きっかけ
そうか……、
俺はロックミュージシャンになりたかったんや。
当たり前のような事を思い出す。
俺はあれから、いくつのたこ焼きを焼いたんやろう。
俺はたこ焼きのピックを見つめる。
いつから、
ギターのピックが、
たこ焼きのピックに変わったんやろ。
同じピックでも、
えらいモテへんようになったやんか。
そう思った。
まぁええか。
ギターのピックも、
たこ焼きのピックも。
ピックには変わりがない。
そう思った。
……
二十時を回り、俺は店じまいをして、アパートに戻った。
六畳一間のボロアパート。
いつものように店の残りのたこ焼きを食べる。
時間がたっているせいか少し固い。
(あふあふあふ)
「しかし、うちのたこ焼きは最高やな」
俺は呟く。
冷蔵庫から発泡酒を取り出し、開ける。
(ぷしゅ)
(うんぐうんぐうんぐ)
(ぷふぁー)
「うちのたこ焼きと発泡酒の組み合わせは最高やな」
俺はギターに話しかける。
ふと俺は携帯電話の事を思い出す。
あれ……、
どこだっけ。
押し入れの奥にある段ボールを取り出す。
中にはカセットテープ、MD、CD、ライブのチラシ、譜面、謎の部品などが無造作に積み重なっていた。
「これやこれや」
俺は二つ折りの黒の携帯電話を取り出す。
「電源入ったかな」
俺は電源をオンにする。
電源は入らない。
壊れたかな。
いや違う。
充電切れや。
俺は段ボールを探り、充電ケーブルを探す。
あった。
なんか、ケーブル自体がねちゃねちゃしてるな。
なんでやろ。
まぁいいわ。充電しよう。
俺は充電を始める。
それから、
俺はたこ焼きを食いながら、ぼーっと過ごす。
一時間程たち、
携帯電話に再度電源を入れる。
(ぴらりら)
懐かしい音と共に、懐かしいロゴが表示される。
「ひさしぶりやな」
俺は呟く。
昔撮った写真でも見よか。
俺はフォルダを開く。
そこにはバンド時代の懐かしい写真が沢山あった。
(ぴろん)
音がする。
新着メールが届きました。
新着メール?
この携帯はもう使えないはずだけど。
俺は新着メールを確認する。
差出人は、横山六九。
差出人のメールアドレスは、俺の使っているものだった。
あれ……、
こんなことってあるの?
俺はメールを開く。
そこにはたった一言、
「それは君の人生ではない」
そう書かれてあった。
君の人生ではない?
意味がわからなかった。
どういう意味だろう。
このたこ焼き屋の人生が、
俺の人生ではないというのか。
俺は頬をつねる。
にぶいが痛みがある。
今朝の小指の痛みを思い出す。
痛かったしな。
いや、
自分の人生だろう。
俺はそう思った。
俺はメールをもう一度読み返す。
するとノイズのような画像が一瞬現れ、
メールは俺の目の前で薄くなり消えていった。
「きしょ」
俺は思わず、
携帯電話を放り投げる。
(ぴろん)
再び音がする。
俺は恐る恐る画面を確認する。
新着メールが届きました。
俺は再びメールを開く。
先ほどと同じように、
差出人は、横山六九。
差出人のメールアドレスは、俺の使っているものだった。
俺はメールを開く。
そこには一言、
「君はもっと幸せを感じていた。思い出せ」
そう書かれてあった。
そして、そのメールは再び消えた。
(ぶびー)
少し大きな音が携帯電話からした。
先ほどまで表示されていた画面は消え、
もう電源を入れる事はできなかった。
俺は携帯電話を前に呆然としていた。
俺は携帯電話が最後に残した
“幸せを感じていた”
その言葉を何度も心の中で繰り返した。
繰り返しても、繰り返しても、
何の答えも出てこない。
ただ鳩尾の奥の方に、
微かな違和感を感じるのみだった。
「幸せなんか感じてるちゅうねん」
俺は床に寝そべり、ギターを見る。
ギターは疲れ果てた老人のように見えた。
「お前……、年取ったんちゃうか?」
俺はつぶやく。
ギターは何も言い返さなかった。
記憶が思い出される。
このギターを買った店の事だ。
黄土色の手編みのようなニットキャップをかぶった爺さんが、
店主をするリサイクルショップ。
そこで十万七千八百円。中古のギターだった。
たしか、
「どこかのギタリストが使っていたギターだが、
ケガで引退するから売りに来た」
と爺さんは言っていた。
俺は高校の夏休みに警備員のバイトをして、
稼いだ金で買った。
それから毎日のように、ギターを弾いた。
親よりも友人よりも、
誰よりも話をした。
俺はギターを手に取る。
「俺……、お前に触るのが毎日幸せやった」
(ぽろーん)
ギターが鳴く。
「いつからやろ。お前が風景に見えていたんは」
俺は呟いた。
俺はギターを大切にしていた。
夢を諦めた時も、
ギターだけは手放さなかった。
それやのに、
その大切なギターが、
ただの風景になっていた。
「なぁ、俺はロックが嫌いになったんやろうか」
ギターに語り掛ける。
(ぽろーん)
ギターが鳴く。
俺のなかに、
何かが語り掛けてくる。
「ロックが嫌いになったんやない。
ロックを見つめることが怖くなったんや」
俺はその言葉に反論することができなかった。
図星過ぎた。
そうや。
怖かったんや。
ロックはいつもストレートやった。
真っすぐに俺の心に突き刺さった。
俺はロックミュージシャンの夢を諦めたことで、
それで自分の人生が終わったと思ったんや。
だから見つめることが怖くなったし、
初めての曲を聴いても、
何も響かなくなったんや。
「そうか。情けない奴やな」
俺はギターに語り掛ける。
(ぽろーん)
ギターが鳴く。
その音は、
「そんなもんや」
と言っているように感じた。
「ありがとうな」
俺は押し入れから手入れ用の布を取り出し、
ギターを隅々まで磨いた。
チューニングを合わせ、小さな音で曲を奏でた。
その音は小さくか細く、
切ないものだった。
胸の奥が締め付けられた。
俺はギターケースを取り出し、ギターを収め、近くの河川敷まで向かった。
そして俺はギターを弾きだす。
たこ焼きのピックじゃなく、ギターのピックで、
俺はギターを弾いた。
冷たく無機質に感じたギターから、
体温のぬくもりのようなものを感じるようになった。
気が付くと、涙であふれていた。
「ごめん。ごめん。ごめん」
俺は謝罪を繰り返す。
「ごめんやない。こういう時はありがとうや」
ギターから声が聞こえた。
「ありがとう。ありがとう。ありがとう」
俺は繰り返した。
一時間ほど弾いたとき、
弦がぷつりと切れた。




