第20話 ナマイキ少年剣士、壊れる
勇者アサヒと魔法使いの少女クラリスの創聖合体を目撃してから30分後の冒険者ギルドにて。
俺はアレスと共に瞳の焦点が合わない少年剣士を引き連れて、1階の食堂へと足を伸ばしていた。
普段は冒険者で賑わっている食堂であったが、まだ朝の9時ということもありガラガラである。
正直、すごくありがたかった。
いやだってさ? こんなやつれきった少年剣士の姿を他の冒険者共には見せられないよ、流石に。
「そのぅ……少年? 大丈夫か?」
「アハっ、アハハハハハハハハハッ!? ポヨポヨ大臣、5人のポヨポヨ大臣なんすわぁ~♪」
「そっかぁ~。ポヨポヨ大臣かぁ~。そりゃ凄いなぁ~」
「……ポヨポヨ大臣ってナニ?」
アレスが真顔で小首を傾げる。
聞いてやるな、もう少年の心は限界が近いんだ。
少年剣士は虚空を見つめながらカラカラと狂ったように笑い続ける。その姿にアレスがちょっとビビっていた。
「……なんか怖いね、この子?」
「今だけは許してやってくれアレス。男にはこういう時間も必要なんだ」
「アハッ、アハハハハハハハハハッ! 大臣ンン~~♪ ぽよぽよ大臣ンンン~~~♪ Оh、Оh♪ イェイ、イェイ♪ Fooooooo~~~っっ♪」
小気味よく身体を小刻みに揺らしながらオリジナルソングを口ずさむ少年剣士。
気持ちは分からなくもない。
なんせ信じて送り出した仲間の女冒険者たちがアへ顔ダブルピースを浮かべて勇者に寝取られたのだ。
その衝撃たるや……想像するだけで足が竦む。
もし仮に我が恋人であるアレスが勇者に寝取られたらと考えたら……おぇ!? 想像するだけで吐きそうだ。
「その、さ? 人並みの事しか言えないけど、元気だせよ少年っ! 大丈夫、女の子は星の数ほど居るからさ!」
「……でも星には手は届かないよね?」
「うぉぉぉぉぉぉ~~~~~っっ!?」
「こらアレスッ! メッ!? 寝取られ直後の男の心はニトログリセリンよりも繊細なんだから言葉を選びなさい! お兄さんとの約束っ!」
「……ごめんなさい」
「素直に謝られるのが一番心にクルよぉぉぉ~~~っっ!?」
うぉぉぉぉぉ~~~~ん!? と机に突っ伏して本格的に泣き始める少年剣士。
どうやらアレスの一言で心のバランスが崩れてしまったらしい。
あ、相棒の失態に責任を感じてやまない……。
正直、今回の件に関しては俺達はまったく関係ない部外者なので放っておいてもいいのだが……今の少年剣士、目を離すと自殺しそうな雰囲気だしなぁ。
仕方がない、少しでもはやく立ち直れるように声をかけておくか。
「……でもさっきの勇者と魔法使いの女の子たち、すごかったね? まるでケダモノみたいにお互いの身体を貪り合っていて、すごくエッチだったね?」
「うぉぉぉぉぉっ! 砕けろ我が頭部っ! 来い死神っ! オレをあの世へ連れていけぇぇぇぇ~~~っ!」
「落ち着け少年、早まるな!? 生きろ、そなたは美しいっ!」
ガンガンガンガンッ! と何度も机にヘッドバットをかます少年剣士の背後へと慌てて近づき、身動きが出来ないように羽交い絞めにする。
少年剣士は頭からダラダラと血を流しながら「離せ、離せぇぇぇぇ~~っ!?」とジタバタ暴れ続け――えぇい、落ち着けバカ野郎め!?
「オレは今ここで死ななきゃいけないんだぁぁぁ~~っ!?」
「そんな義務はないっ! 死に急ぐな少年っ! 人生、今が全てじゃないぞ!?」
「ぐすん……でも、でもぉぉおぉおお~~~っ!?」
うわぁぁぁぁ~~~ん!? とその場で泣き崩れる少年剣士。
俺は少年の拘束を解きながら、慎重に言葉を選ぶように口を動かしていく。
「少年、今何歳だ」
「うぅぅぅ~~~っ!? ぐすん……14」
「ならこれからじゃないか! 少年の人生はまだまだ長いんだ、その人生の間にもっと素敵な出会いもたくさんあるハズだ」
「うぐっ、ひっぐ!? ……す、素敵な出会い?」
「そうだ! あの魔法使いの女の子よりももっと素敵で可愛い子と出会うかもしれないだろ? いいか少年? 大事なのは『今』が全てじゃないってことだ」
「ぐすっ……。い、今が全てじゃ……ない?」
少年剣士は俺の言葉に耳を傾けながら、繰り返し「今が全てじゃ……ない?」と呟く。
そうだ、少年。今が全てじゃない。
だからヤケにはなるな。
まだ少年には多くの可能性が秘められているのだから!
「ちなみに元パーティーメンバーとはどういう関係だったの?」
「ぐすんっ……ぜ、全員同じ村で育った幼馴染み」
「……なるほど、幼馴染み同士でパーティーを組んでいたワケか」
どうりで気の置けないやりとりをしていると思った、と1人納得したように頷くアレス。
そうか幼馴染みか……その幼馴染みを全員勇者に寝取られたワケか。
これはキツいなぁ……。
だって十何年間も共に紡いできた絆が、一晩でアッサリ砕かれたワケだからね?
