第一話
「こんな時間に、なんなんだよあいつ」
「何でもいいでしょう。最近の奴は様子がおかしくてあまり可愛がれてませんからねえ。久しぶりに金でも」
「そーそー。殴って蹴って脅して、まずは金だ」
人間の活動の静まり返った、深夜の街。昼間の姿とは対照的に、ここでは人々の狂気さえも解放されているようだ。そんな場所に、三人の男は歩いていた。寂れた商店街の通りには、点々と設置された電灯のみが辺りを照らしている。その内二人は校則違反にも関わらず、髪を金色と茶に染めていた。ジーンズを腰で履き、まるでこの世に敵など誰もいないというような雰囲気を漂わせている。
彼らはある男に呼び出され、深夜の時間に集まっていた。それは普段彼らが虐げている同級生の男からの呼び出しだった。今までにそんなことはなかったが、彼らはだからといってそこに妙な疑いをかけることもなく、むしろ退屈な毎日の暇つぶしになるだろうと嬉々としてその誘いに乗った。
「カラオケだカラオケ。飲んで歌わねえとやってらんねえ」
溝口修平は日々の退屈さの鬱憤を、酒とJポップに吐き出そうとしていた。当然のことながら、私立逢見学園に在籍している彼らは未成年である。しかし酒の誘惑というものは、往々にして人の理性を脅かし、そして人生をも脅かす。
彼はクラスでも最も力のあるグループのリーダー的存在の男だった。逢見学園1年生の彼が在籍するクラスには、明らかな階級制度が存在していた。彼等には他の誰も逆らうことはできない。溝口修平は頭は悪かったが、生まれ持った肉体と一種のカリスマ性を持っていた為に周囲に祭り上げられて今に至る。それを彼自身も悪く思わなかったので、彼は周りには好きなようにさせておいた。
取り巻きの内の一人が口を開いた。
「そういえばこんな夜中には、ここら辺で出るって噂ですよ」
「出るって、何が?」
「吸血鬼ですよ吸血鬼。血を吸われた奴も吸血鬼になるってあれです」
溝口修平は架空の偶像は信じていなかった。
「馬鹿じゃねえの。そんなのいるわけねえだろうが」
「夢がないですねえ」
「お前たまに変なところあるよな」
むしろ不審者の一人でも出てきてくれれば獲物が増えて良い、とそんなことを彼は考えていた。今月は服や煙草に金を使いすぎ、財布の中身は空だった。彼らは金に飢えていた。
暫く歩くと商店街を抜け、更に町の外れに向かう。白樺山の麓――そこに普段は子供も寄り付かない公園があった。昔は周辺地域の住民に利用されていたらしいのだが、かつて不審者が子供を襲うという騒ぎがあってから誰も寄り付かなくなってしまった。
ブランコや滑り台などの遊具がいくつかあったが、そのどれも最近使われている形跡は全くない。遊んでもらう相手を失って、自らの役割をも失った彼らは何も言わずに佇んでいた。園内には一本の電灯が設置されていて、それが物言わぬ彼らの姿を寂しげに照らしていた。
「あいついねえじゃねえか。まだきてねえのか。ふざけやがって」
「まあいいではないですか。遅れてくれば良し、もしも来なければ明日その身に思い知らせてやれば」
「いやいや、金が無いと今日どーすんだよ」
園内には三人の他には誰もいないようだった。場所を間違えたということはないだろう。時間も頃合いである。ならばどうして彼は現れないのか。一向に現れない彼に三人の苛立ちが募ってきたところへ――
「俺ならここにいる」
どこからともなく発された声に、三人の注意はある一点に集まった。滑り台の影、ちょうど電灯からも隠れていた場所から、一人の男と思しき人影が現れた。男は逢見学園の制服である学ランを着込み、臆することなく三人の前に姿を現した。
「てめえ調子のってんじゃねえぞ。わけわかんねえことしやがって。それは何のつもりだ。それで格好いいつもりか? 何が”俺”だよ。お前は”僕”だろうがよ。弱い癖に強がってんじゃねえぞ望」
「すぐにその言葉遣い、もとに戻させてあげましょう」
後ろで拳の鳴る音がする。今までもこういうことはあった。虐げていた対象が、苦し紛れに一子報いようと捨て身でかかってくることが。その大体は廃人寸前だ。自分より勝る力には、どうやったっところで、叶わないということもわからなくなってしまった能無しだ。そう言う奴らは殴るに限る。
「そうだ。俺は弱い。そのことにやっと気が付いた。お前たちのおかげでもあるのかもしれない。それについては感謝してるさ」
叶望――三人のグループが標的にしていた男子生徒。いつも教室の隅で本を読んでいるような、他にさして特徴付けすることもできない男。しかし彼の様子はいつもとは違っていた。まるで何かに憑りつかれたとでもいうように、人が変わってしまっている。
