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無職の俺が魔法少女を増やしたら、全員俺の彼女になった件  作者: ジャクロの精霊


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3/4

無職の俺が面接に行ったら、氷の女王に命令されました!?

魔法少女を二人採用した。


 報酬は合計十万円。


 しかも、その二人はどちらも美人で、なぜか俺に好意的だ。


 これだけ聞けば、人生が好転したように思えるだろう。


 だが、現実はそう甘くない。


「……三十二枚」


 月曜日の朝。


 俺――佐藤悠真、二十五歳、無職歴三か月は、アパートの小さなテーブルに突っ伏していた。


 目の前には大量の書類が積み上がっている。


 昨日、魔法少女たちが怪物と戦ったレストラン。


 その被害を補償するための申請書類だ。


「三十二枚も書かせるなんて、どこの役所だよ……」


 隣では、白いウサギのような妖精が小さな電卓を叩いていた。


 赤いネクタイに、革の鞄。


 魔法少女管理局・人材育成課所属のポポである。


「仕方ありません! 管理局は規則が厳しいんです!」


「魔法少女が世界を救っても、書類が必要なのか?」


「もちろんです!」


「……夢がないな」


「夢だけでは組織は運営できませんから!」


「妖精にそんな現実的なこと言われたくなかった!」


 俺はため息をつきながら、書類の一枚を持ち上げた。


『災厄獣討伐時における施設損壊報告書』


 その下には、小さな文字が並んでいる。


『損壊原因を具体的に記載してください』


「……原因」


 俺はペンを握った。


『魔法少女が炎を出したため』


「……これでいいか?」


「駄目です!」


「何で!?」


「もっと具体的に!」


「じゃあ……」


 俺は書き直した。


『炎属性魔法少女が巨大なハート型の炎を放ち、聖属性魔法少女の光と合体した結果、怪物を討伐したものの、周辺設備が破損した』


「……どうだ?」


「素晴らしいです!」


「こんな文章を褒められても嬉しくない!」


 会社員だったころ、俺は事務仕事をしていた。


 書類整理、経費精算、備品管理。


 それなりに慣れているつもりだった。


 しかし、まさか退職後に魔法少女の戦闘報告書を書くことになるとは思わなかった。


 人生、本当に何が起こるか分からない。


 そのとき。


 ピロン♪


 スマートフォンが鳴った。


「ん?」


 画面を見る。


 そこには、一通のメールが届いていた。


『佐藤悠真様』


『先日は弊社求人にご応募いただき、誠にありがとうございました』


 俺は思わず背筋を伸ばした。


「……まさか」


 続く文章を読む。


『書類選考の結果、ぜひ一次面接にお越しいただきたく、ご連絡いたしました』


「…………」


 俺は立ち上がった。


「……ポポ」


「はい?」


「面接だ」


「え?」


「面接に呼ばれたあああああっ!!」


「わあああっ!?」


 俺が突然叫んだせいで、ポポが椅子から転げ落ちた。


「な、何ですか!? 災厄獣ですか!?」


「違う! 普通の会社だ!」


「……普通の会社?」


「ああ!」


 俺はスマートフォンを握りしめた。


「俺、まだ社会に必要とされてるかもしれない!」


 ポポは目を丸くした。


 そして、少し困ったように首を傾げる。


「……でも、悠真さん」


「何?」


「魔法少女の採用担当は?」


「もちろん続けるよ」


「じゃあ、どうして別のお仕事を?」


 俺はテーブルに置かれた家計簿を見た。


 家賃。


 光熱費。


 食費。


 健康保険料。


 そして、残り少ない貯金。


「……魔法少女の採用報酬は、一人五万円だろ?」


「はい!」


「でも、毎月必ず誰かを採用できるわけじゃない」


「……そうですね」


