無職歴三か月の俺、魔法少女の採用担当になりました
就職活動、四十七社目。
結果、不採用。
これで十三回目の面接落ちだ。
「……俺って、そんなに必要ない人間なのか?」
スマートフォンに届いたメールを見つめながら、俺は駅前のベンチで深いため息をついた。
画面には、もう見慣れてしまった文章が表示されている。
『慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら、今回はご希望に添いかねる結果となりました』
丁寧な文章だ。
丁寧すぎて、逆に心に刺さる。
「せめて一回くらい『惜しかったです』って書いてくれないかな……」
もちろん、そんなことを書いてくれる会社はない。
俺の名前は佐藤悠真。
二十五歳。
独身。
彼女なし。
そして現在、無職歴三か月。
以前は小さな会社で事務員として働いていた。
書類整理、電話対応、経費精算、備品管理。
地味な仕事だったが、嫌いではなかった。
給料は高くなかったし、残業もあった。それでも、毎月決まった日に給料が振り込まれ、休日には好きな漫画を読める。
そんな普通の生活が、俺は結構好きだった。
だが三か月前。
会社の経営状態が悪化し、ついに事業を続けられなくなった。
社長は従業員全員を集め、何度も頭を下げた。
『本当に申し訳ない』
あのときの社長の顔は、今でも覚えている。
怒る気にはなれなかった。
俺たちより、社長のほうが泣きそうだったからだ。
こうして俺は、人生で初めて無職になった。
もちろん、失業給付の手続きもした。
だが、それだけで将来の不安が消えるわけではない。
家賃、光熱費、食費、健康保険料。
働いていたころは当たり前のように払っていたものが、今では一つひとつ重く感じられる。
最初の一か月は、まだ余裕があった。
二か月目には、少し焦り始めた。
そして三か月目。
スーパーで卵の値段を見比べるのが、俺の日課になっていた。
「……はあ」
俺はスマートフォンをポケットにしまった。
秋の風が、薄いジャケットの隙間から入り込んでくる。
駅前ではスーツ姿の会社員たちが行き交っていた。
誰もが忙しそうだ。
少し前まで、俺もあの中にいた。
「……仕事、欲しいな」
心の底から呟いた。
別に、大金持ちになりたいわけじゃない。
高級車も豪邸もいらない。
毎月ちゃんと給料をもらって、好きなものを食べて、たまには誰かと映画でも観に行ければ、それで十分だ。
……まあ。
「彼女くらいは、欲しいけど」
そこだけは、少し贅沢な願いかもしれない。
◇
「いらっしゃいませ!」
駅前から十分ほど歩いたところに、小さな喫茶店がある。
『喫茶こもれび』
木製の看板と、窓辺に並んだ小さな花鉢が目印の店だ。
俺が会社員だったころ、よく朝食を買いに寄っていた。
今でも就職活動の帰りに、ときどき立ち寄っている。
扉を開けると、コーヒーの香りが鼻をくすぐった。
「あっ」
カウンターの向こうから、聞き慣れた声がした。
「佐藤さん!」
赤茶色の髪を高い位置で結んだ女性が、こちらを見ていた。
橘茜。
二十二歳。
この店で働く店員で、俺とはもう二年ほどの顔見知りだ。
ぱっちりとした琥珀色の瞳に、整った顔立ち。
白いシャツに黒いベスト、腰には深緑色のエプロンを巻いている。
接客中は笑顔を見せることも多いが、俺に対してはなぜか少し口が悪い。
「……また来たの?」
「客に向かってその言い方はないだろ」
「べ、別に悪い意味じゃないわよ!」
茜は慌てて首を振った。
「今日は面接だったんでしょ?」
「ああ」
「……どうだった?」
「見事に落ちました」
「…………」
彼女の表情が曇った。
「……そっか」
「まあ、次があるさ」
俺はできるだけ明るく笑った。
すると茜は、何か言いたそうに唇を動かした。
しかし結局、何も言わずにメニューを差し出してきた。
