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She is a vampire【挿絵あり】  作者: べなお
◆Ⅲ Awakening

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第二十一話

挿絵(By みてみん)

 週明けの月曜日、望は学ランを着て学校ではなく市内の斎場に赴いていた。普段と同じように起き、普段と同じように制服を身につけながらも、普段とは異なる場所へ足を進めることがどうにも違和感がしてならなかった。事前に受けていた連絡に従って、斎場の場所は調べておいた。あんな事件がなければ、この場所にそんなものがあることさえ知ることはなかっただろう。


 式には浅間家や親戚の他に学校関係者、それに生徒の姿も散見されたが、一年生は恐らく自分以外には見えなかった。皆一様に表情を硬くしていて、中には堪え切れずに泣き出してしまう女子生徒もいた。一際目立ったのは浅間の母親で、線香をあげるときなどは泣き崩れてしまったのを、父親と思しき男性に支えられていた。どことなく浅間栞の面影が二人にはあった。浅間の話では、関係が悪くなった時期があったらしい。ようやく家族としての関係を築けた矢先の訃報だったのだ。その心境は想像する気にもなれない。この世界は、一体どこまで残酷にできているのだろう。


 葬式は滞りなく進んだ。業者は流石と言うべきか薄情というべきか、全ての工程を冷静に淡々と進めた。例え身近な誰かが命を落としたとしても、自分の人生は続く。いつまでも他人の死を悼んではいられない。式に参列している者たちは、皆それぞれに彼女の死に対して、自分なりのけじめをつけようとしているようだった。年を重ねている者ほど、それが上手く速い。若い者は時間がかかる。その違いは、どれだけ人の死を見てきたかによるものだろうか。自分はまだまだ時間がかかりそうだった。途方もない、……時間が。


「えー浅間栞さんはクラスでは非常に明るく、誰とでも打ち解けられるような……」


 彼女の担任教師らしき男が、彼女に対する別れの文面を読み上げている。しかしそれには取って付けたような、在り来たりな言葉ばかりが並んでいた。昨日事後処理に追われて時間もなかったのだろうが、望には腑に落ちなかった。彼女はそんな単純な人物ではない。今すぐ前に出て行って、あの夜彼女が打ち明けてくれた話をしてやりたかった。彼女がどんな絶望を抱いていたか。どんな希望を抱いていたか。彼女の本質を、何もかもぶちまけてやりたかった。しかしそんなことは、彼女を貶めることにしかならないと、心のどこかではわかっていた。常識と専ら呼ばれるそれが、最後に望の足を止めた。


 俺はまだ振り切れないっていうのか。何のために、ここに来たというのだ。


 式は時間通りに昼には終わった。彼女の遺体は損傷が酷かったのだろう、皆の前に姿を晒すことはなかった。祭壇に飾られた写真に写る彼女は、これから自分の身に起こること等全く知らないという顔で安らかに微笑んでいた。


 学生はこれにて解散となった。昼休みを挟んで、最後に遺体の火葬があるらしいが、それは親しい者達の間だけで執り行われるそうだ。他の学生は皆、駅に向かって帰り始めていく。そんな中、望はそのまま帰る気にもならず、式場の周りを歩いていた。彼女の魂が天に召されるまでは見届けようと思ったが、そうは言っても、何もせずにただ立ち尽くしていることにどうしても耐え切れなかったからである。


 そのまま歩いていると、前方から弱弱しくすすり泣く女性の声がして、望は思わず立ち止まることになった。式場の裏側に位置する花壇の隅に、腰かけて蹲(うずくま)っている一人の女子生徒がいたのだ。望には、その女子生徒は、見覚えのある人物だった。しかし、望の記憶にあるその人物の姿とは、目の前の彼女はあまりにも乖離(かいり)していた。


「あんた……八重垣、か」


 少女はこちらには全く気付かずに、その今にも壊れてしまいそうな、機械の異音のような鳴き声を小さく、上げながら蹲っていた。式場内には確か彼女の姿はなかったはずだ。ということは出席もせずにずっとここにいたのだろうか。声をかけるべきか否か望が迷っていると。


 そんな状態でも流石は武道の達人というべきか、しばらく立ち止まって動かない気配を察したのか、八重垣命はこちらへ顔を上げた。その瞳は痛々しく腫れ、頬には涙の河が流れた跡が残っている。どうやらこちらをようやく認識したらしい。


「……叶(かなえ)か」


「式ならもう終わったよ。皆帰ってる」


「…………そうか」


 三十分ほどだろうか、彼女がそれから再び無言で蹲っていたのは。そのまま立ち去っても良かったのだが、公園のブランコに腰かけた彼女の姿が頭の中にリフレインし、望の足を止めた。とはいえこちらから何と声をかけて良いかもわからず、結局はただ立ち尽くしていた。普段ならポニーテールにされたその艶やかな黒髪は痛み、まとめられもせずに無造作に垂らされ、彼女の顔を暗幕のように覆い隠していた。しばらくして彼女はようやく口を開く。


「私のことを、失望、したか?」


「…………」


 八重垣命は、悲痛に満ちた声で口にした。以前の自信に満ちた彼女の姿はどこにもなく、纏っていた殺気も窺えない。そこにいたのはただの一人の、親しい友を失った少女だった。


「また、月曜日になったら、会えると思ってた……。下らないやりとりをして、それっきり。あれが、最後…………」


 言葉の途中で、彼女は再び嗚咽を漏らした。あれほど強かった、気高く圧倒的だった彼女が、今は恐らく片手一つで押し倒せてしまう。それ程までに無防備、だった。


 彼女の中を占める浅間の領域は、相当に広かったのだ。望はどうにか立ち直ることができたが、それでも一人では困難だっただろう。彼女は更に大きな、空洞を心中に穿たれたはずである。彼女の浅間に向けた親愛は、特別なものだった。


「し、おり…………」


 絶望は今まで嫌になる程味わってきたつもりだ。ラミアには笑われるかもしれないが、少なくとも自分のこれまでの人生は良い方だったとは言い難い。しかし他人が絶望に犯されているのを見るのは、また別の意味で望のプシュケーを濁らせた。無意識に望は口を開いていた。


「すまない。俺が浅間を、1人にしてしまったんだ。この街が危ないことを知っていて、目を離した。俺が守ってやれたかもしれないんだ。この通りだ」


 彼女に対して虚偽は無意味。しかし今の彼女なら誤魔化すことは容易であろうが、そんなことをする気にはなれなかった。仮に彼女が自分を恨むことになろうとも、彼女がそれで自我を取り戻すことができるのなら良いと思った。何処にいるのかもわからない無差別殺人者を憎むよりは、身近(みじか)な人間を恨めた方がいくらか気も紛れるだろう。


「……叶」


「だから……」


「ようやく、見つけましたよ叶さん」


 二人の間に突然割り込んできたのは、冷徹で感情を感じさせない男の声だった。この声を望は、以前に聞いている。


「この前は有耶無耶にされて逃げられてしまいましたがねえ。今度はそうはいきませんよ。……事件の重要参考人として、署まで同行してもらう」


 そこにいたのは三島という名の刑事、それにもう一人部下と思われる人間を連れていた。二人のこちらを見る目は、同じ人間を見る目では最早なかった。ともすれば、自分が罪人なのではないかと錯覚する程に。その間にも、油蝉は騒々しくいつものように羽音をたてていた。

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