無職の俺、二次面接に三人の魔法少女がついてきた件
無職になって三か月。
四十七社に応募し、十三回の面接で落ちた俺に、ついに希望の光が差し込んだ。
――二次面接。
たった四文字。
だが、今の俺にとっては宝くじの当選通知にも匹敵するほど嬉しい言葉だった。
「……よし!」
俺――佐藤悠真、二十五歳。
今日は朝から鏡の前でネクタイを締め直していた。
紺色のスーツに白いシャツ。黒い革靴は昨夜のうちに磨いてある。
髪も整えた。
履歴書も確認した。
面接会場までの道順も、三回確認した。
完璧だ。
「今日こそ、俺の人生を取り戻す!」
拳を握りしめる。
すると、背後から小さな声がした。
「悠真さん! 気合い十分ですね!」
振り返ると、白いウサギのような妖精が空中を飛んでいた。
赤いネクタイに小さな革鞄。
魔法少女管理局の妖精、ポポだ。
「もちろんだ。今日は大事な面接だからな」
「でも、魔法少女の採用担当も忘れないでくださいね!」
「分かってるよ」
「あと二人採用すれば、私の契約更新が決まるんです!」
「……そうだったな」
現在、魔法少女は三人。
炎の魔法少女、橘茜。
聖属性の魔法少女、月城莉々香。
そして昨日、新たに加わった氷の魔法少女、水城雫。
三人とも美人だ。
ただし、性格には少々問題がある。
……いや。
少々どころではないかもしれない。
「とにかく、今日は面接に集中するからな」
「はい!」
「怪物が出ても、できるだけ俺を呼ばないでくれ」
「善処します!」
「その返事、一番信用できないんだけど」
俺はため息をつき、鞄を持った。
玄関の扉を開ける。
そして――。
「おはよう、佐藤さん!」
「悠真くん、おはよう♡」
「あ、あの……お、おはようございます……!」
「…………」
俺は静かに扉を閉めた。
三秒。
深呼吸。
もう一度、扉を開ける。
「おはよう、佐藤さん!」
「おはよう、悠真くん♡」
「お、おはようございます……!」
「…………」
やっぱりいた。
俺のアパートの前に、三人の女性が並んでいた。
「……何で?」
思わず呟く。
茜は赤茶色の髪をポニーテールにまとめ、白いブラウスに紺色のカーディガンを羽織っていた。赤いチェック柄のスカートに黒いタイツという、落ち着いた服装だ。
莉々香さんは長い紫色の髪を肩に流し、白いニットと黒いタイトスカートを合わせている。大人びた雰囲気は、朝から健在だった。
雫さんは淡い水色のワンピースに薄手の白いカーディガン。銀青色の髪を低い位置で結び、小さなショルダーバッグを両手で握っていた。
……三人とも、どう見ても出かける準備が整っている。
「……どうして三人ともいるんだ?」
俺が尋ねると、茜が胸を張った。
「決まってるでしょ!」
莉々香さんが微笑む。
「悠真くんを応援するためよ♡」
雫さんも小さく頷いた。
「……め、面接、頑張ってほしくて……」
「…………」
俺は空を見上げた。
今日は晴天。
雲一つない。
絶好の面接日和だ。
……なのに、どうして俺の玄関前だけこんなことになっているんだろう。
◇
「まず、これ!」
茜が小さな紙袋を差し出してきた。
「……何?」
「お弁当」
「え?」
「お昼、ちゃんと食べるか分からないから」
紙袋の中には、可愛らしい弁当箱が入っていた。
「……作ってくれたの?」
「べ、別に!」
茜は慌てて顔を背けた。
「昨日の夕飯の材料が余っただけよ!」
「……でも、昨日は店で働いてたんじゃ?」
「う、うるさい!」
俺は笑った。
「ありがとう。嬉しいよ」