「……今日は何にする?」
「ブレンドコーヒーだけで」
「……また?」
「また」
「ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてるよ」
「本当に?」
「昨日はカップ麺を食べた」
「それ、ご飯って言わないから!」
「厳しいなあ」
茜は頬を膨らませた。
そして、カウンターの奥へ引っ込んでいく。
しばらくして、コーヒーと一緒に小さなサンドイッチが運ばれてきた。
「……あれ?」
「何?」
「俺、サンドイッチ頼んでないけど」
「……試作品」
「試作品?」
「そう! 新しいメニューの試作品!」
茜は早口で続けた。
「ちょうど感想が欲しかったの! だから食べて!」
「でも、これ……」
「お金はいらないから!」
俺が何か言う前に、茜は顔を背けた。
「べ、別に佐藤さんが心配だからじゃないんだからね!」
「……まだ何も言ってないけど」
「うるさい!」
その反応がおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。
「ありがとう、橘さん」
「……っ」
茜は一瞬だけ固まった。
「……べ、別に」
そう言い残して、彼女はカウンターの奥へ逃げるように戻っていった。
……本当に不思議な子だ。
俺はサンドイッチを一口食べた。
ふわふわの卵に、ほどよい塩味。
パンも柔らかくて、思わず頬が緩む。
「……うまい」
すると、奥から小さな声が聞こえた。
「……よかった」
顔を上げると、茜が慌てて背を向けた。
俺は気づかないふりをして、もう一口食べた。
そういえば、会社員だったころも似たようなことがあった。
残業で疲れていた朝、彼女がコーヒーを少し大きなサイズにしてくれたこと。
雨の日に、店の傘を貸してくれたこと。
誕生日だと何気なく話した翌日、小さな焼き菓子をくれたこと。
どれも、俺にとってはありがたい思い出だ。
……まあ、接客の一環なのだろう。
俺みたいな男に特別な感情を持つ理由なんて、ないだろうし。
そう思っていた。
◇
午後五時。
俺は近所の公園のベンチに座っていた。
手元には、スーパーで買った割引おにぎりが一つ。
夕焼けに染まった空を見上げながら、今日の面接を思い返す。
『佐藤さんは、今後どのようなキャリアをお考えですか?』
面接官の質問に、俺は立派なことを答えた。
会社に貢献したい。
長く働きたい。
経験を活かしたい。
全部、本当の気持ちだった。
でも、本音を一つだけ言っていいなら。
「……とにかく働きたい」
俺はおにぎりの包装を剥がした。
「普通に働いて、普通に暮らして……できれば可愛い彼女が欲しい」
言ってから、少し恥ずかしくなった。
「……いや、まず就職だな」
そのときだった。
「――そこの人間さん!!」
頭上から、甲高い声が響いた。
「……ん?」
「そこの、人生に絶望している人間さん!!」
「人違いです」
「絶望してるじゃないですか!!」
次の瞬間。
ドゴッ!
「ぐはっ!?」
何かが俺の額に激突した。
衝撃でベンチから転げ落ちる。
手に持っていたおにぎりが、宙を舞った。
「あああああっ!! 俺の夕飯!!」
おにぎりは無情にも地面へ落下した。
俺は膝をついた。
……今日、二度目の絶望だった。
「いたたた……着地失敗です……」
目の前で、小さな声がした。
顔を上げる。
そこにいたのは、白くて丸い奇妙な生き物だった。
大きさは手のひらほど。
ウサギのような長い耳。
背中には透明な羽。
そして、なぜか赤いネクタイを締めている。
小さな革鞄まで持っていた。
「……何だ、お前」
「妖精です!」
「……」
「妖精です!!」
「二回言わなくても聞こえてる」
白い生き物は胸を張った。
「初めまして! 私は魔法少女管理局・人材育成課所属の妖精、ポポです!」
「……はあ」
「あなたをスカウトしに来ました!」
