ツンデレ魔法少女との初デート!? そこに現れた変態お姉さん
人生というものは、何が起こるか分からない。
三か月前、俺は会社を失った。
昨日、四十七社目の就職活動にも失敗した。
そして同じ日の夕方、空飛ぶウサギに魔法少女の採用担当を任され、知り合いの喫茶店員が炎を操る魔法少女になった。
……うん。
冷静に考えると、昨日一日だけで人生が三回くらい変わっている。
だが、今日の俺には、それ以上に重大な問題があった。
「……これ、デートだよな?」
午前十時五十分。
駅前の時計台の下で、俺――佐藤悠真はスマートフォンを握りしめていた。
画面には、昨夜届いたメッセージが表示されている。
『明日、十一時に駅前集合ね』
『別にデートとかじゃないから!』
『昨日のお礼と、魔法少女の相談があるだけ!』
『遅刻したら怒るから!』
……四通も送ってくる必要、あったのだろうか。
しかも最後のメッセージだけ、可愛いウサギが怒っているスタンプ付きだった。
「デートじゃない、か……」
俺は小さくため息をついた。
二十五歳。
彼女いない歴、年齢と同じ。
そんな俺にとって、女の子と二人きりで食事をするというのは、かなりの大事件である。
昨日、魔法少女が誕生したことより緊張しているかもしれない。
「……いや、さすがにそれはないか」
そのときだった。
「佐藤さん!」
聞き慣れた声に振り返る。
そして、俺は言葉を失った。
そこに立っていたのは、橘茜だった。
普段はポニーテールにしている赤茶色の髪を下ろし、毛先を緩く内側に巻いている。
白いリブニットの上には淡いベージュのカーディガン。膝上までの赤いプリーツスカートに、黒いショートブーツを合わせていた。
肩には小さなショルダーバッグ。
耳元では、金色の小さなピアスが揺れている。
喫茶店の制服姿とは、まるで雰囲気が違った。
「……何よ」
茜が眉を寄せる。
「そんなにじろじろ見て」
「いや……」
「な、何?」
「すごく似合ってるなと思って」
「っ!?」
茜の顔が一瞬で赤くなった。
「な、ななな何言ってんのよ!?」
「いや、本当に」
「べ、別に! あんたに見せるために選んだ服じゃないんだから!」
「うん」
「昨日たまたま買っただけで!」
「そうなんだ」
「……三日前から考えてたわけじゃないんだからね!」
「……三日前?」
「…………」
茜が固まった。
そして。
「わ、忘れなさいっ!!」
俺の肩をぽかぽか叩き始めた。
「痛い痛い! 分かったから!」
「もうっ!」
……どうやら今日も元気らしい。
俺は少しだけ笑った。
そんな俺を見て、茜は一瞬、目を丸くした。
「……何?」
「いや。橘さんとこうして出かけるの、初めてだなって」
「……そうね」
彼女は少しだけ視線を落とした。
「……私も、楽しみにしてたし」
「え?」
「な、何でもない!」
茜は勢いよく歩き出した。
「ほら! 行くわよ!」
「ちょっと待って!」
俺は慌てて後を追った。
ちなみに、今日のデート代――いや、食事代については、昨夜かなり真剣に考えた。
魔法少女の採用報酬として、五万円が支給された。
だが、それは毎月もらえる給料ではない。
家賃も生活費もある以上、浮かれて使い切るわけにはいかなかった。
それでも、今日は少しくらい贅沢してもいいだろう。
昨日、茜がいなければ俺は怪物に殺されていたかもしれないのだから。
◇
「……ここ?」
「うん!」
茜が案内してくれたのは、駅から少し離れた洋食レストランだった。
白い壁に木製の扉。
窓辺には色とりどりの花が飾られ、入口の黒板には手書きでランチメニューが書かれている。
店内に入ると、バターと焼きたてのパンの香りが漂ってきた。
テーブルには白いクロスが敷かれ、壁には小さな風景画。
落ち着いた雰囲気の店だった。
「前から来てみたかったの」
茜が嬉しそうに言う。
「でも、一人だと入りにくくて」
「そうなのか?」