「だから、安定した仕事が欲しいんだ」


 俺は笑った。


「普通に働いて、普通に暮らしたいからな」


 ポポはしばらく黙っていた。


 そして、小さく頷いた。


「……分かりました」


「ん?」


「応援します!」


 彼女は小さな拳を握りしめた。


「悠真さんが就職できるように、私も頑張ります!」


「ありがとう」


「面接官が断ったら、魔法で説得します!」


「絶対やめろ!!」


     ◇


 面接は午後二時。


 俺は久しぶりにスーツを着た。


 紺色のジャケット。


 白いシャツ。


 落ち着いた灰色のネクタイ。


 鏡の前で襟を整える。


「……よし」


 見た目だけなら、普通の社会人だ。


 問題は中身が無職だということだが。


 そのとき、スマートフォンが震えた。


 茜からのメッセージだった。


『今日、面接なんでしょ?』


『ちゃんと朝ご飯食べた?』


『緊張しすぎないでね』


『べ、別に心配してるわけじゃないから!』


 ……最後の一文、必要なのだろうか。


 俺は笑いながら返信した。


『ありがとう。頑張ってくるよ』


 すぐに返事が届く。


『うん!』


 そのあと、慌てたようにもう一通。


『……頑張りなさいよ!』


「……可愛いな」


 思わず呟いた。


 すると、またスマートフォンが鳴った。


 今度は莉々香さんだった。


『悠真くん♡』


『今日は面接なのよね?』


『面接官を虜にする秘訣、教えてあげましょうか?』


 嫌な予感がした。


 しかし、指が勝手に動いてしまった。


『どんな秘訣ですか?』


 数秒後。


『まず、相手の目をじっと見つめるの♡』


『それから、少し低い声で囁くのよ』


『あなたの期待には、必ず応えてみせます……って♡』


「…………」


 俺はスマートフォンを伏せた。


「……絶対に参考にしない」


 ポポが隣から覗き込む。


「何ですか、その面接対策?」


「忘れてくれ」


「でも、なんだか効果がありそうです!」


「ないから!」


 俺は鞄を持ち上げた。


「行ってくる」


「頑張ってください!」


 ポポは敬礼した。


「目指せ、正社員!」


「おう!」


 ……妖精に就職活動を応援される人生。


 少し前の俺なら、絶対に信じなかっただろう。


     ◇


 面接会場は、駅から徒歩十五分ほどの場所にあった。


 五階建てのオフィスビル。


 入口には『株式会社青葉ビジネスサポート』と書かれた看板が掲げられている。


 中小企業向けの事務代行や経理補助を行う会社らしい。


 俺が以前勤めていた会社と業務内容が近く、経験を活かせると思って応募した。


「……よし」


 入口の前で深呼吸する。


 そして、自動ドアをくぐった。


 受付は明るく、観葉植物が並んでいた。


 白い壁。


 木目調のカウンター。


 奥からはコピー機の音が聞こえてくる。


 ……懐かしい。


 会社という空間に入るだけで、少し胸が締めつけられた。


「いらっしゃいませ」


 小さな声がした。


 カウンターの向こうに、一人の女性が立っていた。


 年齢は二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。


 長い銀青色の髪を低い位置でまとめ、細い銀縁の眼鏡をかけている。


 透き通るような青い瞳。


 整った顔立ちだが、どこか自信なさげな表情をしていた。


 服装は白いブラウスに紺色のジャケット。


 膝丈のタイトスカートに黒いパンプス。


 胸元には社員証が下がっている。


『水城雫』


 そう書かれていた。


「あ、あの……本日は、どのようなご用件でしょうか?」


「二時から面接の予定がある佐藤悠真です」


「さ、佐藤様ですね! 少々お待ちください!」


 彼女は慌ててパソコンを操作した。


 しかし。


「あっ……!」


 手元にあった書類の束が、床へ落ちた。


 ばさばさばさっ!