「……宗教なら間に合ってます」
「宗教じゃありません!」
「保険も入ってます」
「保険でもありません!」
「借金の保証人にはならないぞ」
「人間不信すぎません!?」
ポポは頭を抱えた。
俺は立ち上がり、服についた土を払った。
「悪いけど、俺は忙しいんだ」
「えっ? でも、無職ですよね?」
「無職だって忙しいんだよ!」
「そうなんですか!?」
「就職活動とか、面接とか、家計の計算とか!」
「……なるほど」
ポポは真剣な顔で頷いた。
そして、突然涙を浮かべた。
「……実は、私もなんです」
「……ん?」
「私も、仕事を失いそうなんですうううっ!!」
「……は?」
ポポは革鞄から一枚の書類を取り出した。
そこには、赤い文字でこう書かれていた。
『最終業務改善通知』
「今月中に魔法少女を五人採用できなかったら、契約更新なしって言われたんです!」
「……」
「三か月も成果ゼロで……」
「……」
「上司には『次こそ結果を出せ』って……」
「……お前もか」
俺はゆっくりとポポの肩に手を置いた。
「……分かるぞ」
「人間さん……!」
「仕事を失うのって、つらいよな」
「つらいですううう!」
「頑張っても結果が出ないし」
「そうなんですううう!」
「面接官も上司も、容赦ないし」
「本当にそうなんですううう!」
気がつけば、俺たちは夕暮れの公園で抱き合って泣いていた。
通りすがりの小学生が、こちらを指さした。
「ママー、あのお兄ちゃん、ぬいぐるみと泣いてる」
「見ちゃ駄目よ」
……聞こえてるぞ。
しばらくして、ポポは涙を拭った。
「そこでお願いです!」
「……何だ?」
「私と一緒に魔法少女を探してください!」
「断る」
「早い!?」
「俺は普通の仕事を探してるんだ」
「でも、報酬はありますよ?」
「……報酬?」
俺の耳が、ぴくりと動いた気がした。
「はい!」
「……いくら?」
「魔法少女を一人正式採用するごとに、五万円です!」
「……五万円?」
「はい!」
「五人なら?」
「二十五万円です!」
俺は静かにベンチへ座り直した。
「……詳しく聞こうか」
「切り替え早すぎません!?」
◇
ポポの説明によると、この世界には人間の負の感情から生まれる『災厄獣』という怪物が存在するらしい。
普通の人間には見えないことも多く、魔法少女だけが対抗できる。
しかし近年、魔法少女の志願者は減少しているという。
「昔は人気のお仕事だったんですけど……」
「なんで減ったんだ?」
「危険な任務が多いとか、衣装が恥ずかしいとか、恋愛禁止だと思われているとか……」
「……ブラック企業じゃないか?」
「違います! 恋愛は禁止されてません!」
「ほかは否定しないんだな」
ポポは咳払いをした。
「と、とにかく! あなたには適性のある女性を探して、魔法少女になってもらうお手伝いをしてほしいんです!」
「……女性って、何歳くらいまで?」
「年齢より適性と本人の意思が重要です!」
「じゃあ、二十歳を超えてても魔法少女なのか?」
「もちろんです!」
「……少女とは?」
「職業名です!!」
「便利な言葉だな!?」
ポポは鞄から銀色の小さな端末を取り出した。
中央には桃色の宝石が埋め込まれている。
「これは『マギカル・レジスター』。適性のある女性が自分の意思で契約すると、魔法少女としての力を授けることができます」
「……俺も魔法を使えるようになるのか?」
「なりません」
「少しくらいは?」
「一切なりません」
「空を飛んだり?」
「無理です」
「ビームとか?」
「出ません」
「じゃあ俺、何するの?」
「採用担当です!」
「命懸けの人事部かよ!!」
ポポは誇らしげに端末を差し出した。
「さあ! これであなたも魔法少女プロデューサーです!」
「その肩書き、履歴書に書けるのか……?」
俺が端末を受け取った、その瞬間だった。
ピピピピピッ!
