を眺めると、流石に三階からの望みはいい。町が遠くまで望めるのだ。教会の方を見てみると、丁度、薔薇窓と同じくらいの高さになっていた。それに気付いて思い出す。ここの教会は町に比してそれほど大きくなかったことを。それでも建物全体を見れば、思っていたとおり、奥行きはかなりある。ほかから見て、高さが足りないだけなのだ。だから尖塔も低かった。ほかはもっと天井が高く、尖塔ももっと高い。その尖塔をよく見ると、片方は鐘楼《しょうろう》だった。ここで町に時を知らせるのだ。


 鐘楼を眺めやってから眼下に目を馳せると、さっき雷韋が走ってきた庭が見える。さっきはさほど気にもしなかったが、庭は一面、花壇になっていた。色々な花が咲いているのが小さく見える。

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