「だって……」
彼女は周囲をちらりと見た。
俺もつられて視線を向ける。
窓際では若い男女が一つのパフェを分け合っている。
奥の席では、年配の夫婦が楽しそうに話していた。
なるほど。
カップルが多い店らしい。
「……じゃあ、俺たちも恋人に見えるかもな」
「ぶっ!?」
茜が飲みかけの水を吹き出しかけた。
「な、ななな何言ってんのよ!?」
「いや、周りから見たらって話」
「そ、そういうことを急に言わないで!」
「ごめん」
「……別に、嫌じゃないけど」
「ん?」
「何でもないっ!」
茜はメニューで顔を隠した。
……今日だけで何回目だろう。
俺は苦笑しながらメニューを開いた。
オムライス。
ハンバーグ。
ビーフシチュー。
どれも美味しそうだ。
そして。
「……高い」
「え?」
「いや、何でもない」
思わず漏れた本音を飲み込む。
失業してからというもの、食べ物を見ると最初に値段を確認する癖がついてしまった。
そんな俺の様子を、茜はじっと見つめていた。
「……佐藤さん」
「何?」
「今日は私が誘ったんだから、少しくらい出すわよ」
「いや、それは悪いって」
「でも……」
「大丈夫。昨日、臨時収入もあったし」
「……あのウサギから?」
「ああ」
茜は眉をひそめた。
「……本当に払ってくれるの?」
「端末には入金済みって表示されてた。確認したら、ちゃんと振り込まれてたよ」
「……怪しい仕事ね」
「俺もそう思う」
二人で顔を見合わせた。
そして、同時に笑ってしまった。
昨日まで、こんな会話をする日が来るとは思っていなかった。
「じゃあ……」
茜は少し考えてから言った。
「今日は割り勘にしましょ」
「え?」
「私も働いてるんだから。それに、あんたばっかり無理するのは嫌」
その言葉に、俺は少し驚いた。
茜はメニューへ視線を戻しながら続ける。
「……次に仕事が決まったら、そのとき奢ってよ」
「……分かった」
「約束だからね」
「ああ。約束」
茜は小さく微笑んだ。
その笑顔が、妙に嬉しかった。
◇
料理が運ばれてくるまで、俺たちは昨日の出来事について話した。
「……それで、本当に魔法少女になっちゃったのよね」
茜は小さな声で呟いた。
「まだ信じられない?」
「当たり前でしょ」
彼女はテーブルに肘をつきそうになり、慌てて姿勢を正した。
「昨日まで普通の店員だったのに、いきなり炎が出せるようになったのよ?」
「確かに」
「しかも、あの格好!」
「似合ってたけどな」
「だからっ!」
茜の頬が赤くなる。
「そういうことを簡単に言わないで!」
「本当のことなのに」
「……もう」
彼女は頬を膨らませた。
しかし、しばらくすると少し真剣な表情になった。
「……ねえ、佐藤さん」
「ん?」
「昨日、私を助けてくれたでしょ」
「まあ……」
「……どうして?」
「どうしてって?」
「怖かったはずなのに。あんな怪物、普通なら逃げるじゃない」
俺は少し考えた。
「……橘さんがいたからかな」
「……え?」
「知らない人だったとしても助けたいとは思うけど、橘さんは前から知ってるし」
俺は水を一口飲んだ。
「会社を辞めてからも、いつも声をかけてくれただろ」
「…………」
「昨日もサンドイッチくれたし」
「そ、それは試作品!」
「うん。美味しかった」
「……っ」
「だから、放っておけなかったんだと思う」
茜は黙って俺を見つめた。
その琥珀色の瞳が、ほんの少し揺れる。
「……覚えてたんだ」
「え?」
「……何でもない」
彼女は視線を落とした。
「……私も、覚えてるから」
「何を?」
「……あんたが、初めて店に来た日のこと」
俺は思わず瞬きをした。
「二年前の?」
「そう」
茜は静かに頷いた。
「あの日、私、仕事で失敗したの。注文を間違えて、お客さんに怒鳴られて……」
「……ああ」
そういえば、そんなことがあった気がする。
「私、泣きそうだった。でも、あんたが言ってくれたの」