『警告。災厄獣反応を検知』
「……え?」
ポポの顔から血の気が引いた。
「う、嘘……こんなところに!?」
公園の向こう側。
夕暮れの空が、不自然に歪んでいた。
黒い煙のようなものが渦を巻き、そこから巨大な腕が伸びてくる。
続いて現れたのは、三メートルほどの怪物だった。
全身が黒い泥に覆われ、顔には笑っているような亀裂がある。
周囲の人々が悲鳴を上げた。
「きゃああああっ!」
「なんだ、あれ!?」
子供たちが逃げ出す。
怪物が遊具を踏み潰した。
金属の軋む音が、公園に響き渡る。
「悠真さん! 逃げてください!」
「言われなくても逃げるわ!!」
俺は全力で走り出した。
だが、そのとき。
「――ちょっと! 危ないでしょ!」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、公園の入り口に一人の女性が立っていた。
赤茶色の長い髪。
白いブラウスに紺色のカーディガン。
膝丈の黒いスカート。
肩には小さなショルダーバッグ。
……橘茜だった。
「……橘さん!?」
「佐藤さん!? 何してるのよ、こんなところで!」
「それはこっちの台詞だ!」
「仕事帰りよ! 見れば分かるでしょ!」
「いや、後ろ!!」
「後ろ?」
茜が振り返る。
怪物が、彼女の目の前に立っていた。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙。
そして。
「ぎゃああああああっ!?」
茜は全力で逃げ出した。
「何よあれ!? 何なのよあれ!?」
「怪物だよ!!」
「見れば分かるわよ!!」
「じゃあ聞くな!!」
俺たちは並んで走った。
しかし怪物は、長い腕を伸ばして進路を塞いだ。
ドゴォン!
目の前の地面が砕ける。
「きゃっ!」
茜が転びそうになる。
俺は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
「こっち!」
遊具の陰へ引っ張り込む。
心臓がうるさいほど鳴っていた。
怖い。
当たり前だ。
俺はただの無職で、喧嘩だって強くない。
目の前の怪物に勝てるわけがない。
それでも、隣で震えている茜を置いて逃げることだけはできなかった。
「……佐藤さん」
「何?」
「手……」
「あっ、ごめん!」
慌てて離そうとすると、茜が逆に俺の袖を掴んだ。
「べ、別に離せとは言ってないでしょ!」
「どっちだよ!?」
そのとき、ポポが俺の肩に飛び乗った。
「悠真さん! その女性です!」
「何が!?」
「魔法少女の適性があります!」
「……は?」
ポポは端末を指さした。
画面には大きく表示されていた。
『適性者発見:橘茜』
『魔力適合率:98.7%』
「すごい! こんな高い数値、初めて見ました!」
「喜んでる場合か!?」
茜がポポを見て、目を丸くした。
「……え? 何そのしゃべるウサギ」
「妖精です!」
「ウサギがしゃべった!?」
「だから妖精ですってば!!」
怪物の足音が近づいてくる。
俺は端末を握りしめた。
「橘さん! 頼みがある!」
「何よ!?」
「魔法少女になってくれ!」
「…………は?」
「魔法少女!」
「……頭打ったの?」
「俺もそう思う!」
茜は俺を睨んだ。
「こんなときに冗談言わないでよ!」
「冗談じゃない! この端末で変身できるらしいんだ!」
「らしいって何よ!?」
「俺も今日初めて知ったんだよ!」
怪物が遊具を掴んだ。
金属が折れる音がする。
茜の顔が青ざめた。
俺は彼女の目を見た。
「……怖いよな」
「当たり前でしょ……」
「俺も怖い。正直、今すぐ逃げたい」
「だったら……」
「でも、あいつを止められる可能性があるなら、頼みたい」
俺は端末を差し出した。
「無理にとは言わない。嫌なら一緒に逃げよう」
茜は黙って俺を見つめていた。
その琥珀色の瞳が、ほんの少し揺れる。
「……本当に、私にできるの?」
「分からない」
「そこはできるって言いなさいよ!」
