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第一二話 三柱の神

 翌日の雷韋(らい)の朝食は、雷韋にしては質素だった。


 煮豆、酢キャベツ、馬鈴薯(じゃがいも)のスープにパンがついてそれだけだ。飲み物は酒は飲めないので、いつも通りミルクにする。水という手もあったが、ミルクよりも高くつくのでやめにした。肉も高くつくので諦めた。これで銅貨四枚。食後にヌガーを頼もうとしたが、陸王(りくおう)に止められので、雷韋は朝から不満たっぷりだった。


「ヌガーくらい食わせてくれたっていいじゃんか」


 不満たっぷりに言うと、陸王はエールを飲みながら小さく首を振る。


「今食った分で昼まで保つだろうが」

「そんなことない。腹減る。食い盛りなんだぞ」

「なら、道中でどうして干し肉だけで我慢出来るんだ」


 杯を置きながらの呆れた言葉が雷韋にかけられる。


「あれは、だって……、村か街に着けば宿で食えるからさ」


 ぼそぼそと言い訳を返す。


「野宿の時はどうなんだ? 干し肉一、二枚で済ませてるが、別に腹が減ったなんて言葉は聞いた覚えがないんだがな」

「そりゃ、我慢するしかねぇじゃん」


 さっきよりも、もっと小さい声でぶつぶつと返してくる。


 陸王はエールを一口飲んでから断言するように言った。


「要は、目先が卑しいだけだろうが」

「そんなこと言っても、注文したもんは全部食ってるじゃん。残したことあるか?」

「まぁ、確かに食っちゃいるがな。だが、普通の量でも事足りる腹なわけだろう」

「足りるって言うか、足らせてるって言うか」


 今度は雷韋がミルクを一口飲んで、文句たらしく言う番だった。


「大体さぁ、食うの我慢して、背が伸びなかったり痩せたりしたらどうすんだよ?」

「食っててもチビでガリだろうが。多少節制しても変わらん」


 それは完全な断言だった。


「酷ぇ!」

「事実だろうが。あれだけ食っておいて、その栄養はどこに回ってるってんだ。背が伸びてるわけでもねぇ、太るわけでもねぇ。お前の腹は異次元にでも繋がってるのか」

「そんなの知んねぇよ」


 陸王に散々言われても、何がどうなっているのかなど、雷韋にも分かるわけがなかった。


 それでも実際問題として、陸王の言うとおり、身長が伸びている気配もなければ太る気配もない。食べるだけ食べてそのまま寝てしまっても、翌日の朝には空腹になっているのだ。かと言って、正直に言えば、保存食ですまさなければならないときにも特に空腹感を感じるわけでもなかった。干し肉の一枚か二枚を食べて、それで満足しているのだ。陸王の言うとおり、目が卑しいのも事実なのかも知れない。


 陸王にも、雷韋自身にも一体全体、何がどうなっているやらだ。


 そんなくだらない言い合いをしていると、三時課(さんじか)(午前九時)の鐘が聞こえてきた。


「俺、そろそろ紫雲(しうん)のところ行ってみる」


 言って、杯に残っているミルクを一気に飲み干してから立ち上がった。


「ま、どこ行こうが勝手だが、坊主共には気をつけろ。何を言われるか分からんぞ」

「別に何言われるって言ったって、異種族とか下賤の者とか言われる程度だろ。決まってら」


 と、言ってからふと気付いた。


「あんた、教会嫌いだよな。坊主も」


 言われた陸王は鼻を鳴らすとエールを一口、二口飲み込んでから返してきた。


「当たり前だ。どこに好きになれる要素があるってんだ。第一、天主神神義教《てんしゅしんしんぎきょう》の教義自体、人間族が勝手に作ったもんじゃねぇか。別に天慧(てんけい)が何かを言い残して天上に昇ったわけじゃねぇ」

