第二十二話
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
「いったい、なんなんだあんた等っ。まだ俺はここに用が……」
「叶望君、貴方の証言には不可解なことが多い。あの晩なぜ彼女と一緒にいたのか話そうとしない。そしてなぜか自分だけ先に帰ったのだと言う。普通あんなところに女性を1人にして、自分だけ帰ったりしませんよ。その相手が既に死体になっていて、帰れないんじゃなきゃね」
「どういう、意味だ」
「この状況でまだそんなことを言いなさる。頭悪いんですか、貴方。おい、お連れしろ。……そちらの貴方、貴方も一緒に来てもらおう」
三島刑事がそう言うと、部下は八重垣の肩を掴んだ。突然のことに彼女の顔には戸惑いの表情が浮かぶ。
「何なの、貴方達」
「止めろっ、八重垣は、関係ない」
「やめますよ。あんたが潔く付いてくるならね」
こいつ…………。
「では案内しましょう。そこに車が止めてあります。さあ」
仰々しく言い放つと、三島は後方に見えるモノクロチックに塗装された見覚えのある車を、後手に親指で指した。
「一体なんなのあいつらっ。まるであんたが栞を殺した犯人で、あたしがそのことを隠してるみたいな言い草だったわ。いくら警察だからって、あんな捜査が許されるっていうの?」
「……済まない。面倒な事に巻き込んじまって。ていうかあんた、いつの間にか元気になってるな」
「落ち込んでる気もなくしたわよ。怒りを通り越して呆れるわ。……それで叶、改めて聞くけど、あんたは栞を殺してないのね」
八重垣命は澄んだ瞳で此方を見据えて言った。虚偽や誤魔化しはその前には通用しない。望は本心からの真実を口にした。
「よし。まああんたがそんなことをする奴じゃないことくらいは分かるわ。でも、じゃあどうして貴方達はあの晩、一緒にいたわけ? そこが曖昧なせいで、こんな面倒なことになっているんでしょう」
さっきまで泣き崩れていた少女とは思えない冷静さで、状況を整理し始める八重垣。場所は市内の警察署の前。長時間の取り調べのせいで、既に辺りは日が暮れ始めていてオレンジの光に包まれている。三島という刑事は望のことを完全に疑ってかかっているようだった。確かに被害者が最後に会った人物で、明らかになっている者がたった一人なら、そいつを疑うのは自然な流れだ。しかし望は自分が彼女を殺していないことを知っている。警察の捜査は、ここまでいい加減なものになっていたのか。こんなことで連続殺人事件の犯人を捕まえることなど本当にできるのだろうか。
「……言ったらあんたは、多分怒ると思うぞ」
「怒らないわよ。子供じゃああるまいし」
八重垣は子に言い聞かせる母親のような態度で改める。仕方なく本当のことを、彼女に打ち明けることにする。
「あの日は二人で吸血鬼を探しに行ったんだ」
「………………はぁ?」
長い沈黙があった後、彼女は疑問を表すイントネーションをきかせた。
「その後、告白された」
「……………………………はあぁぁぁ?」
望は歩きながら彼女に事の顛末を話した。最近浅間と行動を共にすることが増えていたこと、試験期間の終わりに約束して白樺山まで行ったこと。その後の彼女の告白まで、洗いざらい全て白状した。
「そう、だったの。……それで、返事は?」
「丁重に断ったよ。その後浅間に一人にして欲しいと言われたから、先に帰ったんだ。けどあんなことになるんなら、無視してでも一緒にいるんだった…………」
再び巻き起こりそうになる後悔の念。しかし今更それを思っても、最早意味のない事。彼女の無念を本当に晴らしたいと思うのなら、方法はもっと別にある。
三島刑事は最初、曖昧な望の態度を厳しく追及した。その今までの望の態度は浅間の告白というデリケートな事情に由来するものだったが、どうにもそれがまずかった。三島には、それが望が事実を隠蔽しようとしている風に映ったらしい。一度かけられた疑いは簡単には晴れず、今日の同行に繋がった、ということだ。言われて初めて、望は自分の不備に気付いた。にも関わらず同日の、それも日が暮れる寸前までに解放されるに至ったのは、八重垣命によるところが大きかった。事情も話していないのに彼女は現状だけで望が不当な扱いを受けていることを理解し、冷静に迅速に対応した。直接的な証拠がないこと、望が被害者の葬式にも律儀に出席していること、そして知り合って間も無いはずの、叶望の人間性の確かさまでわざわざ説明し、それらは刑事たちの反応を徐々に変えていった。しかし。
「お前からは血の匂いがする」
それでも最後まで厳しい表情を崩さずにいた三島刑事の最後の一言。何とか平静を保つことができたが、もう少しで危ないところだった。器の中の彼女のプシュケーを見抜かれたのかと疑うが、さすがにそれはないと思い直す。恐ろしい人間もいたものである。
「血の匂いなんてしないけどねえ」
彼女は望の首元に鼻を寄せ、匂いを嗅ぎながら言った。
「……当たり前だ。でも、助かった。本当に感謝してる。あんたがいなかったら、まだ今頃あの刑事に絞られてただろうな」
「別にいいのよ。あんたがそんなことをする人間じゃないことくらい、わかりますからね。……それに」
彼女は僅かに顔を伏せて言った。
「そんなことになっているなんてあの子が知ったら、きっと悲しむでしょうから」
立ち直ってなどいない。彼女は未だに、鬱の中にいる。望には分かる。絶望の真っ只中に立ち尽くして、なす術もなく、耐えるしかない時の気持ちを。感情を。苦しみを。彼女の身体は微かに震えていた。彼女をそこから救い出せるとしたら、そんな方法があるとしたら、しかしまずは浅間栞に手をかけた、吸血鬼の如し人間を見つけ出して然るべき償いを受けさせなければならないだろう。そうするまでは、彼女は、八重垣命は永遠に苦しみの呪縛から逃れることはない。
「そう……でも、最後に気持ちを伝えられたのね。栞は。好きな人に、伝えることが、できたのね…………。っっ…………それなのに、どうして…………」
自分は弱い。こんなときに、目の前の少女一人にかけられる言葉を何一つ持っていない。自分の不甲斐なさに溜息が漏れる。こんな時、彼女ならどうするだろうか。あの残酷で、妖艶で、孤高な吸血鬼ならどうするだろうか。
「大丈夫だ」
「…………」
「あんたが心配することはない。俺が、必ずケリをつけてくる」
今、彼女にかけられる言葉はない。ならどうすれば良いか。最初から、望の中にその選択肢はあったのだ。今までは中々踏み切れなかったが、今は不思議なほど自らの心は澄み渡り、迷いもない。望は心中で、ある決心を固めつつあった。




