第16話 異世界勇者 VS ナマイキ少年剣士
商店街へ行き、アレスのご両親へプレゼントするための菓子折りを選ぶこと約半日。
時刻は午後8時少し過ぎ。
ようやく満足のいく菓子折りを購入することが出来た俺は、安堵に近い溜め息をアレスの横で溢した。
「ふぃぃぃぃ~~……疲れたぁ~。もうメッチャ迷ったわぁ~。菓子折り選ぶのメッチャ迷ったぁ~。俺の人生くらい迷ったわぁ~」
「……お疲れ様、ダルくん」
真っ白い髪とシッポを夜風に靡かせながら、クスッと小さく笑うアレス。
月明りに照らされてキラキラと淡く光る髪とシッポは本当に女神さまのように綺麗で、思わず息を呑んだほどだ。
まさかこんな美人な獣人の女性を恋人に出来るだなんて……人生ナニが起こるか本当に分からない。
この世に生を受けて18年と少し、路地裏で腐った生ゴミを漁る負け犬同然のような生活を送っていた俺が、今、明らかに同世代の野郎共が追いつけもしない遥か高みへと足を踏み入れてしまった自覚がある。
これがカノジョが出来るという事か……。
この間まで『カノジョが欲しいぃぃ~~っ!?』と嘆いていたのが嘘のようだ。
「とりあえずアレスのアドバイスを聞きながら、お饅頭じゃなくてメチャクチャ高級な羊羹にしたけど……本当に大丈夫かな、コレ?」
「……大丈夫。お父様、毎朝1本ペロッっと食べちゃうくらいこの羊羹が大好きだから、きっとすごく喜んでくれる」
「この羊羹、1本で金貨2枚はしたんだけど……?」
アレスのお父様、コレを毎日食べてるの?
ちょっとリッチ過ぎない?
王様、いやお貴族様かよ?
思わず渋い顔を浮かべる俺に、アレスが『はて?』とばかりに小首を傾げる。
「……どうしたの、ダルくん?」
「いや、ちょっと気になったんだけどさ? もしかしなくてもアレスの家って、結構裕福な感じで?」
「……う~ん? どうだろ? 別に普通だと思うけど……どうしてそんな事を聞くの?」
「いや、なんかドレスコード的なモノが必要なのかなって? 俺、冒険用の服ばっかりでタキシード? みたいな正装、持ってないから……買った方がいいのかな、と」
「……あぁ~、服かぁ~。お父様はそういうのにはあまり頓着しないけど、お母様は結構気にするかも?」
アレスは少しだけ逡巡するように「んん~……?」と小さく唸ると、「……よし」と小さく頷いた。
「……それじゃ明日はタキシードを買いに行く?」
「た、タキシードって1着おいくらなのかしらん?」
「……え~と? 安いので銀貨9枚、高いので金貨30枚ほどだったハズだよ」
「さんじゅっ!? れ、レンタルとかないのかな?」
たかが服1着に金貨30枚もかけられんぞ!?
そもそもそんなに金ねぇし!
金貨30枚あったら大人の遊園地に何回行けるんだ!? ……いやまぁ行かないけどさ、あとが怖いし。
俺が顔を真っ青にしていると、アレスが「……大丈夫だよ、ダルくん」と聖母のような優しい笑みを浮かべて口をひらいた。
「……金貨30枚程度なら、ボクが払ってあげるから」
「『金貨30枚程度』ってお前、分かってます? ちょっとした立派な家が建つレベルですよ?」
「……問題ないよ、貯金はいっぱいあるから」
そう言って『お金のことなら任せて!』とばかりに獣耳をピコピコさせる我が相棒アレス。
コイツ、どんだけ貯金してるんだろう……?
「……それじゃ明日はタキシードを買いに行こう、決定」
「いや、その前にギルドで証明書を受け取られねぇと」
「……あっ、そうだった。じゃあギルドで証明書を貰ったあとでタキシードを買いに行こうね」
「……銀貨9枚のヤツをな」
「……ダメ、最高級のヤツを買う」
これは確定事項、と俺の訴えをアッサリ拒否するアレス。
なんてお財布に優しくないカノジョなのだろうか。
俺はなんとかアレスを言い含めようと必死に頭の中で思考を巡らせようとして、
――パシッ!
