循環
俺はおばちゃんを見る。
「なぁ、マスターにもあげてもええか?」
「もちろんもちろん。これ全部あげるから食べ。この割り箸も使ってな」
「おお。おおきに。マスター。この鯛のアラ煮、おばちゃんにもらったんやけど、食べていきいや。ほらコレ、割り箸」
「おお。ありがとうな。おばちゃん、頂くわ」
マスターはアラ煮を食いだす。
「いや。めっちゃ美味いな。店出せるレベルやで」
マスターはおばちゃんを見る。
「そう。こう見えて私、昔スチュワーデスやってん」
おばちゃんは言った。
「スチュワーデスと、アラ煮。どう関係あんねん」
「ほら。どっちも顔が命やろ」
おばちゃんは笑う。
「なんやそれ。めっちゃおもろいやんけ」
「そうか。これ昨日から考えとったネタやってん。ちゃんと使えてよかったわ」
「じゃあ、なんや。スチュワーデス言うんはウソなんか」
「ウソや。ウソや」
おばちゃんは笑う。
「まぁおばちゃんは美人やからな。ほんまかと思った」
俺がそう言うと、おばちゃんは恥ずかしそうに笑った。
そうやって、鯛のアラは瞬く間に、皆の胃袋に消えていった。
残ったのは、鯛の骨だけやった。
「六九。ほらココに鯛の鯛があんで」
おばちゃんは、鯛の骨を箸で器用に取り出す。
「なに、鯛の鯛って」
「お前知らんのか?」
マスターは言う。
「鯛の鯛というのはな。鯛の頭の中にある鯛の形をした骨のことなんや」
おばちゃんは鯛の骨を箸で掴む。
すると鯛の骨はひらっと、俺の足元に落ちる。
俺はティッシュで拾う。
「それで、これが何なん?」
「これはな。幸運のお守りや。芸子さんとかが、お守りとして使ったりするんや」
マスターは目を細める。
「ほら、あんたも水商売やん。お守りにしたらええんちゃう」
おばちゃんは言った。
「そりゃええな。ありがとう。それで、これ魚臭いやん。どうしよ」
「そうやな。キレイに洗って、しばらく外に干しといたらいいんちゃう?」
「いっそのこと。この鯛の鯛を大量に手に入れて、この店先にずらっと並べてな。たこ焼き屋やめて、タイ焼き屋です、いうたらどうや」
マスターは笑う。
「そりゃけっさくやな」
おばちゃんも釣られて笑った。
「そんな適当なこというて。それもええかもな」
俺も笑いに乗っかった。
「じゃあ私はいくわ」
おばちゃんは言った。
「おばちゃん。この箸は?」
「それあんたにあげるわ」
「おおきに。貰っとくわ」
おばちゃんは機嫌よく帰っていった。
「そうや。忘れとった。パンが切れてたんや。俺も帰るわ」
マスターはあわてて、かけだしていった。
俺は後片付けをしながら、鯛の鯛をキレイに洗った。
しかし、臭いが取れない。
俺はとりあえず、ラップで包み、冷蔵庫に入れておくことにした。
俺は二つ残った割り箸と、鯛の鯛のことを少し考えていた。
人は些細な幸せをよく捨てるんだなと。
割り箸は、よく余る。
でも必要な時にないことがある。
そういう時に後悔をする。
だから取っておく。
でも取っておくと見た目がスッキリしない。
だから捨てる。
このくり返しをする人も多いやろう。
そもそも魚を買っても、切り身ばかりで、一匹買う人は少ない。
だからアラに会う人も少ないのだけど、
アラを食べる人自体が、そう多くはない。
俺はたまにアラ汁とかを寿司屋で注文したりするけど、
自分で調理したことはない。
でもアラ煮は美味かった。
そして、それで俺らは些細な幸せを感じることができた。
それに、ちゃんと食べられた、あのアラは幸運だったんだろう。
そんな気がする。
可食部が全部食されることで、資源として無駄がなくなった。
たった一食分やけど、
ほかのモノから、命を頂くことはなくなった。
そうか。
割り箸も、鯛のアラも根本は同じなんか。
ちゃんと使えば、無駄な殺生が減る。
無駄な殺生というのは、
些細な幸せを捨てること。
人間みたいに大きい生き物には、
蟻や小さな虫の命は小さいもんや。
でも、その生き物たちも、人生みたいなものがある。
ムダに奪ってはいけないような気がする。
ようよう考えたら、
鯛のアラを捨てられるのも、
割り箸を捨てられるのも、
大きい幸せがあるからなんやて。
そう思う。
仮に、
無人島みたいな状況で、
食料も物資も乏しければ、
全部使い倒したはずや。
それがないという時点で、
滅茶苦茶恵まれているんや。
そう思えた。
いろいろ要らないものを捨てましょう。
それで幸せになります。
みたいな話があるし、本もぎょうさん売れてるみたいやけど。
そもそも、
要らないものが沢山ある時点で、
君らは豊かやねん。
そういうこと違うか?
それでモノを捨てることで、
世界は豊かさに満ち溢れている。
その事に気が付き、
人生そのものを大切にするという事に、
気が付くんちゃうか。
そう思った。
店の前に軽自動車が止まる。
中から黒っぽいスーツを着た男と女が出てきた。
「いらっしゃい」
男と女は、会釈をする。
店をざっと見る。
「すみません。たこ焼きを一パックください」
男は言った。
「味はどうしよ。ソース、醤油、塩があるけど」
「ソースで」
「マヨネーズは?」
「つけといてください」
「青のり、かつお節は?」
「つけといてください」
「ちょっと待って。青のりはダメ」
女が止める。
「青のりはやめとこか?」
「はい。お願いします」
「俺はたこ焼きを用意しだす」
微妙な緊張感が流れる。
なんかこいつら様子がおかしいな。
このスーツ……。
それに、
なんでカバンをもってんねん。
「はい。できたで。四百五十円」
「はい。千円で」
「ちょっと待ってよ。じゃあ五百五十円のお返し。おおきに」
「ありがとうございます。あの……、少し時間よろしいですか?」
男は言った。
俺が返事をする前に、スーツの内ポケットに手を入れる。
せっかちな奴やな。
俺は黙って様子を見ている。
そして、
名刺ケースを開いた瞬間。
「時間ええよとは言っとらんけどな」
俺は口を開いた。