やっぱり、いくら猛ろうが怒ろうが女の子はチ●ポには勝てないのだろうか?
「……ダルくんが下品な顔してる」
「ごほんっ、元からです。そんなことよりも少年っ! これからどうする気だ?」
「どうすればいいと……思いますか?」
少年剣士は肩を落としながら初めて俺に敬語で話しかけてくれた。
あの勝気で生意気だった面影はすっかり鳴りを潜め、完全に意気消沈している。
それほど幼馴染み達と勇者の生ハメハメシーンを目撃したのがショックだったのだろう。……まぁショックだわなぁ。
もし俺が少年の立場ならワケの分からないことを口走りながら盗んだお馬さんで走り出しているところだ。
「う~ん? そうだなぁ……」
「……キミはどうしたい?」
「わ、分かりません……もう頭の中がグチャグチャで……」
「そりゃまぁ、そうだわなぁ」
あんなショッキングな映像を見たばかりなんだ。
気持ちの整理も必要だろう。
「とりあえずゆっくり考えれば――」
いいさ、と俺が言葉を重ねようとしたその瞬間、
――ドォォォォォンッ!
という轟雷と共に冒険者ギルドの建物が激しく揺れた。
「うぉっ!? な、なんだこの揺れ!? 地震か!?」
「……違う。これは……外ッ!」
アレスはそう呟くなり杖を片手にダッ! とギルドの出入口の方へと駆けだした。
釣られて俺と少年剣士も外へと駆け出す。
するとそこには、
「な、なんじゃありゃあ!?」
「お、お城から煙がっ!? 一体なにが起こって!?」
ギルドから1歩外へ飛び出したその瞬間、俺達の視界にチョベリバ共和国の象徴であるチョベリバ城からモクモクと黒煙が立ち上っていた。
そしてその黒煙から見え隠れするのは、全長50メートルほどの純白に輝く超巨大な――
「ゴーレムッ!? なんで!? なんでゴーレムが首都の中に!?」
「な、なんだあのゴーレム!? あんなデカいゴーレム、俺も初めて見るぞ!?」
「……あれはただのゴーレムじゃない」
驚き慄く少年剣士と俺を横目に、アレスが『信じられない!?』とばかりに獣耳とシッポをビィィィンッ! と逆立てて狼狽していた。
こんなに分かりやすく狼狽えるアレスを見るのは久しぶりである。
「知ってるのかアレス、アレを?」
「……知ってる。アレはお城の地下深くに封印していた伝説のモンスター【ミスリルゴーレム】。その名前の通り身体が全部ミスリル鉱石で出来たモンスター」
「ミスリル鉱石って、この世で一番硬いって言われている超希少な鉱石じゃないっすか!?」
少年剣士が素っ頓狂な声をあげながら「GAAAAAAA――ッッ!!」と雄叫びをあげるミスリルゴーレムを見上げる。
す、すげぇ!? 軽く吠えただけでここまでビリビリと大気が震えてくるのが分かる。
アレはヤバイ。この間のサイクロプスなんか目じゃないほどヤバイ!
「なんでそんな危ないモンスターがお城の地下に居るんだよ?」
「……それはあのバケモノを監視するため」
「監視?」
「……うん。かつてあのバケモノは何十年にも渡って多くの獣人を皆殺しにしてきた」
その負の歴史を断ち切るべく1人の獣人の戦士が仲間を引き連れ、あのバケモノへと挑んだ。
結果、倒し切ることが出来なかったものの地下深くに封印することに成功した。
獣人の戦士はこのバケモノが蘇って世界に迷惑をかけないように、その地に国を作り子々孫々に至るまで監視する役目についた。
とアレスは言葉を紡いでいく。
「……その獣人の戦士の末裔がボク――じゃない、この国の王族」
「つまりこの国の王族は代々あのミスリルゴーレムが復活しないように、この地に留まり監視し続けていたってこと?」
「……うん。でもその封印が何故か解けて、ミスリルゴーレムが復活しちゃった」
「た、大変じゃないっすか、ソレ!?」
少年剣士は無意味に両手で空中の空気をかき混ぜながら、オタオタと狼狽し始める。
えぇい、お前も冒険者の端くれなら落ち着け!
「とりあえず、今は俺達に出来る事をやろう!」
「で、出来る事って、あんなバケモノと戦う気っすかダルさん!?」
無茶っすよ!? と初めて『さん』づけで俺を呼びながら、フルフルと身体を小刻みに痙攣させる少年剣士。恐怖で全身が生まれたてメス豚のようにプルプル震えていた。
正直に言えば俺の【力】を使えば討伐できない事もないだろうが、それよりも先にやらなきゃいけない事がある。
「バッカ、お前! あんなのに勝てると思うか?」
「思わないっす!」
「だろ? だから俺たちは1人でも多く民間人を外へ避難させるぞ! 手伝え、少年っ!」
「ッ!? は、はいダルさんっ!」
「よし、いい返事だ! アレスもそれでいいか――って、おい!? どこ行くんだアレス!?」
「あ、アレスさん!?」
ダッ! と俺の制止を振り切ってミスリルゴーレムが居るお城の方へと駆けだしていく我が相棒。
ちょっ、待った!? 待った!?
そっちはゴーレムが暴れてっ!?
「クソっ!? しょうがねぇなぁ、もうっ!」
「だ、ダルさん!? お、置いて行かないでください! お、オレも行きますっ!」
俺は小さく悪態を溢しながら、少年剣士と共にアレスのあとを追いかけた。