「……っ!」
茜の頬が赤くなる。
「……ちゃんと食べなさいよ」
「ああ」
すると、莉々香さんが俺の肩へ手を置いた。
「ふふっ。茜ちゃんったら、可愛いわね」
「な、何ですか!」
「昨日、悠真くんの好きなおかずを私に聞いてきたのに♡」
「ちょっとおおおっ!!」
茜が叫んだ。
「それは言わない約束だったでしょ!」
「あら、そうだったかしら?」
「絶対わざとですよね!?」
莉々香さんは楽しそうに笑っている。
……なるほど。
この二人、いつの間にか連絡先を交換していたらしい。
「……あ、あの」
雫さんが控えめに手を挙げた。
「私も、準備してきました……」
「え?」
彼女は鞄から小さなノートを取り出した。
表紙には、丁寧な文字でこう書かれている。
『佐藤さんの二次面接対策』
「……これは?」
「会社でよく聞かれる質問を、まとめてみたんです……」
ページを開く。
志望動機。
前職での経験。
仕事で失敗したときの対応。
将来の目標。
質問ごとに、回答のポイントまで書かれていた。
「……すごい」
俺は思わず呟いた。
「これ、全部調べてくれたの?」
「……はい」
雫さんは恥ずかしそうに頷いた。
「私、受付の仕事をしているので……少しだけ、お役に立てるかなって……」
「ありがとう。すごく助かるよ」
「……っ!」
雫さんの顔が赤くなった。
「……よ、よかったです」
すると、莉々香さんが人差し指を立てた。
「じゃあ、私は最後の仕上げね♡」
「……嫌な予感しかしない」
「面接官の目をじっと見つめて、こう言うの」
彼女は俺の耳元へ顔を近づけた。
「……私を採用したら、絶対に後悔させませんよ♡」
「普通に言えばいいだろ!!」
「ふふっ。つれないわね」
茜が莉々香さんを引っ張った。
「佐藤さんを困らせないでください!」
「あら、嫉妬?」
「違います!」
雫さんが小さく呟く。
「……仲がいいんですね」
「どこを見てそう思ったんですか!?」
俺は頭を抱えた。
……この三人を連れて面接会場へ行ったら、絶対に何か起こる。
「みんな、ありがとう」
俺はできるだけ穏やかに言った。
「でも、面接には一人で行くよ」
三人が同時にこちらを見た。
「えっ?」
「どうして?」
「……ご迷惑、でしたか……?」
「いや、そうじゃなくて!」
俺は慌てて首を振った。
「応援してくれるのは嬉しい。でも、面接は自分の力で受けたいんだ」
茜は少し驚いたようだった。
莉々香さんも、静かに俺を見つめる。
「……それに」
俺は続けた。
「せっかくのチャンスだから、ちゃんと頑張りたい」
しばらく沈黙が流れた。
やがて、茜が小さく息を吐いた。
「……分かったわよ」
「橘さん?」
「じゃあ、私たちは駅まで!」
「……駅まで?」
「それくらいいいでしょ!」
莉々香さんが微笑む。
「ふふっ。そうね。そこまでは一緒に行きましょう」
雫さんも頷いた。
「……はい」
俺は苦笑した。
「……分かった。駅までな」
こうして、俺の二次面接の日は始まった。
……なぜか、美少女三人に見送られながら。
◇
駅前は朝から人で賑わっていた。
通勤途中の会社員。
学生。
買い物客。
その中を、俺たち四人は歩いていた。
……目立つ。
ものすごく目立つ。
通りすがりの男性が、こちらを二度見した。
「……あいつ、何者だ?」
「女の子三人も連れてるぞ」
「……羨ましい」
聞こえてる。
全部聞こえてる。
俺は心の中で叫んだ。
違う!
俺たちは、まだそういう関係じゃない!
……まだ?
いや、何を考えてるんだ俺!