「ああっ! す、すみません!」


 彼女は慌ててカウンターから出てきた。


「すみません、すみません……!」


「大丈夫ですよ」


 俺はしゃがみ込み、書類を拾い始めた。


「一緒に拾いましょう」


「えっ……?」


「急がなくて大丈夫です」


 彼女は少し驚いたように俺を見た。


「……ありがとうございます」


 小さな声だった。


 俺は書類を揃えながら、ふと気づいた。


 ページ番号がばらばらになっている。


「これ、部署ごとに分けたほうがいいですか?」


「え?」


「表紙の右上に番号がありますよね」


「あっ……はい」


「じゃあ、こっちが営業部で、こっちが経理部ですね」


 俺は手早く書類を整理した。


 以前の仕事で、こういう作業には慣れている。


「……すごい」


 彼女が呟いた。


「え?」


「あ、いえ……その……」


 彼女は頬を赤くした。


「私、こういうことでもすぐ慌ててしまうので……」


「誰でも失敗くらいしますよ」


「……」


「それに、書類を落としただけですし」


 俺は笑った。


「怪物に襲われるより、ずっと平和です」


「……怪物?」


「……あ」


 しまった。


「い、いや! 比喩です!」


「……そ、そうですよね」


 彼女は小さく笑った。


 その笑顔は、とても柔らかかった。


「……ありがとうございます、佐藤さん」


「どういたしまして」


 そのとき。


「水城さん!」


 奥から男性の声が響いた。


 四十代くらいの男性社員が、眉をひそめながら歩いてきた。


「面接の方を待たせているのか?」


「す、すみません!」


 雫が慌てて頭を下げた。


「私が書類を落としてしまって……」


「またか。もう少し落ち着いて仕事をしてくれ」


「……はい」


 雫の肩が小さく震えた。


 男性はため息をついた。


「今日は大事な面接なんだから、しっかり頼むよ」


「申し訳ありません……」


 俺は二人を見た。


 男性の言っていることは、間違っていない。


 仕事には責任がある。


 失敗したら注意されることもある。


 だが、雫さんが必要以上に怯えているのが気になった。


「あの、すみません」


 俺は声をかけた。


「……はい?」


 男性が振り返る。


「佐藤と申します。実は、私も書類を拾うのを手伝っていたので、少し時間がかかってしまいました」


「……そうでしたか」


「受付の対応は丁寧でしたし、私は特に困っていません」


 俺は軽く頭を下げた。


「お気遣いありがとうございます」


 男性は少し驚いたようだった。


 しかし、すぐに表情を和らげた。


「そうですか。それならよかった」


 そして雫へ向き直る。


「水城さん、会議室まで案内をお願いします」


「は、はい!」


 男性が去っていく。


 雫はほっと息をついた。


「……佐藤さん」


「はい?」


「……ありがとうございます」


「気にしないでください」


「でも、面接の前なのに……」


「大丈夫ですよ」


 俺は笑った。


「別に、特別なことをしたわけじゃありませんから」


 雫はしばらく俺を見つめていた。


 そして、胸元で小さく手を握った。


「……私も」


「ん?」


「……佐藤さんみたいに、落ち着いて話せるようになりたいです」


 その声には、切実な響きがあった。


 俺は少し考えてから答えた。


「……俺も面接では緊張しますよ」


「え?」


「今だって、手が少し震えてます」


 俺は右手を見せた。


 雫は目を丸くした。


「……本当だ」


「だから、お互い頑張りましょう」


「……はい」


 彼女は小さく頷いた。


 そして、初めて自然な笑顔を見せた。


     ◇


 面接は、思っていたよりも順調に進んだ。


 面接官は二人。


 先ほどの男性社員と、人事担当の女性だった。


 俺は以前の仕事内容や、会社が閉鎖した経緯について説明した。


「なるほど。事業終了による離職だったんですね」


「はい」


「それから三か月間、求職活動を続けていると」


「はい。事務職を中心に応募しています」


 女性面接官が頷いた。


「弊社でも、書類管理や経費処理の経験がある方を探しています」