茜は小さく息を吸った。
「『誰だって間違えることくらいあるよ。次に気をつければいいんじゃない?』って」
「……そんなこと言ったっけ?」
「言ったの!」
茜が少しだけ声を強める。
「……私には、嬉しかったんだから」
彼女は俯いた。
「それから、いつも来てくれるようになって……」
「……」
「仕事で疲れてる日も、私が淹れたコーヒーを美味しいって言ってくれて……」
茜の声が小さくなっていく。
「……だから」
「だから?」
「……何でもないっ!」
彼女は慌てて顔を上げた。
「ほ、ほら! 料理来たわよ!」
ちょうど店員がオムライスとハンバーグを運んできた。
……なるほど。
昨日、端末に表示された好感度八十七。
あれは突然生まれた感情じゃなかったのかもしれない。
俺が知らなかっただけで、茜の中にはずっと何かが積み重なっていたのだろう。
そう思うと、胸の奥が少し温かくなった。
「……橘さん」
「何?」
「また、一緒に来ような」
「…………!」
茜の顔が真っ赤になる。
「……うん」
彼女は小さく頷いた。
「……約束ね」
そのときだった。
「――あらぁ。ずいぶん仲良しなのね♡」
甘ったるい声が、俺たちの頭上から降ってきた。
◇
顔を上げる。
そこには、見覚えのある女性が立っていた。
長い紫色の髪。
淡い藤色の瞳。
大人びた顔立ちに、悪戯っぽい微笑み。
黒いタートルネックのトップスに、ワインレッドのタイトスカート。短いジャケットを羽織り、足元にはヒールのあるブーツを履いている。
昨日、公園で俺に声をかけてきた女性だった。
「あっ……」
「あら、覚えててくれたの?」
女性は嬉しそうに微笑んだ。
「昨日の素敵なお兄さん♡」
「……どうも」
「ふふっ。そんなに緊張しなくてもいいのに」
彼女は俺の隣へ身を寄せた。
「私、月城莉々香。二十四歳よ」
「佐藤悠真です」
「悠真くんね。いい名前」
莉々香は楽しそうに目を細めた。
「ねえ、悠真くん」
「はい?」
「年上のお姉さんに甘やかされるの、好き?」
「……え?」
「膝枕とか、耳かきとか……」
「ちょっと待ってください!」
「それとも、もっと大胆なこと?」
「ちょっとおおおおっ!!」
茜が勢いよく立ち上がった。
「何してるんですか!?」
「あら?」
莉々香はきょとんとした。
「自己紹介だけど?」
「自己紹介でそんなこと聞きません!」
「そうかしら?」
「そうです!」
莉々香は口元に手を当て、くすくす笑った。
「ふふっ。可愛い子ね」
「子供扱いしないでください!」
「あらあら。もしかして、彼女さん?」
「か、彼女じゃ……!」
茜の声が途中で止まった。
莉々香はにっこり微笑む。
「じゃあ、私が立候補してもいいのかしら?」
「だ、駄目です!!」
「どうして?」
「それは……!」
茜の頬が真っ赤になる。
俺は慌てて割って入った。
「まあまあ、落ち着いて」
「佐藤さんは黙ってて!」
「俺の話じゃないの!?」
莉々香は楽しそうに笑っていた。
しかし、茜が俯いた瞬間。
その笑みが、ほんの少しだけ変わった。
「……ふふっ」
「……何ですか」
「ううん。いいなって思っただけ」
「……何が?」
「そんなに一生懸命、誰かを好きになれること」
「っ……!」
茜が目を見開く。
莉々香は窓の外へ視線を向けた。
「……羨ましいわ」
その声には、さっきまでの軽薄さがなかった。
しかし次の瞬間、彼女はいつもの笑顔に戻った。
「なーんてね♡」
そして、俺のほうへ身を乗り出す。
「悠真くん。今度、私ともデートしてくれる?」
「えっ!?」
「もちろん、二人きりで」
「ちょっと待ちなさいよおおおおっ!!」
茜の叫び声が、店内に響き渡った。
……頼む。
誰か、この状況を説明してくれ。
◇
その数分後。
莉々香は俺たちの席を離れ、少し奥のテーブルに座っていた。
どうやら一人で食事に来ていたらしい。
茜はというと。
「…………」