「嘘ついてどうするんだよ!」
「もうっ……!」
茜は唇を噛んだ。
そして、小さく息を吸う。
「……分かったわよ」
「え?」
「やってあげるって言ってるの!」
彼女は端末に手を伸ばした。
「勘違いしないでよね! あんたのためじゃないんだから!」
「うん」
「ここにいる人たちを助けたいだけ!」
「分かってる」
「それに……」
茜は少しだけ頬を赤くした。
「……あんたが怪我するのも、寝覚めが悪いし」
端末が光り輝いた。
『契約意思を確認』
『魔法少女登録開始』
桃色の宝石から、真紅の光が溢れ出す。
茜の足元に巨大な魔法陣が展開された。
赤いリボンが光となって舞い上がり、彼女の身体を包み込む。
白いブラウスは、金色の装飾が施された赤いドレスへ。
黒いスカートは、何層ものフリルを重ねた戦闘衣装へ。
足元には白いロングブーツが現れ、髪を結んでいたリボンは炎のように輝く大きな飾りへと変化した。
最後に、彼女の右手へ真紅の杖が降りてきた。
その先端には、燃え盛るハート形の宝石。
眩しい光が収まる。
そこに立っていたのは――
「…………」
赤いドレスを纏った、美しい魔法少女だった。
「……すげえ」
思わず呟く。
茜は自分の姿を見下ろした。
「……」
スカートを摘まむ。
杖を眺める。
そして。
「な……」
「橘さん?」
「なんなのよ、この格好ぉぉぉぉっ!!」
公園中に絶叫が響き渡った。
「フリフリじゃない! リボンまで付いてるじゃない! 私、二十二歳よ!?」
「似合ってると思うけど」
「っ!?」
茜の顔が一瞬で真っ赤になった。
「な、な、何言ってんのよ!?」
「いや、本当に」
「ばっ……ばかっ!!」
その瞬間。
ボォォォォッ!!
杖の先端から巨大な火柱が噴き出した。
「うわああああっ!?」
炎は怪物の横を通り過ぎ、公園の噴水を直撃した。
水蒸気が爆発的に広がる。
「な、何これ!?」
ポポが興奮して叫んだ。
「すごいです! 感情に反応して魔力が増幅しています!」
「つまり!?」
「照れたり怒ったりすると、炎が強くなるんです!」
「最悪の組み合わせじゃねえか!!」
怪物が咆哮した。
黒い腕が振り下ろされる。
「橘さん、危ない!」
「分かってるわよ!」
茜は杖を構えた。
しかし、何をすればいいのか分からないらしい。
「ちょっと! どうやって攻撃するの!?」
「ポポ!」
「魔法名を叫んでください!」
「魔法名!?」
「心に浮かんだ言葉で大丈夫です!」
茜は目を閉じた。
杖の宝石が赤く輝く。
そして、彼女は叫んだ。
「――クリムゾン・ハートブレイク!!」
真紅の炎が巨大なハートの形となって飛び出した。
怪物の胸を貫く。
轟音。
衝撃波。
そして、爆発。
黒い巨体は光の粒となって崩れ落ちた。
公園に静寂が戻る。
「…………」
「…………」
俺は口を開けたまま、茜を見つめた。
「……勝った?」
「……勝った、みたいね」
ポポが歓声を上げる。
「やりましたあああ! 初採用! 初討伐! 私、クビにならずに済みますうう!」
「いや、まだ四人必要だろ」
「……あ」
「忘れてたのかよ!」
俺は端末を確認した。
『魔法少女登録完了』
『登録人数:1/5』
『採用報酬:50,000円』
「……五万円」
思わず呟く。
「五万円だ……!」
今日、面接に落ちた。
夕飯のおにぎりも失った。
なのに、五万円を手に入れた。
人生、何が起こるか分からない。
……もっとも、これは普通の仕事とは言い難いが。
そう思っていると、茜が近づいてきた。
「……ねえ、佐藤さん」
「ん?」
「さっきのことなんだけど」
「さっき?」
彼女は杖を両手で握りしめた。
顔が赤い。
「……似合ってるって、言ったでしょ」
「ああ」
「……本当に?」
「うん。すごく似合ってる」
「…………っ」
茜は俯いた。
耳まで真っ赤だった。
「……ばか」
「え?」
「なんでもないっ!」
彼女は勢いよく背を向けた。
その直後。
ピコン♪
