第九話
――鬼頭。
それは代々吸血鬼狩りを生業としてきた一族である。始まりは戦国時代から、力を持っていた吸血鬼の勢力を討滅することによりこの国で権力を握ったらしい。現在では吸血鬼などという存在は、多くの人々の記憶から消し去られている。吸血鬼狩りの生業はそのままに、いまや裏の稼業へとなりつつある。
歴史なんていうものは、大抵の場合つまらないものだ。かつての人間界での権力は失われ、人里離れた辺境の地に隠れ住んでいる。しかし鬼殺しの力は現代まで受け継がれている。私の実の兄、鬼頭景道は鬼頭の正当血統、ゆくゆくは当主へと成るだろう人間である。既に他の大人達と変わりない働きをしていると聞く。
そんな兄は私にいつも言っていた。
「お前は無知で。弱く馬鹿だ。そんなお前は何を望むことも、思うこともなくただそうしていろ」
その言葉が、兄の私に対する全てだった。私にとって兄は、憎むべき対象でしかなかった。しかし兄は鬼頭として、父にとって相応しい人間となっていった。落ちこぼれの私など、誰も必要としない。規律を守り努力を惜しまず家のために一心に尽くす兄は、父のお気に入りだった。
そんな兄が今ここにいたら、私になんて言うだろうか。きっとまた怒られるに違いない。
私が毎日のように受けていた”教育”は、奴らについてのことである。その歴史、吸血鬼の悍ましさ、禍々しさ、恐ろしさを嫌というほど言われてきた。吸血鬼は屠るべき悪。情け容赦無く断罪すべき害悪。そこに情けをかけることなどあってはならない。
奴らは亡者である。自らがそこへと堕ちるだけならまだしも、他の者までそこへと引きずりこもうとする。卑しく現世への未練のために害悪を撒き散らす畜生。決してそれを許してはならない。この世に吸血鬼が存在する限り、永遠に世の平静は訪れない。
その昔人間は、吸血鬼の圧倒的な力の前になすすべなく駆逐されていった。誰もが生まれてきたこの世界を憎み、恨み、呪った。そんなときに現れた。吸血鬼に対抗しうる力を持った人間。彼は引き連れた僅かな従者とともに摩訶不思議な力を使い、瞬く間に奴らを屠っていった。それが鬼頭の始まりである。
私の体にはその血が流れている。鬼殺しの鬼頭の血が。
そんなものは何も望んでいないのに。
私が望んでいるのは大げさなことでは何もない。ただ普通で些細なことなのだ。どこにでもいる普通の少女として生き、この世界を見晴らしの良い場所から見渡すこと。ただそれだけだった。
ただそれだけ、だったのに。
これは後にあのようなことになってしまう前に、私が”私”であるうちに残した遺言のようなものだ。いや、この時はすでに私は”私”でなくなり始めているときかもしれない。私にもわからない。そうなるということが、よくわからない。
しかし今は、どことなく気が晴れたような思いだった。鬱屈した心の底から、透明感のある風が吹き抜けていくかの様である。なぜ私はあんなことで苦しみ、傷つき、思い悩んでいたのだろう。日常という現実という世界が乖離していき、そこに新たな記憶や感覚や感情が折り重なりもう一つの私を構築していく。
これが彼らの世界なのだろう。気のせいか、差し込む光がいつもより眩しい。肌がじりじりと痛む。全身を巡る血が熱い。熱いあついあついあついあつい。
きっとこれから始まるのは終わりの物語だ。私という存在が、音を立てて崩れていくだけの物語。そこには終わりだけがあり、ただひたすらに終わっていく。闇へと堕ちていく、暗闇へと混ざりゆく。
全てが終わったとき、私がどうなっているのかは分からない。しかしそれでも私はこの道を行くだろう。彼の辿った道を行くだろう。修羅の道を。光の差さない道を。
そこにどんな結末が待ち受けていたとしても。それに私は逢いに行くだろう。
もう誰ともしれないこの血みどろの体と心のままで。