「ぜひ、お役に立てればと思います」


 ……よし。


 今のところ、悪くない。


 すると、男性面接官が質問した。


「佐藤さんは、仕事をするうえで何を大切にしていますか?」


 俺は少し考えた。


 そして、答えた。


「……相手の立場を考えることです」


「相手の立場?」


「はい。事務の仕事は、数字や書類を扱うことが多いですが、その向こうには必ず人がいると思っています」


 俺は続けた。


「例えば、経費精算が遅れれば困る人がいます。書類を間違えれば、別の部署に迷惑がかかります」


「なるほど」


「だから、正確さだけでなく、相手が何を必要としているのかを考えるようにしています」


 女性面接官がメモを取った。


 男性面接官も小さく頷いた。


「いい考えですね」


「ありがとうございます」


 ……よかった。


 少しだけ肩の力が抜けた。


 しかし、その直後。


「では、最後に何か質問はありますか?」


 女性面接官が尋ねた。


 俺は口を開いた。


「はい。御社が私に期待される役割について、もう少し詳しく……」


 そこまで言いかけた瞬間。


 頭の中に、昨夜の莉々香さんのメッセージが浮かんだ。


『相手の目をじっと見つめるの♡』


『少し低い声で囁くのよ』


『あなたの期待には、必ず応えてみせます……って♡』


 ……駄目だ。


 思い出すな。


 絶対に思い出すな。


 俺は真剣な表情を作った。


 面接官の目を見る。


 そして。


「……あなたの期待には、必ず応えてみせます」


「…………」


「…………」


 沈黙。


 俺は固まった。


 ……言った。


 言ってしまった。


 しかも、妙に低い声で。


 女性面接官が瞬きをした。


 男性面接官は咳払いした。


「……頼もしいですね」


「……あ、ありがとうございます」


 俺は顔を真っ赤にした。


 ……莉々香さん。


 あなたの面接対策、二度と参考にしません。


     ◇


 面接が終わったあと。


 俺は受付近くの待合スペースで、緊張を解いていた。


「……疲れた」


 久しぶりの面接だった。


 いや、正確には十三回目の面接だが、毎回慣れることはない。


 それでも、今回は手応えがあった。


 少なくとも、途中までは。


「……最後の一言さえなければ」


 俺は頭を抱えた。


 そのとき。


「あ、あの……佐藤さん」


 顔を上げる。


 雫さんが立っていた。


 手には紙コップが二つ。


「……お疲れさまでした」


「あ、ありがとうございます」


 彼女は片方のカップを差し出した。


「お、お茶です。よかったら……」


「いただきます」


 温かいお茶を一口飲む。


 ほっとする味だった。


「……面接、どうでした?」


「まあ、悪くなかったと思います」


「……よかった」


 雫さんは安心したように微笑んだ。


「……あの」


「はい?」


「さっきは、本当にありがとうございました」


「またですか?」


「だ、だって……」


 彼女は俯いた。


「私、いつも失敗してばかりで……」


「……」


「人前に出ると緊張して、うまく話せなくなるんです」


 雫さんは紙コップを両手で握った。


「だから、もっと自信を持ちたいって、ずっと思ってるんですけど……」


 俺は静かに聞いていた。


「……なかなか変われなくて」


 そのとき。


 ピコン♪


 ポケットの中で、マギカル・レジスターが震えた。


「……ん?」


 俺はそっと画面を確認した。


『魔法少女候補者を検知』


『対象:水城雫』


『魔力適合率:99.9%』


「…………」


 俺は画面を二度見した。


 ……九十九・九?


 昨日、レストランで表示された数字と同じだ。


 さらに、文字が現れる。


『特殊魔力特性を確認』


『精神変容型・氷属性』


『注意:変身時に抑制された感情が強く表出する可能性があります』


「……精神変容型?」


「……佐藤さん?」


 雫さんが首を傾げた。


「どうかしましたか?」


「い、いや……」


 俺は端末を隠した。


 しかし、その瞬間。


 ポンッ!