そのとき。
「きゃっ!」
突然、誰かが俺の肩にぶつかった。
「うわっ!」
手に持っていた鞄が揺れる。
慌てて振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
「ごめんごめん! 大丈夫!?」
明るい声。
年齢は二十代前半くらい。
肩まで伸びた明るいピンクベージュの髪を、ゆるいウェーブにしている。
大きな金色の瞳。
長い睫毛に、薄いピンクのリップ。
白いショートジャケットの下には黒いトップス。チェック柄のミニスカートに厚底ブーツを合わせ、肩には派手なキーホルダーのついたバッグをかけていた。
いわゆる、ギャルというやつだ。
「すみません。こちらこそ」
俺が頭を下げると、彼女はにっこり笑った。
「いやいや、うちがスマホ見ながら歩いてたから!」
そして、俺の後ろを見た。
茜。
莉々香さん。
雫さん。
三人が並んでいる。
「…………」
ギャルの目が、みるみる大きくなった。
「……え?」
「……?」
「ちょ、待って!」
彼女は俺を指さした。
「何この人!? 彼女三人連れ!?」
「違います!!」
俺は即答した。
しかし。
「か、彼女じゃないわよ!」
茜が顔を真っ赤にする。
「ふふっ。私は立候補中だけどね♡」
莉々香さんが微笑む。
「……わ、私は、その……専属騎士に……」
雫さんが小さく呟いた。
「…………」
ギャルは固まった。
そして。
「マジで!? 何このハーレム主人公!!」
「違うって言ってるだろ!!」
彼女は腹を抱えて笑い始めた。
「あはははっ! やばっ! 朝から面白すぎ!」
俺は頭を抱えた。
……頼む。
今日は普通に面接へ行かせてくれ。
「ねえねえ、お兄さん名前は?」
「佐藤悠真です」
「悠真っちね!」
「……もうあだ名!?」
「うちは桃香! 藤崎桃香、二十三歳!」
彼女は元気よくピースサインを作った。
「よろしく、悠真っち!」
「……よろしくお願いします」
すると、俺の鞄が小さく震えた。
ピコン♪
『魔法少女候補者を検知』
『対象:藤崎桃香』
『魔力適合率:96.4%』
「…………」
俺はそっと鞄を押さえた。
……嘘だろ。
また候補者か。
ポポが中から小さな声で囁いた。
「悠真さん! 四人目です!」
「……静かに!」
「でも、適合率が!」
「今日は面接だって言ってるだろ!」
桃香が首を傾げた。
「ん? 何か言った?」
「い、いや!」
俺は慌てて笑った。
「何でもないです!」
「ふーん?」
桃香は不思議そうに俺を見た。
そして、にっこり笑った。
「ま、いっか!」
彼女はスマートフォンを確認した。
「あっ、やば! バイト遅れる!」
「仕事ですか?」
「うん! 駅前の服屋!」
桃香は手を振った。
「じゃあね、悠真っち! また会ったらよろしく!」
「あ、はい!」
彼女は元気よく走り去っていった。
俺はその背中を見送った。
「……何だったんだ、あの人」
茜が腕を組む。
「……ずいぶん馴れ馴れしい人だったわね」
莉々香さんが微笑む。
「ふふっ。明るくて可愛い子じゃない」
雫さんは小さく頷いた。
「……元気な方でしたね」
俺はため息をついた。
……頼むから、今日はこれ以上何も起こらないでくれ。
◇
午後一時四十分。
俺は株式会社青葉ビジネスサポートの前に立っていた。
結局、三人とは駅で別れた。
茜は最後まで心配そうだったが、俺が「頑張ってくる」と言うと、小さく笑ってくれた。
莉々香さんは「終わったら連絡してね♡」と手を振り、雫さんは丁寧に頭を下げてくれた。
……ありがたい。
本当にありがたい。
ただ、少しだけ静かな時間が欲しい。
「……よし」
俺は深呼吸した。
そして、ビルの中へ入った。