「何、いってんだてめえ。わけわかんねえんだよ」
「だからやっと気が付いたんだ。力で叶わないのなら、もっと膨大な力で上回ればいい。強大な力で脅かせばいい。なんて単純なことだろう。小学生にもわかるじゃないか」
こいつはついにいかれてしまったのだろうか? 確かに最近の奴は様子がおかしかったが、やりすぎたか? ここまでおかしなことを言い始めた奴は今までにはいなかった。しかし一人の人間を壊してしまったという罪悪感は全く感じていなかった。そんなものを感じる場所は、とっくに失っていた。
「そーかそーかじゃあお前は今からその強大な力って奴に、何もかも奪われろ――」
取り巻きの一人が、彼に掴みかかった。有無を言わさず問答無用に抑えにかかる。することは一つ。黙らせ、殴り、屈服させ、搾取する。ただそれだけ。それだけを実行する。血も涙もない。
しかし結果としてはそうはならなかった。修平には一瞬何が起こったのかわからなかった。気が付けば望に掴みかかろうとした男は、心ここに在らずといった表情で地面に這いつくばっていた。そして依然として叶望は、その場に立ち続けている。それは奇妙な光景だった。いつもなら、二人の立場は真逆である。
「てめえっ、何しやがったっっ」
「……いい眺めだな。お前等からはこう見えていたのか。自分より下の人間を見下すっていうのは、悪くない」
「殺すっ、てめえぶっ殺してやるっっっ」
「お前等の理屈なら、何も間違ってないだろ。力は、より強い力の前では屈するしかない。お前等が、身をもって教えてくれたことじゃないか」
その顔は、今までに見たことのない顔だった。これがあの叶望なのだろうか。今まで虐げられ、疎まれ、奴隷に甘んじていたあの叶望なのだろうか。姿形は確かにそうだが、人が変わっているようだ。
「そうですねえ。君の言うことは間違いじゃない。けれどそれならこういうのもありですよねえ」
三人が望の周囲を取り囲む。多勢に無勢。三対一。彼等も望のなかにただならぬ何かを感じ取ったのか、油断を捨てて囲む。
「捕まえろ。俺がわからせてやる」
今度は二人が一斉に望へと飛び掛かった。今度は修平にはわかった。望は特別なことは何もしていない。”右手”で掴みを振り払い、胸倉を掴んで強引に突き倒しているだけだ。それを一瞬でやっているだけだ。いや――それが特別でないことだろうか?
「お前……一体」
気が付けば立っているのは二人。目の前にいるのはあの叶望。いや、自分の知っている奴ではない。目の前にいるのは誰だ。叶望とはいったい何だ。
「俺は叶望だ」
鈍い痺れの後に、ヒューズが飛んだように意識が遠のいていった。
六限目の終了を知らせるチャイムが鳴り響き、教室中が安堵の溜息に包まれる。放課後になるとクラスメイト達は皆、思い思いに友人と机を囲んで話し始める。この間までは見られなかった風景だ。クラスの実質的な支配者であったグループのメンバーが、この教室から排除されたからだろう。その中心であった三人は、先週から学校に来ていない。残りのグループの男子生徒は居場所なさそうに教室の隅に固まっていた。
ここまで変わるものとは思っていなかった。逢見学園一年E組の実態は、格差社会。一部のグループが力を持ち、他の生徒を強く制圧していた。かといってその体制に歯向かおうというような人間は今まで居なかった。今のこの国の社会状況を如実に反映しているのかもしれない。ともかく、その点においては彼らはうまくやっていた。
反逆者が出ないように注意を払い、密告者には凄惨な処罰を与えた。そして一部の人間を奴隷のように扱い、見せしめにした。逆らえばお前たちもこうなるぞ。E組の生徒達は思ったことだろう。下手なことせずこの一年間をやり過ごした方が得策だと。教師達はどうやら、この問題はあくまでもクラスの生徒間での問題と考えているのか、はたまた保身のためか、とにかくこの件について積極的に関わろうとはしなかった。それは彼等にとっては好都合だった。
叶望は自分の机の中身を鞄に詰め込み、椅子から立ち上がった。歓談を続けるクラスメイト達をよそに、一年E組の教室を後にする。望には特に会話を共にする友人などはいず、最近の日課は放課後図書室に行って勉強をすることだった。
その時にクラスメイト達の視線が一斉に自分に向くのが分かった。既に望は慣れっこになっていたが、さすがに鬱陶しくなってきた。
まだ人影もまばらな放課後の廊下を歩いていく。望は考えていた。自分の力について。もっとうまく使えるようにしなければならない。その為には、もっと知識が必要だ。時間はいくらあっても足りない。今度は自分が、彼女の助けになるために。