 小さな白い影が、俺の鞄から飛び出した。


「見つけましたあああっ!!」


「うわっ!?」


「きゃっ!?」


 ポポだった。


 赤いネクタイを揺らしながら、空中でくるくる回っている。


「適合率九十九・九パーセント! 素晴らしいです!」


「ポポ!? 何でここに!?」


「こっそりついてきました!」


「帰れ!!」


「ひどいです!!」


 雫さんは目を丸くしていた。


「……あ、あの」


「……はい」


「……その、ウサギさん……」


「妖精です!」


「しゃ、しゃべった……!」


 ポポは胸を張った。


「初めまして! 魔法少女管理局のポポです!」


「……ま、魔法少女?」


 雫さんは困惑したように俺を見た。


 俺は深いため息をついた。


「……すみません」


「……はい?」


「ちょっと、信じられない話をしてもいいですか?」


     ◇


 俺たちは会社の近くにある、小さな公園へ移動した。


 雫さんは昼休み中だったらしく、少しだけ時間があるという。


 ベンチに座り、俺はこれまでの出来事を説明した。


 災厄獣の存在。


 魔法少女管理局。


 魔法少女の契約。


 そして、俺が採用担当になったこと。


 もちろん、話している間もポポは空中を飛び回っていた。


「……つまり」


 雫さんが小さく呟いた。


「……佐藤さんは、魔法少女を探しているんですか?」


「そういうことになります」


「……それで、私に適性が……?」


「はい」


 雫さんは自分の手を見つめた。


「……私なんかに」


「……」


「魔法少女なんて、できるんでしょうか……」


 俺は少し考えた。


「……正直、分かりません」


「……え?」


「俺も、まだ始めたばかりなので」


 ポポが慌てて叫ぶ。


「悠真さん! そこはもっと自信を持って勧誘してください!」


「嘘ついてどうするんだよ」


「ううっ……!」


 俺は雫さんへ向き直った。


「ただ、無理に決める必要はありません」


「……」


「魔法少女になるのは、雫さん自身の意思ですから」


 雫さんは静かに頷いた。


「……そう、ですよね」


 しばらく沈黙が流れた。


 公園の木々が、秋風に揺れている。


 遠くでは子供たちの笑い声が聞こえた。


 やがて、雫さんが口を開いた。


「……私」


「はい?」


「……変わりたいんです」


 その声は小さかった。


 しかし、はっきりしていた。


「いつも人の顔色ばかり見て、言いたいことも言えなくて……」


 雫さんは胸元で手を握った。


「……本当は、もっと堂々としていたい」


「……」


「誰かが困っていたら、迷わず助けられる人になりたいんです」


 彼女は顔を上げた。


 青い瞳が、まっすぐ俺を見つめていた。


「……魔法少女になったら、少しは変われますか?」


 俺は答えに迷った。


 魔法が人を変えるのか。


 それとも、人が魔法を使って変わるのか。


 そんなこと、俺には分からない。


 ただ一つだけ、言えることがあった。


「……魔法少女にならなくても、変われると思いますよ」


「……え?」


「でも、何かを始めるきっかけにはなるかもしれません」


 俺は微笑んだ。


「雫さんが本当にやってみたいなら、応援します」


 彼女は目を見開いた。


 そして、ゆっくり頷いた。


「……はい」


 雫さんは端末へ手を伸ばした。


「……私、やってみたいです」


 ポポが嬉しそうに飛び上がる。


「契約意思を確認しました!」


 マギカル・レジスターが輝いた。


『魔法少女登録開始』


『対象:水城雫』


『属性:氷』


『特殊魔力特性:精神変容型』


 俺は少しだけ嫌な予感がした。


「……ポポ」


「はい?」


「精神変容型って、具体的にどういう意味だ?」


「えーっと……」


 ポポは説明書を開いた。


「変身すると、普段抑えている感情や願望が強く表れることがあるそうです!」


「……つまり?」


「本人の内面が、ものすごく大胆になるんです!」


「……なるほど」


 俺は雫さんを見た。


 彼女は目を閉じ、両手を胸の前で重ねている。


 ……この大人しい子が、大胆になる?


 まあ、少しだけ自信がつくくらいなら、いいことだろう。


 そう思っていた。


 その瞬間までは。


     ◇


 青白い光が、公園を包み込んだ。


 雫さんの足元に、雪の結晶を模した魔法陣が現れる。


 冷たい風が吹き抜け、銀青色の髪がふわりと舞い上がった。


 白いブラウスが光に溶ける。


 代わりに現れたのは、青と白を基調とした豪華なドレスだった。


 胸元には雪の結晶を模した銀色の装飾。


 腰には深い青色のリボン。


 長いスカートには透明な氷の結晶が散りばめられ、動くたびに小さな光を反射する。


 肩には白い毛皮のような飾り。


 足元には銀色のロングブーツ。


 そして、彼女の頭上に美しい氷の冠が現れた。


 右手には、巨大な青い宝石が埋め込まれた杖。


 その姿は、まるで雪と氷を統べる女王だった。


「……すごい」


 俺は思わず呟いた。


 ポポも目を輝かせる。


「綺麗ですううう!」


 やがて、光が収まった。


 雫さんがゆっくり目を開く。


 その青い瞳は、先ほどまでとは違う輝きを放っていた。


「…………」


 彼女は自分の姿を見下ろした。


 そして、ゆっくりと顔を上げた。


「……なるほど」


 声が変わっていた。


 落ち着いていて、堂々としている。


 いや。


 堂々としすぎている。


「……雫さん?」


 俺が声をかける。


 すると、彼女はゆっくりこちらを見た。


 そして。


「――跪きなさい」


「…………」


「…………」


 俺は瞬きをした。


「……はい?」


 雫さんは杖を掲げた。


「この私の前で立っているとは、ずいぶん無礼な人間ですね」


「…………」


 ポポが小さく呟いた。


「……あれ?」


 雫さんは胸を張った。


「私は氷雪を統べる女王、水城雫!」


 青白い魔力が周囲に広がる。


「そして、悠真!」


「は、はい!」


「あなたを、私の専属騎士に任命します!」


「…………」


「光栄に思いなさい!」


 俺はポポを見た。


 ポポも俺を見た。


 そして、同時に叫んだ。


「「性格変わりすぎだろおおおおっ!!」」


     ◇


「……ちょっと待ってください」


 俺は両手を上げた。


「雫さん、ですよね?」


「当然でしょう」


「さっきまで、すごく大人しい人でしたよね?」


「それが何か?」


「……いや、その」


 雫さんは優雅に髪を払った。


「私は以前から思っていたのです」


「……何を?」


「人間は、もっと私の言葉に耳を傾けるべきだと」


「……」


「私が遠慮しているからといって、何でも許されると思われては困ります」


 ……なるほど。


 どうやら、普段言えなかったことが全部出てきているらしい。


 雫さんは杖を地面へ軽く突いた。


 コンッ。


 その瞬間。


 パキパキパキッ!