とアレスに手を掴まれる。
「……さぁ帰ろう、ダルくん。今日も楽しい夜の始まりだよ……っ❤」
「ヒュッ!?」
淫靡な笑みを浮かべながら、熱っぽい瞳で俺を真っ直ぐ射抜くアレス。
その手には今日、女性用下着売り場で購入した『ソレ何の意味があるの?』と思わず尋ねたくなるようなスッケスケのセクシーな薄紫色の下着が入った小包が握られており――アカンッ!? 喰われるっ!?
アレスのヤツ、ヤル気マンマンである!
か、勘弁してくださいアレスさん!? アンタ、チョメチョメを覚えてから毎晩求めてきますけど、その度に俺が生死の境を彷徨っていることをご存じですか!?
そりゃ男として求めてくれるのは嬉しいけどさ? アンタ、やり過ぎ♪
子種の生産が追いつきま10!
このままじゃマジで死ぬぞ、俺?
「ま、待ってくれアレス!? コレ以上搾り取られたら俺、死んじゃう!? 死んじゃうよ!? 比喩ではなくマジで!?」
「……大丈夫、ダルくんは強い子だからっ❤」
頑張れるよっ❤ と瞳にハートマークを浮かばせながら「フシューッ❤ フシューッ❤」と熱っぽい吐息を溢す我が相棒。
アカン……ケダモノ☆スイッチが入ってもうてる。
生まれたてのカピバラさんのように両足をプルプルさせる俺を、鼻息を荒くしながら意気揚々と引っ張って歩くケダモノ僧侶。
その足取りは実に堂々としており、ヤバい!?
し、搾り取られる!?
こんなにも濃厚な死の危険を感じたのは2年前のレッドドラゴン討伐以来かもしれない。
顔も知らない父さん、母さん……今日、僕は死ぬかもしれません。
「……んっ?」
「ど、どうしたアレス?」
「……いや、なんだか噴水前が騒がしいような?」
宿屋に向かってズンズン進んでいたアレスの足がピタリッ! と止まる。
そのまま獣耳をピコピコ震わせ、明後日の方向へと視線をよこす。
釣られて俺も耳を澄ませて辺りの音を探ると……確かにアレスの言う通り首都中央の噴水広場の方が騒がしかった。
「……今日、なにかお祭りとかあったっけ?」
「ちょっと行ってみるか?」
「……えぇ~っ?」
いいよ別にぃ~、と一刻もはやく宿屋に帰ってハメハメしたいアレスが嫌そうな声をあげた。
が、ここで引いたらマジで今晩も搾り取られてしまうことが確定してしまうので、俺は半ば無理やりアレスの手を取って噴水広場の方へと歩みを進めた。
そのまま人混みをかき分け、騒ぎの中心地へとやってくると、そこには勇者アサヒが居た。
「うわっ、勇者だ!? ナニやってんだアイツ?」
「……なんか冒険者の人達に囲まれてるね?」
「おっ! なんだ、なんだ? お二人さん知らねぇの? どうもあの冒険者の兄ちゃんたちの1人が、決闘の神デュエル様の名の下で勇者様の【天剣】を賭けて勝負するらしいぜ!」
はて? と小首を傾げる俺とアレスの近くで、同じように勇者アサヒと4人の冒険者共を見物していた気前のいいオジサンが簡単に状況を説明してくれた。
なんでも先ほど、失礼な新米冒険者剣士が勇者に【天剣】をくれ! とおねだりしたらしい。
もちろん勇者はこれを拒否。
だが新米冒険者剣士はどうしても勇者の【天剣】が欲しかったようで、諦めきれず決闘の神デュエル様の名の下に【天剣】を賭けて勝負を挑んでしまったらしい。
「マジかよ……なにトチ狂ってんだ、その新米冒険者剣士は? 決闘の神の名を使うことがどういう意味が分かってんのかよ?」
決闘の神デュエル――公平と戦いを司る神様で、人生でたった1度だけデュエル神の名の下に決闘を申し込むと、神の制約により半ば無理やり相手を決闘の舞台に引きずり込むことが出来る。
勝てば自分の要求がなんでも1つ通る。
それこそ相手の『地位』に『名誉』に『金』に『女』……なんでもだ。
ただし負ければそれ相応の対価を支払うハメになる。
だから荒くれものが多いベテラン冒険者でさえ、おいそれと決闘の神の名前は出さない。
それなのに……
「どんだけ勇者の持っている【天剣】モドキが欲しいんだよ、その新米冒険者剣士とやらは」
「……あっ! だ、ダルくん、ダルくんっ! アレ見て、アレッ!」
ペシペシと俺の肩を軽く叩きながら勇者アサヒと相対する冒険者を指さすアレス。
そこには勝気な瞳が特徴的な青髪の少年剣士が立っており――って、アイツは!?
