第二十三話
望は犯人を見つけることにした。警察の捜査があてにならない今、彼らに任せておくことは最早安心できる選択肢では有り得なかった。何よりこの件は自分自身の手で解決しなければ、前に進めないと思ったのだ。真実が知りたい。彼女が殺されなければならなかった理由。それに、八重垣はこのままでは以前のように剣を振る事もできないだろう。何の罪も犯していない多くの人間が悲しみ、傷つき、罪を犯した人間一人がのうのうとのさばり悪行を未だ続けている。そんなことが許されて良いはずはない。
夏休み初日、依然として地上を照りつける強烈な日差しの中、望が向かったのは市内の図書館だった。何はともあれ情報を仕入れなければ話にならない。逢見市連続猟奇殺人事件のことを望が知ったのはつい最近のことだ。まだ知らないことが多過ぎた。望はそこで考え、学校ではなく規模の大きな図書館へ向かうことにした。駅前とは反対方向に位置するそこには何度か本を読みに行ったことがあり、道に迷うことはなかった。目当ては事件について書かれた新聞記事である。
遡ること二ヶ月、五月の中旬の日付にその記事はあった。五月十四日、逢見市の外れに位置するとある田舎町の廃ガソリンスタンドにて、第一の犠牲者が発見された。安住薫二十三歳、市内に勤める大卒のOL。発見が遅れ、見つかった時には遺体の腐敗がかなり進んでいたらしい。その後一ヶ月弱をおいて二人目、今度は駅前の公衆便所で見つかっている。六月には三人が立て続けに犠牲になっている。この辺りで警察もようやく事件の危険性を認識したのか、合同捜査本部を設置。責めることはできないだろう。凶悪犯罪が後をたたない世の中。割ける人員には限りというものがある。実際望でさえ身近な人間が犠牲になるまで、事件の存在程度しか認識していなかったのだ。
そして今回の浅間栞で被害者は計六名。その内男性は一人のみで後は女性。職業や年齢、並びに殺害場所や方法はバラバラで、学生は浅間の他にもう一人。特に法則性は見えない。ただ力の弱い者を選んで標的にしているということか。新聞紙を握る手に無意識に力が入る。
その何れの記事にも死体の状態に関する詳しい記述はなかった。即ち遺体から血が抜かれているかどうか――であるが。三島から聞き出した話と、逢見市という手掛かりだけでピックアップしたのがこの六件だ。状況証拠から犯人は同一らしいということだけが、共通してどの記事にも書かれている。あまりにもショッキングな事実だけに混乱を避け、情報が規制されているのだろう。しかしこのままでは事件の被害者は増える一方である。
望は読み終えた新聞紙を片付けて思考する。一体どうすればこの事件を解決することができるのか、犯人を見つけることができるのか。見つけさえすれば、自分には犯人を絶対に捕らえることができる自信があった。従って望が成し遂げるべきは犯人の発見。しかし現状で警察すら見つけられない凶悪犯を、問題はどうやって見つけるか。望は完全な素人であり、当然殺人事件の捜査に必要な知識も経験も持ち合わせてはいない。そんな自分が真相に少しでも近付く方法は何だろうか。
「地道に行くしか、ないよな」
携帯に書き写した記事の一部を覗き込みながら、望は電車に揺られていた。適度に冷やされた冷房の空気は、考えながら歩き続けた頭と身体を心地良く冷やす。休みに入ったせいか、乗客は若者が多い。本当なら自分も今頃その中にいたかもしれないなどと益体の無い想像をするが、すぐに頭を振って隅に追いやった。
逢見市はそれほど大きな市ではないが、それほど小さな市でもない。今望が電車を利用しているように、簡単には全ての殺害場所を行き来することはできない。被害者が見つかった場所は市の外れから繁華街まで様々。死体の血を抜き取る装置を携帯しなければならない犯人が、電車のような公共交通機関を利用するだろうか。だとすると犯人は車か、あるいは単車で移動しているのか。人を殺して血を抜く、これだけのことが女性1人にできるとは考え辛い。ある程度大柄な男、医学的な知識を多少なりとも持ち、それでいて常識を逸脱した、異常者。
しかしどうだろう。自分もまた、大きな矛盾を抱えてもいる。人の生き血を糧とし、生きる異形の存在を自分は看過し、私情によって別の男を追っている。そんな自分もまた、破綻した人間なのだろう。いやそもそも破綻していない人間など、果たしてこの世に存在するのだろうか。
最寄り駅から五駅ほど、それから一度乗り換えてまた四駅いったところに目的地はあった。見慣れない景色を窓の外に眺めつつ、開かれたドアを潜ってホームに降りる。とたんにぬるま湯の様な空気が身体中にまとわりつき、ジリジリとした日差しに照らされる。行楽地でもない外れの駅だけあって、夏休みにも関わらず人気は疎らであった。もしかしたら事件のせいでもあるのかもしれない。ここは第1の事件、安住薫の殺された廃ガソリンスタンドの傍の最寄り駅だ。現場検証などは警察が散々やっているだろうが、僅かな希望をかけてやってきていた。推理物の小説では基本中の基本とも言える。
ICカードをかざして自動改札を抜け、やけにあちこち傷んだ構内を後にする。辺りは駅前であるにも関わらず人の影は少なく、店も少ない。これならば、日が落ちた後は更に人気がなくなるのは想像に難くない。完全なベッドタウン。電車を降りて来た人間を物色して尾行、そして襲うことも容易だろう。しかし普通の人間は想像はしても実行には移さない。犯人がここから6人もの人間を手にかけるまでに至った理由は一体なんだろうか。
無差別殺人なら被害者一人一人に殺された理由は存在しないが、犯人をそうするに至らせた理由は何かあるはずだ。完全な異常者ならそれもないかもしれないが、ここまで捕まらずにいることから考えても、犯人ははっきり自分の意思を持ち、それなりに頭の切れる人間なのだろう。足を動かしながら考える。考え続ける。
そうしている内に、目的地の目前に望はやって来ていた。ガソリンスタンド――だったものだ。洗車機や給油機などのスタンドとしての条件は満たしているものの、人影も車も見当たらない。建物はメンテナンスされていないのだろう、あちこちひび割れ、塗装が剥げている。事務所へ入る扉の横には、近々取り壊されることになっている旨の文面が貼ってあるのが見える。原油価格の高騰の煽りを受け、少し前に倒産した石油会社だ。事件が発生してからかなりの時間が経っているせいか、現場の保存は終了していた。流石に扉には鍵がかかっていたが、辺りを見て回ることは自由にできそうだ。望は持ってきていたデジタルカメラで周囲の写真を撮り始めた。
新聞記事には、殺された安住薫の両親のコメントも載せられていた。犯人を絶対に許せない、私達の娘を返して欲しい。ようやく社会に出た大事な娘を突然奪われたことによる悲痛な思いが、そこにはありありと刻まれていた。
もしこの事件に巻き込まれ……そうでなくてもこの先例えば吸血鬼に襲われるなどして、自分が命を失ったらどうだろう。あの父親や母親はそのことを悲しむだろうか。母親はともかくとして、父親のそういう表情は想像しにくかった。
そんな自分には家族を奪われた気持ちは理解し辛いが、大切なものを奪われた気持ちならば容易に想像がついた。これ以上そんな人間を増やすわけにはいかない。この街に未だ息を潜めるその諸悪の根源たる男を、何としてでも止めねばならない。
望はそう心に刻みながら、一つ一つシャッターをにかける指に力を入れていった。