ものすごく不機嫌だった。
「……橘さん?」
「何?」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「……本当に?」
「怒ってないって言ってるでしょ!」
「はい」
……絶対怒ってる。
俺はハンバーグを一口食べた。
美味しい。
だが、味が分からないくらい空気が重い。
「……あの人、綺麗だったでしょ」
茜がぽつりと言った。
「え?」
「さっきの人」
「まあ、綺麗な人だと思うけど」
「……ふーん」
茜は頬を膨らませた。
「……そう」
「でも、今日は橘さんと来られてよかったよ」
「……え?」
「楽しいし」
俺は少し笑った。
「また来たいと思ってる」
茜は俺を見つめた。
しばらくして、ゆっくり視線を落とす。
「……そ、そう」
「嫌だった?」
「嫌なわけないでしょ!」
言ってから、茜は自分の口を押さえた。
「……あ」
「……」
「い、今のは……!」
「うん」
「……忘れて」
「無理かな」
「ばかっ!」
茜はそう言いながら、笑っていた。
俺もつられて笑った。
そのとき。
ピピピピピッ!!
ポケットの中で、端末が激しく震えた。
「……ん?」
取り出した画面には、赤い文字が表示されていた。
『警告』
『災厄獣反応を検知』
『発生地点:現在位置』
「…………」
俺はゆっくり顔を上げた。
店内の照明が、一瞬だけ暗くなる。
窓の外が、不自然に黒く染まっていた。
「……佐藤さん?」
茜が眉をひそめる。
「……何か出たの?」
「ああ」
俺は端末を握りしめた。
「……昨日の怪物だ」
その瞬間。
店の奥から、悲鳴が響いた。
「きゃあああああっ!!」
◇
黒い霧が、店内の天井から流れ落ちていた。
それは床の上で渦を巻き、巨大な蜘蛛のような姿へ変わっていく。
人間の上半身。
何本もの細長い腕。
顔には、無数の目。
「……うわ」
俺は思わず後ずさった。
「気持ち悪っ!」
客たちが悲鳴を上げる。
椅子が倒れ、食器が床に散らばった。
店員が非常口へ誘導しようとしている。
しかし、怪物は長い腕を伸ばし、通路を塞いだ。
「佐藤さん!」
茜が立ち上がった。
「端末!」
「ああ!」
俺はマギカル・レジスターを操作する。
『魔法少女登録確認』
『変身承認』
茜の身体が真紅の光に包まれた。
「――マジカル・イグニッション!」
赤いリボンが舞い上がる。
白いニットは、金色の装飾が施された赤いドレスへ。
スカートは何層ものフリルを重ねた戦闘衣装へ。
足元には白いロングブーツ。
右手には、燃え盛るハート形の宝石を持つ真紅の杖。
光が収まると、そこには炎の魔法少女が立っていた。
「……よし!」
茜は杖を構えた。
「今度こそ、ちゃんと戦ってやるんだから!」
しかし。
怪物は茜ではなく、店の奥へ向かっていた。
そこには、一人の小さな男の子がいた。
五歳くらいだろうか。
青いパーカーを着た少年が、テーブルの下で震えている。
「……ママ……」
怪物の腕が伸びた。
「危ない!」
俺が叫んだ、その瞬間。
「――その子に触らないで」
静かな声が響いた。
莉々香だった。
彼女は男の子の前に立ち、両腕を広げていた。
先ほどまでの悪戯っぽい笑みは消えている。
「……お姉ちゃん?」
少年が震える声で言った。
莉々香は振り返り、優しく微笑んだ。
「大丈夫よ」
「……怖いよ」
「うん。怖いわよね」
莉々香は膝を折り、少年の目を見た。
「でもね、お姉ちゃんがここにいるから」
「……本当?」
「本当」
彼女は小指を差し出した。
「約束」
少年が小さな指を絡める。
「……うん」
莉々香は立ち上がった。
そして、怪物を睨んだ。
「……子供を怖がらせるなんて、最低ね」
怪物の腕が振り下ろされた。
「莉々香さん!」
俺は走り出した。
だが、間に合わない。
「――クリムゾン・シールド!」
茜の杖から炎の壁が現れた。
怪物の攻撃を受け止める。
ドゴォン!