受付には、昨日と同じように雫さんの同僚が座っていた。
今日は雫さんが休みらしい。
「佐藤悠真です。本日二時から二次面接の予定です」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
案内されたのは、前回より少し広い会議室だった。
大きなテーブル。
壁には会社の理念が書かれた額。
窓からは街並みが見える。
しばらくすると、三人の面接官が入ってきた。
前回の男性社員。
人事担当の女性。
そして、五十代くらいの落ち着いた雰囲気の男性。
どうやら、部門責任者らしい。
「佐藤さん。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」
俺は丁寧に頭を下げた。
……よし。
今度こそ、余計なことは言わない。
特に、莉々香さんのアドバイスは絶対に思い出さない。
「では、早速ですが」
部門責任者が書類を差し出した。
「簡単な実務課題をお願いできますか?」
「はい」
渡されたのは、架空の取引記録だった。
注文書。
納品書。
請求書。
そして、支払い一覧。
数字が並んでいる。
「この中に、いくつか不一致があります」
男性が説明した。
「十五分ほどで、原因を確認してください」
「承知しました」
俺は書類を受け取った。
……なるほど。
これは、以前の会社でもよくやっていた仕事だ。
俺は一枚ずつ確認していく。
注文番号。
数量。
単価。
納品日。
支払期日。
最初は問題なかった。
しかし、三枚目の請求書で手が止まった。
「……ん?」
数量が違う。
注文書では百二十個。
納品書では百二十個。
しかし、請求書では百五十個になっている。
さらに、別の取引では単価が古いままだった。
俺はメモを取った。
そして、最後の一覧表を見る。
「……ああ」
原因が分かった。
どうやら、古い商品マスターの情報を参照したまま請求処理を行っている。
そのうえ、一件だけ数量の入力ミスがある。
俺は確認結果を整理した。
十五分後。
「……終わりました」
面接官たちが顔を上げた。
「では、説明をお願いします」
「はい」
俺は書類を指さした。
「まず、三件目の請求書ですが、注文数量と請求数量が一致していません」
男性が頷く。
「続けてください」
「次に、五件目と七件目は単価が旧価格のままです。こちらは商品マスターの更新漏れが原因だと思われます」
「なるほど」
「そのため、個別の修正だけでなく、マスター更新時の確認手順を見直す必要があると考えます」
俺は続けた。
「例えば、価格変更があった場合は担当者が更新し、別の担当者が確認する仕組みにすれば、同じミスを減らせると思います」
会議室が静かになった。
……あれ?
何か間違えたか?
俺は少し不安になった。
すると、部門責任者が微笑んだ。
「……いいですね」
「え?」
「単に間違いを見つけるだけでなく、再発防止まで考えている」
人事担当の女性も頷いた。
「前職での経験が活かされていますね」
「……ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
胸の奥が、じんわり温かくなった。
……久しぶりだった。
自分の仕事を評価されるのは。
三か月間、何度も不採用通知を受け取ってきた。
自分には価値がないのではないかと、何度も考えた。
でも。
俺が積み重ねてきた経験は、消えていなかった。
それが、少しだけ嬉しかった。
◇
一方、そのころ。
駅前の喫茶店では、三人の魔法少女が同じテーブルを囲んでいた。
「……はあ」
茜がため息をつく。
「佐藤さん、大丈夫かな……」
莉々香はコーヒーを飲みながら微笑んだ。
「大丈夫よ。悠真くん、真面目だもの」
