第六話
「またこの国に戻ってきてしまったわね」
世界から色を塗り忘れられたような、白いロングヘアーをした吸血鬼だった。きっとその瞳だけは、神様から赤く塗られている。
トロイア・ルージュ。
彼女こそが、吸血鬼狩り最強集団鬼頭一族を一夜にして崩壊させた、吸血鬼。
この世界で最強の能力、”共動幻奏”を操り、自らの心象風景に複数の対象者を引きずり込んで自在に支配する力を持つ。
彼女がどのようにして生まれたか、それを語る話はこの噺ではない。それはまた別の、過去の話である。
「景道お兄様はお元気かしら。さして会いたくもないけれど。鬼頭への憎しみが途絶えたら私の能力にも支障をきたすかもしれないものね。また一族が復興したら数を減らしに行くくらいでいいでしょうね」
この女、怖い。
「それにしてもしばらく見ないうちに、みんなが持っているあの金属の花札みたいなやつは何なのか知らねえ。何だか人の顔が映ったり、音楽がなったり騒がしいけれど。人間もようやく私たち吸血鬼のように、異能の力を持つようになったということなのかしら」
彼女の目には、かつての”魔術”のようにそれは見えた。それは中世ヨーロッパを支配した、人間の想像力が生み出す目に見えない極めて強かな力のことだ。
「これを作り上げた魔術師がどこかにいるのでしょうね。もう亡くなっていてもおかしくないか。とりあえずこの程度であれば私たちの敵ではないけれど。というか逆に陥れやすいとまで言えるわね。中途半端に力を持った者の奢りこそ、恰好の餌食だもの」
朱音、そんな言葉を吐いてはいけませんよ。
「……あなたは黙っていて。ここに現われて、私のことを抱きしめてもくれないくせに、頭の中にいつまでも居座らないで」
横浜、山下公園。はるか遠くからやってきた潮風の香るベンチに座りながら、彼女はかつて自分を吸血鬼にならしめた遠い記憶の中の愛しくも憎らしい吸血鬼をそうやってたしなめた。