衝撃でテーブルが吹き飛び、窓ガラスが割れた。
「くっ……!」
茜が歯を食いしばる。
「佐藤さん! その子を連れて逃げて!」
「分かった!」
俺は少年のもとへ駆け寄り、抱き上げた。
「大丈夫か?」
「……うん」
「よし。お母さんのところへ行こう」
莉々香も一緒に出口へ向かおうとした。
だが。
怪物の長い腕が、俺たちの前に伸びた。
「しまっ……!」
茜の炎がそれを焼き払う。
しかし、新しい腕が次々と生えてきた。
「何なのよ、こいつ!」
茜が叫ぶ。
「焼いても焼いても増えるじゃない!」
そのとき。
ピコン♪
端末が光った。
『魔法少女候補者を検知』
『対象:月城莉々香』
『魔力適合率:99.2%』
「……またかよ!」
俺は思わず叫んだ。
莉々香がこちらを見る。
「どうしたの?」
「莉々香さん!」
「はい?」
「魔法少女になってくれませんか!?」
「…………」
莉々香は瞬きをした。
そして。
「……え?」
「魔法少女です!」
「……ふふっ」
彼女は口元を押さえた。
「悠真くん、こんなときに口説くなんて大胆ね♡」
「口説いてません!!」
「私に可愛い衣装を着せたいの?」
「そういう話じゃない!」
「じゃあ、脱がせたいの?」
「違います!!」
茜が遠くから叫んだ。
「何いちゃついてるのよおおおっ!!」
「いちゃついてない!!」
莉々香は楽しそうに笑った。
しかし、俺が差し出した端末を見ると、その表情が変わった。
「……本当に、魔法少女になれるの?」
「ああ。本人が望めば」
「……私でも?」
「もちろん」
莉々香は少しだけ俯いた。
「……私ね」
「ん?」
「昔から、よく言われるの」
彼女は苦笑した。
「ふざけてばかりで、真面目な話ができない人だって」
「……」
「だから、誰かが困ってても、私が何かできるなんて思われない」
莉々香は男の子を見た。
少年は俺の腕の中で、小さく震えている。
「……でもね」
彼女の声が、少しだけ強くなった。
「誰かを守りたいって気持ちまで、冗談だと思われたくないの」
俺は端末を差し出した。
「だったら、証明してみませんか」
「……え?」
「莉々香さんが、どんな人なのか」
彼女は俺を見つめた。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「……本当に変な人ね、悠真くん」
「よく言われます」
「でも……嫌いじゃないわ」
莉々香は端末へ手を伸ばした。
「いいわ。私、魔法少女になってあげる」
『契約意思を確認』
『魔法少女登録開始』
眩しい光が店内を満たした。
白い羽根が舞い上がる。
莉々香の身体を、金色の光が包み込んだ。
黒い服が光へ溶け、純白のドレスへと変わっていく。
肩には金色の装飾。
腰には大きな白いリボン。
背中には、透き通るような光の翼。
そして頭上には、小さな金色の輪が浮かんでいた。
まるで天使だった。
「……おお」
俺は思わず見惚れた。
莉々香は自分の姿を見下ろした。
「あら……」
そして、にっこり微笑んだ。
「ふふっ。悠真くん、どう?」
「すごく綺麗です」
「まあ♡」
彼女は楽しそうに胸元へ手を当てた。
「そんなこと言われたら、もっと大胆なことしたくなっちゃう」
その瞬間。
ピコン♪
『警告』
『不純な思考を検知』
「……え?」
莉々香の頭上に文字が浮かび上がった。
『聖属性魔法使用制限:発動』
「…………」
「…………」
