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She is a vampire【挿絵あり】  作者: べなお
◆Ⅲ Awakening

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第二十五話

挿絵(By みてみん)

 翌日、朝、望は電車を2つ程乗り換えた先の繁華街に来ていた。こちらは昨日の2件とはうって変わって人通りは多く、店も多い。店舗の種類は偏っており、パチンコや風俗系が多く目立った。道の端に吐瀉物が放置してあるのを見ないようにしながら、望は辺りを見回しつつ歩く。


 外観はお世辞にも綺麗とは言い難く、辺りにゴミも目立つ。建物の間には朝方にも関わらず薄暗い路地裏が延びていて、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。こういう場所でなら、何が起こってもおかしくないと思える。


 意を決して路地裏へと踏み込むと、そこは表通りとは隔離された異質な領域と化していた。建物の壁には、望の目に狂いがなければ明らかに血と思われる染みを見つけた。生ゴミが散乱し、またもや吐瀉物。真昼の暑苦しい空気の時にここへ来ていたら、望も吐き気を抑えられなかったかもしれない。ホームレスがダンボールを持ち寄って作ったのか、集合住宅と化した巨大なハウスも見つけた。ここには、独自の集落のようなものが秩序立っているらしい。


 そこで望は思いつき、躊躇いながらもダンボールの集合住宅へと近づいていく。その建物らしきものは望の背丈以上もあり、幾重ものダンボールの継ぎ接ぎによって建築されていた。そのあまりの開き直り具合に、つい感心してしまうほどである。いくつかあるドアらしきものの内一つに手をかけ、開く。それはドアというよりは暖簾のようで、中を確認するが主はどうやら留守らしい。


 仕方なく隣の暖簾を開けようとする。


「なんか用かいにいちゃん」


 突如としてアルコール特有の顔を背けたくなるような臭いをまとって現れたのは、くたびれたジャージを身につけた初老の男だった。腰が曲がっているのか実際以上に小柄に見えるその男は、望が今まさに開けようとしていた暖簾から頭を突き出してこちらを見上げてきた。


「家でも、出てきたのかい」


「そうじゃない。……ちょっと話を聞かせてもらっても良いか?」


 ある意味この街の真の住人である彼等なら、この街の異変について何か知っているかもしれないと考えてのことだった。しかしこの様子でまともな話が聞けるのだろうか。


「話ってなんだよ。こっちは話すことなんか、なにもねえぞ」


「この辺で人殺しがあったはずだ。あんた何かしらないか?」


 人殺し、という単語に反応して明らかに男は表情を険しくした。期待はしていなかったが、どうやらいきなり当たりらしい。少しの沈黙の後、男は口を開いた。


「てめえ、どういうつもりで嗅ぎ回ってる。好奇心でやってんのか知らねえが、ガキに話すことなんてねえ。警察の真似事なんかしてねえで帰って寝てろや」


 明らかな敵意の発露。この男は何かを知っているのか。だとしたら、意地でもここで引き下がるわけにはいかない。瞼を閉じ、深呼吸。感情を収束させ、考える。どうやればこの敵意を味方につけられるか。中途半端な説得では敵愾心を煽るだけ。


「……どうしても、知らなきゃならないんだ」


 瞬き一つせず。男の目を見つめる。睨みつけるように。自分がどれだけ真剣なのか、伝えるのにこれ以上の方法はない。脳裏に浮かぶのは彼女の笑顔。もう二度と会うことのない、人。彼女がどうして死ななければならなかったのか、それを知る義務が、自分にはある。


「教えてくれ」


 望の思いが伝わったのかどうかは定かではないが、男の険しい表情が僅かに崩れた。


「……あんた、何をそこまで……」


「俺はこの街で馬鹿なことをやってる奴を止めなきゃならない。その後そいつに聞かなきゃならないんだ。そんなことをしなきゃならなかった、その理由を。――どうしても」


 男はしばらくこちらを注意深く観察していた。そして何かを察したかのように、小さな溜息を吐き。


「……にいちゃん、ツマミ買ってきな。それでちったあ話してやる」






 望はそこから最も近い位置にあったコンビニエンスストアでチーズやスルメ、ポテトチップスなどを千円分ほど買い込んだ。女性の店員からは明らかに疑念の眼差しを向けられていたが、そこは耐える。こういったコンビニやスーパーでは未成年者のアルコール飲料の購入が禁じられてからずいぶん久しい。それでも酒や煙草に手を出して罰せられる若者達は、連日のように報道されている。アルコールというものには、人間を引きつけて離さない何かがあるのだろうか。それともそれをせざるを得ない社会構造の方に原因があるのか。


