第8話 冒険者ダルの秘密~その1~
ユニコーンラビット3体の討伐依頼を受けて3時間後の午前11時少し過ぎ。
川のせせらぎが心地よい山の中にて。
俺、ダルは盗賊スキルである【気配遮断】を使い木の上で待機しながら――笑顔でユニコーンラビットを撲殺するアレスをマジマジと見下ろしていた。
「……よし、2体目討伐完了。次は誰? キミかな?」
そう言って血まみれの杖を握りしめながら、素敵な笑顔で残り1匹となったユニコーンラビットを見つめるアレス。
ユニコーンラビットは恐怖でプルプルと震えるばかりだ。
「僧侶がモンスターを杖で撲殺するのは神様的にOKなのだろうか……?」
そんな疑問を口から溢している間に、アレスは血でドロドロになった杖を構え直す。
流石は元戦士、構えからして隙がない。
ユニコーンラビットはアレスを生娘だと認識しているようで、どれだけ恐怖に震えていても絶対に手を出してはこなかった。
その姿から例え殺されようと処女には死んでも手を出さない! という気高いポリシーのようなモノを感じて仕方がない。
なんて処女厨の鏡のようなモンスターなんだ。
気がつけば俺はユニコーンラビットに敬意を払うようにその場で敬礼していた。
「……よしよし、いい子だね? それじゃお命、頂戴するね?」
アレスは薄っすら笑みを溢しながらスッ! と大きく杖を振りかぶって、
――バゴォォンッ!
とユニコーンラビットの身体を叩き潰した。
処女に殺られて本望だったのか、ユニコーンラビットは穏やかな顔をして逝っていた。
願わくば彼らの未来に幸あれ……。
「……ふぅ、討伐完了。もう降りてきていいよ、ダルくん」
「あいよ、お疲れちゃん」
俺は【気配遮断】を消し素早く木の上から降りると、背嚢からタオルを取り出し、色んな意味で血まみれのアレスにスタスタと近づいていく。
「おぉ~、派手にやったなぁ? 大丈夫だったか?」
「……うん、大丈夫。杖と身体がちょっと血まみれになったこと以外はケガもないし問題ないよ」
「そいつは重畳。とりあえずユニコーンラビットの角は俺が採取しておくから、アレスはそこの川で杖と顔についた血を洗い流しとけ」
「……んっ、ありがとうダルくん」
アレスは俺からタオルを受け取ると、そのまますぐ横の小川の方へとテクテク移動していった。
途端に激しく動いたせいで大きなお尻に危ない感じで食い込んでいる僧侶のレオタード服が視界いっぱいに広がり――危ない! 俺の理性が危ない!
俺は慌ててアレスから視線を切って腰の短剣を引き抜き、無心でユニコーンラビットの角を採取していく。
ついでに毛皮と肉も採取しておく。毛皮は二束三文にしかならないが、肉は美味いし、血は解毒薬の素材として使えるから売ればかなり儲けが出る。
「……水、冷たくて気持ちいい」
「もうすぐ夏だからなぁ。そりゃ気持ちいいだろうよ」
「……今年の夏はどうするのダルくん?」
「んっ? そりゃもちろん避暑地に行けるようなクエストを受けて――んぁ?」
「……ダルくん? どうかし――」
「――静かに」
ユニコーンラビットの角を切断していた手をピタリと止め、森の中へと視線を寄越す。
そのまま姿勢を低くし、地面にペットリと耳をつける。
それだけで俺が何を言いたいのか理解したアレスが、顔と身体の汚れを洗い落とすのもそこそこに杖を構えて俺の横へと移動してくる。
「……足音は?」
「5つ」
「……敵? モンスター? 山賊?」
「いや、このドタバタと慌てた足音を……おそらくモンスターから逃げている」
盗賊スキルで鋭敏化された五感が、コチラに向かって駆けてくる足音の数と距離を正確に俺へと伝えてくる。
足音は全部で5つ、距離は300メートルほど。
ただ隊列は縦長で前の4人はおそらく人間。
問題はうしろの1匹。
ドスンッ! ドスンッ! と重い足音から間違いなくモンスター、しかも中型……いや大型か。
この辺りを縄張りとしている大型モンスターと言えば、
「チッ……めんどうな事になった」
「……どうしたのダルくん?」
「最悪だ、おそらくどっかのバカがサイクロプスの縄張りを荒らしたんだ」
「……それはマズいことになったね」
アレスが眉根をしかめながら杖を構え直す。
サイクロプス、別名『1つ目のバケモノ』
3メートル近い筋骨隆々の肉体に刃物すら通さない強靭な毛皮を纏ったソイツを1匹仕留めるのには、レベル30以上の魔法使いが最低でも6人以上は必要する推定討伐レベル50オーバーの厄介なモンスターである。
そのため誰も討伐には乗り出さず、いつもギルド本部のクエストボートの端に残っている厄介案件の1つだ。
ただサイクロプスは温厚で自分から喧嘩を売るようなマネはせず、適切な距離で付き合っていけば害の無いモンスターでもあるので、冒険者もギルドも暗黙の了解として見て見ぬフリを決め込んで縄張りに入らないように細心の注意を払っていたというのに、一体どこのバカが縄張りを荒らしたんだ?