俺たちは顔を見合わせた。
「……何これ?」
莉々香が呟く。
端末からポポの声が響いた。
『あっ! 莉々香さんの魔法は聖属性ですね!』
「ポポ!?」
『説明書によると、純粋な心を保つことで最大出力を発揮するそうです!』
「……つまり?」
『えっちなことを考えると、魔法が弱くなります!』
「…………」
莉々香の笑顔が固まった。
「……え?」
茜が吹き出した。
「ぷっ……!」
「……ちょっと待って」
莉々香が震える声で言う。
「私、今、何を考えても駄目なの?」
『不純な思考は制限対象です!』
「……そんな」
莉々香は両手で顔を覆った。
「私の人生、終わったわ……!」
「大げさすぎるだろ!!」
怪物が咆哮した。
莉々香は慌てて顔を上げる。
「あっ、そうだった!」
彼女は深呼吸した。
「……よし」
そして、真剣な表情になる。
「今は余計なことを考えない」
光の翼が大きく広がった。
「――セイクリッド・プリズム!」
無数の光の槍が現れた。
それらは怪物の腕を次々と貫き、黒い霧を浄化していく。
「すごい!」
俺が叫ぶ。
莉々香は嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ。悠真くんに褒められちゃった♡」
ピコン♪
『不純な思考を検知』
「また!?」
光の槍が一斉に消えた。
茜が叫ぶ。
「戦闘中くらい集中しなさいよ!!」
「だって、悠真くんが褒めるんだもの!」
「俺のせい!?」
怪物が再び腕を振り上げる。
そのとき、莉々香の視線が少年へ向いた。
俺の腕の中で、彼はまだ震えていた。
莉々香は静かに息を吸った。
「……大丈夫」
その声には、先ほどまでの冗談めいた響きがなかった。
「お姉ちゃんが、守ってあげる」
白い光が、彼女の身体から溢れ出した。
頭上の輪が強く輝く。
『聖属性魔法出力:最大』
莉々香は両手を前へ伸ばした。
「――ホーリー・エンブレイス!」
巨大な光の翼が怪物を包み込む。
黒い霧が浄化され、怪物の身体が崩れ始めた。
「茜ちゃん!」
「分かってる!」
茜が杖を構えた。
「クリムゾン・ハートブレイク!!」
真紅の炎が光の中心へ突き刺さる。
轟音とともに、怪物は消滅した。
店内に静寂が戻った。
「……終わった?」
俺が呟く。
莉々香はゆっくりと振り返った。
その表情は、どこか安堵しているようだった。
「……よかった」
彼女は小さく微笑んだ。
「誰も、怪我しなくて」
そのとき、少年が俺の腕から降りた。
「……お姉ちゃん」
「ん?」
「ありがとう!」
莉々香は目を見開いた。
少年は笑顔で続ける。
「天使みたいだった!」
「…………」
莉々香の瞳が揺れた。
そして、彼女は膝を折り、少年の頭を優しく撫でた。
「……ありがとう」
その声は、少しだけ震えていた。
◇
事件が終わったあと。
俺たちはレストランの外に立っていた。
幸い、怪物に襲われた客たちは全員無事だった。
しかし、店内はひどい有様だった。
割れた窓。
倒れたテーブル。
焦げた床。
そして、真っ黒になった天井。
「…………」
俺は言葉を失った。
「……これ、誰が弁償するんだ?」
茜が顔を引きつらせる。
「……私、そんなに燃やした?」
「……まあ、少し」
「少し!?」
莉々香が笑った。
「ふふっ。派手にやっちゃったわね♡」
「笑い事じゃありません!」
そのとき、端末からポポの声が響いた。