「おうにいちゃんさんきゅな。丁度ツマミが切れて困ってたとこだ。入んな」


 男はビニール袋を手にした望を、ダンボールのアパートメントへ招き入れた。中は思ったよりも広く、しかしあちこちに物が散乱している。散らかっているのは殆どが生活用品。弁当の空箱やハイボールやビールの空き缶が放置され、それらの放つ臭いの混ざった何とも表現し難い強烈な異臭で、部屋は満たされていた。こんなところに一日中いたら、鼻がおかしくなりそうだ。


「あんたは、ここは長いのか」


「もうかれこれ十回は正月が過ぎたっけな。忘れちまったよ。ここは役所の連中の目が甘いんでな。前いたところから逃げてここに落ち着いたってわけだ」


 男はそう言うと、ゴミの山の上に置かれた焼酎のカップを開けて一口あおった。


「俺は叶望、という。わけあって今この逢見市でおきてる連続殺人について調べてる。この近くで、丁度三人目の事件が起きたはずなんだ。何か知ってたら教えてくれ」


「叶望……良い名前じゃないか。親に、感謝するこったな。…………俺は、まあマタギとでも呼んでくれや」


 マタギは望にも焼酎を進めたが、それは丁重に断った。少し不満そうに、しかしマタギは語り出す。


「そいつは多分、ここにいたやつのことだろう。6月まで衣食住を共にしていた、ここの住人だったやつだ」


 春の気配が薄れ始める六月の上旬の朝、マタギはいつも通りダンボールと酒の匂いの中で目を覚ました。昨夜は隣人達と一杯やっていたせいか、頭は痛み、そして腹が減っていた。マタギは朝食と酔い覚ましのコーヒーを買いにコンビニへと向かうことにした。


 近道になっている肩幅ほどの狭い隙間を通り、目的地へ。通りを行くよりも人目につかないのでマタギは気に入っていた。疲れもあってか、いつもの生ゴミの散乱した臭いに、異常な臭いが混ざっていることに気がつかなかった。隙間を抜け、路地裏のゴミ捨て場に抜けたその時に、妙な感覚の物を足で踏みつけていることに気がつく。


 疑問に思って足元を見ると、マタギは飛び上がった。それは人間の死体だった。反応が遅れたのは、その死体があまりにも青ざめていて、血の気が感じられなかったからだ。血液を抜かれた人の体は、人形のそれに近い。あまりのことに尻餅をついたマタギは、暫く茫然としていた。恐る恐る死体の顔を見やると、それは顔もみたことがある、段ボールアパートメントの住人の一人の男だった。気が付けばマタギは発狂していた。


 ここまでをマタギは、酒の力もあってか饒舌に語った。


「ということは、あんたは死体の第一発見者なのか?」


「……まあ、そうとも言える。だが警察に通報したのは俺じゃないぜ。あの後俺の声をききつけて人が来てな、たぶんそいつがしたんだろうな。恥ずかしながらひっくり返っちまってよ。……それにしても本当なのか? この殺しが、未だに続いてるってのは」


 望は事件のあらましを簡潔に語った。マタギは頬を赤らめながら、時折カップを傾けつつそれを聞いていた。


「何でもいい、情報が欲しい。警察に話してないことで、まだ覚えていること。犯人につながること、思い出してくれ」


 千載一遇の好機。この細い糸を、決して手放すことはできない。これを何としてでも手繰り寄せて、お前の所までたどり着く。きっと、彼女が俺に掴ませてくれたのだろう。この糸は。


「そんなこと言ってもなあ、俺が見たのは死体だけで、やった奴の姿を顔も……ああ」


 そこで何かを思い出したように声を上げ、頭の中の記憶を探るような素振りをすると、続けて口にした。


「あいつなら知ってるかもしれんな」

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