↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
She is a vampire【挿絵あり】  作者: べなお
◆Ⅲ Awakening

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/81

第八話

挿絵(By みてみん)

「ここここっ。最近できた店でね、喫茶店に書店の本を持ち込めるの。最近増えてるみたいだよ、そうゆうの」


 浅間栞は満面の笑みを浮かべてこちらを見ている。二人がいたのは駅ビルの中心部、二階に位置する書店と喫茶店が一緒になっている店舗だった。中は空調が効いていて、外の空気に熱された体が心地よく冷やされてゆく。店内には特に学生が目立ち、コミックや週刊誌の前に群れを成していた。


「へえ……、おもしろいな。前はただの本屋だったか。確かに相補的で理に適っているかもしれないな。世の中には頭の良い奴がいるものだ」


「今日はお姉さんが奢ってあげます」


 そう言うと彼女は書架の方へ歩いて行った。望が遠慮する隙もなく、彼女の注目は既に無数の本へと完全に移っているようだった。


 仕方がないので、望も書架へと歩いて行く。新書の並べられた棚を通り過ぎ、小説が並べられた棚の前で止まる。自分とかけ離れた境遇の主人公が、屈強な試練を乗り越えて成長してゆくような物語が望は好きだった。主人公に感情移入して読むことで、本当に自分が何者かに変わったような心地よい錯覚を楽しむことができるからだ。



 昔は良く現実逃避の為にしていたことだが、今は普通に楽しんでいる。むしろ今は自分自身がフィクションのような状況に直面している有様だ。事実は小説より奇なりとはよく言ったものである。


「案外、こっちが現実なのかもな」


 そう誰にともなく呟いた。あの吸血鬼には聞こえているだろうか。


 それぞれ別々に本を物色した後、二人は喫茶店に移って席に着いた。彼女はマンゴーティーを、望はアメリカンコーヒーを頼み、勘定は彼女が済ませた。望は大人しく先輩の顔を立てることにした。通路側のガラス越しに歩いてゆく人々を横目に、彼女は持ち寄った本を開き始める。


「今日は私の趣味に付き合ってくれてありがとね。ここ前から来たいと思ってたの」


「いや、別にいいよ。俺もこういうところなら歓迎だ。でも俺なんかよりも、あの八重垣って人とかを誘えば良かったんじゃないのか?」


「命ちゃんは部活で忙しいし、こういうのはあんまり興味ないみたいで無理やり誘ってもあれだし」


「剣道部か」


「そう。二年生で副部長をやってて、エースなんだよ。家が剣道道場で、剣道一家なの。私も何回か応援にいった」


 あの常識離れした強さも納得である。望は剣道を嗜(たしな)んだことはないが、恐らく最強であろう剣の”使い手”は知っている。それに比べて彼女は劣るが、しかしあの気迫と技術はそれでも十分に望の脳裏に焼き付いていた。


「まあ俺なんかでよければ、いつでも暇だ」


「うん。良かった…………」


 すると彼女は手元の本に目線を落とし、口を閉じた。彼女の目だけが動き、視線が文章の並びをただひたすらに追っていた。本を読んでいるときの浅間栞は、表情が変わる。普段は人懐っこいどこにでもいるような女子高生だが、一転して、触れることを許さないような深窓の令嬢と化(か)すのだ。


 暫くその彼女の変わりようを観察した後、望も手元の本を開いた。タイトルは『理不尽な犠牲者』。テーブルのアメリカンコーヒーに口をつけ、適度に乾いた喉を濡らす。熱い液体が喉を滑り落ちていき、全身に温度が広がっていく。


 こういうのもたまにはいいか。


 周囲の僅かな音すらも頭の中から追い出し、望も想像の世界へと身を投げ出す。ページをめくる手、文章を読む目、それを脳内で紡(つむ)ぎ想像へと昇華させてゆくのだ。目の前にあるのはただの書物だが、読み手の中には無限の世界が広がっている。


 しばしば間をあけて瞳を閉じ、物語の世界のイメージを確固たるものへと縁取ってゆく。登場人物の会話、状況の描写、それらを材料に自分の中に世界をつくってゆく。そしてやがてはその世界の中で、人物達は勝手に動き出すようになる。それは心の中のある部分を満たしてくれる。


