第十二話
「ったく……もう来週には学園祭だってのに、半分以上のクラスがまともに企画進んでねえじゃねえか。俺にこれ以上どうしろってんだよ」
望は、校舎の屋上に備品を取りに行く途中だった。飲食系の屋台のテントを校庭に立てるための部品が足りなかったのだ。学園祭の実行委員会は人手不足で、生徒会も少数精鋭と来ている。作業はまだ山積みで、今週末は泊りでやるしかないという意見も出ていた。
保護者を始めとする来賓の方々への連絡もまだ完遂していない。この後、慣れないPCでの作業が待っている。
地味な作業の繰り返しは、少しずつ神経をすり減らしていくような行為だ。褒められたり感謝されたりすることはほとんどない。どちらかと言えば、こちらの指示や説明に対して嫌な顔をされることの方が多い。
染谷明は、前生徒会副会長は、こんな仕事を涼しい顔でいつもしていたのか。
屋上への階段を一段飛ばしで登っていく。最近、望は疲れていた。夏休み前の吸血鬼達との流血の闘争は確かに地獄だったが、特別変わり映えのしない日常を淡々とこなすのは魂を鉋で削っているかのようだ。
「ええと確か部品は扉の外の脇にあるって……」
その時。
屋上への扉を開けたその時、目に入ってきたのは見たことのある背中だった。
それが先日知り合ったばかりの女性教師、水波雪乃のものだということに気付くまでに僅か2,3秒。
その姿が天空へと続く柵の反対側に落ちていくのが彼の網膜に映し出されるまでに、コンマ3秒。
「水波先生っっっ!?」
重力は無情にも、彼女の体を四階の高度から母なる大地へと抱き寄せていった。それは人を殺す高さ。
駄目だ。
彼女が望の視界から消える瞬間、最後に彼女の顔が見えた。人形のように、冷たい表情。何かがおかしい。
「これ以上、奪われてたまるかぁああああああぁあああああっっっっ」
反射神経を総動員して、望は首元の漆黒のペンダントに左手を添える。プシュケーという名の血液に宿るエネルギーをそこに流し込み、急激に脈打ち出す鼓動を必死で抑え込みながら、氷水を流し込まれたような背筋を感じながら、右脳と左手以外を意識から切り離す。
受け皿だ。落ちていく命を、魂を受け止める皿が必要だ。
どんな形でも、方法でも良い。
このどうしようもない現実を、真っ向から否定するような何かを。
「受け止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっ!」
ペンダントは望の願いに呼応し、その数センチばかりの形状を、一瞬で暴発させた。質量保存の法則は、この”神器”という吸血鬼の遺体から作り出された物体には通用しない。
もはやペンダントとは呼べなくなったその物体は、蜘蛛の巣状に数十メートルに放射状に広がった後、自由落下する水波が固い地面に全身でキスをするその直前で、巨大なUFOのような大皿の形になってそれを防いだ。
突発的に体を心から切り離して動かしたせいか、頭に靄がかかったかのようになる。酸欠だ。望はその場に倒れこんだ。
何とか屋上の柵まで這っていって下を見下ろすと、漆黒の受け皿に受け止められた水波はどうやら無事のようだ。その中身をぶちまけてはいないようだ。
「お次は何が来るんだ? 今の俺のストレス耐性を舐めんじゃねえぞ」
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「……中々おもしろい能力だけれど、ペンダントの形を変えるだけじゃあねえ。私の認知操作系の共動幻奏の相手にはならないわねえ」
吸血鬼トロイア・ルージュは、その一部始終を校舎の別の棟の教室から眺めていた。その教室には、補習をしていた教師と女子生徒がいたが、彼ら彼女らはルージュの存在に気付いていない。その瞳に映る世界では、ルージュの存在は無かったことになっている。
それが彼女の、複数人の認知世界に干渉して自由に書き換えることのできる、”試練の旅路”という異能だ。自らの生まれの一族と引き換えに彼女が手に入れた、孤独になることで完成した、この世界で最強の能力だ。
「まあもうしばらく様子を見てみましょうかね。容姿の好み的にはギリギリ合格点をあげようかしら。他にしたいこともないし、いざとなれば噛んであげれば面白くなるでしょう」
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