『ご安心ください! 災厄獣による被害は魔法少女管理局の補償制度で対応します!』
「……本当か?」
『はい! 申請書類が必要ですが!』
「……何枚?」
『三十二枚です!』
「多すぎるだろ!!」
俺は頭を抱えた。
せっかく無職になったのに、また事務仕事か。
しかも、今度は魔法少女のために。
「……佐藤さん」
茜が申し訳なさそうに俺を見た。
「……ごめん」
「いや、橘さんのせいじゃないよ」
「でも……」
「誰も怪我しなかった。それが一番だろ」
茜は少しだけ目を丸くした。
そして、小さく微笑んだ。
「……そうね」
その隣で、莉々香が俺を見つめていた。
「……悠真くん」
「はい?」
「あなたって、本当に変な人ね」
「……またですか」
「ふふっ。でも、そういうところ……好きよ」
「……え?」
莉々香は悪戯っぽく笑った。
「ねえ、今度私ともデートしましょう♡」
「えっ!?」
「もちろん、二人きりで」
「ちょっと待ちなさいよ!!」
茜が勢いよく割って入った。
「何でそうなるんですか!?」
「あら? 私も魔法少女になったんだし、仲良くしないと」
「仲良くする方向が違います!」
「じゃあ、茜ちゃんも一緒に来る?」
「えっ?」
「三人でデートするのも楽しそうじゃない?」
「さ、三人で!?」
茜の顔が真っ赤になる。
俺は思わず口を挟んだ。
「いや、まだ誰とも付き合ってないんだけど……」
その瞬間。
二人が同時に俺を見た。
「……まだ?」
「……まだ、なのね♡」
「…………」
しまった。
何か、とんでもないことを言った気がする。
莉々香は楽しそうに笑った。
「じゃあ、これから可能性はあるってことよね?」
「え、いや、その……」
茜が俺の袖を掴んだ。
「……佐藤さん」
「は、はい」
「私との約束、忘れてないでしょうね?」
「約束?」
「また、一緒にご飯に行くって……」
「ああ。もちろん」
「……っ!」
茜は嬉しそうに目を伏せた。
莉々香がその様子を見て、柔らかく微笑む。
「……ふふっ。茜ちゃんって、本当に可愛い」
「う、うるさい!」
俺は二人を見つめながら、深くため息をついた。
魔法少女、二人。
採用報酬、合計十万円。
そして、なぜか急激に複雑になっていく俺の恋愛事情。
……これ、本当に仕事なんだよな?
そのとき、端末が小さく震えた。
『魔法少女登録人数:2/5』
『新たな候補者を検知』
『魔力適合率:99.9%』
「……九十九・九?」
俺は画面を凝視した。
すると、さらに文字が表示された。
『警告』
『対象者の魔力特性に異常あり』
『推奨:慎重な接触』
「…………」
嫌な予感しかしない。
俺が顔を上げると、茜と莉々香が同時に首を傾げた。
「どうしたの?」
「何かあったの、悠真くん?」
俺は空を見上げた。
秋の青空は、何事もなかったかのように澄み渡っている。
……神様。
俺、ただ普通に働いて、普通に暮らしたかっただけなんですけど。
どうしてこうなったんでしょうか。
その問いに答えてくれる者は、もちろん誰もいなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
俺の平穏な日常は、もう二度と戻ってこないらしい。
そして次に出会う少女が、俺たちの常識を根底から覆すことになるなんて――。
このときの俺は、まだ知る由もなかった。
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