「この前のドブ掃除に悪戦苦闘していた少年剣士じゃねぇか!?」
俺の視線の先、そこには青髪の新米冒険者剣士シュートがヤル気充分の顔で勇者アサヒと対面していた。
その背後では困ったようにオロオロと右往左往する少年商人のユウトと、額にタラッと冷や汗を流す武闘家のルル、そして必死に少年剣士を止めようとする魔法使いのクラリスが居た。
「そ、そう言えばあの少年剣士、【天剣】を持っているヤツがいたら『決闘を申し込んででも無理やり奪う!』とか言ってたっけ?」
「……有言実行とは見上げた根性だね」
「おっ、始まるみたいだぞ!」
気前のいいオジサンがワクワクした面持ちでそう口を開いた。
ソレを合図とばかりに少年剣士と勇者アサヒは自分の得物を構える。
それだけでピリピリと空気が蒸発しそうな緊張感が周囲に伝播していく。
「……ちょっと楽しみ。ダルくんはどっちが勝つと思う?」
「そうだなぁ……2人のレベルによる所が大きいから何とも言えん」
「さっき聞いたら、あの冒険者の兄ちゃんのレベルが『12』で勇者様のレベルが『5』だってよ」
そう言って気前のいいオジサンが2人のレベルを俺達に教えてくれる。
むむむ? 少年剣士のレベルが『12』で勇者のレベルが『5』か。
レベルの差は『7』……この差はかなりデカいぞ。
俺は改めて少年剣士と勇者アサヒに視線を向けた。
「剣の構え方からして、少年剣士の方はたぶん剣術道場に通っていたっぽいな。何というか対人戦に慣れみたいなモノがある」
両手で刀身を頭上高く振り上げ、相手を威圧するように上段に構える少年剣士。
何度も何度も繰り返してきた所作なのか、見ていて美しいとすら感じる。
対して勇者アサヒは完全に我流という感じで、爆砕刀を片手で持ち上げ、シロート臭い構え方をしていた。
傍目から見れば熟練度が高いのは少年剣士の方だが……決闘はそう簡単なモノじゃない。
「剣の扱いは少年剣士の方が上かもしれないが、相手は特殊職の『勇者』だからなぁ。何か特別なスキルを持っていそうで怖い。まぁ気持ち的にはどっちも生意気だったから、どっちも負けろとは思うが」
「……正直者だねぇ、ダルくんは」
「そういうアレスはどっちが勝つと思う?」
「……う~ん? ボクは多分『勇者』が勝つと思う」
「その心は?」
「……何というか、勇者の身体から不思議な匂いがする」
不思議な匂い? と俺が口を挟むよりも早く、「キェェェェェ――ッッ!!」と猿のような雄叫びを上げた少年剣士がダッ! と地面を蹴り上げた。
先に仕掛けたのは少年の方かっ!
少年剣士は力強く踏み込むと、勇者の脳天めがけてその剣を振り下ろした。
「うぉっ、すげぇ踏み込み! 勇者様、死んだか!?」
「いや決闘の神の名の下での勝負は、神の加護のおかげで死ぬこともケガすることもないから」
興奮するオジサンに軽くツッコミながら、俺は勇者アサヒの動向を見守った。
流石に『勇者』と言えどレベル差が『7』あるのはキツイのか、勇者アサヒは少年剣士の渾身の一撃に反応出来ないでいた。
そのまま微動だにすることなく少年剣士の剣が勇者の脳天を捉える。
誰もが少年剣士の勝ちを確信した、その瞬間。
――バキィィィンッ!
と少年剣士の剣が真っ二つに折れた。