「それは分かってますけど……」
「ふふっ。心配なのね」
「……っ!」
茜は顔を赤くした。
「べ、別に!」
雫が小さく手を挙げた。
「……あの」
「ん?」
「佐藤さんなら、きっと大丈夫だと思います」
茜が雫を見る。
「……どうして?」
「昨日、会社でお会いしたとき……」
雫は少し考えた。
「……とても落ち着いていて、優しかったので」
「…………」
茜は黙った。
莉々香が微笑む。
「……雫ちゃんも、悠真くんのことが好きなの?」
「えっ!?」
雫の顔が一瞬で赤くなった。
「す、好きって……!」
「違うの?」
「そ、それは……!」
雫は両手でカップを握りしめた。
「……まだ、よく分かりません」
その答えに、莉々香は少し驚いた。
「……そう」
「でも……」
雫は小さく続けた。
「……佐藤さんといると、安心します」
茜は彼女を見つめた。
そして、少しだけ表情を和らげた。
「……分かるかも」
「……え?」
「私も、そうだから」
茜は窓の外を見た。
「佐藤さんって、変なところで優しいのよね」
莉々香が頷く。
「そうね」
「困ってる人を見ると、放っておけないし」
「うん」
「自分だって大変なのに、誰かを助けようとするし……」
茜は小さく笑った。
「……本当に、ばかなんだから」
莉々香はその横顔を見つめた。
そして、いつもの悪戯っぽい笑みを少しだけ消した。
「……ねえ、茜ちゃん」
「何ですか?」
「私たち、喧嘩ばかりする必要はないと思わない?」
「……え?」
「悠真くんのことは好きだけど、それとこれとは別でしょう?」
茜は少し驚いた。
「……莉々香さん」
「だって、せっかく魔法少女になったんだもの」
莉々香は微笑んだ。
「仲間としても、ちゃんと仲良くしたいじゃない」
雫が小さく頷く。
「……私も、そう思います」
茜は二人を見た。
そして、ゆっくり息を吐いた。
「……分かりました」
少しだけ照れくさそうに笑う。
「じゃあ、よろしくお願いします」
莉々香が手を差し出した。
「こちらこそ♡」
雫も、おずおずと手を重ねた。
三人は小さく笑った。
……ただし。
「でも、佐藤さんとのデートは譲りませんから!」
茜が宣言する。
莉々香は楽しそうに笑った。
「あらぁ。それは別問題ね♡」
雫は困ったように微笑んだ。
「……私も、一度くらい……」
「雫ちゃんまで!?」
結局、恋愛に関しては何も解決していなかった。
◇
午後四時。
俺は面接を終え、駅前へ戻っていた。
「……終わった」
深いため息が漏れる。
だが、気分は悪くなかった。
実務課題も、面接も、それなりに手応えがあった。
久しぶりに、自分の経験を活かせた気がする。
「……結果、どうなるかな」
俺はスマートフォンを確認した。
まだ連絡はない。
当然だ。
面接が終わってから、まだ三十分も経っていない。
「……気が早いな」
苦笑する。
そのとき。
「悠真っち!」
明るい声がした。
振り返ると、朝のギャル――藤崎桃香が手を振っていた。
「おっ! やっぱり悠真っちじゃん!」
「桃香さん?」
「やほー!」
彼女は元気よく近づいてきた。
「面接終わった?」
「はい。さっき」
「どうだった?」
「まあ、悪くなかったと思います」
「おおー! いいじゃん!」
桃香は笑顔で拍手した。
「お疲れ!」
「ありがとうございます」
すると、彼女は俺の鞄を見た。
「……ねえ」
「はい?」
「朝さ、何かしゃべってなかった?」
「…………」
俺は固まった。
……まさか。
「……何のことですか?」
「ほら、鞄の中から声したじゃん」
「……気のせいじゃ」
「いやいや、絶対聞こえたし!」
桃香はにっこり笑った。
「何か隠してるでしょ?」
その瞬間。
ポンッ!