 ベンチの脚が凍りついた。


「……え?」


 俺は足元を見た。


 地面に薄い氷が広がっている。


「雫さん! ちょっと待って!」


「何ですか、騎士悠真」


「地面が凍ってます!」


「当然です。私は氷の女王ですから」


「いや、そうじゃなくて!」


 雫さんは満足そうに微笑んだ。


「この公園も、私の領地にふさわしい姿へ変えてあげましょう」


「やめてください!!」


 しかし、すでに遅かった。


 彼女が杖を振ると、近くの噴水が一瞬で凍りついた。


 水が空中で止まり、美しい氷の彫刻へと変わる。


「……おお」


 ポポが感動したように呟いた。


「すごい魔力です!」


「感動してる場合か!?」


 俺は頭を抱えた。


 ……どうしよう。


 また公共施設を壊したら、書類が増える。


 今朝、三十二枚も書いたばかりなのに。


「雫さん!」


「何ですか?」


「一度、魔法を止めてもらえませんか?」


「……命令ですか?」


「い、いや、お願いです!」


 雫さんは俺を見つめた。


 そして、口元を緩めた。


「……ふふっ」


「……?」


「騎士の分際で、女王にお願いするとは」


 彼女は一歩近づいた。


「なかなか大胆ですね」


「……はあ」


「いいでしょう」


 雫さんは杖を胸元へ引き寄せた。


「ただし、条件があります」


「……条件?」


「私を褒めなさい」


「…………」


「この姿が、どれほど美しいか」


「……え?」


「そして、私がどれほど素晴らしい女王なのか」


 俺は固まった。


 ……何だ、この無茶な要求。


 しかし、周囲の氷は少しずつ広がっている。


 仕方ない。


「……すごく綺麗です」


「……」


「そのドレスも似合ってますし、氷の魔法も綺麗だと思います」


 雫さんの頬が、ほんの少し赤くなった。


「……ふむ」


「……?」


「悪くありません」


 彼女は満足そうに頷いた。


「もう少し褒めても構いませんよ?」


「調子に乗らないでください!!」


 その瞬間。


 パキンッ!


 俺の足元が凍った。


「うわっ!?」


 靴が地面に張りつく。


「ちょっと! 動けない!」


 雫さんは楽しそうに笑った。


「ふふっ。騎士悠真、逃げることは許しません」


「逃げてないから!!」


 ポポが腹を抱えて笑っていた。


「面白いですううう!」


「お前、あとで覚えてろよ!!」


     ◇


 しかし、笑っていられたのはそこまでだった。


 公園の入り口から、一人の女性が歩いてきた。


 小さな子供を連れた母親だった。


「……あら?」


 女性は凍った地面を見て、足を止めた。


「こんなところに氷が……?」


 その瞬間。


 子供が足を滑らせた。


「きゃっ!」


「危ない!」


 俺は咄嗟に叫んだ。


 だが、足が凍っていて動けない。


 母親も手を伸ばしたが、間に合わない。


 子供が地面へ倒れかける。


 そのとき。


「――止まりなさい」


 雫さんの声が響いた。


 青白い光が子供の周囲に広がる。


 氷の結晶が空中に舞い、柔らかな雪のクッションを作り出した。


 子供はその上へ、ぽすんと落ちた。


「……え?」


 母親が目を丸くする。


 子供はきょとんとしていた。


 そして、笑った。


「わあ! 雪だ!」


 雫さんは静かに息を吐いた。


「……無事で何よりです」


 その声は、先ほどまでとは違っていた。


 優しく、少し震えていた。


 俺は彼女を見た。


「……雫さん」


「……何ですか」


「今の、すごかったです」


「……当然です」


 彼女は顔を背けた。


「私は女王なのですから」


 しかし、その耳は赤かった。


 俺は少しだけ笑った。


「……でも、雫さん」


「何でしょう」


「さっきの氷、危なかったですよね」


「…………」


 雫さんの表情が変わった。


 彼女は凍った地面を見つめた。


 そして、子供と母親を見る。


「……そうですね」


 小さな声だった。


「……私が、危険な場所を作ってしまいました」


 雫さんは杖を握りしめた。


「……私は」


 その青い瞳が揺れる。


「……人を守りたかったのに」


 俺はゆっくり頷いた。


「はい」


「……なのに、自分の力を見せびらかして……」


 雫さんは唇を噛んだ。


「……女王失格ですね」


 俺は首を振った。


「失敗したら、次に直せばいいんですよ」


「……え?」


「俺も、さっきの面接で変なこと言いましたし」


「……変なこと?」


「……忘れてください」


 雫さんは小さく笑った。


 俺は続けた。


「でも、さっき子供を助けたのは雫さんです」


「……」


「だから、その力をどう使うか、これから覚えていけばいいんじゃないですか?」


 雫さんは俺を見つめた。


 しばらくして、静かに頷いた。


「……そうですね」


 彼女は杖を持ち上げた。


「……ならば、まずは私の失敗を片づけましょう」


 青白い光が、地面へ広がる。


 凍っていたベンチが元に戻る。


 噴水の氷がゆっくり溶け、再び水が流れ始めた。


 地面の氷も、次々と消えていく。


 公園は、元の姿へ戻った。


「……おお」


 俺は感心した。


「ちゃんと元に戻せるんですね」


「当然です」


 雫さんは胸を張った。


「私は、優秀な女王ですから」


「……はいはい」


「返事は一回!」


「はい!」


 ……やっぱり、性格は変わったままだ。


     ◇


 その後。


 雫さんの変身が解除された。


 青白い光が消え、豪華なドレスが元のスーツへ戻っていく。


 氷の冠も、杖も消えた。


 そして。


「…………」


 雫さんは自分の姿を見下ろした。


 ゆっくり顔を上げる。


「……あの」


「はい?」


「……私、何か変なこと言いましたか?」


「…………」


「…………」


 俺とポポは顔を見合わせた。


 ……全部覚えてないのか?


