アナログ
「カセットテープいま持ってるか?」
俺は尋ねる。
「今は持ってないっすね」
俺は少し考える。
「カセットテープ予備があるから、録音したるわ。時間あるか?」
「実は今日学校の用事でここに来てて、腹が減ったのと、カッコいい曲が流れてたので、店に寄ったんです」
「そうか。じゃあここらへんの子と違うんやね」
「はい。神奈川です」
「そうか。じゃあどうしよ。時間はないんやな」
「はい。また時間を見つけて、こちらに来ます」
「それはいいけど、神奈川県やろ。遠すぎやわ。まぁいいわ。このテープ昨日録音したやつやから、それやるわ」
「本当ですか?」
「あぁいいよ」
「うわ。うれしいです。あとこの曲カッコいいので、ネットにアップしてもいいですか?」
俺は少し考える。
もう誰にも聞いてもらえない曲だ。
少しでも聞いてくれる人の元に行ったほうがいいやろ。
「実はそのバンド解散していてな。
俺は関係者やけど、まぁええやろ。
アップしていいで。
但し、ドブネズミロックスって名前は出してな」
「うわ。ありがとうございます」
俺は代金を受け取り、
たこ焼きとカセットテープを手渡した。
学生は、
店の写真を何枚か撮り、
何度も頭を下げて帰っていった。
俺はなんだか嬉しかった。
しかしそれは、
自分が認められたという承認欲求ではなく、
自分達の曲が、
ようやく手を離れたという満足感が嬉しかったのかもしれない。
そう思えた。
俺はカセットデッキに新しいカセットテープをセットし、
ふたたびダビングを始める。
自分の曲をダビングで手渡したのって、いつぐらい振りだろ。
そしてこのデッキの録音機能を使うのって、いつぐらい振りだろ。
それを考え始めた。
俺はふと、
レジ脇のぼろい大学ノートに目を向ける。
そういえば、
ここに一時期メニューにしていた、
冷やしたこ焼きというメニューがあるのを思い出した。
レシピに目を通す。
焼いたたこ焼きを冷蔵庫で冷やして、
それにカツオ節とポン酢をかけて食べる。
というもので、まぁまぁ美味くて人気があった。
これもう一回やってみるか。
俺は五パック分、たこ焼きを作り、それを冷まし、冷蔵庫に入れる。
店に十五分休憩すると張り紙をし、
近くのスーパーにポン酢を買いに行く。
そして去年スーパーでもらったカレンダーの裏に、
「冷やしたこ焼き始めました。一日限定五パック」
と書き、店に張り出した。
二十分ほどして、見知らぬ老人はやってきた。
「いらっしゃい」
「なんか賑やかな店やな。たこ焼きロックか。それにこの曲。良いセンスしてるわ」
「ありがとうございます」
「それで冷やしたこ焼きって、なんや」
「冷やしたたこ焼きをカツオ節とポン酢で食べるんです」
老人は目を細めた。
「それ一個貰おうか。ここで食べてもいいか?」
「あぁどうぞどうぞ」
俺は代金を貰い、冷やしたこ焼きを手渡す。
老人は恐る恐る食いつく。
「うん?これいけるな」
そう言い、
一パック一気に食べつくした。
「これあと何パックある?」
「さっき始めたばっかりなんで、四パックあります」
「じゃあそれ全部持って帰るわ」
「あぁ、でも早く食ったほうがいいですよ。ポン酢は直前にかけるほうが美味いんで」
「そうか。そうやな。どうしよ。ビニール袋とかあるか?」
「はい。ありますよ。
あっビニール袋にポン酢と、カツオ節入れときましょか?」
「助かるわ。ビニール袋代払うわ」
「いやいや。それくらいサービスしますわ」
俺はたこ焼きを準備し、手渡す。
「じゃあ、これお代な」
老人は代金を手渡し、去っていった。
良い客やったな。
俺は思った。
しかし、どないしよ。
イキナリ売り切れた。
とはいえ、
五パック以上作るんは、
あかん。
自分にも客にもウソをつくことになる。
とりあえず、
なんか売り切れたことを示す手段がいるわな。
そや。
俺は店の隅っこに放置されていた、
安物のホワイトボードに目をやる。
油でギトギトでブラウンボードといっていいほどのホワイトボード。
俺は台所洗剤で洗い出す。
10分ほどでキレイになった。
付近の水分をふき取り、
マーカーで、
冷やしたこ焼き―本日完売
と書いた。
そして、
冷やしたこ焼きの張り紙をした下に置く。
これでOKや。
一時間程、色んな客が入れ替わり立ち代わりして、
近くの喫茶店のマスターがやってきた。
細面の顔に口ひげ、リーゼント風のてかてかのオールバック、白シャツに真っ赤なネクタイをし、チェックのベストを着ている。ズボンは黒色だ。
「マスター。ひさしぶりやな」
「おぉロック。ひさしぶりやな。繁盛してるか?」
「ボチボチやわ」
「たこ焼き三つもらうわ。ソースで青のりとカツオ節有りな」
「はいよ」
俺はたこ焼きを用意しだす。
「このホワイトボード懐かしいな」
マスターが言った。
そうか、このホワイトボードはマスターに貰った奴やった。
「これマスターに貰った奴やったな」
「あぁそうや。うちが店始めた時に貰った奴やねんけど、使わんようになったからな」
「そうやそうや。そう言ってたわ。うちもさっきまで、隅っこにおって、ブラウンボードになっとってん」
「ブラウンボード?あぁ油でギトギトになってな。わかるわ。でも使ってくれてありがとう」
「いやいや。こっちこそありがとうや。冷やしたこ焼き始めてな。それの限定数書くのに使えたんや」
「冷やしたこ焼きってずいぶん前のやつやな。たしかテレビの取材来とったな」
俺は完全にその事を忘れていた。
「ほんまやった。完全に忘れとった」
「まぁよくある事やわ。まぁでも取材されましたとか、書いとくといいみたいやで」
「そうなん?」
「そうみたいやわ」
「でも取材された事とか覚えてへんわ」
「ちょっと待ってや」
マスターはスマホを取り出し調べ出す。
「これやこれ、この番組や」
マスターはホームページの画像を見せる。
「ほんまやな。これやわ」
「これをな、プリントアウトしてな。壁に貼っとくねん」