「隠してませんよー!」
「うわあああっ!?」
ポポが鞄から飛び出した。
桃香は目を丸くした。
「……え?」
「初めまして! 妖精のポポです!」
「…………」
数秒の沈黙。
そして。
「ええええええっ!? ウサギが飛んでる!?」
「妖精です!!」
「しゃべってる!?」
「妖精ですから!!」
桃香はポポをじっと見つめた。
そして、突然目を輝かせた。
「……かわいっ!」
「え?」
「何これ! めっちゃ可愛いじゃん!」
彼女はポポを両手で抱き上げた。
「ふわふわ! やばっ!」
「ちょ、ちょっと! 私は管理局の職員ですよ!」
「ネクタイまでしてる! 最高!」
「聞いてください!!」
俺はため息をついた。
……どうやら、桃香さんはかなり順応性が高いらしい。
◇
その後。
俺たちは近くのベンチに座り、魔法少女について説明した。
「……へえ」
桃香は興味深そうに頷いた。
「魔法少女って、本当にいるんだ」
「はい」
「変身とかできるの?」
「できます」
「魔法も?」
「使えます」
「空も飛べる?」
「人によります」
「すごっ!」
桃香は目を輝かせた。
「めっちゃ楽しそうじゃん!」
ポポが嬉しそうに飛び上がる。
「そうなんです! しかも桃香さんには適性があります!」
「えっ、うち!?」
「はい!」
ポポは端末を見せた。
『魔力適合率:96.4%』
「おおー!」
桃香は画面を覗き込んだ。
「何かゲームみたい!」
「魔法少女になれば、特別な力を使えるようになります!」
「へえ!」
ポポは期待に満ちた目で桃香を見た。
「どうですか!? 契約しませんか!?」
桃香は少し考えた。
そして。
「……んー、やめとく!」
「…………」
「…………」
ポポが固まった。
「……え?」
「やめとく!」
「な、何でですか!?」
桃香は肩をすくめた。
「だって、危ないんでしょ?」
「……まあ」
俺は頷いた。
「怪物と戦うこともあります」
「でしょ?」
桃香は笑った。
「うち、今の仕事も好きだし、友達とも遊びたいし」
「……」
「可愛い服は好きだけど、命懸けで戦うのはちょっと違うかなって」
ポポはしょんぼりした。
「……そうですか」
俺は桃香を見た。
「分かりました」
「……え?」
「無理に決める必要はありません」
桃香が目を丸くした。
「……いいの?」
「もちろん」
俺は笑った。
「魔法少女になるかどうかは、桃香さんが決めることですから」
「…………」
彼女はしばらく俺を見つめていた。
「……ふーん」
「……?」
「悠真っちって、変な人だね」
「……またですか」
桃香は楽しそうに笑った。
「普通、もっと勧誘してこない?」
「まあ、仕事ですけど」
「うん」
「でも、嫌がってる人を無理に誘うのは違うと思うので」
桃香は少しだけ表情を変えた。
そして、小さく微笑んだ。
「……そっか」
彼女は立ち上がった。
「じゃあ、またね!」
「はい」
「今度、うちの店にも来てよ!」
「服屋さんですよね?」
「そうそう!」
桃香は元気よく手を振った。
「悠真っちに似合う服、選んであげる!」
「……高くないやつでお願いします」
「あははっ! 了解!」
彼女は笑いながら走り去っていった。
ポポはその背中を見送った。
「……残念です」
「まあ、仕方ないよ」
「あと二人なのに……」
「焦るなって」
俺はポポの頭を軽く撫でた。
「本人が納得してないなら、意味ないだろ」
「……そうですね」
ポポは小さく頷いた。
そして、少しだけ笑った。
「……悠真さんって、やっぱり変な人です」
「何でみんな同じこと言うんだよ!」
◇
夕方。
俺は茜たちと合流した。
場所は、いつもの喫茶こもれび。
茜は仕事が終わったあとで、制服から私服に着替えていた。
莉々香さんは窓際の席に座り、雫さんはその隣で小さなカップを持っている。
「お疲れさま!」
茜が笑顔で言った。
「面接、どうだった?」
「悪くなかったと思う」
「本当!?」
「ああ。実務課題もあったけど、ちゃんと答えられた」