 そう思った瞬間。


 雫さんの顔が、みるみる赤くなった。


「……あ」


「……?」


「……思い出しました」


「…………」


「……私、佐藤さんに……」


 彼女は両手で顔を覆った。


「……跪けって……!」


「……はい」


「……専属騎士にするって……!」


「……はい」


「……褒めろって……!」


「……はい」


 雫さんはその場にしゃがみ込んだ。


「いやあああああっ!!」


 公園中に悲鳴が響いた。


「わ、私、何てことを……!」


「お、落ち着いてください!」


「すみません! すみません! 本当にすみません!」


「謝らなくていいですから!」


「しかも、佐藤さんの足まで凍らせて……!」


「もう溶けましたから!」


「ううう……!」


 雫さんは顔を真っ赤にしたまま、俺を見上げた。


「……嫌われましたよね」


「……え?」


「こんな変な女、嫌ですよね……」


 その声は、今にも泣き出しそうだった。


 俺は少し考えた。


 そして、彼女の前にしゃがんだ。


「……嫌いになってませんよ」


「……え?」


「確かに、びっくりしましたけど」


 俺は笑った。


「でも、雫さんが本当はもっと自信を持ちたいって思ってることは、分かりました」


「……」


「それに、子供を助けたときは本当に格好よかったです」


 雫さんの瞳が大きく開いた。


「……格好、よかった?」


「はい」


 俺は頷いた。


「だから、次は変身しなくても、少しずつ自分の意見を言えるようになればいいんじゃないですか?」


 雫さんは黙っていた。


 そして、ゆっくりと微笑んだ。


「……佐藤さん」


「はい?」


「……ありがとうございます」


 その笑顔は、変身したときの女王とは違う。


 控えめで、優しくて。


 でも、少しだけ自信があるように見えた。


     ◇


 夕方。


 俺は雫さんと別れ、駅前へ戻っていた。


 すると。


「佐藤さん!」


 聞き慣れた声がした。


 振り返ると、茜が立っていた。


 赤茶色の髪をポニーテールにまとめ、白いブラウスに紺色のカーディガン。


 その隣には、紫色の長い髪を揺らす莉々香さんがいた。


「あらぁ、悠真くん♡」


 莉々香さんは楽しそうに手を振った。


「面接、お疲れさま」


「ありがとうございます」


 茜が俺を見た。


「……どうだった?」


「まあ、悪くなかったと思う」


「……そっか」


 彼女はほっとしたように笑った。


「よかったじゃない」


「ありがとう」


 すると、莉々香さんが俺の腕に絡みついてきた。


「ねえ、悠真くん♡」


「は、はい!?」


「私の面接対策、役に立った?」


「…………」


 俺はゆっくり彼女を見た。


「……莉々香さん」


「なあに?」


「……二度とあのアドバイスをしないでください」


「あら?」


「危うく人生が終わるところでした」


「ふふっ。そんなに効果があったの?」


「違います!!」


 茜が眉をひそめた。


「……何の話?」


「何でもない!」


「怪しい……」


 そのとき。


「あ、あの……!」


 背後から小さな声がした。


 振り返る。


 そこには、雫さんが立っていた。


 会社帰りらしく、肩に鞄をかけている。


「……水城さん?」


「あ、佐藤さん……!」


 雫さんは少し息を切らしていた。


「……よかった。まだ、いらっしゃったんですね」


「どうしたんですか?」


 彼女は胸元で手を握った。


「……あの」


 そして、ゆっくり顔を上げた。


「……私も、魔法少女として頑張りたいので……」


「はい」


「……これから、よろしくお願いします」


 彼女は深く頭を下げた。


 俺も笑って頷いた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 その瞬間。


 茜が目を細めた。


「……佐藤さん?」


「……はい?」


「……その人、誰?」


「ああ。今日、知り合った水城雫さんで……」


 俺が説明しようとした、そのとき。


 ポンッ!