 そんなときだけは、全てを忘れられるのだ。


 自らの呪われた境遇。父、母。学校。クラスメイト。人間関係。裏切り。悪癖。吸血鬼。悪夢。吸血鬼狩り。暗闇。右腕。恐怖。絶望。


 望はそうやって生きてきた。自分を保つ為のそれは生存本能。


 しかし忘れたままではいけないのだ。それは現実であり、現実は望と最も付き合い長く、最も近くにいた存在。そしてこれからもそれはかわらない。


 ……今更何を考えてるんだろうな、俺は。






 ふと我に返ったとき、目の前の彼女もこちらを見ていた。


「……なんだ?」


 軽く伸びをしながら聞いてみる。体の節々が痛く、どうやら体感時間よりも大分時間が経過してしまっていたらしい。手にした本は既に半分以上読み進められている。


「いや、邪魔してごめんなさい。ずいぶん集中しているようだったから、見ていても気付かないかなと思って。悪かったわね」


「そういうあんたは読み終えたのか。ずいぶん読むのが早いんだな」


 彼女の読んでいた本はテーブルの上に閉じて置かれていた。


「うん。……叶君はまだ読んでいてもいいんだよ?」


「いや、きりのいいところまで読んだし、これは買っていくよ。家で残りを読むことにする。もう遅くなったしな」


 腕時計に目をやると既に時間は五時半を回っていた。まだ日が長いとはいえ、例の事件のこともある。彼女を連れたまま遅くなるのはよくないだろう。望は自分から切り出すことにした。


「そっか。それもそうだね。今日は帰ろうか」


 書店で購入した文庫本を紙袋に入れてもらい、その場を後にする。店を出ると、日の傾き始めた駅ビル内は、徐々に人の流れが増してきていた。望のアパートは学校と駅を結んだ延長線上にある。二人は駅に向かって歩き始める。


「叶君ってなんだか、不思議な雰囲気をしてるよね」


 浅間がふとそう言った。


「そうか?」


 叶望という人間を客観的に考察してみようとする。一般的な平均とは大分違っているような気はした。


「なんていうか、こう独特なオーラというか、特別な感じというか。他の人と違うような気がする。よくわからないけれど、何か得体の知れないものと闘っている? ような? 私、なにを言ってるんだろうね」


「………………」


 頭の中を見透かされたようで、一瞬血の気が引いた。


「ごめんね。忘れてね」


 彼女の表情には、訝(いぶか)しげな様子は特になかった。本当に興味本位で聞いているだけのようだ。彼女の瞳には、行き交う人影が映っているだけだった。


「あ、ああ」


 まさかな。


 駅ビルを抜けると再び暑苦しい熱気に当てられ、二人は顔をしかめた。人の流れに逆らって暫く歩いていると、路地裏に差し掛かり急に人影がなくなる。日蔭(ひかげ)は冷たく心地よかったが、同時に嫌なことを思い出させた。


「吸血鬼…………」


「な、に……………………」


 一度引いた血の気が、今度は逆流しかけた。


「最近の噂なんだけどね。ここらで夜に出るんだって、吸血鬼が。クラスの子達が話していたんだけど、学校中で噂になってるみたい。馬鹿みたいな話だと思うよね?」


 それは望にとって初耳だった。普通ならただの噂と看過するところだが、望は真実を知っている。……それにしてもあの吸血鬼、人の目も気にせず好き勝手やっているのではないだろうな。


「そうだな……浅間は、そういうのは信じられるのか?」


 ふとそう聞くと、浅間栞は足を止め、口をつぐんだ。丁度建物と建物の間から光が差し、それが彼女の姿を照らしていた。自分の言ったことが良く聞こえなかったのかと思ったが、しばらくして彼女は口を開いた。


「………………でも、いたらいいなって思う」


 前を向いてこちらに背を向けたまま、彼女はそう言った。その言葉には、口調には、彼女の願望の成分が含まれているようだった。何の気もなしに聞いたことだったが、彼女にとっては重要なことだったらしい。夏の太陽は大分(だいぶ)傾きかけていて、世界は橙色の光に包まれていた。


「前に会長に助けてもらったって言ったでしょう? 一年の時のことなんだけど、私ちょっと、孤立していたんだよね。ちょっと頭がお花畑だったというか、空想に溢れていたというか、そんな感じでね。色々あって、色々傷ついて、それでどうしようもなくなったところを、望月さんに救われたの。その時に命ちゃんにもお世話になった」


「…………浅間」


 それは彼女の告白。突然の、告白だった。


「私はそういう人なんだよね。現実があまりにも退屈で、それに絶望していて、空想とか得体の知れないものに逃げていた時期があるの。ていうか、今もそう。それが浅間栞っていう人間なの」


 彼女は振り返ると、こちらに詰め寄ってきた。その顔は、何かに懇願しているかのようだった。


「吸血鬼に会いたいな。そしたら、色んなものが満たされる気がする。…………叶君、貴方は何か知っている?」


 今、気が付いた。彼女は、俺と非常に似ている。妙に話が合うのはそのせいだろう。違うのは誰と出逢ったかだけだ。友人や良い先輩か、それとも異形の存在か。


 胸が鼓動を荒げ、鈍く痛んだ。しかし赤髪で妖艶で、自分のつくる料理を喜んで食べてくれる彼女の顔が頭に浮かんできて、それを収めた。


「いや、俺は何も知らないよ。でも、いるといいな、吸血鬼」


 彼女はその懇願するような、夢を見ているような表情から覚め、正気に戻った。傾いた夕日は彼女の横顔を寂しげに照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。