「あんただって人間族だろ? 前から思ってたけど、変わってるよな」


 雷韋がいかにも不思議そうに言うと、陸王は渋面(じゅうめん)を作った。


「俺はそもそも、天慧が嫌いだ。羅睺(らごう)もな」

「なんでさ。両方とも人間族の創造主じゃんか」

「光竜(こうりゅう)が創ったこの世界にあとからやってきて、人間族と天使族を創ったあと、あいつらが何かしたか?」

「え?」


 何か引っかかりを感じたが、雷韋は思ったとおりのことを口にした。


「この世界に光と闇をもたらして、昼と夜を創ったじゃんか」

「お前は天慧と羅睺が好きなのか?」

「別に嫌いじゃないよ。この世界には必要な神様だと思ってる。俺、神義教は嫌いだけど、教会の建物自体は好きだし」

「なら聞くが、堕天使を作ってるのは誰だ」


 その言い口は、挑発的だった。

 そのせいか、雷韋は口を開くことが出来なかった。


「この世に魔族がいるのは堕天使が生まれるせいだ。天使族が天慧や羅睺の呪いを受けて堕天使になり、堕天使が転化して魔族になるんだからな。つまり、魔族の創造主でもある。そんなもの、好きになれるわけがねぇだろう」


 反吐でも吐く勢いで陸王は言葉を吐き出した。それは心底、毛嫌いしているのが分かる口調だった。


 今の陸王の理屈で言えば、魔族を嫌う陸王は、魔族を作り出している天慧を崇めている人間族も嫌悪の対象になるのだと、なんとなくだがそんなことを教えられたような気がした。


 かなり迂遠な解釈ではあるが。


「じゃあ、天慧や羅睺が創った種族はみんな嫌いなのか? あんたの言い方だと、そう取れるけど」

「あぁ、まぁな。お前ら獣の眷属は純粋だ。それに引き換え、天使族ですら『欲』を持っているのか、間違いを犯して天界を追放されて、挙げ句、魔族になるんだからな。最悪だ」

「俺達にだって欲はあるよ。完璧な種族なんていない」

「だが、獣の眷属の方がましだと言っているんだ。人間族は人間族で、戦争という『禍(わざわい)』を起こす」

「それで飯食ってる人が何言ってんだよ。そりゃ、俺は戦争なんて大嫌いだけどさ」


 陸王はそれに対して何も言わなかった。何も言わずに、ただ皮肉げに口端を引き上げるだけだった。


 その様子が、雷韋には自嘲しているように映った。陸王は戦争を嫌いながら、それでも戦場を渡り歩いている自分を皮肉っているような、そんな感じだ。その上自分を含め、人間族も天使族も魔族も嫌っている。


 その大元が、そもそも気に入らないと言っているのだ。


 自分の創造主である、天慧も羅睺も。


 雷韋にはその気持ちはよく分からなかった。雷韋は人間族の中で育ってきたが、なんだかんだ言っても獣の眷属なのだ。その大元になる光竜を嫌ったことなどない。光竜を否定したら、自分がなんなのか分からなくなってしまう。精霊使い(エレメンタラー)としても、世界を回していると言われる光竜を否定することは出来ない。


「俺、陸王の言ってること、よく分かんないよ」

「分からなくていいさ」


 小さく呟くように言って、陸王はエールをまた一口飲んだ。そして続ける。黒い瞳でじっと雷韋を見つめて。


「分かったら、終わりだろうからな」

「終わり……?」

「そんなことよりも、あの男のところに行くんだろうが。さっさと行ってこい。気になってるんだろう」

「あ、うん」


 反射的に返事を返して足を踏み出そうとしたが、雷韋はそこで一瞬止まった。


「陸王はこれからどうすんだ?」

「少し酒を飲んでから、部屋に戻ってゆっくりするつもりだ」

「そっか。んじゃ、ちょっと行ってくる」

「行きがけの駄賃に、誰かの財布なんざくすねるなよ」

「しねぇよ!」


 余計な一言に、大きな声で返してから雷韋は宿屋を飛び出して、街の中心へ向かった。大抵、教会は街の中心部、西向きに東を背に建っている。それは教会の薔薇窓に、東から昇る太陽の光が当たるように設計されているためだ。薔薇窓は教会の中を神秘的に美しく照らすべく、ステンドグラスになっているのだ。