 鞄からポポが飛び出した。


「三人目の魔法少女ですううう!」


「…………」


「…………」


 茜が固まった。


 莉々香さんは、にっこり微笑んだ。


「あらぁ♡」


 そして、雫さんへ近づいた。


「初めまして。月城莉々香よ」


「は、初めまして……!」


「ふふっ。可愛い子ね」


 莉々香さんは雫さんの顔を覗き込んだ。


「ねえ、悠真くんとはどんな関係なの?」


「えっ!?」


 雫さんの顔が赤くなる。


「そ、その……!」


 茜も身を乗り出した。


「私も聞きたいんだけど!」


「ちょっと待って!」


 俺は慌てて両手を上げた。


「今日、初めて会ったばかりだから!」


「……本当に?」


 茜が疑わしそうに俺を見る。


「本当だって!」


 そのとき、雫さんが小さく呟いた。


「……でも」


「……ん?」


「……佐藤さんは、私の……」


 彼女は顔を真っ赤にした。


「……大切な人、です」


「…………」


「…………」


 茜の表情が凍りついた。


 莉々香さんの笑顔が深まった。


「……あらあら♡」


「ちょっとおおおおっ!!」


 茜が叫んだ。


「どういうことなのよ!?」


「違う! そういう意味じゃ……!」


 雫さんは慌てて手を振った。


「い、いえ! その! 助けていただいたので……!」


 しかし、もう遅かった。


 茜は俺の腕を掴んだ。


「佐藤さん! 説明して!」


 莉々香さんは反対側の腕に絡みつく。


「ふふっ。悠真くん、モテモテね♡」


 そして雫さんは、真っ赤な顔で小さく呟いた。


「……あの」


「……はい?」


「……もし、また変身したら……」


「……?」


「……佐藤さんを、専属騎士にしても……いいですか?」


「…………」


 俺は空を見上げた。


 秋の夕焼けが、やけに綺麗だった。


「……神様」


 思わず呟く。


「俺、今日、就職活動に行っただけなんですけど……」


 そのとき、端末が鳴った。


『魔法少女登録人数:3/5』


『採用報酬:50,000円』


『累計報酬:150,000円』


 ……十五万円。


 確かに、収入は増えた。


 だが、それ以上に何か大切なものを失いつつある気がする。


 主に、平穏な日常とか。


 そんなことを考えていると、再びスマートフォンが震えた。


 画面には、見覚えのある会社名が表示されていた。


『株式会社青葉ビジネスサポート』


 俺は慌ててメールを開いた。


『佐藤悠真様』


『本日は面接にお越しいただき、誠にありがとうございました』


『選考の結果、ぜひ二次面接へお進みいただきたく、ご連絡申し上げます』


「…………」


 俺は画面を見つめた。


 そして。


「……やった」


 小さく呟いた。


「……やった!」


 茜が顔を上げる。


「……どうしたの?」


「二次面接だ!」


「えっ!?」


「次の面接に呼ばれた!」


 茜の顔がぱっと明るくなった。


「本当!?」


「ああ!」


「……よかった!」


 彼女は思わず俺の手を握った。


「おめでとう、佐藤さん!」


 莉々香さんも嬉しそうに微笑む。


「あらぁ。頑張ったのね、悠真くん♡」


 雫さんも小さく拍手した。


「……おめでとうございます」


 俺は三人を見た。


 少し前まで、俺は一人だった。


 会社を失い、将来が不安で、毎日ため息ばかりついていた。


 でも今は。


 こうして、自分のことを喜んでくれる人たちがいる。


 それが、少しだけ嬉しかった。


「……ありがとう」


 俺は笑った。


「みんなのおかげだよ」


 すると、莉々香さんが俺の耳元へ顔を近づけた。


「……ねえ、悠真くん♡」


「……はい?」


「就職が決まったら、お祝いデートしましょうね?」


「えっ!?」


 茜が叫ぶ。


「ちょっと! 私が先でしょ!?」


「ふふっ。早い者勝ちよ♡」


「勝手に決めないでください!」


 雫さんは二人を見比べた。


 そして、小さく手を挙げた。


「……あの」


「……何?」


「……私も、お祝いしたいです」


「…………」


「…………」


 俺は頭を抱えた。


 ……ああ。


 やっぱり。


 就職活動より、こっちのほうが難しいかもしれない。


 そのとき、ポポが楽しそうに叫んだ。


「残り二人です! この調子なら、私も契約更新できそうです!」


「……そうだな」


「悠真さん! 次はどんな魔法少女がいいですか!?」


「……普通の人」


「え?」


「次こそ、普通の人がいい」


 俺は真剣に答えた。


 茜。


 莉々香さん。


 雫さん。


 三人とも魅力的だ。


 だが、全員どこかおかしい。


 だから、次こそは。


 穏やかで。


 常識的で。


 俺を振り回さない女性がいい。


 ……そう願った。


 しかし。


 後に俺は知ることになる。


 魔法少女管理局の適性検査には、重大な欠陥があるということを。


 それは――


 魔法少女の適性と、性格のまともさは、まったく関係がない。


 そして、次に出会う候補者は。


 これまでの三人とは、別の意味でとんでもない女性だった。


 ――第3話・終わり

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