茜の顔が明るくなった。
「よかったじゃない!」
莉々香さんが微笑む。
「ふふっ。さすが悠真くんね♡」
雫さんも小さく拍手した。
「……お疲れさまでした」
俺は少し照れくさくなった。
「ありがとう」
テーブルには、四人分の飲み物が並んでいた。
茜は俺の前に、小さな紙袋を置いた。
「……これ」
「ん?」
「朝のお弁当、ちゃんと食べた?」
「ああ。すごく美味しかった」
「……っ!」
茜の顔が赤くなる。
「そ、そう」
「卵焼き、特に美味しかった」
「……あれ、私の得意料理なの」
「また食べたいな」
「…………!」
茜は俯いた。
「……また、作ってあげてもいいけど」
莉々香さんが笑う。
「あらぁ。じゃあ、次は私も作ってあげようかしら♡」
「……莉々香さん、料理できるんですか?」
「もちろんよ」
彼女は胸を張った。
「得意料理は、愛情たっぷりのオムライス♡」
「……普通ですね」
「でも、ケチャップで『大好き』って書くわよ?」
「やっぱり普通じゃない!!」
雫さんが小さく手を挙げた。
「……あの」
「はい?」
「……私も、お料理は少し……」
「本当ですか?」
「……はい」
彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。
「……今度、皆さんで一緒に作れたら……」
茜が目を丸くした。
莉々香さんも少し驚いた。
そして、茜が笑った。
「……いいじゃない」
「……え?」
「みんなで料理するの、楽しそう」
莉々香さんが頷く。
「ふふっ。賛成♡」
雫さんの顔がぱっと明るくなった。
「……本当ですか?」
「もちろん!」
俺は三人を見つめた。
……なんだ。
意外と仲良くなってるじゃないか。
少し安心した。
しかし。
「でも、佐藤さんの隣は私だから!」
茜が宣言した。
「えー? 私も隣がいいわ♡」
莉々香さんが微笑む。
「……わ、私も……」
雫さんが小さく呟いた。
「…………」
……やっぱり、そう簡単にはいかないらしい。
◇
その後。
俺たちはしばらく、他愛もない話をしていた。
茜の喫茶店での失敗談。
莉々香さんが働く雑貨店の変わった客。
雫さんが最近読んでいる小説。
そして、俺の就職活動。
気づけば、時間はあっという間に過ぎていた。
窓の外は、すっかり夕焼けに染まっている。
「……ねえ、佐藤さん」
突然、茜が口を開いた。
「ん?」
彼女はカップを両手で握っていた。
いつものように強気な表情ではない。
少しだけ、不安そうだった。
「……私たちって、今どういう関係なの?」
「…………」
俺は瞬きをした。
「……え?」
茜は視線を落とした。
「その……魔法少女と採用担当っていうのは分かるけど」
「……うん」
「でも、こうして一緒に出かけたり、ご飯食べたり……」
彼女の声が小さくなる。
「……私、ちょっと分からなくなってきて」
莉々香さんも、静かに俺を見ていた。
雫さんはカップを持つ手を止めた。
俺は言葉に詰まった。
……どういう関係。
正直、考えたことがなかったわけじゃない。
茜は、二年前から俺を知っている。
莉々香さんは、ふざけているようで誰よりも人を気遣う。
雫さんは、自分を変えようと一生懸命頑張っている。
三人とも、大切な人だ。
でも。
それを、恋人と呼んでいいのか。
俺には、まだ分からなかった。
「……橘さん」
俺はゆっくり口を開いた。
「正直に言っていい?」
「……うん」
「俺、まだ自分でも分からないんだ」
茜の表情が、少しだけ曇った。
俺は慌てて続けた。
「でも、みんなと一緒にいるのは楽しい」
「……」
「それに、これからも一緒にいたいと思ってる」
茜が顔を上げた。
莉々香さんも、静かに微笑んだ。
「……だから」
俺は少しだけ笑った。
「もう少し、時間をくれないかな」
茜はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくり頷いた。