 まだ店が開く三時課になったばかりだったが、宿屋の近辺の店は皆開いていて、もう商売を始めていた。人通りもそれなりにある。三時課に城門が開いたはずなので、これからもっと人が増えるはずだ。出ていく者、入ってくる者、それぞれに分かれて。


 陸王と雷韋がこの街に入ったのは南の方だったので、取り敢えず雷韋は北上して、町の中央にあるだろう大広場へ出ようと思っていた。


 軽く走っていると、あちこちの店から呼び込みの声がかけられたが、雷韋はそれを無視して人波を縫うように走った。


 走っている間、陸王の言っていたことを頭の中で反芻していたが、陸王の理屈は雷韋には難しすぎた。だから途中でそれを頭から放り出して、紫雲のことを考え出した。


 教会に着いたら、本当に厩に寝泊まりしていたらどうしようかと。修行(モンク)僧が僧侶達から『下僧(げそう)』と蔑まれているというのは昨日初めて知ったし、雷韋には衝撃的な事実だった。僧侶と修行僧の役割が違うのは知ってはいたが、蔑まれているとは思ってもみなかった。血を流し、人々に教義を説かないから見下されるのは違うと思ったのだ。そのせいで、最悪、厩で寝泊まり。それはあまりにも酷い。


 実際にはどうなっているか分からないから今は教会に向かうことしか出来ないが、それもなんだかまだるっこしい。


 雷韋は走りながら胸の中で、どうか宿舎にいますようにと念じ続けた。


 道を走り続け、遂に大広場へ出た。大広場の東側が少し引っ込んでいて、そこに教会を発見する。尖塔が両端に一棟ずつ建っている。街の大きさに比して少し小さな印象を受けたが、塀に隠された建物の奥行きは見目よりありそうだった。


 教会に辿り着き、すぐに雷韋は教会の裏側に回った。教会の正面には教会の建物そのものが建っているので、塀に囲まれた裏側に宿舎などの出入り口があるのだ。


 裏側に回ると、鉄柵状の門扉が見えた。


 ここまで走ってきて、それなりに息が乱れている。息を整えるのと心を落ち着かせるのを同時になそうと、雷韋は途中から歩き始めた。大きく、何度も深呼吸する。


 果たして紫雲は無事か否か。


 半ば不安が心を塞ぐが、もう半分は部屋を借りられたのではないかという期待に明け渡している。そんな半々の気持ちで門扉の前に立った。そこからは、上部に薔薇窓のある教会の建物の裏側が見え、両脇に宿舎と覚しき建物と、小屋がいくつか、中央には整った庭が見えた。中は、なかなかに広い。


 鉄柵の中央には鍵が設(しつら)えられていたが、片側の門を手前に引くと、あっさりと門は開いた。


 ただし、甲高い軋みを立てて。


 その音に誘われたように、傍にあった小屋から槍を持った男が二人飛び出してきた。骨張った男と四角い顔の男だ。


「おい、小僧! 勝手に中に入っちゃいかん」


 一人が慌てたように声を上げる。どうやら彼らは門番らしい。


「ごめん。開いたら鍵かかってなかったからさ」


 駆け寄ってきた男達に、雷韋はいつも通りの調子で話しかけた。


「町の者か? 見掛けない顔だが」

「なんの用で来たんだ。こっちは宿舎への出入り口だが」


 外套を羽織っていないことで町の者と思った二人は次々に声をかけてきたが、すぐにその顔つきは変わった。その目は雷韋の尖った耳に向けられている。


「おい、小僧。お前、異種族か?」


 当然、言われるだろう言葉が飛び出してきたので、雷韋は素直に頷いた。

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