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封じの姫と地の獣  作者: rit.
三章
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思わぬひとと出会うこと。

 さしもの男も、朱色の門の中まではついて来なかった。

 視線を感じながらも、振り向かずに寮の扉をくぐってしまう。

 走り出したい気持ちを抑え、目指した寮の扉はとても遠かった。走らなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。

 まぁべつに。走って戻っても良かったのだけれど。

 意識しているとみられるのが、なんだか癪だったのだ。


 扉の影から、もう帰っただろうかとこっそりと男がいた方を伺ってみれば、男はちょうどきびすを返して去っていこうとしているところだった。

 夜の色をした髪が、ふわりと風に溶ける。

 そのまま去っていくのかと思えば、男はなぜか足を止めた。


 大きな猫に似た騎獣を引いた、旅人らしい男が朱色の門に向かってやってくる、それを認めたようだった。

 旅人の方も、男に気がつく。

 ふたりは、お互いの姿を認め。

 ふたりともが、ありえないものを見たような、そんな反応をした。

 遠くて良くは見えなかったが、お互いの動作が不自然に静止したのだ。


 先に、動いたのはどちらだったか。


 旅人の手から、騎獣の手綱が落ちて。

 男の方に手を伸ばす。


 男は、立ち尽くして。

 それから一歩、旅人の方へと一歩を踏み出す。


 長らく会うことのなかった知己に思わぬところで巡りあえば、そんな反応をするかもしれないと、思った。




「日彩? あんた、なにやってんのよ、そんなところで」


 不意を打たれて、びくりと私の肩が大げさに揺れた。

 やはり、覗き見というのは後ろめたいものであるのかもしれない。

 たとえ、それがたまたま偶然みてしまった、一場面であったとしても、だ。


「ゆ、ゆうな……」

「なんか面白いもんでもあるのー?」


 夕那はたぶん。私よりもいろんなことに好奇心が旺盛だ。

 ひょいと扉の影から私が見ていた方向をのぞく。

 きらきらとしていたその横顔が、数度のまたたきをしていくうちに、どんどんつまらなそうな表情にかわっていった。


「なぁんだ、堅物の日彩が覗いてるくらいだから何かあるのかと思ったのにー」


 すっかり興味をなくした顔つきで、夕那は唇を尖らせた。


「期待させといて、なんにもないじゃないのよう」


 肩をすくめて、夕那は扉から離れた。

 そのまますたすたと部屋の方へ歩いて行こうとする。


「あ、夕那……」


 その背を追いかけようとして、私はふと気になってもう一度扉の向こうを覗いてみた。

 けれどそこには、男の姿も旅人の姿も、なくなっていた。

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