「足音からしてメッチャ怒ってるよ」
「……逃げる?」
「いや……もう遅い。来るぞっ!」
俺が短剣を構えると同時に目の前の茂みがガサッ! と揺れ、14歳そこそこの若い男女の冒険者が「うわぁぁぁ~~~っ!?」という悲鳴と共に目の前に飛び出てくる。
そして間髪入れず、
――GAAAAAAAAAAAAAッッ!!
怒り狂って我を忘れた真っ赤な毛皮のサイクロプスが森の奥から姿を現した。
「た、助けてくれぇぇぇぇ~~~っっ!?」
「ヤダヤダッ!? まだ死にたくない、死にたくないぃぃぃ~~~っ!?」
「お母さぁぁぁぁ~~~~~ん」
「GAAAAAAAAAAAA――ッッ!?」
サイクロプスが逃げ惑う冒険者を捕まえようと指先を伸ばす。
ここで見殺しにするのも寝覚めが悪いし、仕方がない。
俺は持っていた短剣をサイクロプスの目玉へと勢いよく投擲する。
盗賊スキル【スローイング】、大体のモンスターはこの一撃で怯んでくれるのだが、
――キィンッ!
「……マジかよ? そんなのアリ?」
投擲した俺の短剣はサイクロプスの目玉に突き刺さる――ことなく、目玉に衝突すると同時に甲高い金属音を鳴らして明後日の方向へと吹っ飛んでいった。
えぇ~……っ? 目玉、頑丈すぎない?
ナニ喰ったらそんな頑丈になるのぉ~?
「GAAAAAAAAAAAA――ッッ!?」
「うわっ、メッチャ血走った目でコッチ睨んでる!? ゴメンて?」
「GAAAAAAAAAAAA――ッ!!」
素直に謝るもどうやら許してくれる気はないようで、ヘイトが逃げ惑う若い冒険者から俺へと移るのが身体中から溢れ出る殺気で簡単に見て取れた。
あぁ~、ヤバい。こりゃ盗賊の俺じゃ勝てんわ。
致し方がない、か。
「GAAAAAAAAAAAA――――ッッ!!」
「……ダルくんっ!」
「奥の手を使う。アレスはケガをしているそこの若い兄ちゃんたちを治してやってくれ」
俺がそう口にした瞬間、アレスの身体がピクンッ! と跳ねた。
途端に強張っていたアレスの顔がいつもの調子に戻っていく。
「……分かった。無理はしないでね?」
「それは無理な相談ですわ」
なんせコイツを使用したが最後、身体への負担がデカ過ぎて丸1日は寝込むハメになるんだから。
正直使いたくないというのが本音だが、背に腹は代えられん。
俺は怒り狂うサイクロプスと改めて向き直りながら、溜め息を溢すように小さく解号を口にした。
「――嗤え、サンダルフォン」
瞬間、俺の右手に巨大な戦槌のような形をした大剣が姿を現した。
……それから3分後、ウギャギャギャギャッ! と悪魔の雄叫びと共に、赤い雷に身体を焼かれたサイクロプスは静かに絶命していた。