端末が、可愛らしい音を立てた。
『新機能解放』
『魔法少女の好感度を測定できます』
「……好感度?」
画面に茜の名前が表示される。
『橘茜』
『好感度:87/100』
「…………」
俺は画面を二度見した。
「……八十七?」
ポポが覗き込む。
「わあ! すごいです!」
「何が?」
「普通、初対面の人間なら十から二十くらいなんですよ!」
「……え?」
「八十七なんて、かなり特別な相手じゃないと出ません!」
俺はゆっくり茜を見た。
茜も、ゆっくりこちらを見た。
視線が合う。
「…………」
「…………」
「……何見てんのよ」
「いや……」
「変なこと考えてないでしょうね?」
「いや、その……」
俺は端末を隠した。
だが。
『警告』
画面が赤く点滅した。
『対象の感情が急上昇しています』
『好感度:91/100』
「上がった!?」
「何がよ!?」
「いや、何でもない!」
『好感度:94/100』
「なんで!?」
「だから何が!?」
茜が俺に詰め寄る。
顔が近い。
長い睫毛も、赤く染まった頬も、はっきり見えた。
そして。
『好感度:97/100』
ポポが小さく呟いた。
「……あの、悠真さん」
「何?」
「ひとつ言い忘れていたことがありまして」
「……何だよ」
ポポは、妙に真剣な顔をした。
「魔法少女の契約には、もうひとつ特殊な性質があるんです」
「特殊な性質?」
「魔法少女は、自分に力を与えてくれた人と強い絆を結びやすくなるんです」
「……絆?」
「もちろん、恋愛感情を強制するものではありません。ただ、その人のことを深く知る機会が増えるというか……」
「……それで?」
ポポは笑った。
「過去の記録では、担当者と結婚した魔法少女もいるそうですよ!」
「…………」
俺は茜を見た。
茜は俺を見た。
そして彼女は、震える声で言った。
「……ねえ、佐藤さん」
「……はい」
「明日って……暇?」
「……無職なので」
「じゃ、じゃあ……」
茜は胸の前で指を絡めた。
「……一緒に、ご飯でも……」
俺の心臓が跳ねた。
そして、その瞬間。
ピピピピピッ!!
端末が再び鳴り響いた。
『新たな魔法少女候補を検知』
『候補者数:7』
「……七?」
ポポが画面を覗き込んだ。
「えっ!? こんな近くに七人も!?」
さらに通知が表示される。
『候補者が接近中』
俺は顔を上げた。
公園の入り口に、一人の女性が立っていた。
紫色の長い髪。
大人びた雰囲気。
胸元の開いた黒いトップスに、短いジャケットを羽織っている。
彼女は俺を見るなり、にっこり微笑んだ。
「あらぁ……素敵なお兄さん」
甘ったるい声。
「ねえ、あなた。今、彼女いる?」
「……え?」
隣で茜の杖が、ぼうっと燃え上がった。
「…………は?」
紫髪の女性は、さらに笑みを深めた。
「いないなら、私が立候補しちゃおうかな♡」
茜の背後に、巨大な炎の魔法陣が現れる。
「……佐藤さん?」
「は、はい」
「……あの女、誰?」
「知りません!!」
ポポが楽しそうに叫んだ。
「わあ! 早速二人目の候補者です!」
「お前、ちょっと黙れえええええっ!!」
こうして俺の、魔法少女たちに振り回される日々が始まった。
ちなみに、このときの俺はまだ知らなかった。
これから出会う魔法少女たちが、全員とんでもない変人であることも。
そして――
彼女たち全員と恋人になる未来が待っていることも。
もちろん。
そんな未来を知っていたら、俺は最初にひとつだけ確認していただろう。
――デート代って、経費で落ちますか?
残念ながら、答えはノーだった。
俺の人生は、まだまだ前途多難らしい。
この章を読んでいただき、本当にありがとうございます!
楽しんでいただけたなら幸いです。もしお時間があれば、コメント欄でご感想をお聞かせいただけると嬉しいです。また、もしこの物語が気に入っていただけたら、星評価をいただけると大変励みになります。
お時間とご支援、本当にありがとうございました!