「……分かった」
「……ありがとう」
「でも!」
彼女は人差し指を立てた。
「いつまでも曖昧にしないでよね!」
「……はい」
莉々香さんが微笑む。
「ふふっ。私は待てるわよ♡」
そして、俺の手をそっと握った。
「でも、ちゃんと向き合ってね」
「……はい」
雫さんも小さく頷いた。
「……私も、ゆっくりでいいと思います」
俺は三人を見た。
そして、静かに息を吐いた。
……よかった。
少なくとも、今すぐ答えを出さなくてもいいらしい。
ただ。
いつかは、ちゃんと向き合わなければならない。
そう思った。
◇
その夜。
アパートに帰った俺は、ソファに座り込んでいた。
「……疲れた」
今日は本当に長い一日だった。
朝から三人に囲まれ。
面接を受け。
新しい魔法少女候補に出会い。
そして、恋愛について真剣な話をした。
……就職活動より、恋愛のほうが難しい。
「悠真さん!」
ポポが飛んできた。
「今日もお疲れさまでした!」
「ああ」
「でも、桃香さんは残念でしたね」
「まあな」
俺はスマートフォンを取り出した。
「でも、無理に勧誘するわけにはいかないだろ」
「……はい」
そのとき。
ピロン♪
メールが届いた。
「……ん?」
画面を見る。
送信者は、株式会社青葉ビジネスサポート。
俺は思わず背筋を伸ばした。
「……ポポ」
「はい?」
「会社からメールだ」
「えっ!?」
俺は急いで開いた。
『佐藤悠真様』
『本日は二次面接にお越しいただき、誠にありがとうございました』
心臓が高鳴る。
『選考の結果、佐藤様にはぜひ次の段階へお進みいただきたく存じます』
「…………」
俺は息を止めた。
『つきましては、雇用条件および入社時期について、一度お話しする機会を設けさせていただければ幸いです』
「…………」
俺は画面を見つめた。
何度も読み返した。
そして。
「……やった」
小さく呟いた。
「……やった!」
俺は立ち上がった。
「ポポ! 次に進めた!」
「本当ですか!?」
「ああ!」
「おめでとうございますううう!」
ポポが俺の周りを飛び回る。
俺は思わず笑った。
三か月。
長かった。
何度も落ちた。
何度も自信を失った。
でも、ようやく。
少しだけ、前に進めた気がした。
「……よし」
俺はスマートフォンを握りしめた。
「明日、みんなに報告しよう」
そのとき。
ピロン♪
また通知が届いた。
「……ん?」
今度はメッセージだった。
送信者は――藤崎桃香。
『やほー! 悠真っち!』
『今日の魔法少女の話なんだけどさ』
『ちょっとだけ、気になってきたかも!』
俺は目を丸くした。
「……え?」
さらに、メッセージが続く。
『別に今すぐなるってわけじゃないよ!』
『でも、もうちょい詳しく聞いてもいい?』
俺は少し考えた。
そして、返信した。
『もちろん。気になることがあれば何でも聞いてください』
すぐに返事が届いた。
『やったー!』
『じゃあ、今度うちの店に来てよ!』
『悠真っちに似合う服も選んであげるから!』
俺は苦笑した。
「……服屋か」
ポポが目を輝かせる。
「悠真さん! 四人目のチャンスです!」
「……まだ決まったわけじゃないぞ」
「でも、興味を持ってくれました!」
「そうだな」
俺はスマートフォンを置いた。
そして、窓の外を見た。
夜空には、小さな星が輝いている。
……三か月前。
俺は会社を失った。
未来が見えなくなった。
自分には何もないと思っていた。
でも、今は違う。
魔法少女たちがいる。
新しい仕事の可能性がある。
そして、少しずつ広がっていく人間関係。
……悪くない。
そう思った。
しかし。
このときの俺は、まだ知らなかった。
藤崎桃香という女性が、ただ明るいだけのギャルではないことを。
そして、彼女が魔法少女になる決意をするきっかけが――。
俺たち全員を巻き込む、大騒動になることを。
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